第5話 スコスコって、なに?
第5話 スコスコって、なに?
ホワイトキャッツエキスプレスの武装トラックに乗って秋田県の八橋油田に向かうことになりました。車やバイクを暴走させ、ガチPKを楽しんでいる連中が集う修羅の国という噂ですが、実際にはいちおうのルールがあるようです。
そのルールに横殴り禁止があって、あるチームが襲っている獲物を別のチームがさらってはいけないことになっているとのこと。それやったら整備工場のオヤジが怒って整備も修理もしてくれなくなります。
ガソリンも買えないのです。
絶対の保証があるわけではありませんが、そうそう簡単にルールを破ることは出来ないでしょうね。
それでホワイトキャッツエキスプレスでは事前に話をつけたチームに襲撃される芝居をしながら製油施設に逃げ込み、出ていくときも馴れ合いの戦闘をしながら安全圏までいくとのこと。
ジョンは途中で何度も連絡しつつ、目的地に向かっていました。横殴り禁止のルールですから、先に変な連中にからまれると面倒です。
それ以外はいたって平和な道中で、小型のモンスターが道を塞いだことが何度かありましたが、トゲトゲバンパーの武装トラックですから踏み潰して前進。
まれにタフなモンスターが出ても、銃座のアニーやジャネットが魔法を放てばいいわけですし、もし殺せなかったとしてもスピードが違いますから追いつかれることはありません。
たとえ街であってもトラックを止めたくないということで、事前に食料の残りを聞かれので予想はしていましたが、食事も走りながらです。魔法鞄に入れておけば基本的に腐ることはないので、気に入ったものがあると余分に買って保管する癖がありますから、いつでも100日程度は無補給で活動が可能です。
リアルと違ってトイレにいかなくていいというのは便利ですが、もしそこまでこだわって作られていたらどうしていたのでしょうか? なんでも使えてとても便利なペットボトルも文明が崩壊してしまったら作られなくなってしまいます。
あまり暇だったのでジョンに東北の情報を聞きました。いままで敬遠していた土地ですが、そのうち遊びにくることもあるかもしれないですからね。情報収集は大切です。
まずモンスターは魔法攻撃してくるものが多くて、プレイヤーは物理防御の金属鎧より、軽くて軽量な上に魔法耐性の高い革の防具が好まれるようです。ちょうど私も革鎧ですから、ナイスチョイスでしたね。
火属性の魔法に強い耐性がありますが、他の魔法攻撃でもそこそこ耐えてくれます。
プレイヤーの側の攻撃も剣より魔法重視で、武器は銃か弓が好まれるようです。モンスターには魔法、プレイヤーには銃といったところでしょうか。
そうやって話を聞いているうちに、秋田に入りました。文明崩壊後の地球という割りに高速道路の路面状況はそんなひどいものではなく、何度か通行止めのところがあって一般道を走らなければならないこともありましたが、思ったほど時間がかかりませんでした。途中で強いモンスターと遭遇しなかったのもよかったかも。あと車やバイクを見かけることもありましたが、敵対的な行動はありませんでしたし。
高速を降りると、残りの行程は一般道となります。抜けかけているところを鉄板を敷いて簡易補修した橋を渡るときに、川を見たらエメラルドグリーンの水が流れています。博物学のスキルで簡易的な鑑定もできるますが、それによると塩化銅が流れ込んだようですね。上流になにか工場でもあったのかもしれません。
河原には壊れた三輪車が転がっていましたが、修理できそうな自転車ならともかく、三輪車はさすがに需要がないでしょうね。
ジョンはボイスチャットで誰かに連絡します。
およそ10分後、爆音を響かせながら車やバイクが追ってきました。車窓に崩れた建物や倒れた電柱が通り過ぎていく中、バックミラーに怖そうな連中が映っています。
「あいつらは仲間だ。キツい攻撃は禁止。一番いいのは幻惑技みたいなもので、見た目は派手だが、相手にまったくダメージを与えないのがいい……呪術にそういう技があるのか、よくわからんが」
ジョンの口調は最後のあたりになると急に弱くなりました。呪術がわからない、というのは普通のことですから、もっと堂々と「わからん!」と言い切ってもらってかまわないのですが。
なにしろ呪術は習得すれば習得するだけ魔法が使いにくくなる仕様ですから、それをメインにしているプレイヤーは極端に少なくなります。また、同じ呪術でも呪文がプレイヤーごとに違い、自分で入手した呪文でないと呪術が発動しませんから、ネットでの情報交換も消極的。
おそらくサーバーでトップクラスの呪術師であろう私ですら、そもそも呪術がどれほどの種類あるのか全貌がつかめてないのです――いずれ全種類コンプリートの予定なんですけどね。
「そういう技もあるから安心して」
「頼む」
「むしろ約束に対して裏切りってあるから、そっちのほうが心配」
「ああ、それはない」
「本当に?」
「表向きは狂犬連隊というチームなんだが、ほとんどがリアルの友達なんだ」
「じゃあ、みんなまとめて本当はホワイトキャッツエキスプレスのメンバーみたいなもの?」
「みんなが俺の家に遊びにきたとき、お父さんの持ってた古い映画を観ることになって、俺は主人公がかっこいいと思い、みんなは悪役のほうがかっこいいといって、その後このゲームが出て、その映画みたいなことが体験できるかも、とはじめたんだ」
「そういうことなら、せいぜい派手に見えるようにやりましょうかね」
バックミラーに映る車両がだんだん大きくなってきました。
爆音もどんどん大きく聞こえてきます。
グオーーーーーンと排気音を響かせながら1台のバイクが私たちを追い抜きました。なにもかも剥き出しで、青色のガソリンタンクがあり、銀色のエンジンがあり、それを黒いフレームが囲っています。
いまどきの電動スクーターなどとは違い、博物館の展示品ですよ、こんなの。
結構な大型車でナナハンとか、そんなものでしょうか?
私たちの前へ出たバイクはブンブンブンブンブンと空ぶかしをし、左手の中指を立てて私に見せつけました。
下品ですね。
上の銃座から炎弾がバンバン撃ちこまれます。結構きわどいのもありましたが、バイクの男はうまくかわしました。
演技のはずですが、ギリギリすぎて危ないです。
横に車が並びました。白色の、ワンボックスカーというものでしょうか? 四角くて、貨物車みたいな形をしていました。
ただし、屋根が切り取られていて、真っ赤なアイスホッケーのマスクをかぶった男が電撃のようなものを放ちます。
とっさにジョンが急ブレーキ。
フロントガラスを突き破ってアスファルトにゴロゴロということにはなりませんでしたが、シートベルトが肩に食い込んで地味にHPが減りました。
ジョンがシフトレバーを素早く動かして急発進させました。
「3つ足の烏は寿命を迎え、最後の輝きは放つとき。目が眩み、目が潰れ、目が溶ける。色霊は白。この世界を白く輝かせ!」
ダメージの高い攻撃は禁止ということでしたので、前を走る男が振り返ったところを狙って紅鏡乃終焉で手に強い光を生み出してやりました。
目をくらませることに成功したようで、バイクがふらついています。
そこにジョンがアクセルを強く踏み込みました。
あと10センチ、いえ、5センチで追突して転ばせることができたはずですが、バイクはうまく立て直すことに成功しました。
しかし、銃座から炎弾が飛んできて後頭部に激突。バイクはよろよろと道路脇にそれていきます。
白いワンボックス車が幅寄せしてきました。
切り取られた屋根から真っ赤なアイスホッケーのマスクをかぶった男と、青く染めたモヒカン男が荷台に飛びつきます。
ジョンはトラックを蛇行させて振り落とそうとしますが、2人はしっかりとしがみついているようでした――パネルトラックですから、しがみつけるのは有刺鉄線くらいでしょう。痛くないのでしょうか?
振り落とせないとみたら、ジョンはいっそう激しくハンドルをまわし、荷台を白いワンボックス車にぶつけようとしました。
白いワンボックス車は慌てて離れ、スピードを落します。
入れ替わりにバイクが並走しました。この形はアメリカンというタイプのはず。かなりアップなハンドルから手を放した男は腰から拳銃を抜くと、こちらに銃口を向けました。
しかし、一瞬早く、ジョンが短く切り詰めた水平2連の散弾銃を発砲。
アメリカンバイクは慌てて逃げていきました。
演技であって、お芝居であるはずなのに、かなり危険なことを平気でしています。ほかのチームに見られたときの対策でしょうが、わずかにタイミングが狂ったら本当に死人が出そう。
そういうリスクも含めて輸送料ということになるのでしょうが、決して安くはないはずです。
「あれがゴールだ」
襲撃をかわしつつ、反撃を加えつつ、1時間近く走り続けると明野駐屯地に似た施設が見えてきました。つまり要塞です。
10メートル以上の高い塀に囲まれ、四隅に櫓があって、あちこちに銃眼が開いていて、モンスターではなく対人戦を想定した施設のようでした。
ゴールが近いから油断があったのかもしれません。何度振り切っても追いすがってくるしつこい白いワンバックス車が再接近して、そのタイミングで私たちのトラックの屋根からなにかが落下しました。さらに、もう1つ。
その落下したものは白いワンボックス車の切り取られた屋根に落ち、車内に転がりました。アニーとジャネットでした。
トラックに取り付いたホッケー男とモヒカン男が2人を自分たちの車に突き落としたのです。
続いて、自分たちも白いワンボックス車に飛び降りました。それで満足したのか、車もバイクも全部が引き上げていきます。
「ジョン、止めて、アニーとジャネットが……」
「いや、だいじょうぶだ」
「話がついているといっても……」
迫真の場面が続いたので軽く忘れていましたが、これは演技なのです。だから、だいじょうぶ――だいじょうぶ、か?
敵役をつとめているチームは見たところ全員がいかついお兄さん。
一方でアニーとジャネットは若くて美人。
なんとなーく、危ない雰囲気がしないこともない――けど、いちおう『フューチャー・アース・オンライン』は装備や服を脱ぐことはできても、下着までは脱げないようになっています。
ダイブ型VRゲームですから実体験と遜色のないリアルさなのにもかかわらず、性犯罪が発生しても処罰する法律がいまのところありません。双方が合意の上でもVR売春みたいな行為がおこなわれればメーカーとしての評判にかかわりますし。
でも、服の上から胸を触るという程度なら可能です。
「あいつら付き合ってるんだし、なんも心配ねぇよ。俺が燃料を積み込んでいる間、なんかエロいことでもして楽しんでると思うぞ」
「付き合ってる?」
「まあ、リアルでは会ったことないから一般的な彼氏彼女とは違うのかもしれねぇが、まあ、なんだ……お互い、好きというか、そんな感じ」
「まあ、ゲームの中で結婚する人とか、いるしね」
「リアルで実際に会うのは難しいんだよな、あっちは都会、こっちは田舎。それもドのつく田舎でさ、お互いに遠いところに住んでるから」
「でもさ、エロいことって? そういうの、できない仕様だよね?」
いちおう女性は胸がふくらんでいて、触ると柔らかいですけど。一方で男性はモッコリというほどではありませんが、足の付け根のあたりにふくらみがあります。
お互いに触ったりとか、そんなことでもしてるのでしょうか?
なんて破廉恥な!
しかし、ジョンが口にしたのは聞いたこともない単語でした。
「スコスコとかじゃねぇの?」
「スコスコ? なにそれ?」
「あ……なんだ……裸になっても下着はそのままだろ? でも……なんというか………………男の膨らんだところを、女性のその位置にくっつけてスコスコってこすりあわせると、なんだか変な気持ちになるらしいぜ」
「………………へー、それは初耳。で、ジョンもそんなこと普段やってるわけ?」
「そんなわけないだろう!」
ジョンが大声を上げました。すごい顔をこっちに向けますが、運転中なのですから脇見はいけません。
ついでにいうと、髭面のおっさんなのに顔が真っ赤で、すごく動揺しています。
なんか、おもしろいおっさんに変化したぞ? もう少しからかってみましょう。
「ジョンもスコスコしたことあるから知ってるんでしょう? 普通のプレイヤーは変な気持ちになるとか、そんな情報は持ってないと思うよ」
「あいつらは付き合ってるけど、俺は付き合ってる奴はいねぇよ。そういう意味ではソフィンのほうがずっと好みだし」
「ええっ!」
「いや、違う、違う、変な意味じゃない!」
ジョンが慌てて両手を私の前で広げてブンブン振って否定します――運転中に脇見どころか、ハンドルを放してだいじようぶなのでしょうか。
そして、もっとだいじょうぶなのか心配なのが私です。すでに私でスコスコしているエロ妄想を頭の中でしていたに違いありません。
もしかしたら、スコスコを実行しようとしている可能性すらあります。
この剣と魔法の世界で呪術師なんぞやっている私ですから腰に剣なんて佩いてません。しかし、刃物をまったく持っていないというわけでもないのです。標的を攻撃する場合、魔法にしても呪術にしても照準は剣でやりますので。
刃先を向けたところを攻撃が向かうことになっています。
右手の袖口には折メスが忍ばせてありました。ロック機構のない折りたたみナイフとでもいえばいいのでしょうか。
軽く腕を下に動かすと、手のひらに折メスが滑り込んできました。
サッと一振りで刃を開きます。
「やめろ!」
ジョンは叫びますが、それで止まるわけがありません。刃長は短く、先が尖っているわけでもありませんが、切れ味のほうは抜群。首でも裂いて頚動脈をやってしまいましょうか?
「ぼ、僕は……」
僕? いきなりジョンの口調が変わりました。
「僕、小学生だから……」
小学生? こんな髭のおっさんなのに?
「僕、小5で、エロいこと、興味がないと言ったら嘘になるけど、本当のところはよくわかってないから!」
「……前を見て運転したほうがいい。ぶつかるよ」
30メートルくらい先で赤いものが道を塞いでいます。倒れたポストでしょうか? それほどスピードは出てませんから衝突して死にはしないと思いますが、走行不能になっては困ります。
ジョンは慌ててハンドル操作で回避して、そのまま八橋油田の施設の前でトラックを止めます。頑丈そうな鉄板と、鋭いトゲと、有刺鉄線でてきた禍々しい門が開くと、その中にトラックを進めました。
次回の更新は10月6日の予定です