第7話 オマエら男って、エロに関しては天才なの?
ホワイキャッツエキスプレスのメンバーがさらわれてしまいました。そんなのルール違反です。
このあたりのまとめ役ならなにか事情を知っているのではないかと新川モータースにいってみると、別のチームがいて、新川のオヤジが自殺したと教えてくれました。
死んだらリアルに帰れると主張している一派がありますが、新川のオヤジというプレイヤーはそっち側の考えだったのでしょう。
瀝青鬼は6人が後追い自殺。ただし1人は未遂。
國龍連合はヤケになって暴れまわっている様子。
「おーい、ヘッド。どうするの?」
殺すのもどうかな、とポーションで助けてみたものの、自殺しようとしていた人ですから、回復したら再びやるのかもしれません。
自分にかかわりないプレイヤーが生きていようと、死のうと、割とどうでもいいのですが、目の前でやられるのは気持ち悪いので勘弁してもらいたいです。
死ぬのなら、私たちが立ち去ってからにして欲しいな、と思ったのですが、ヘッドは全身を震わせて痛かったと言いました。
「俺は二度と自殺なんてしねーぞ。痛いなんてもんじゃないな。このゲーム、痛覚がかなり軽減されてるはずなのに、マジで死ぬかと思うくらい痛かった」
いや、だからオマエは死のうとしていたんじゃないの?
「そんならソフィンには感謝してるな? ポーションもらったのに、なにも感じねぇなんてことはないよな?」
ジョンがかなり強引にヘッドから「感謝している」という言葉を引き出しました。こんなふうに言われたら、誰だってお礼の一言くらい口にしないわけにはいかないですよね。
「感謝してるなら、これで1つ借りができたわけだ。借りたもんは返さなきゃダメだ。ところが、ここにちょうど借りを返すチャンスがある。運がいいよな、すぐにこんな機会があって、よ。で――國龍の溜まり場を教えろ」
また、とんでもなく強引な理論です。ヘッドは困ったような表情で口をぱくぱくさせていました。さっきポーションで回復したばかりの両目はジョンの腰に注がれています。
もちろん、ジョンは腰に差した水平2連の散弾銃を抜いたわけではありません。しかし、右手は切り詰めた銃床に置かれています。
ついさっき死にそうになって、それを後悔している男の前でいつでも銃を抜ける姿勢で向き合い「お礼に情報よこせ」と交渉という名の脅迫をするのでした。
「うちのところのことなら……」
「おまえのところはメンバー全員死亡だろ。いまさら溜まり場の情報なんていらねぇよ」
「まあ、それはそうだが……」
「國龍ともそれなりに付き合いあったんだろ。そしたら、溜まり場の1つや2つ知ってるんだろ?」
「なんで國龍連合のことを気にするんだ? 好き放題暴れてると言っていたが、別にいいだろ。白猫はルールかあってもなくても、どっちでもいいじゃねーか? どうせ襲われるんだし」
ホワイトキャッツエキスプレスというチームは運び屋。主に燃料の輸送をやっているのですから、この周辺のチームからすると獲物でしかありません。横殴り禁止のルールを悪用して馴れ合いをしていますが、それは秘密のこと。特に暴走族チームには内緒にしておかなければなりません。
しかし、こっちにはメンバーをさらわれたという、ちゃんと國龍連合を探さないといけない理由があるのです。
「うちのジャネットとアニーがさらわれちまったんだよ」
「今回は國龍とやりあったのかよ。そいつは心配だ。あいつら、コレ好きだし」
ヘッドはお腹の下あたりでなにかを握るようなしぐさをしました。意味がわからなかったので質問すると、ちょっと困った顔になりました。
「このゲームはいくら脱いでも下着までだよな。だから、かわりにナイフを握って、ヤるんだよ、こんなふうに、さ」
お腹の下あたりで丸められた手はナイフを握っているつもりのようです。その空想上のナイフとともにヘッドは腰を前後にクイクイ動かしました。
ん? なぜにナイフを握って腰を動かす?
よくわからないと顔に出ていたのでしょう。ヘッドはさらに解説してくれました。
「これで、おまえ……ソフィンだったか? ソフィンのソコを刺すわけだ。まあ、本当は挿れるつもりなんだろうが」
ヘッドは私のお腹の下あたりを指しました。いや、お腹なんてぼかしてないで、はっきりさせましょう。ヘッドは股間のナイフを私の股間に挿れると言いました。
「………………オマエら男って、エロに関しては天才なの?」
「まあ、誰がはじめたかには諸説あるんだが、このエリアで発明された、女を犯って犯って殺りまくる技として、一部に愛好家がいて、その筆頭が國龍の連中というわけさ。HP全損になるまで結構楽しめるらしい。新川のオヤジがいなくなって、歯止めがきかない國龍が女をさらったといえば、そんなことをするために決まっている」
なぜかヘッドが胸を張っています。別に天才って、この場合は褒め言葉じゃないんですけど? こんな汚らしいものの歴史を語られても困りますし、愛好家という言葉が穢れそうですよね。
しかも、この話、続きがあるみたい。
「しかも、この方法のいいところは攻撃扱いされるところだな。接触禁止モードに設定してあるプレイヤーに触るとピリッと痺れて、少しだがHPも削られるだろ? だが、接触禁止モードはあくまでセクハラ対策だから、性的な接触ではなく、戦闘行為という扱いなれば痺れないし、HPも削られないんだ。ナイフを使うところがポイントだな。基本的に触ると接触禁止モードにひっかかるが、殴ると接触禁止モードにひっかからないんだよ。この世界では女に優しくするとダメなんだよな、しっかりしつけるのだと許されるんだ」
いいこと言ってる、という顔をしているところがムカつきますね。自殺しようとしていたのだから、そのまま死なせればよかったですね。ポーションがもったいなかったです。
ところで、とヘッドが私の顔を真剣に見詰めてきます。おいおい、もしかして本当にナイフで挿したくなったわけじゃないですよね? 殺すよ、両目を潰してから。
「なんとなく見覚えのある顔だとさっきから気になっていたが、ソフィンは不朽の囚人のメンバーじゃないのか? あのデッドエンドキャッスル攻略戦をボーカメで見たんだが、よく似た呪術師が参加していたような……そもそも呪術師が少ないし、見間違いではないような……」
「私は不朽の囚人のメンバーじゃない! あんなバトルジャンキーたちと一緒にしないでもらえる? あれは無理に連れていかれただけだから!」
この『フューチャー・アース・オンライン』にあるダンジョンで最高難度に設定された場所が10あります。一般的に10大ダンジョンなどと呼ばれていますが、どこも攻略できていませんでした。ところが、ウイルスに乗っ取られてログアウトもログインも復活もできなくなった日、ちょっと前から攻略の準備をしていた不朽の囚人が突撃しようとしたら、メンバーの中で「デスゲームになったから死にたくない」と参加を断るプレイヤーが続出して、急遽助っ人として参加したのでした――ほとんど拉致されてダンジョンに連れていれたようなものですが。
そのせいもあって現在はデスゲーム説と、死んだらログアウト説の他に、10大ダンジョンを攻略すればログアウトできる説も信じられています――主に廃ゲーマーの間で。
ゲフゲフ、命がけの戦い、脳が痺れる、アドレナリンがドバドバ気持ちいい、そういう頭が壊れたプレイヤーの代表格が不朽の囚人のメンバーで、うっかりすると次のダンジョン攻略にもつき合わされそうでしたので、なんとか逃げ出したのです。こうやって秋田までやってきたのは身を隠すためでもありました。
まあ、それはともかく。デッドエンドキャッスル攻略に協力したのは間違いありません。
「メンバーじゃないとしても、参加していたんだよな? クソッ、トップクラスのプレイヤーかよ。どうりで勝てねーはずだ」
急にヘッドが悔しそうな顔をしますが、別に私とヘッドは戦ってないんだけど。なんか戦って負けたようなことになってるみたいだけど、それ、記憶の捏造だから。
オマエは自殺すらまともにできなくて、脳のかわりに両目をブッ飛ばして、勝手に床でのたうちまわっていただけだから。私が撃ったわけじゃないから。
「お喋りはそろそろいいかな? 俺としては國龍がどこでそんなことするか、そろそろ教えてもらいてぇんだがな?」
とうとうジョンは銃を抜きました。こめかみに突きつけます。
「やめろ! それだけはやめてくれ! なんてヒドいことをするんだ!」
ヘッドは半泣きで叫びますが、ヒドいといえば國龍連合のほうでしょう。
結局、國龍連合の溜まり場を教えるだけでなく、そこまで案内してくれることになりました。
で、まあ、それはそれとして――私がそこにいく必要ありますかねぇ?
いちおう武装トラックには運転席と助手席の間に少し小ぶりですが、もう1人乗せられるようにシートがあります。だから、ジョンとヘッドと私が3人で乗るのは問題ありません。いまは銃座も空いてますし、なんなら荷台だって乗って乗れないことはないはず。
ただ、秋田駅を中心とした県最大の街になるのですから、ここで待っているのが安全そうです。あくまで私は明野の飛行実験隊から燃料輸送の護衛を頼まれただけ。そして、いまからおこなわれる救出作戦は別に燃料輸送とは関係ないのです。
私はホワイキャッツエキスプレスのメンバーではないので、アニーとジャネットを助ける義務はありません。
「この街でおいしいスイーツを食べさせる店を知らない? 私、そこで待ってるから」
「いやいや、ちょっと待てよ。手は貸してくれないのか?」
「PK戦とか、銃撃戦をやりたがるほどバトルジャンキーじゃないし。特にいまみたいな状況で殺し合いとか、馬鹿がやることだと思う」
「確かに燃料輸送の仕事からは外れるが……トッププレイヤーなんだろ? 戦力としては欲しいんだがな。デスゲームかもしれねぇという状況で10大ダンジョンの一角を攻略しようなんて、腕だけじゃなく、度胸も大したもんだ。しかし、無理は言えねぇよな。そもそも明野の連中じゃなくて、こっちの事情なんだから……俺のほうで報酬を用意するというのならどうだ?」
「えーっ……私、お金とか別にいらないですけど」
ゲーム内の通貨をためこんでも意味がないと思っています。必要な分だけあって、うまく回していけばいいのであって、それを超える部分は稼ぐ時間がもったいないとさえ感じていますから。
しかし、一方でジョンが小学5年生でリアルの友達だと言っていたから、彼女たち同じくらいでしょうね。小学生があんなことされたら一生モノのトラウマですが、助けにいって逆に捕まったら、私もあんなことされるんです。
なかなか気軽に請けられることではありません。
「金以外でソフィンが欲しいものを用意できればいいんだろ?」
「あるの、そんなもの?」
ちょっと――いえ、かなり興味を惹かれました。助けたいか、助けたくないか、の二択なら助けてあげたい気持ちはあります。一方でリスクが高いのも事実。その上で助ける理由もありません。
しかし、私が欲しいものを報酬として用意するというのなら――助ける理由ができます。
ジョンは自信満々に言い放ちました。
「明野の連中にソフィンがどんなものが欲しいか聞いたんだよ。途中でどんなことがあるかわからねぇからな。自分で自分を褒めてぇぜ」
ポケットから手帳を取り出すと、なにやら書き付けて1枚破り、私に差し出します。
『ホワイキャッツエキスプレス無料利用券 無期限1回限り有効』
こんなことが書かれていました。
「そうだなぁ……最大で利用できるのは3日ということにしておこう。それだけあれば、マップの隅から隅でも運ぶことができる。重さは最大で4トンまで」
どうやら私は4トン未満の荷物を日本のどこからでも自由に指定地まで運んでもらう券をもらったようです――いや、こんなの、私の欲しいものじゃないんですけど。飛行実験隊のヤツラめ、とんだことをジョンに吹き込んだようです。
しかし、まあ、なにかに使えるかもしれないといえば、使えるかもしれません。どうでも助ける理由が必要ではないですが、やはり自分より年下の小学生が酷いことをされるのを放置するのは気分がよくないです。
さらに……ジョンは本当に私が券を喜ぶと信じているらしく、すごい自信満々の様子。とても断りづらい状況です。
「わかった。協力してあげる」
大喜びとは程遠いですが、私もジョンとヘッドとともにトラックに乗り込みました。
ヘッドによると國龍連合の溜まり場はここから10分もしないところにある、海沿いの倉庫ということでした。
ジョンはボイスチャットで狂犬連隊にも連絡を取り、そっちに向かうよう指示しました。
「この券を何枚か他にあげることはできる?」
「できなくはないが……1枚では足りないか?」
「状況によっては助っ人を呼ぶことになるかも」
「知り合いのトッププレイヤーを呼んでくれるのか? アニーとジャネットを助けるためならなんでもする。すぐに呼んでくれ」
フレンドリストを順番に見ていきます。友達のリストのはずですが、本当の意味で友達と呼べる間柄のプレイヤーは1人もいません。しかし、いまの状況を説明したら興味を持って秋田までやってきそうなプレイヤーはいくつか心当たりがあります。
こいつだったら、こういう文面にすると気を引けそうだというメールをいくつか送り……最後にちょっと迷って、もう1通。その最後の1通にはデータを添付しました。場合によっては私も死んでしまうかもしれません。その場合に備えてです。
遺書とか、そんなものではありませんよ。死ぬ可能性があっても、そうなるとは思っていませんし。ただ、もし万が一のときに死蔵させてはもったいないデータをいくつか持っていたので、活用してくれそうなところにコピーを送りつけただけ。
「長期戦になりそうなら呼ぼうかと思ったんだけど。まさか都合よくこのあたりにいるわけないし、いま呼んでも着いたときには終わってるかも」
「それでもいい。2人のために出し惜しみはなしだ」
「よほど大切な幼馴染みなのね」
「いや、狂犬連隊はそうだけど、アニーとジャネットは幼馴染みとは言えないな。リアルで会ったことないし、たぶん高校生だ」
なんですと! どうやら私は全員がリアルの友達で、小学生だと思い込んでしまっていたようです。女子高生が小学男子を相手にスコスコ?
死ねばいいじゃん!
次回は20日に更新予定です