第8話 私までサラわれて
アニーとジャネットを助ける手助けをすることを承諾してしまいました――勘違いで。
みんなリアルの友達だと言ってたけど、それは狂犬連隊のことなのね?
しかも、2人ともリアルは女子高生というではありませんか。
小学男子とスコスコして喜んでいるような女子高生は死んでもいいんじゃない? むしろ、酷い目に遭って無残に殺されるべきなんじゃない?
うわー、ヘイトがすごい勢いで貯まるわ。ヘイト貯金がすごい額になってるわ。
「なんだかソフィン様は怒ってらっしゃるようですが……」
なぜか急にジョンが敬語になった。おかしな人ですね。別に私、ジョンにはまったく怒ってないし!
「俺たちにとってアニーとジャネットが大切だということはわかってもらいたいんだが」
「エロ小学生!」
「いや、だから、そういうことをしているのは友達で、俺は関係ない。ついでに言うと友達とアニーやジャネットは遊びとかじゃなくて、かなりマジで将来の話とかしてるぜ。タイミング悪く……良くか。たまたまログインしていたのがアニーとジャネットの2人だけだけど、他にもいて、みんな将来を本気で考えてる」
「将来ねぇ……」
まあ、年齢差だけでいうのなら5歳とか6歳くらいですから、大人になってしまえばおかしくはないですけど。
「俺たちのところは農家でさ、それも大規模農園をやってるんだ。北海道の奥地なんだが、農園は広いぜ。坪じゃなくて町歩とかヘクタールで計算するレベル。それより東京ドーム何個分とか、そっちのほうがわかりやすいか?」
どっちもわかりにくいです。ただ、どっちも広いということは理解しましたけどね。まあ、そうはいいつつ、北海道の奥地だろ? 私の家は名古屋の高級住宅街だし、敷地は300坪ちょっとあるので、たぶん値段では負けてないと思ったりしてるんですけどね。
「それだけ広いと敷地の端から敷地の端にいくのに歩くのでは大変で、自転車に乗りたくなるかもね」
そんな冗談をジョンに言うと、すぐに否定されてしまいました。
「個人の土地だからナンバーのついてない車で走っても捕まらないし、免許証もいらないから。俺はいつも爺ちゃんの古い軽トラ乗ってるよ。だから、こうしてマニュアルのトラックだって走らせることができるのさ。他の連中も普段から自分の農場で軽トラやトラクターやスーパーカブに乗ってるよ。子供に甘い親だとモトクロス用のバイクを誕生日やクリスマスにプレゼントしてくれるから、すげぇスピードで畦道を走るぜ」
「それで小学生なのに運転できるメンバーばかりなのね。で、みんな農業を継ぐつもり?」
「継ぐんだよ、あいつらは。で、アニーもジャネットも関東の農業高校で農業の勉強をしていて、将来は本気で農業をしたいと思っているみたいだが、2人とも実家は農家じゃねぇんだ。そうなると土地を用意するところからスタートだ。無理だろう? ところが俺たちはみんな大規模農園の跡継ぎだからな」
ただの財産目的じゃん! そこに愛はないじゃん! 本当の結婚相手は農地じゃん!
女子高生が男子小学生をいいようにしているとしか聞こえません。ますます女子高生はできるだけ悲惨な死を遂げますように、と祈りたい気持ちになってしまいました。
なんで私が助けにいかないといけないのか、どうも疑問を感じますね。
そこに騒々しい一群が接近してきました。見たことあるバイクや白いワンボックス車が後ろから高速接近中。狂犬連隊のメンバーでしょう。これで、すべての戦力で國龍連合と対決できる形になりましたね。
しかし、保険はいつだって必要ですから、現在位置と、いまの状況を簡単にメールにして数人に送っておきました。
そのうちの1人は不朽の囚人のサブマスターをしているミドガというプレイヤーなのですが、いままでいろいろ係わり合いのある相手なので、メールに私の撮影した写真や手書きの地図を添付しておきました。なくしてしまうにはもったいないデータですから。
いや、別に私は死ぬつもりないんですけどね。しかし、万一という事態は常に想定しておくべきなので。
これで思い残すことはない、わけではないけど私は私の役割を果たしたことになると思います。
やる気がゼロにまで落ちてますが、とりあえず國龍連合の溜まり場に突入です。
海沿いの倉庫ということですが、海運用なのか、倉庫だったらいっぱいありました。ヘッドを道案内に連れてこなかったら、ここまではくることができても、その中のどれなのか探すのにかなり時間がかかったかもしれません。
でも、きっと近くまでいけばわかりました――銃撃戦やってましたから。
「俺が、俺が一番なんだ!」
背中に『秋田 國龍連合』などと刺繍された真っ黒な特攻服を着た男が門扉のところから倉庫内に向けてライフルを撃ってました。
「なんで俺を差し置いて、おまえが一番なんだよ!」
倉庫の中からも肉声と銃声が聞こえてきます。
ジョンは問題の倉庫から少しはなれたところでトラックを止めました。狂犬連隊のメンバーもそれぞれバイクや車を止めます。そして、全員が車外に出て集まりました。
「あれ、どういう状況だ?」
ジョンが疑問を口にすると、狂犬連隊のリーダー――サムという名前らしいのですが、彼が仲間割れではないかと推測を告げます。
「顔や声からすると、國龍のメンバーだけだ。他のチームともめてるんじゃなくて、メンバーで殺し合いになってるみたいだな」
しかし、なんで身内で殺し合いをしているのか、その答えは誰も知りません。私だってわけがわからないのです。
「おめえなんか最後でいいだろ! とりあえず見張りやってろ!」
「最後もなにも、どうせ死ぬまで犯りまくるつもりだろうが! 待ってて順番がまわってくるなら我慢してもいいが、2人しかいないんだぞ!」
「だったら、もっとサラってきたらいいじゃねぇか!」
「アニーは俺が捕まえたんだ。おまえこそ、どっかいって好きな女サラえよ」
「つまりジャネットは俺に権利があるわけだ」
「ねぇよ、チームの序列を考えろよ、この底辺が!」
「たまたま早くチームに入ったのがそんなにエライか?」
聞こえてくる怒声から、なんとなく事情はわかりました。ただ不思議なことに派手に銃撃戦をやっている割になかなか死人が出ません。お互いに潰しあってくれれば、最後の1人とか2人を倒すだけですむのですが。
「あの特攻服って防弾効果があるの?」
それしか正解がないような気がします――変な話ですが。防弾チョッキ&特攻服なんて聞いたことがありませんよ。
しかし、ヘッドが自分の特攻服を見せてくれました。
「ゲームの中のアイテムだから、いちおうこれでも防具の扱いなんだよ。布がアラクネーとかモンスターから取った糸で作られていたり、裏側にドラゴンをはじめ強いモンスターの革や鱗を貼ってあったりして、魔法耐性や物理耐性がそれなりにあるものも多いな。あの國龍連合というチームはPKに躊躇いがないから、そこそこ稼いでいるし、いい素材を使ってオーダーしたはずだ」
「ああいう連中は嫌われていて、オーダーで注文しようと受け付けてもらえないと聞くけど」
「うちのチームにも――さっき死んじゃったけど、裁縫や刺繍のスキル持ちがいたぜ。それに、族が嫌いというプレイヤーは多いが、逆にこういうのが大好きなプレイヤーだっている。あと金にがめつくてボッタクリ価格だったら引き受けるヤツとか」
「そうすると、あれはどうやって倒せばいいの?」
「防具のないところを攻撃すりゃあいいのさ」
ジョンがヘッドの頭に銃を突きつけました。
「さっき見てただろ? 頭を撃てば普通に死ぬ。死ななくても、戦闘不能にはなる」
「ああ、なるほど……人質にされたら面倒だから、あいつらが身内で争っている間にアニーとジャネットを助けて、さっさと逃げ出す。でも、もし見つかったら頭を狙う。ということでいい?」
ジョンやサムに確認すると、2人とも頷きました。それでも問題は残ります。アニーとジャネットがどこに監禁されているのかわからないのです。
サムが狂犬連隊が反対側にまわるから、私たちにこのまま見つからないように倉庫までいけないかと尋ねました。
私はいけそうな気がしますけど、とジョンを見ると彼も頷きました。ヘッドは発言権がありません。
ということで、決定。
「ヒャッハー!!」
パン! パン!
ドッドッドドドドド……
こっちで勝手に決定しても、上手くいくとは限りません。突如、奇声と銃声と爆音が響き渡りました。
特攻服を着たジャパニーズ珍走団と、モヒカン&スキンヘッドのマッスル男たちからなる混成チームがこっちに向かってきました。日本風のプレイヤーたちはマフラーが飛び出したスクーターや、背もたれのようなシートのついたバイクをジグザグに走らせています。バイカーたちは倒したら1人では起こせないサイズのアメリカンバイクが威嚇するような排気音を響かせます。
車くらいの大きさがあるバイクも2台ほど。フレームからエンジンがはみ出していて、もしかしたら自動車かトラックのエンジンを無理にバイクのフレームに押し込んだのかも。
バイクだけで50台以上の集団です。倉庫のまわりをグルグルと無駄に空ぶかしをしながら走り回っていました。
その後ろからは車がついてきますが、こっちも20台くらいの集団で、まともな車両は1つもありません。
人間の背丈ほどの強大なタイヤのついたトレーラーは無数の槍を溶接した鉄骨をバンパーのかわりにフロントに取り付け、運転席の上には銃座があり、機関銃が据えてありました。
その機関銃が倉庫の中と戦っていた國龍連合のメンバーを切り裂きました。腰のあたりを集中的に撃ち込まれ、防具をかねた特攻服が壊れ、体が上下にわかれ、下半身が倒れて、上半身が転がりました――次の瞬間、ポリゴンの欠片となり爆散します。
さらに武装トレーラーは國龍連合の改造バイクを薙ぎ倒して爆走。
セダンの屋根を切った無理矢理オープンカーに乗ったモヒカン連中はライフルを乱射しながら倉庫の中に突入していきます。
さらにラメの入った紫色のスポーツカーが続きました。こちらは窓から身を乗り出し、窓枠に座ってライフルを撃ちまくっています。
乗り込むのに梯子が必要なほど車高を上げた4輪駆動車はトレーラーが倒した國龍連合のバイクを踏み潰しながら進んでいきました。
とんでもない改造車ばかりで、これが新川モータース製というのなら、整備も本人しかできないでしょうし、それが自殺して残った連中が自棄になって暴れるのもなんとなく理解できなくもありません。心理的な理屈としては理解できても、感情的にはまったく納得いきませんが。
自棄になった連中が集まった混成チームなのでしょうが、勝手に殺し合いをしたければやればいいのですが……アニーとジャネットが狙われているのなら問題です。
どうしようかと迷いながらジョンやヘッドとともに倉庫の陰に隠れていたのですが、急に私たちのほうに無理矢理オープンカーが向かってきました。
「あそこにも女がいるぞ! 生け捕りにしろ!!」
「宴の供物だ!」
「逃がすな」
ヤバイ! と逃げ出そうとし、逆にジョンとヘッドは私の楯になろうと前へ出たのですが、車から黒いロープが伸びてきて楯の間を抜けて私の首にロープを巻きつきました。
「イヤッホー!」
投げ縄というスキルでもあるのか、魔法の補助があるのか、一発で私の首にロープを巻きつけるのに成功した男は奇声を上げました。
その隣にいる連中がジョンやヘッドを撃ちます。
ジョンとヘッドもとっさに撃ち返しますが、どちらも致命傷にはならなかったみたい。
無理矢理オープンカーは倉庫から出て、速度を上げました。
当然、私は引きずられます。
追い討ちの銃撃はないので、たぶん生け捕りにする計画でしょう。
この『フューチャー・アース・オンライン』にはゲームだからとムチャなことをする輩がいます。生け捕りという言葉の意味も、なるべくダメージを与えずに取り押さえるという意味から、剣で斬ってもHPが1%でも残ってればOKということもあります。
今回は後者。
引きずられると首が絞まって息ができません。アスファルトの上を高速で引きずられるのは、荒い紙やすりで背中をこすられるようなもの。
HPがもりもり減っていきます。
なんとか身を回転させ、腹側を地面にします。すると革鎧がこすられますが……肘とか膝とか爪先が痛いです。お腹を地面につけたまま、両手両足を上げると、かなり辛い姿勢です。第一、ロープから手を放すと首が絞まって死にそうです
まわりの車列では興奮しているのか、気勢を上げながら急加速したり、蛇行運転をしていたりします
なんとか顔を上げて前方を見ると、ゆっくりとですが道が右に曲がっていました。
ここで勝負!
「蟲の中の蟲たちよ、邪悪な壺に囚われし100万の蟲たちよ。黒き蟲も、赤き蟲も、我に力を与えん。怨敵は退散されて静かなる時を迎えよ」
百蟲夜行の呪文を詠唱すると、車列の前方に大量の虫が湧きました。こっちはゴキブリやムカデの混成軍です。他にもクモやミミズやハサミムシなんかもいました。
さらに飛行呪術。あんなゴキブリやムカデの大軍の中を引きずられたら、たとえ肉体が無事であったとしても、精神的に死にます。
「獅子の頭と腕、鷲の脚と蠍の尾を持ち、背に4枚の羽根を持つ悪霊よ。ここにオレアンダーを芯にして、ヘムロックを束ねる。重力の頸城を解き放ち、彗星のごとく空を舞え!」
体が浮いた瞬間に右手の袖口に押し込んである折メスを滑らせて握り、親指で素早くパチンと刃を開くとロープに切りつけました。
そのとき車列は100万の虫の群に突っ込みました。蛇行運転や急加速している上に、曲がり道ですから、タイヤがズルッと滑って、ぶつかったり、ひっくり返ったり、大惨事。車とバイクで70台か、80台か、この『フューチャー・アース・オンライン』では見たこともない大集団です――リアルでだって、ここまでの集団暴走は古い古い資料映像くらいですよ。昔は正月に初日の出暴走とか、ものすごい大量の改造車が走り回ることもあったみたいですけど。
ソロとか、チーム単位くらいなら車やバイクの挙動がおかしくなっても問題ないことも多いでしょうが、周囲にびっしりと別のバイクや車が走っている状況でタイヤが空転して急減速したり、グリップを失ったりしたら、隣や後ろとぶつかってしまいます。そこに、さらに後ろからきたバイクや車が突っ込みますから、多重事故もいいところ。
おそらくバイクは20台くらい。車は5、6台は転倒したり衝突して、多くのプレイヤーがダメージを受けたようです。
やったね!
「こいつ!」
ロープを引かれました。熱風邪神は自分や、自分の体に触れているものを空中に浮かせたり、そのまま飛行する呪術ですが、綱引きが強くなるという補正効果は期待できません。
どんどんロープが引かれて無理矢理オープンカーの中に連れ込まれそうになりますが、その前に脱出しようと必死で折メスを叩きつけるも、かなりタフなロープでさっぱり切れてくれません……折メスは切れ味がよいので有名なのですが、刃長が短いのがこういうときには難点です。
とうとう無理矢理オープンカーの中に落とされました。ロープを切るのを諦めて、そのロープを握っているモヒカン男の喉を切り裂こうとします。
「放せ、ゴキブリまみれにするだけじゃあ済まさないわよ!」
その瞬間、顎をものすごい衝撃が襲いました。熱風邪神の呪術が完全に効力を失い、無理矢理オープンカーのシートに倒れ、さらに床に無様に転がりました。
顔全体が痺れたようになってます。
たぶん撃たれました。
自殺に失敗して両目を撃ってのたうちまわっていたヘッドのことを笑っていましたが、これは痛い! きっと顎とか、歯とか、舌とか、いろいろ吹き飛ばされているはず。
それなのにモヒカン男は私の顔を容赦なくブーツで蹴飛ばしました。もうすでに顔の下半分がなくなっているはずなので、そこに追い討ちをかけると本当に死ぬ一歩手前です。
「このクソ女、顔の形が変わるほど殴ってやる!」
モヒカンのクソ野郎に顔面を容赦なく何発も殴られました……気絶するまで。
次回は来週土曜日、10月27日に更新予定です