第13話 珍走団を片付けたのは?
第13話
最大の脅威であった96式装輪装甲車に対して、まずはココがダイナマイトを抱えながらの魔法攻撃で自爆しました。そうしてできた屋根の穴に、ナナがバスから飛び移って直接銃撃をくわえたのです。
おかげで96式装輪装甲車はアスファルトの上を派手な地響きを立てながら転がりました。これで二度と動かなんいでしょう。脱出する人もいないところを見ると、乗員も全員がミンチになったはず――まあ、いまごろは消えてますけどね。これがゲームでなくリアルなら、この装甲車を再生させる場合ドライバーやスパナの前に、まずバケツと雑巾が必要になるところですが。
ただし、それにナナも巻き込まれて、これで2名が戦死したことになります。
ココとナナの所属していたギルドは96式装輪装甲車に襲撃され、2人はさらわれ、残りの男性メンバーは殺されたそうですから、なんとしてでも仇を打ちたかったのでしょうね
信頼できる仲間となら、こんな世界でも戦えたかもしれませんが、自分だけ残るのは嫌だったという事情もあるかもしれません。
願わくば、死んだらログアウトという噂が真実でありますように。
しかし、危機を脱したとするには、まだまだ問題がありました。いままで装甲車を楯にして、その後ろに隠れていた車やバイクに取り巻かれているのです。
私たちがいる銃座は不恰好な素人工作のようで、いいかげんに鉄板を溶接しただけのものですが、四方八方から銃弾が飛んでくる状況では贅沢はいえません。また、銃弾だけでなく、ヒャッハーという喜びを抑えきれない歓声のようなものも四方八方から聞こえてきます。
「ヒッャハー! 気の強ぇ女を犯しまくるぜ!」
「ヒャッハー! 犯って、殺る。わかりやすくて実にいい!」
「ヒャッハー! お姉ちゃん、誰に犯られたい?」
「ヒャッハー! 3日3晩はヤリ続けられそうなほどタギってるぜ!」
「ヒャッハー! チンコ爆発寸前!」
「ヒッャハー! 早くヤリてぇ!」
爆音をマフラーから吐き出しながら、下品な声をかけてきます。舌を出したり、下半身を突き出して強調したり、なかには手でしごくような素振りをする奴までいました――全員さっさと死刑にしてやりたいですよね。
武装バスを追い越していった車が500メートルくらい先で横を向けて止まりました。さらに2台、3台と続き、道路を封鎖します。
ジャネットがクラクションを何度も鳴らしました。減速する気は一切ないみたい。警告して、どかないなら踏み潰して前進するとバスを走らせます。
バスのフロント部分には鉄骨製のバンパーがついていますので、それに賭けたのでしょう。
車を弾き飛ばしながら武装バスは前へ進みます。
周囲の車やバイクから猛烈な銃撃を受けて、全面を覆っている鉄板がカンカンと銃弾を弾きますが、いつ貫通してくるか判ったものではありません。心が縮むような恐怖を感じました。
1台や2台では止められないからでしょうか、一気に10台近くの車が急加速してバスの前に回り込もうとしました。それをジャネットがハンドル操作で抜かせないようにします――つまれ蛇行運転ですね。右へ、左へ、そのたびにガンガンと衝撃があります。進路をブロックするだけでなく、わざとぶつけて道路から弾き飛ばそうという戦術でした。
ただスピードが落ちると、バイクの後部座席の連中がバスに飛びつこうとするんですよね。失敗してアスファルトの上に落ちる間抜けは放置でいいのですが、中には必死にしがみついて離れない奴もいます。
たいてい真ん中の銃座にいるライスが魔法でブッ飛ばすか、接近されたらABCが剣で斬って捨てるので、いまのところ大事にはなっていませんが。
暴走族連中はバスの前方に車を3台、並べるのに成功しました。いくらジャネットが蛇行運転で前へいかせないようにしようと努力しても、全部を阻むことはできません。
そこにバスが突っ込みました。なんとか進もうとしますが、さすがに車を3台も押しのけるのは難しいようです。ただでさえ何枚もの鉄板や、鉄骨のバンパーをぶらさげて、標準の何倍もの重量になっている武装バスです。きっと車重に対してエンジンの馬力は不足しているはず。
しかし、すかさずジャネットはリバースにギアを叩き込み、後ろのバイクを潰しながらバックで走ろうとしました。
しかし、そこに白いワンボックス車が突っ込み、さらに真っ赤なセダンが突っ込み、ほぼ同時に横から軽トラックが突っ込みました。さすがに3台の体当たり攻撃はダメージが大きいようで、武装バスも停車してしまいました。
エンジンが止まり、何度もセルモーターがまわる音がするものの、ちっとも始動する気配はありません。
「いまだ!」
「引き摺り下ろせ」
「こうなったら早いモン勝ちでいいだろ」
「ビンゴなんてやってられるか」
「俺のものだ!」
欲望を丸出しにした男たちがバスを取り囲んでいます。ドアを開けようと蹴ったり、銃で撃ったりしていますが、鉄板で覆われたドアには厳重に鍵がかけてあります。
「破れねぇぞ」
「撃っちまえ!」
「ギャーッ、痛ぇ……」
銃撃すると、弾かれて、射手や、その周辺にいるプレイヤーにダメージを与えます。
「登れ、登れ」
「上にいるの、女ばかりだぞ」
「銃座から顔を出させるな!」
バスのまわりに集まっている男どもが屋根のほうに銃口を向けています。何十挺ものライフルや散弾銃が私たちを狙っていて、少しでも姿が見えれば撃ってきます。殺したくない気持ちはあるようですが、HP全損にならないなら、その寸前まではダメージをあたえても問題ないと思っているようでした。
「どうしよう、コレ。ダイナマイトが少しでも残っていれば……」
そう言いながらナッツは銃座の上からサッと素早く手だけ出して、拳銃を撃って、すぐに手を引っ込めました。次の瞬間、銃座の全方向からバチバチバチと銃弾が浴びせられました。
ナッツの撃った弾がどこへ飛んでいったかわかりません。周囲にはたくさんの男がいますから、うまくしたら誰かに当たったかもしれませんが――狙いもせずに撃った弾が当たる可能性は、たまたま投げた石が鳥に当たる可能性とかわらないでしょうね。
「少し、減らしてくる」
私も牽制のため、一瞬だけ頭を出してみたりしています。手と比較してリスクが高い行為ですが、周辺の情報を集めるためにはしかたないのでした。
そうして見ると、前の防御力が薄いことがわかります。それはそうでしょう、なにしろ運転席の上の銃座を守っていたココもナナもいなくなってしまったのですから。
全身を黒い革装備でまとめ、トゲのついたプロテクターで身をかためたスキンヘッドの男が無人の銃座に入り込んだようです。ライスやABCが危険を承知で何度か攻撃しましたが、ちゃんと狙う時間を与えないように、まわりから銃弾や魔法が撃ち込まれるのですから、どうにもできません。
「あそこ、いってくる」
私は先頭の銃座のほうに指を向けました。といっても、こっちもこっちで攻撃されている最中ですから、ナッツと2人で銃座の中に身を小さくしている状態で、指先も鉄板に向けられているだけですが。
それでもナッツは私の言いたいことがわかったようで、かなり驚いていました。
「無理でしょ、コレ」
「呪術の必殺技を使う。ただし、それを使うとしばらく呪術も魔法も使えなくなる。悪いけど、貸してもらっていい?」
私は銃座の床に転がっていた散弾銃を手にしました。銃のことなんて、よくわかってないのですが、ナッツが使っているのは見ました。レバーをずらすと、銃身の根元付近で2つに折れて、上と下の銃身に1発ずつ弾を入れればいいはずです。引金は2つついていて、どっちが上で、どっちが下かわかりませんが、どっちが出ても別に問題ないはずです。
そして、1発の弾が飛んでいくライフルと違って、散弾銃はバラ弾が何十何百と出ますので、射撃の経験がほとんどない私のような下手糞が「だったいこっちのほう」とブッ放しても少しは当たりそうです。
ナッツは散弾銃の隣に放り出してあったベルトを押しつけてきました。茶色の革ベルトですが、同じような革でできた筒のようなものが並んでいて、そこに散弾銃の弾がささっています。
「無理はするな?」
「無理はしない」
そう言いながら、腰にベルトを巻きます。サイズ的に私にはまったく合わないほど大きいのですが、ウエストポーチを装備していますから、そこにひっかかるように巻いて止めました。散弾銃を折って、装填します。
「月は朔。支配するは偉大なる闇にして暗黒の神。この身に纏う結界は地獄の底から湧き出た穢れし鋼。万物を拒絶し、向けられたものは善なるも悪なるも、そのすべてを流れに戻し源流へと押し返す」
呪文詠唱して呪術が発動すると、私は大胆にも銃座から立ち上がりました。ほぼ同時に銃弾が何発も襲ってきます。暴走族なんて阿呆な真似をしているロープレのプレイヤーの癖して、なかなかの射撃の腕ですね。
しかし、いま私が発動している復讐魔鏡は敵の攻撃を反射するものですから、私に与えたダメージはそのまま相手に戻ります。
私が銃座を跨いで歩きはじめると、いっそう激しい攻撃がくわえられました。私の頭を魔法が吹き飛ばすと、その魔法使いの頭がなくなりました。大口径のライフルで右手を撃たれて手首から先が欠損すると、ライフルを構えていた男の手首がなくなりました。お腹を撃たれると、敵の中で急に腹部を押さえてうずくまる者がいて、足を撃たれると、急に転ぶ敵がいました。
そうやって押して歩いていき、運転席の上の銃座まで後1メートルという至近距離まできました。
トゲ・プロテクターのスキンヘッドが斧で威嚇します。柄が2メートルはあり、黒々とした両頭斧は禍々しい雰囲気で、ただの武器ではないのかも。しかも、接近戦で銃ではなく刃物を使おうとするのも、悪い選択ではありません。遠距離で一方的に攻撃できる銃ですが、近距離での攻撃力は剣や斧に負けることも多いです――特に魔法付加の武器にはまず劣ります。
スキンヘッドは私の頭に斧を叩きつけます。頭がパックリ割れたのは私ではなくスキンヘッドのほう。トンと突き飛ばして銃座から追い出し、かわりに自分が納まりました。
ちょうど呪術の硬化時間が切れるところです。
いいタイミングで車やバイクの一群が駆けつけてきました。20台くらいになるでしょうか。全部が黄色い布を車台のどこかに巻きつけています。
いままで武装バスを包囲して好き放題、銃撃を浴びせていた暴走族軍団ですが、背後から八橋油田の応援チームに攻撃されて、一気に数を減らしました。
さらに反対方向の道からもトラックを中心に、10台くらいの車両がやってきました。見覚えのあるトラックです。
「ソフィン、うちのトラック!」
アニーかジャネットかわかりません。感極まった叫び声が私の耳にキンキン響きました。あのトラックはホワイトキャットエキスプレスのもの。運転しているのは間違いなくジョンでしょうね。
そのトラックの上には人あふれています。銃座だけではおさまりきれないプレイヤーが屋根に鈴なりに座っていました。これはホワイトキャットエキスプレスのトラックに限らず、こっちに向かってくる車両すべてに人影がありました。
街から駆けつけてきた、この地の冒険者たち&私の呼んだ応援みたいです。
これで一気に私たちは有利になりました――はっきりいえば暴走族なんて時間の問題で壊滅ですよ。
暴走族軍団は慌てて逃げ出そうとしたり、車やバイクを楯にして抵抗しようとしました。
「無駄な抵抗というのは、こういうことだよね」
なんて余裕で呟いていたら……私のほうに魔法が飛んできます。どこからきたのかと振り返ると、ジョンの運転するトラックの上からみたい。そして、そこには顔なじみがいました。
不朽の囚人の副長にして、『絶望の力をふるう翼』と書いてミドガルズオルム・ディヴァイダーと読み、略してミドガという痛々しい厨二キャラです。魔法特化のキャラですから魔法を使うのはいつものことですが、私が標的ですか?
どう反撃して、できるだけ残酷に殺してやろうか検討しようとして、ふと使われた魔法が防御のものだと悟りました。シールドという魔法の楯ですが……すごい大きい。私だけでなく、武装バスをすっぽり覆うくらいあります。
わざわざ私を守るために魔法を使うような奴ではないですが、さすがにこんな場面では武装バスに立て籠もっている私たちを心配したのでしょうか?
ただ不思議なことに、魔法の楯は私たちの頭の上で展開しています。つまり上からの攻撃には防御効果があっても、横から銃や魔法を撃たれたら意味ありません。そして、私たちと暴走族軍団の位置関係からすると、上から攻撃なんてできません。むしろ、この場合は横に楯を展開しないと……と文句が口を飛び出しそうになる瞬間。
魔法の楯がビリビリと震えました。
一面が炎で覆われました。
私たちは無事です。ミドガの魔法の楯はよく耐えて私たちをちゃんと守りました。
しかし、その楯の範囲外にいた暴走族連中はほぼ死亡。
黄色い布をつけた車両も先頭の数台が巻き込まれましたが、こっちは即死までいったプレイヤーはいないようです。
いったい、なに?
いきなりすぎるし、理不尽すぎます。どんな高火力の攻撃なら、こんな広範囲で、そこそこHPの高そうな暴走族メンバーを一撃死させられるのでしょう?
そんなことを思いながら空を見上げると……あの青い姿は。
ドラゴンですね。
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次回は12月1日の予定です