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第3話 ゾンビの雨

 墜落したヘリコプターの情報を『なんでも修理する券』と交換しました。


 安全に回収する手伝いに『ヘリコプターの初飛行の搭乗券』をもらいました――修理している5人は飛べるようになったら一刻も早く飛ばしてみたい。しかし、座席は2つ。その貴重なシートの1つを私がもぎ取りました。


 そして、私たちはヘリコプターを回収するために、ゾンビの森こと、山梨県の青木ヶ原樹海を目指します。


 まずは73式大型トラックが3両用意されました。だいたい『フューチャー・アース・オンライン』でよくある仕様になっています。


 つまりバンパーのところはトゲトゲがついていて、車両全体に有刺鉄線が張り巡らされている仕様です。他にも運転席の上には円筒の銃座があって、太いパイプが突き出していました。


 大砲でも装備しているのでしょうか?


 戦闘行為が禁止されている街中と違い、その門の外に出るとフィールドですからPKでもなんでもありな世界。しかも、車両は数が少ないので、高額で取引されるアイテムです。


 さらにトラックは積荷にも価値であるわけですから、ろくでなしなプレイヤーから狙われやすい存在でありますが――自衛隊のイメージ悪化が心配です。この世界のトラックの標準仕様なんですけどね。


 メンバーは飛行実験隊5人だけでなく、他からも人を出してもらい20名ほどになります。


 途中での戦闘を想定しているのか、全員が銃ではなく剣と鎧を装備していますけど、なぜか迷彩服の上から胴をつけ、腰に剣をぶらさげて、頭にはヘルメットという、なんとも珍妙な格好でした。


 私は地図作成というスキルを持っているので必要な場所の手書きの地図は何百枚と魔法鞄の中にありますが、車両で移動することがないので道路地図は1枚もありません。


 車もバイクも持ってないですからね。自転車だって結構いい値段しますから、この世界。


 貴重な車と、高価な燃料を使うより、無料で使い放題の移転門ですよ。


 でも、今回はそういうわけにはいかないですし、車両も燃料も相手持ち。どこなら走れるのか記した道路地図も用意されていました――まあ、戦争やろうとしていた人たちですし、結構な人数が所属する組織みたいですから、日本全国の道路地図くらいとっくに準備済みなのでしょうが。


 世紀末な武装トラックで疾走する高速道路はなかなか快適です。一部で崩落していたり、路面の状態が悪くて走れない場所もありますけど、私はリアルでも車に乗ることがほとんどなく、高速道路ははじめての体験ですから、とても楽しく感じました――はじめての体験がヴァーチャル世界という部分は悲しかったですけど。


 おっと、ここで減速して……ウインカーを出しました。見た目はアレなトラックですが、運転手はまあまあまとものようです。


 一度、高速道路を降りるようです。通行不可な場所は道路地図に記されているので、長距離移動はこうやって一般道を織り交ぜることになるのでした。


 文明崩壊後ですから国とか政府はありませんし、インフラ整備する人のいない世界ですからしかたないですけど。


 それに走りやすさは別にして、移動速度だけでみると高速道路と一般道で大きな差はありません。すべての信号機が壊れていてもまったく問題がないほど車の数が極端に少ないですから。


 一般道を走りはじめてすぐに小型のモンスターが前方を塞いでいるのが見えました。どうやらゴブリンの集団みたいです。


 100メートルくらい先でしょうか。


 最弱クラスの雑魚モンスターですから、わざわざトラックを止めて降りて戦うのも面倒だし、この人数なら1人くらいは遠距離魔法の使い手がいるんじゃないかな? と期待していたのですが、魔法攻撃すら面倒らしく、そのままトラックは前進。


 コブリンの集団はトゲトゲのバンパーに蹴散らされ、運の悪いのはトラック本体に轢き潰されました。


 車内はちょっと揺れました――世紀末な武装トラックにとってゴブリンとの戦闘なんて「ちょっと揺れた」レベルのものらしいです。


 なんか、いいですね。こういう世紀末な武装トラック、私も欲しくなっちゃいました。大爆走して道路にいるモンスターもプレイヤーもみんなまとめて轢いて撥ねて、大虐殺です。タイヤを車体からはみ出すほど大きくして、そのタイヤにもトゲトゲをつけたら無敵じゃないの?


 ミノタウルスのような大物が出てきたときには運転席の上にある銃座から炎が噴出しました。大砲なのか、火炎放射器なのか、そう思ったのですが、ただの火属性の魔法でした。


 砲弾もガソリンの高いですし、魔法からMP消費だけですからね、しょうがない。私が1人で勝手にわくわくしていただけですから。わくわく感ががっかりに変わってちょっと凹んだだけ。




 とうとう舗装された道路が終わり、山道に踏み込みます。荒れたアスファルトも危険ですが、草が生い茂って足元が視界不良な山道はもっと危険。うっかりすると道ではなくて、崖だったりしますから。


 しかし、運転手は不整地の運転に手馴れたものでした。たぶんリアルでの運転技術ですね。ドライバーはミリタリーグッズのコレクターとか、サバゲのゲーマーとかではなく、きっと本職なのでしょう。


 だいたいのところまできたら、あとは私が指示して墜落現場までやってきました。


 20人いるうち、15人と5人はまったくテンションが違います。その5人とはもちろん飛行実験隊のメンバーで、残骸が見えてくるといち早くトラックから飛び降りて全力で走ります。


 路面が悪く、徐行運転なのでプレイヤーの全力ダッシュのほうが早いのですが……ウガーとかスゲーとか、わめき散らしながら走っている姿は子供です。


 そこに森の奥からふらふらと彷徨い歩く人型のシルエット。


 ゾンビです。


 停車した瞬間にトラックから飛び出し、できるだけヘリコプターやトラックから離れますが、同時に離れすぎてもいけません。こっちにゾンビをひきつけつつ、回収作業の邪魔になりそうなゾンビが新たに現れたら、それにも対処していく必要があるので、あまりに遠すぎては駄目なのです。


「我は新たなる同胞を受け入れる。生ける屍たちよ、友愛と情愛と慈愛と寵愛と熱愛と純愛をもって我と接しよ。これにより生者と死者にかりそめの縁が芽生えん!」


 やっと私の出番です。喪屍朋友バッドドールプレイでゾンビと仲良くなります。飛行実験隊の5人をターゲットにしていたはずのゾンビが私に釘付けです。もう目を離すなんてこと、どうしたってできません。


 臭い野郎どもが私のほうにどんどん寄ってきました。


 なんか、みんな私のことが大好きっぽいです。


 私、モテ期?


 ちっとも嬉しくないですが……精神的に腐った女子は周囲にいないこともありませんが、肉体的に腐った人間は周囲にいて欲しくありません。


「いまのうちに……早く」


 限度というものがありますからね。


 ところが、彼らは急ぎません。


 まずはヘリコプターの周囲に集合です。


「世界最終戦争を戦い抜いて名誉の戦死を遂げた先輩に敬礼!」


 1人が号令を発し、全員が敬礼します。


 いや、世界最終戦争はゲームの設定だから。


 1999年に戦争は起きなかったから。


 たぶん……というか、絶対にそこでは誰も死んでないですよ?


 敬意と弔意を告げると、今度はヘリコプターの状態を確認しまじめました。


「テールローターが破損してるぞ」

「それではコントロール不能だな」

「しかし、その割りに機体の損傷が少ない」

「地面と接触した左側面はともかく、後の部分はきれいなものだ」

「汚れてるからわかり難いが、傷も凹みもぜんぜんないぞ」

「上手に軟着陸させたようだ」


 いや、そういう雑談は安全な要塞の内部でしたらいいんじゃないでしょうか? ゾンビがいっぱいいる中で楽しそうにお喋りする必要はないと思うんですけど。


 サッと邪魔な木を切って、パッとヘリコプターをトラックに積み込んで、すかさず撤収。そういうプランじゃないの?


 ないみたいです。


 まだまだ機体の評価が続きました。


「結論としては横倒しになってメインローターは折れて使い物にならないし、尾部はなくなっていて、機体に傷や凹みはできている……が、それ以外は状態がいい」

「そういうことだな。見た目は酷いスクラップだが、これは掘り出し物だぞ」

「エンジン関係は一部腐食している部品を除いて、かなり使えそうだ」

「それより、見ろよ! 一番素晴らしいのは91式誘導弾が2発も残っている」

「1発は分解して、似たようなものが製造できないか技術研究に入ろう」

「分解中に爆発させるなよ。デスゲームかもしれないのだから」

「操縦席に遺体らしいものはないし、意外と殉職ではなく、うまく不時着させたということなんだろうな」


 だったら、最初の敬礼はいらなかったよね? いくら呪術があるからといって、無限にゾンビを抑えておけるわけがありません。何度も重ねがけをしていますが、そろそろ限界が近いようです。


「あと10分くらいしかもたない」


 私が声をかけると、あっさりとこんなことを言うのです。


「そいつらさ、目障りだし、みんなまとめて処理してよ」


 いまこの瞬間も森の奥からゾンビは湧き続け、どんどん増えているのです。それを気軽にみんなまとめて処理とか!


 自分でやれよ、できるなら。と思いました。


 ゲームによっていろいろ設定があるものの、アンデット系モンスターの中でゾンビはそんなに強いほうではありません。この『フューチャー・アース・オンライン』ではアンデット系モンスターで最弱レベル。


 攻撃だって噛みつきオンリー。ただしHPが削られるだけでなく、状態異常のデバフがつきます。悪寒や嘔吐や意識混濁などがランダムに発生しますが、状態異常の回復ポーションはちょっと値段が高めで、僧侶や神官のスキルは人気がないのであまりいません。


 しかもゾンビはたいてい集団で襲ってきますから何度も噛まれ、そのたびにデバフが重ねがけされたり、複数の状態異常になったりして、一撃は大したことなくても、数の暴力に負けてしまうことも多いのでした。


 しかも、いまは森の奥から次々にわくゾンビを私が喪屍朋友で手懐けている状態ですから、ざっと200体くらいに包囲されています。呪術にかかっている間は問題ありません――臭かったり、グロかったり、SAN値というパラメーターがないからいいものの、あったら少し危ない感じはありますが、肉体的にはまあまあ安全です。


 しかし、ここで一撃でも攻撃したら喪屍朋友の呪術効果は消滅し、ゾンビは私たちを一斉に攻撃します。


 つまり「みんなまとめて処理する」というのは一撃で200体ほどのゾンビを殺せ、という意味になりますよね? 1発でいいから核ミサイルを貸してくれ、と頼みたくなります。


「渾沌と暗黒の世において死にながらにして生きる腐敗した友垣よ。我は楽長、汝らは我の両手に合わせて踊り狂え」


 しかたなく私は喪屍鎮魂曲ゾンビオーケストラの呪文を詠唱しました。これも対ゾンビの呪術で、友好関係ではなく、操る呪術になります。


「こっちにおいで!」


 私が手をひらひらさせて呼び集めると、200体のゾンビはさらに密集度を増してこっちに迫ってきます。その白濁して蛆虫のたかった眼球は私の手に釘付けになっていました。


「こっちにいきます!」


 誘うように手を振って歩き出すと、ゾンビも私の後に続いてぞろぞろとついてきました。


 20分以上かけてゾンビの集団を1キロほど移動させると、その先には森に巨大な亀裂が走っていました。


 この『フューチャー・アース・オンライン』の世界にはリアルにはない割れ目とか窪地があります――窪地というのは表現が控え目すぎますね、クレーターと言い換えましょう。巨大な隕石が落ちてきたのか、強力な爆弾のせいなのか不明ですが、あちらこちらに存在してます。


 このゾンビの森には全長が10キロ近くあり、幅は一番被害の大きいところで20メートルはあるような割れ目がありました。


 それがここです。


 深さは不明。


 調査したことがあるので私は知っています。不明というか、すごく深い。


 もしかしたら底に未知のダンジョンの入口があったらロマンですよね?


 30メートルのザイルを買ってきて降下してみました――リアルでは垂直降下なんて無理ですけど、登攀のスキル持ちなので冬鎧瑠奈のできないことでも夜照ルフィンは簡単に出来てしまうのです。


 結論から言うと30メートルの垂直降下ではぜんぜん足りませんでした。


 ここで手を放しても、着地と同時に華麗な受身を取れば助かるかもしれない、と試してみました


 結構長い時間、浮遊感があり、次の瞬間、ベシャ! となって死に戻りしました。


「進んで、進んで」


 私は亀裂にゾンビたちを誘導していきます。


 ゾンビは疑うことなくどんどん進み、割れ目に差しかかるとスッと下に消えていきました。


 地の底でベチッとなにかが叩きつけられた音がしたような気がしましたが、気がしただけですから、きっと気のせいです。ベチベチベチと連続しはじめたようですけど、これも気のせい。


 ベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチ。


 どんどんゾンビが消えていきます。


 最後の1体がいなくなったところで、私はトラックのところに戻りました。


 ちょうど浮遊の魔法でヘリコプターを積み込んだところでした。こういうときは便利ですね、魔法。クレーンがいりません。


 あれだけの要塞を作ったプレイヤーですから、こういうのは得意だろうと思っていましたが、あれだけの大きさと質量のものを簡単にトラックの荷台におさめた載せるのですから見事です。


 これで依頼は完了ですね。またトラックに便乗させてもらって明野駐屯地に帰ります。




 と、まあ、これで終わっていれば珍しい体験でした、というだけですが。






 ボーカメが!


 ゾンビを操って割れ目にダイブさせたところがしっかり映されていたようで、このとき日本中の冒険者ユニオンではあまりにもグロい画像にゲッーとなるプレイヤーが続出。


 私は割れ目の上にいましたが、ボーカメの画像では底で潰れる様子とか、ゾンビが雨のように降ってくるところなども中継されていたようで、トイレが汚れたり、酢っぱい臭気で満たされたり、我慢できずに床にぶちまけたり、前や隣に座っていたプレイヤーが浴びたり、踏んで靴やズボンの裾が汚れたり、なかなか悲惨な状況だったみたい。


 阿鼻叫喚の地獄というものがあったら、こんな感じかもしれません。


 おかげで数多い私につけられたあだ名に「ゾンビレイン」というのが追加されることになったのです。

毎週土曜日更新予定です。

次回は22日となります

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