第14話 これでおしまい!
第14話
武装バスが進めなくなり、四方八方から撃たれまくっているところに八橋油田からと、街からと、ちょうどいいタイミングで応援部隊が到着し、戦線は一気に私たちに傾きました。
もっと、はっきりいえば暴走族なんて時間の問題で壊滅ですよ、それほどの戦力差。いままで数で圧倒されていましたが、それが逆転。さらに質の問題もあります。攻略の最前線で戦っている脳筋の戦闘狂みたいなプレイヤーがぞろぞろいるのですから。
そこに……追い討ちをかけるように超高威力の火炎ブレス。
結構レベルが高く、HPもそれなりにあるはずの暴走族メンバーが一撃死。
それはそうでしょうね、なにしろドラゴンのブレスですから。
このところ、ずっとPK戦ばかりだから忘れそうになりますが、そもそも『フューチャー・アース・オンライン』はプレイヤーが協力してモンスターを狩りをやって楽しむゲームです。ゴブリンのようなゴミみたいなモンスターから、ドラゴンのようにソロやパーティーでは勝てないクラスの強者もいます。
そして、ゲームですからモンスターはフィールドを無意味に移動し続けるわけではなく、プレイヤーがいれば近づいて攻撃してくるのでした。
だから、こうやってフィールドで大勢のプレイヤーが集まっていると、高レベルのモンスターが攻撃してきたり、低レベルのモンスターが大量に襲ってきたり、そんなことが頻繁に起きます――起きないとゲームとして退屈すぎますしね。
しかし、いま、このタイミングはどうなんでしょう?
空気読めよ! と思います。
まあ、読めないでしょうね、ドラゴンだし。思考ルーチンはAIのはずですが、いまはウイルス感染して、どういう形かわかりませんが変質しているのは確実。
もともとモンスターは冒険者の敵ですから、どのような変質であったとしても味方になるということはないですよね。いま火炎ブレスで暴走族を焼き払いましたが、別に私たちを助けたいという気持ちから攻撃したわけではなく、私たちも暴走族たちと一緒に焼き殺すつもりだったはず――たまたまミドガが先に気づいて魔法でシールドを張ってくれたらか無傷だっただけで。
だから、ブレスで無傷だった武装バスに突っ込んできました。自身の持つ最高の攻撃技でダメージを1すら与えられなかったのが不満みたいです。ギャーと奇声を上げながら両足を激しくバタつかせます――このあたりAIのせいか生物っぽいしぐさに見えました。
武装バスの鼻先に着陸したドラゴンは頭を叩きつけてきました。バスの全長は1メートルほどですが、ドラゴンはその3倍の30メートルはありますし、顔だけだって人間の身長の2人分を超えますから、一撃で簡単に運転席が潰されましたのは当然です。
もちろん、その上にある銃座なんてペチャンコです――私はドラゴンが降りてきたから、すぐに逃げ出して無事でしたが、もし一歩でも遅れていたら巻き込まれて、いまごろミンチになっていたでしょう。
ハンバーグは嫌いじゃありませんが、自分がそうなりたいとは思いません。
「アニー? ジャネット? 生きてる?」
「死んじゃいないけど、死にそう」
「ポーションあるからいいけど……飲む意味ないかもしれないよね」
どうも2人とも諦め気味のよう。30メートル超の真っ青な巨体はシルフィードラゴン。大きな翼は風を操り、毒と火炎の2種類のブレスを吐き分ける『フューチャー・アース・オンライン』でもっとも危険なモンスターの1つですから。
ソロやコンビで戦って勝てる相手ではありませんし、普通のパーティーでも全滅必須。
バスが動くなら逃げるという選択肢もありました――逃げ切れるかは別として、ジャネットもアニーもそういのが得意なチームのメンバーなのですから、得意技を最大限に発揮して、その結果として負けるのなら諦めもつくでしょう。しかし、バスは故障している上に、周囲は下品なカスタム車両の廃車置場となっています。
ただし……ここにいるのは私たちだけではありません。
強いモンスターと戦うためだけに『フューチャー・アース・オンライン』をやっているようなプレイヤーが数十人ほど。こんなに応援を呼んだ覚えはありませんが、ギルドマスターのエバーラスティングと、サブマスターのミドガが遠征にいくといったら、おもしろがって他のメンバーもくっついてきたのでしょう。
「レア素材だ! レア素材が転がっとるぞ!」
「新しい鎧、いっちゃう?」
「おおっ……ちょうど風属性の兜が欲しかったんだよな」
「俺は篭手が欲しい!」
「あの牙を見ろよ。素敵な剣になりそうだぞ」
脳筋連中は最強クラスのモンスターを見ても、素敵な素材がやってきたように感じるみたい。みんなで仲良く遊ぶことを至上の目的としている『フューチャー・アース・オンライン』ではドロップアイテムの分配でもめないように、どんなモンスターを倒したところで強い武器や防具は出てきませんが、かわりに素材アイテムはそこそこドロップします。
武器屋とか鍛冶屋と仲良くすれば材料を持ち込みでいい武器や防具を作ってもらえるような仕様となっていました。
絶対ではないですが、このシルフィードラゴンを倒せばそれなりの量のレアなドラゴン系の素材がドロップするはず。
だから、いい素材が入手できそうなのは事実なのですが……もちろん、すぐにもらえるわけではありません。倒すのが絶対条件となります。
「うおーっ!」
まず斬りかかったのはエバーラスティングです。不朽の囚人というギルドを率いるマスターですけど、交戦中毒にして戦闘狂にして狂戦士ですから。
強い奴がいれば、とりあえず斬る!
作戦は以上!
いや、ソレ作戦とは言わないし……というのが不朽の囚人のいつもの作戦でした。
ギルマスが斬りかかったのを見て、ギルメンが黙っていられるわけがありません。次々に抜刀し、シルフィードラゴンに突撃していきます。
後衛はミドガが仕切り、脳筋連中がなにも考えずに突っ込んでいっても、そうそう簡単には死なないようにバリアを張ったり、ヒールを飛ばしたりしました。もちろん、攻撃の手も緩めません。
おのおのが勝手なことをしているようで、不思議と連携がとれているギルドでした。
不朽の囚人の前衛と後衛の間では双子が走りまわっています。この2人の武器は銃ですから、PK戦では無類の強さだとしても、モンスターを相手にするには威力が弱すぎます。
それを補うためか、単にえげつない性格なのか、集中的に狙うのは目でした。右目をアオイ、左目をアカネが軍用ライフルでバンバン銃撃していきます。人間でいうと目に小さなゴミが飛び込んだような程度でしょうが、普段なら大したことはなくても、戦闘中に目にゴミが入ったらたまりません。
油田からの応援部隊も最初は作戦らしい作戦もなく、ただ無闇に突撃していく不朽の囚人のメンバーに戸惑っていたようですが、すぐに慣れたのか、魔法の遠距離攻撃でバックアップします。普段は八橋油田の警備を担当している人たちが中心ですから、施設に立て籠もって外から攻撃してくる暴走族たちと戦っているわけで、どちらかというと剣の近接戦闘より、魔法の遠距離攻撃が得意なようです。
ライスやナッツはミドガたち不朽の囚人の後衛チームにまぜてもらって魔法攻撃を担当しました。
ABCはエバーラスティングたちと一緒に最前線で斬り込みです。
「よし、もう少しだ」
「HPの残り2割くらいか?」
「いや、1割ない」
一般的なゲームではモンスターの上あたりにHPバーが表示されていたりして、どれくらい攻撃が通ったのか、残りどれくらいなのかわかる仕様になっていますが、この『フューチャー・アース・オンライン』にはそんなシステムありません――リアルじゃないから。
まあ、運営の言い分もわかりますよ。リアルにモンスターなんていませんが、山菜を摘みにいって熊に襲われたなんてニュースはたまに見ますし、その襲ってきた熊のHPバーは見えなかったでしょうね。だから、VR空間でも雰囲気を壊さないようにという配慮でしょうが……無駄な懲り方じゃないですかね。ゲームはゲームでよくないですか?
しかし、その一方でゲームシステムに対抗してプレイヤーの中にはダメージ量や残りHPがなんとなくわかる人がいます。戦闘を繰り返すほど勘が冴えるらしいので、ゲーム攻略をメインに据えたギルドのメンバーによくいるタイプ。
そういうプレイヤーの言葉はそうそう外れないので、シルフィードラゴンの残りHPは1割程度なのでしょう。
私も攻撃しておかないと、参加賞ですらもらえなくなってしまいますね。とりあえず1発入れないと。
それから5分後にはシルフィードラゴンは地に倒れていました。私はわずかにHPを削っただけだったので、たった1000圓もらえただけですが、お金だけでなく素材もドロップして大喜びしているプレイヤーが結構います――あいつら、死んだらどうなるのかわからない状況で、よくドラゴンの前に立つ気になるとは、すごい勇者様です。半分以上は皮肉で言ってますよ、もちろん。
脳筋勇者なんて冗談にもなりません。
まあ、こんな連中は放置しておいて、私はクエストの続き、続き。ここにきた目的は暴走族とケンカをするためではなく、ヘリコプター用の燃料を運ぶこと。その護衛です。
ジャネットとアニーを助けたんだし、もういいよね? と2人を探すと、無事にジョンたちと合流していました。ホワイトキャッツエキスプレスの武装トラックや、狂犬連隊の車とバイクが私たちが脱出に使った武装バスの隣に止められていました。
私もそこに混ぜてもらおう、ジョンのトラックでここを離れよう、さっさと明野駐屯地にいってしまおうと、そっと逃げ出そうとしたのですが――見つかってしまいました。
「おい、ソフィン、おまえがいくらモテねぇからといって、ハゲのオッサンにマワしてもらうために、わざわざ東北までいくとは、なんとも暇な奴だな」
いつの間にかミドガが私の隣に立っていて、腕をがっちりつかんでいました。こいつは剣を捨てて、魔法に全振りしたキャラのはずですが、気配もなく忍び寄る技術の高さからいって暗殺者とかニンジャに転職すべきでしょう――まあ、この『フューチャー・アース・オンライン』にはジョブとか職業というものはないんですけど。
それからハゲのオッサンではなくて、スキンヘッドにしているだけだと思います。さらに重要なのは別に私はそんなオッサン連中とどうにかしたいとは思っていません。
断然、思ってないのです!
おまえみたいなエロキャラとは違うんだぜっ!
しかし、まあ、こんなところで喧嘩してもつまらないですから、穏便にクエストに戻りましょう。
「ちょっといくところがあるんで、またね」
二度と会いたくないんだけどね、本当は。
「おいおい、自分で招待状を送っておいて、そいつはちょびっと冷たい態度でないか? こっちには訊きたいこともあるし。写真のこととか写真のこととか写真のことなんかを、ね」
「あれはあげたものだから、好きにしていいよ。ここまで出張してくれたサービス料かな?」
「そのサービス料にどうやって撮ったのか、そこらへんの説明を上乗せしてもらえると助かるな」
「俺たちが必死で集めた情報がゴミクズに感じられる貴重な写真や地図がポンと出てきたんだから驚くに決まっている」
エバーラスティングもやってきて、2人に挟まれてしまいました。さらに不朽の囚人のメンバーがぞろぞろと集まってきて、もうこれは完全に包囲された状況です。
「死に戻り前提で突入すれば、どんなダンジョンだってそこそこいけるに決まってる」
ジャネットとアニーを助けにいく直前、ジョンに頼まれたこともあって、私は何通かのメールを送りました。
送る相手の条件はシンプル。
こんなことに巻き込んだとしても、そうそう死なないような奴。
それだけ。
結果としてエバーラスティングやミドガにも声をかけた形になりましたが、ふと私の持っている情報を眠らせておいてももったいないかな? とミドガ宛のメールに添付しておきました。
この世界にある最高難度のダンジョンに潜ったときの写真や、手書きの地図です。そんなハードな場所、ソロでいくような場所ではありませんが、持てるだけのポーションを持って、なるべく戦闘を避けてこそこそと進み、死に戻りを前提として、帰りのことを考えずに進めるところまで進むと、まあ、そこそこ写真が撮れましたし、マップも埋まりました。
もちろん、全体の半分にも満たないところで死んでしまいますが。
現在その最高難易度のダンジョンの攻略をやっているギルドの1つが不朽の囚人となります。彼らの主張は『ゲームを完全攻略したらリアルの世界に戻れる』というもの。
この『フューチャー・アース・オンライン』にある、いわゆる10大ダンジョンと呼ばれるものをすべてクリアーするのがリアルの世界に帰る条件だとして、それを実行しようとしています。
それが正しいのかどうか私には判断できませんが、私の撮影した写真や地図は攻略の役に立つはず。特にいまは死に戻り前提で突撃なんて荒業は使えないのですから。
あのとき、ジャネットとアニーを救出し、自分も無事でいられると予想していたのは事実ですが――この私が簡単に死ぬわけありませんから。
しかし、いつでも万一の事態というものが起きる可能性はあるのも事実。だから、必要な人に必要なものを届けただけ。
こんなふうに包囲されるのはおかしい!
別に私が勝手にやったことなんだから、感謝しろとまでは言いませんけど。
しかし、エバーラスティングにしてもミドガにしても1対1だって勝てるかどうか微妙な相手なのに、こんなにメンバーがいては勝負にすらなりませんから、いろいろ文句があってもグッと飲み込みます。
以前、死に戻り前提で潜ったという話をして、だから現在では同じことはできないと説明しました。
「わかった、わかった。なにもソフィンに死ぬなんて言ってないだろ。そんな冷たいこと言うわけないじゃないか、友達だろ? だから、ちょっと協力してくれればいいんだ。一度でも潜ったことのある奴と、はじめてでは効率が違うはずだからな」
ミドガが私の肩を親しげにバシバシ叩きます。地味に痛いです。HPも微削れてますよ?
それから、わかってると言いながら、さっぱりわかってないようです。さらに友達という発言にも異議があります。
私がいつおまえの友達になったんだ? 初耳の情報だよ?
ちょっと前に不朽の囚人が10大ダンジョンの1つであるデッドエンドキャッスルを攻略したとき、ちょうどゲームからログアウトできなくなった直後だったため、参加を見送るメンバーが続出し、かわりに私がいきましたけど――そのせいで、残りの9つのダンジョン攻略も付き合せるつもりでしょうか?
それが嫌で逃げまわっていて、私からすると遠くに感じられる東北にいくクエストを受けたりもしたのに。
勢いがついているときにやらかしたことを冷静になってからもやれといってもね。最前線なんて死亡率の高そうなところ、絶対に嫌です。
しかたない。
頭の中で呪文を詠唱します。ただ唱えるのではなく、脳に刻み付けるイメージで、強く、強く、強く、呪文を頭の中で繰り返しました。
「3つ足の烏は寿命を迎え、最後の輝きは放つとき。目が眩み、目が潰れ、目が溶ける。色霊は白。この世界を白く輝かせ!」
そんな呪文を唱えていると、急に私が黙り込んだのを不審に感じたのでしょう。ミドガとエバーラスティングが「どうした?」「どうした?」とユニゾンします。
頭の中でガチッと呪文が脳にはまる感じがしました。右手をウエストポーチに入れて、そのまま出します。横からは私がなにかのアイテムを出したように見えたはず。
握った右手を前へ差し出し、ゆっくりと開きます。
ミドガもエバーラスティングも、不朽の囚人のメンバーも私の右手に注目。
きっと、すでに渡した写真や地図以上に凄いものが出てくると期待しているのでしょう。
私はそっと目を瞑り、呪術を発動させます。
紅鏡乃終焉は強い光で目を眩ませるだけの呪術ですが……至近距離で凝視していた人たちはたまりません。
「うわっ、目が……」
「俺の目が……」
「なにも見えん!」
瞑っていた目をパッとあけて、手で目を覆っている馬鹿どもをすりぬけてジョンのところまで走ります。
「早く、トラックを出して!」
「……わ、わかった」
びっくりした表情のジョンでしたが、私が手を引っぱると逆らわず運転席に座りました。
私は助手席です。
ディーゼルエンジンが始動して、ポンコツのマフラーから黒煙をもくもくと吐き出しながら武装トラックは走りはじめました。
幹線道路に出てしばらくすると、狂犬連隊も追いついてきます。この周辺の暴走族たちはあらかた片付いたはずですが、残党がいないわけではないと思われます。
私たちは世紀末の廃道を南に向かってひたすら走るのでした――まあ、明野駐屯地に戻ってクエストを完了させた後、結局ミドガに捕まって10大ダンジョンのうち、2番目に攻略することとなる島根の見銀山、通称ラットポイズンにいくことになるんですけどね!
了
素人の落書きみたいなものにお付き合いいただきありがとうございました。
『世界を救った勇者なのに、なぜか学内階級最底辺?』の前日譚第1弾になる『たとえデスゲームだったとしても、のんびりスローライフを楽しみたい!』をお送りしました。
そのうち前日譚第2弾をはじめる予定ですので、そのときにもお読みいただければと思います。