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第4話 油田にGO!

 ヘリコプターの残骸回収の手伝いをしていて、ゾンビと仲良くなり、そのあと底が見えないほどの深い割れ目に誘導してすべてのゾンビを落としてやれました。


 200体ほどのゾンビを撃墜死された様子は、まるでゾンビの雨が降っているみたいで、私に「ゾンビレイン」という新しいあだ名がつきました。


 しかし、まあ、無事に帰ってきたのだから、それでいいことにしておきましょう。ログアウトできないし、HP全損になったら復活できない現在の『フューチャー・アース・オンライン』の状況からすると、とにかく生きていることが大事だと感じます。




 明野の要塞に戻ってくると、ちょうど別のトラックがやってきたところでした。ここにある車両は全部緑色に塗られています――OD色というのでしょうか、オリーブドラブといえばいいのか、レンジャーグリーンなのか知りませんが、とにかく緑色です。


 ところが、そこにやってきたトラックは白が基調です――薄汚れていて、茶色っぽくなっていますが、元の色はたぶん白。


 白のパネルトラックには「宅配便」の文字と赤くて丸いものを咥えた白猫の絵が描かれていました。誰でも知ってますよね、白猫トマトの宅配便です。


 いまどき買い物といえばデータをダウンロードして自宅の3Dプリンターて完成させるか、どうしても運ばなければならないものは宅配ドローンが配達しますけど、その宅配ドローンの横にも同じようにトマトを咥えた白猫が描かれたものが結構ありました。ネトゲ中心の生活をしている私の場合、この宅配ドローンにはかなりお世話になっています。


 家の外に出るの、好きじゃないし。


 買い物にいくの、嫌いだし。


 リアルでも散々お世話になっている白猫トマトですが、今日は私においしいものでも運んできたのでしょうか? なにも注文した覚えがないのですが。


 運転席からは革ジャンに、よれよれのジーンズで、腰に短く切り詰めた水平2連のショットガンをぶちこんだ男が降りてきました。長髪というより、ただ長いこと手入れされてないだけのボサボサの髪に、無精ひげが黒々と顎を覆っていました。


 トラックのほうもバンパーのかわりに鋤のようなものがついていて、荷台には有刺鉄線が巻かれて上には銃座が2つもあります。運転席は牢屋のように頑丈そうな格子がはまっていました。車体の横には杭のように先を尖らせた鉄棒がいっぱい生えていていますし、後ろのバンパーはブルドーザーの排土板ブレードがついていて追突攻撃に備えていました。


 銃座にはやはり護衛役でしょうか。革の鎧を着込んだ女性が鋭い目つきで周囲を見ていました。2つの銃座の2人とも女性で、アマゾネスといったら怒られますが、なかなか強そうな雰囲気。


 なんとも凶悪そうな白猫トマトです。しかも、無精ひげの男がこっちを見ていました。ちょっと怖いです。


 先制攻撃でさっさと殺してしまおうか悩んでいたのですが、無精ひげの男は私から目を反らすと門番に話しかけました。


「ディーゼル用の軽油を持ってきた」


「おう、いつもの倉庫に運んでおいてくれ」


 燃料とはなかなか狙われやすいものを運んでいますね。あの強そうな護衛も納得です。こっちを見ていたのも警戒していたせいかも。


 ただ、私は燃料なんていらないのでがっかりです。白猫トマトがやってくると、たいてい欲しいものが手に入るのですが――この世界にも白猫トマトあるんですね。いや、あれは白猫トマトのトラックを手に入れただけのプレイヤーで、わざわざ荷台を塗装する手間をかけてないだけでしょうが。


 きれいな車に乗っていると、それだけで狙われる可能性が高まるのがこの世界。もっとも、車の好きなプレイヤーは洗車も板金もしないから外見は汚くて傷や凹みが多数でも、ボンネットを開けるとエンジンは顔が映りそうなほどピカピカにするのが楽しいとかいいますけど。


 無精ひげの男は再び運転席に乗り込み、エンジンをかけました。エンジンも改造されているのか、とても勇ましい排気音がします。ドドドドドドと重そうな音を響かせながら、とんでもなく凶悪そうな白猫トマトのトラックが私の目の前を通り過ぎて行きました。




 スクラップのヘリコプターが飛行実験隊の建物に運び込まれたのを見届けて、私は鬼丸にこれで依頼は完了ということでいいのか確認を取りました。これで完了してないわけではないですが、なにしろ報酬が『ヘリコプターの初飛行の搭乗券』と書かれた紙切れですので、ちゃんと有効かどうか書いた本人に念を押しておいた方が無難です。


「ああ、依頼は完了。写真で見せてもらったものより、現物のほうがずっと状態がよかったから、こっちは大満足だ……そこでだが、もう1件こっちの頼みを聞いてもらうわけにはいかないか?」


「は? 今度はなに?」


「どうやらソフィンはあっちこっち旅してまわっているようだが、東北には詳しいだろうか?」


「いったことないけど……」


「おお! それならちょうどいいチャンスじゃないか。さっき運び屋が燃料を運んできたんだが、あれ、秋田からきてるんだ」


「それは知ってる」


 日本では原油はほとんど出ませんが、この『フューチャー・アース・オンライン』の世界に限定すると秋田県の八橋油田のみが稼働中――なのですが、その周辺は治安の激悪。油田を奪おうと、車やバイクのマニアといえば聞こえはいいですけど、実体は暴走族みたいなギルドがいくつも徘徊しているという噂です。


 リアルで人を殺したら刑務所とか損害賠償とか、場合によっては死刑ですけど、ゲームでPKやると殺したプレイヤーの装備を奪えたりしますからね。ペナルティーはなくて、メリットばかり。


 まあ、やりすぎるとボーカメで悪い噂が広がって、討伐チームが結成されて100回は殺すとか、生産職のプレイヤーが強力な武器や防具を売ってくれなくなるとか、それなりにデメリットも出てくるのですが。


 しかし、八橋油田を巣にしている暴走族というか、珍走団みたいな馬鹿連中は自分たちのテリトリーから出ることはないようで、他の一般プレイヤーとかかわらないなら悪評なんてどうでもよくなってしまいます。


 結果として、本来はみんなで仲良くモンスター狩りをするゲームなのに、プレイヤーとプレイヤーが争い、永遠の殺し合いが続いているエリアが完成!


 ガチPKやってる場所にいきたいと思いますか?


 とんだ修羅の国です。


「この駐屯地ではディーゼル燃料を定期的に買って、さっきの男――ジョンという名前なんだが、そのジョンに毎月1回、油田からここまで輸送してもらっているわけだ」


「今月分はさっき運んできたんじゃないの? 来月の予定はわからないわよ。私だけじゃなくて、みんなそうだと思うけど……正直、生きてるのかもわからない」


「いや、その定期輸送ではなく、臨時便を頼むことで上と話ができている」


 鬼丸の話によると今回の残骸でヘリコプターの再生作業が終わるらしい。つまり飛べる状態になるわけで、そうなったら一刻も早く飛ばしたいのは当然です。


 しかし、魔の悪いことに今月分が届いたばかりで、次回はまるまる1か月後。


 とても待てない! というわけで、臨時便を出してもらうことで明野駐屯地の司令官と交渉して、許可をもらったとそうです――お金があれば自分たちで臨時便を出せますけど、飛行実験隊の人たち、とても貧乏ですからね。


 あっ! そういえば私の報酬はどうなるのでしょう? それも司令官が出してくれるのでしょうか?


「それなんだが……初飛行の搭乗券を渡してあるだろう? 燃料を運ぶ間に、こっちはヘリの修理を終わらせる。券を利用するためには、燃料を運ばないと駄目だろう?」


「私は別にここで待っててもいいし、輸送に何日かかるのか知らないけど、そのタイミングで戻ってきてもいいし、無理に危ない土地にいく必要はないような気がするけど」


「正直なところジョンは信頼できる運び屋で、いままで一度として失敗したことがないんだ。だから、別にソフィンを護衛につける必要はないかもしれない」


「それならなおさら――」


「しかし、いまは非常事態だろ? 万全を期しておきたいんだ。途中で燃料を奪われて、また運ぶとなったら初飛行も遅れてしまう!」


 ちゃんと非常事態だとわかっているのに、初飛行が何日か遅れたら駄目ですか? まったくブレない人です。


 わかりました。おもしろいですから、最後まで付き合いましょうか。いまの『フューチャー・アース・オンライン』はどこへいってもリアルに帰る方法とか、死んだらどうなるかとか、みんなそんなことばかり気にしているのに。


 現状からすると、きっと油田周辺にいるガチPKやってる連中も、まさかいままでと同じノリで殺し合いをしているはずがありませんし――しょせんはゲーマーです。リアルでバイクや車を暴走させたり、喧嘩にあけくれているわけがありません。


 むしろ、その反対でしょう。おっかない同級生に睨まれて、教室の隅で震えているような馬鹿か阿呆か間抜けがゲームの中でイキってるだけで、反撃されたら自分も死ぬかもしれない状況でPKを続ける根性なんて絶対にないです。


 そうすると、結局は報酬の問題になりますね。


 またしても鬼丸が紙を用意します。


「さあ、今度はどんな券が欲しい?」


 またこれかぁ……なんとなく予想はついていましたけどね。


 2人で話し合いをした結果、今回は「ヘリ出前権」をもらいました。鬼丸とフレンド登録したので、これでいつでもボイスチャットでもメールでも送れます。私が指定する時間と場所にヘリコプターを飛ばしてくれる権利です。


 乗りたければ乗せてもらうこともできますし、そもそも偵察用のヘリコプターですから上空から調べ物をしてもらうこともできます――ただし燃料代は実費をこっちが払うことになりました。また武装が間に合ったら弾代を出すなら航空支援を頼めば上空から攻撃してくれるように交渉もしました。


 まあ、実際にはどんな場面で使うことになるかわかりませんが、そこそこ使いでのある券じゃないですかね。






 白猫トマト印の武装トラックに乗せてもらうことができました。運転席がジョン、前の銃座がアニー、後ろの銃座がジャネット、そして助手席が私です。


 彼らは『ホワイトキャッツエキスプレス』というチームだそうです。この『フューチャー・アース・オンライン』ではプレイヤーの集まりをギルドと称しますが、車やバイクが好きで集まっているプレイヤーは自分たちのことをチームと呼ぶのでした。


「ルフィンって呼んでいいんのか?」


 走り出してすぐジョンが話しかけてきました。いろいろな考えがあると思いますが、私はゲームの中では呼び捨て、ため口でいいと思っています。あきらかに自分より年齢が上だな、と感じるプレイヤーもいますけど、リアルの事情なんて知りません。


「私もジョンと呼ばせてもらうから」


「それでいい」


 どうやらジョンも同じように思っているようです。見た目は怖そうなオッサンですけど、意外と話せばいい人かもしれません。


 リアルではこんなオッサンがいたら会話するどころか、すぐに逃げますけど、ゲーム内なら平気。


 窓の外では半壊したビルやぐちゃっと潰れた鉄塔など、かなりひどい風景が広がっています。このあたりは世界最終戦争で大きな被害を受けているようですね。いろいろ見てまわっているつもりでも、すべての場所にいけるわけではないことはわかっています。しかし、それがちょっともどかしい気分になりました。


「東北のほうっていったことないけど、イカれた連中ばかりとか、あんまりいい噂は聞かない。実際のところはどうなの?」


「珍走団を気取ってる阿呆は結構いるぞ。いっそガソリンがまったくないほうがよかったのかもしれねぇが……まあ、俺は運び屋の仕事が嫌いじゃねぇから、少ないながらも日本に油田があって助かっているが」


「襲われることもあるの?」


「駐屯地の兵隊連中から聞いてないか? 俺は一度も定期便をしくじったことがねぇんだ」


「優秀なの? 裏道とか、抜け道とか、出し抜く手がいっぱいあるとか」


「あ………………これは一緒に仕事するんだからソフィンにいっておいたほうがいいかな。襲われるのは毎回襲われるんだが、裏で約束ができてる。だから、もしヤバそうな雰囲気になっても俺が攻撃しろと言うまで手は出さないで欲しいんだが」


 ジョンが言うには、八橋油田の周辺はどこかの珍走団が攻撃したら、その最初の1発を入れた連中に優先権が発生するとのこと。いわゆる横殴り禁止ということですね。


 逆にいうと事前に知り合いの珍走団と交渉して、他の連中が1発入れる前に攻撃してもらって、馴れ合いの抗争をしながら目的地に向かって進み、八橋油田のすぐ近くで振り切って製油施設に逃げ込むという形をとれば安全だというのです。


 なるほど、と思いますが、うまくいくのかな?


「フィールドとかダンジョンでもプレイヤーが戦って弱らせたモンスターを割り込んで倒して経験値やドロップ品をいただく、横殴りはマナー的に禁止だけど、守らない奴、結構いるよね? 普通にモンスター狩りしているプレイヤーでもマナーの悪い奴がいるのに、そんなバイクで暴走している連中がマナーを守れるの?」


「過去に横殴りでもめて、どちらか一方がゲームを辞めるまで延々と殺し合いが続いたことがあってね。リアルじゃどうか知らねぇが、こういうキャラで、こんなロープレやってたら、どうだってナメられるわけにはいかねぇ。引くに引けねぇから、とことんまでやりあうしかなくなっちまう。それで、そんな条約みたいなもんがチームの間で結ばれたわけだ」


「問題はちゃんと守られてるの?」


「何度も破られた結果、修理工場のオヤジが間に入って、いまでは破るチームはまずない」


「何者なの、その修理工場のオヤジって? とんでもないハイレベルなプレイヤー?」


「車やバイクの修理している整備士さ。破ったチームは修理してもらえなくなる。珍走団の連中はバイクいじりが好きな奴も多いから簡単な整備くらいならできる奴も多いが、本格的に修理は無理だ。なにしろ、その整備士――新川のオヤジとみんなから呼ばれているが、ない部品は旋盤やフライス盤で削り出してしまう腕だからな。それにガソリンも売ってる。いつも奪えるとは限らねぇし、どんな荒れくれチームのメンバーでも自腹で給油したことない奴なんていないだろ」


 このトラックの整備もそこでやってる、とジョンが付け加えました。


 文明崩壊後ですから、部品といってもショップやメーカーに注文すればいいというものではありません。一方で小さなパーツ1つでもなければ動かないという場合もあるでしょう。エンジンなどは特に。


 そう考えますと、整備能力の高いプレイヤーは命を直接その手に握っているのとかわらないでしょうね。秋田の油田周辺は治安が悪いので有名ですから、他に何軒も整備工場があるとは思えませんし。


 壊したら二度と車やバイクを走らせられないリスクを背負ってまでルールを破るのなら、それだけのメリットがなければいけませんが……私たちが運ぶのはケロシンを1000リッター。ガスタービン用の燃料ですが、また、だいたい灯油みたいなものです。


 もちろん、ガソリンエンジンには使えません。


 リスクを背負ってまで奪いたくなるようなものではないですね。


 飛行実験隊のメンバーには悪いですが、最悪は荷台のドラム缶を外に捨てて、空荷にしてしまえば、それ以上は追ってくることないでしょうし。


 ジョンのボイスチャットに誰かが連絡してきたようです。あまりいい話ではなさそう。顔がだんだん険しくなってきます。


「追ってくる車があるそうだ」


 連絡してきたのはジャネットで、彼女は肉眼だけでなく、双眼鏡で後方を遠くまで確認しているらしい。


「折れ合いの襲撃をする約束の相手ではなくて?」


「まだ関東だぞ。やっと東京の近くまできただけで、秋田までまだまだ。ここらへんは走り屋みたいなチームはいても、凶暴なのは滅多にいない。だから、警戒しすぎかもしれないが、いちおう、念のため」


「そういうことなら、私が勝手に判断して攻撃してもいい?」


「やるなら確実にしとめてくれ。中途半端に攻撃して、相手を怒らせて、しつこくつきまとわれるのはゴメンだ」


「殺せるタイミングのみで攻撃可、ね?」


「それで頼む」


 話がついたときには、バックミラーでも後ろから走ってくる車を見ることができました。こっちだって時速80から100キロで走っているのに、どんどん近づいてきます。


 いったい何キロ出しているのでしょうか。


 下手をしたら、こっちの2倍、200キロとか、それ以上かもしれません。


 甲高い排気音を撒き散らしながら、黒いスポーツカーが走ってきて……追い抜いていきました。


「なんでもなかったようだな」


 ジョンも少し緊張していたようです。


「メチャクチャなスピードね」


「好きな連中、いるから。高速を流していると、たまに追い越されたり、すれ違ったりする。逆走だけはカンベンして欲しいんだが」


 それから30分ほど走ると、中央分離帯に黒いスポーツカーが刺さっていました。降りて確認するまでもなく、ドライバーは死んでいることでしょう。なにしろ車体がバラバラで原形をとどめていないのですから。


「事故なのか、自殺なのか……死んだらリアルに帰れるって言ってる奴が結構いるらしいな。どこから出た噂かしらねぇが。最期に思いっきり走って、いまごろリアルで目を覚ましてるのかね?」


「こんなはずでは、と地獄で泣いてるかもよ」


 ジョンの問いに、私なりに答えました。


毎週土曜更新です

次回は29日を予定しています

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