第12話 96式装輪装甲車を破壊せよ!
燃料補給をかねて八橋油田に逃げ込もうとしていたのですが、そっちも襲われていて、むしろ救援を求められました。
ガソリンは奪われてもまた採掘できますが、女性プレイヤーはそういうわけにはいきませんので、私たちの武装バスに同乗させて、フィールド扱いの油田施設から安全な街へ連れていってもらいたいという依頼です。
それで八橋油田に突入して、女性プレイヤーを乗せるのと、燃料を補充するところまではまったく問題なく進んだのです。
ところが、女性プレイヤーを乗せると、すべての攻撃が武装バスに向かうではないですか!
こっちが油田施設から出ると、車やバイクで追ってくるし。
あいつら、カソリンよりエロを選んだな!
まあ、街までそんなに距離はありませんからね。逃げるだけならできるでしょう。
それどころか八橋油田の人たちがアニーにボイスチャットをかけてきて、囮にするつもりはなかったと謝罪して、さらに追撃部隊を送ってくれることになりました。
「油田の人たちの車には目印に黄色の布をつけるって。だから、それは攻撃しないで」
アニーからパーティーチャットを通じて全員に伝えられました。
しかし、大切なことなので私が確認をとります。屋根に登り、先頭にいるココとナナに伝え、中程の大きな銃座にいるライスとABCにも伝え、最後尾のナッツにも伝えます。伝言係は大変です。
でも、フレンドリーファイアは最悪ですからね。
最後のプレイヤーに伝言を伝えたところで伝言係は卒業なので、今度は防衛部隊に転職です。そのままナッツと一緒に最後尾の銃座に入りました。
不器用な奴が溶接したのか、材料が足りなかったのか、銃座は歪んだ戦車の砲塔みたいな形をしています。ただし、砲はありません。かわりに上下30センチ、幅5センチほどのスリットが何箇所が空いていて、そこから魔法や銃が撃てるようになっていました。
ナッツは魔法が得意なのでしょう。この武装バスに乗り込むとき、戦う意思のある人は銃や弾を拾えるだけ拾っていましたが、彼女は1挺の銃も、1発の弾も拾おうとはしませんでした。
いまもスリットから折り畳み式スコップの刃先を出して、炎玉をバンバン追撃してくる車やバイクにぶつけています――この『フューチャー・アース・オンライン』でのプレイヤーは基本的に魔法剣士です。魔法と剣をバランスよく育てるのが王道で、剣に魔法をエンチャントしたり、剣先で狙いをつけて魔法攻撃をするのが基本となります。
ところが、たまに一方だけ極端に身につけているプレイヤーがいて、そういうプレイヤーはたいてい変な武器を好むのでした。魔法特化型の場合はとても戦闘には使えない刃物を装備するのが流行です――私の知り合いの魔法使いは果物ナイフを装備していましたが、ナッツの場合は折り畳み式スコップなのですね。
こういう「剣での戦闘は捨てました」と宣言しているような魔法使いは結構強い人が多いのでした。
ナッツも後ろから急接近してくるシャコタンのセダンに炎玉をぶつけてフロントガラスを粉々に割り、間髪いれずに2発目を打ち込むと、運転席のリーゼントが燃えあがります。
髪の毛が燃えても平気でいられる人はいないですよね。もちろん、リーゼントがチリチリパーマになるのと同時にハンドル操作を誤り、もともと捻じ曲がっていたガードレールをさらに捻じ曲げながら路肩に突っ込んでいきました。
「ちょっと待ってね、みなごろしにするのに、もう少しかかる」
シリアルキラーとか、狂戦士みたいです。しかし、追跡してくる車両は車とバイクを合わせて30とか40とか、そんな数でした。いくらナッツが殺す気満々で魔法を撃ちまくったとしても殺しきれません。
そういえば私の魔法鞄にはダイナマイトが入っていました。それを全部実体化して足元に積み上げ、上の何本かを手にとります。オイルライターもあるので導火線に点火してポイポイと投げ捨てました。
ドカンバカンと激しい爆発音がして、車が引っくり返り、バイクが転倒します。その後ろにいた連中は慌てて急ブレーキ。
さらに後ろから油田の応援でしょう。黄色い布をバックミラーやアンテナにつけた車両が接近してきますから、とりあえずの足止めが重要です。
「前からもきた」
「どっから湧いた?」
「方角からいって秋田駅のほうだけど……」
「駅もあいつらに占領されてるの?」
「あっちで戦いになってるとは聞いている」
運転席の上のほうから発砲音がしはじめました。ココとナナが攻撃開始したようです。さらにパーティーチャットがかしましくなります。しかし、いっこうに結論が出ません。
「私たちが逃げ出したのを知ってつかまえにきたんでしょ、あいつらもエロを選んだんじゃないの?」
私が結論を出しました。油田にいた連中の仲間なのですから、頭の中身も似たようなものでしょう。ガソリンよりもエロを選ぶくらいですから、街の占領よりも、やっぱりエロを選ぶわけで。
見張りは全員ポリゴンの欠片になったはずですから、どうやって私たちが逃げ出したのを知ったのかは謎ですけど。定時連絡が入らなかったとか、そんな感じでしょうか? あるいは私たちが監禁されていた場所を訪ねたメンバーがいて、女も見張りもいなくなっていると騒いだのかもしれません。
「横からもくる!」
私の耳にはパーティーチャットと中心付近にある銃座からの声が重なりました。ライスかABCが叫んだようです。
その横からというのは脇道に現れた新たなる敵ですが……装甲車?
全面を装甲で囲まれていて、タイヤが全部で8つもあります。このバスのように民間車両に鉄板を溶接して自作した武装改造車などではなく、最初から軍隊に納入するために製造された戦闘用の装甲車に見えました。
ポンポンと軽い破裂音がいくつかしたと思ったら、バスの周囲が弾けました。魔法――ではなく、どうやら装甲車には爆発物を撃ち出す機能がついているみたい。
「96式装輪装甲車。通称・クーガー。自衛隊の装甲車よ。あいつら、こんなものを持っていたなんて!」
前と後ろと右横という三方を押さえられた形になりましたが、ジャネットは交差点で左にハンドルを切って逃走を続けます。
「走れ!」
すごい力でジャネットがアクセルを踏みつけている姿が容易に想像できる気合声でしたが、このバスは鉄板のせいで重くはなっていても、時速80キロくらいは出るみたいですから、装甲車なんて簡単に振り切れるでしょう……と思った私は馬鹿でした。
96式装輪装甲車は一気に加速すると、こっちに接近してきます。それを楯にするように、後ろには暴走族連中の車やバイクが続きました。
「なに、あれ? 何キロ出るの?」
「確か最高で100キロくらいは出るはず。こっちより、速い」
私の疑問にジャネットが答えてくれました。このあたりの冒険者にとっては基礎知識なのか、北海道について調べているときに現地の自衛隊についても詳しくなったのか不明ですが、いまは助かります。
前を見ると500メートル先に大きな道路が交差していました。
「ジャネット、その前の通りを曲がって。たぶん装甲車は重たいはずだから、タイヤが滑ったらかなり不安定になるはず。特にカーブのときには」
「了解。でも、駄目だったら追いつかれたときのことを考えたほうがいい。バスを捨てて全員が違った方向に走れば何人かは助かる……かもしれない」
まあ、そうですね。名案とはとてもいえませんが、現実的なプランだと評価します。
でも、その前にできることをやっておきましょう。ここは、あいつらが大好きな百蟲夜行をもう一回ぶちこんでやりましょう。外見が厳つくてもゴキブリやムカデが苦手な人って一定数はいますから、タイヤがグリップを失ってくれなかったとしても、運転手が冷静さを失ってくれるかもしれません。
「蟲の中の蟲たちよ、邪悪な壺に囚われし100万の蟲たちよ。黒き蟲も、赤き蟲も、我に力を与えん。怨敵は退散されて静かなる時を迎えよ」
呪文を詠唱しながら、腰にぶら下げたサバイバルナイフを抜きました。刃渡りが30センチくらいあり、背がノコギリのようになっている、お子様が大喜びしそうなデザインですが、拾い物に文句を言ってもはじまりません。この『フューチャー・アース・オンライン』では魔法使いの杖みたいなアイテムはなく、みんな剣でやりますので、呪術でも狙って撃つには刃物がないとまともに当たってくれないのです。
そして、暴走族のアジトのガレージで拾った馬鹿みたいなナイフでもゲームシステム上は剣と同じ扱いになっていますから、ちゃんと狙えます。
バスが曲がった瞬間、私はサバイバルナイフで交差点の真ん中あたりを指しました。
そこから黒いものが湧き、溢れて川のように流れ出しました。交差点いっぱいに広がり、そこに暴走族たちの車両が突っ込みます。
いままさに曲がろうとしていたところにタイヤがグリップを失って、大きく膨らんで――ガードレールや信号機や電柱や店やビルにどんどんぶつかっていきました。
一番問題だった96式装輪装甲車もコントロールを失って道路を滑るようにクルンと1回転して前と後ろが入れ替わりました。
でも、それだけ。
泣きべそかいて悔しがる場面かもしれませんが、そこに車やバイクが突っ込みました。装甲車だけではダメージがないなら、周囲のものでダメージを与えればいいのです。
何台もの車両が連なって走っていると、そのうち1台でもコントロール不能になれば後続車両を巻き込んでの大きな事故になるのはリアルの世界でもよくあることです。玉突き事故とかね、特に高速道路で多い印象。
しかし、さすがは装甲車まったくダメージはないようです。バイクは部品の撒き散らし、原型をとどめないものかほとんどで、車も酷いものになると半分に折れてますが、装甲車はタイヤが潰れた様子すらありません。
ぶつかって止まった車を振り払うように、前後に動き、そして全開したバイクを踏み潰しながら、なおも前進しようとしていました。
「これもらうよ」
後ろからきた人影が私の隣を駆け抜けました。足元に積み上げてあったはずのダイナマイトがなくなっています。
ココは走行中のバスから無造作に飛び降り、事故車両の障害物をなんとかかわして走り出そうとする装甲車の前に立ちました。
「ファイアバード」
唱える魔法は不死鳥の移し身。ココは全身に炎を纏いました。
これは自爆覚悟の必殺技なのです。しかも、いまは私の持って出してきたダイナマイトをかっさらって両手に抱えていました。
外国ではリアルにやってしまうテロリストがニュースになりますが、ゲームの中とはいえ日本で現実にそれを見ることがあるとは思いませんでした。
ココは96式装輪装甲車の上に駆け上がり、そこでばったり倒れます。ほぼ同時に一帯が灼熱のオレンジ色に輝きました。
呪術でタイヤを滑らせようが、車やバイクが衝突しようが、たいしたダメージを受けたように見えなかった装甲車でしたが、さすがに魔法+ダイナマイトの攻撃には耐え切れなかったようで、屋根のあたりがひしゃげていました。
「やった……けど……これって……」
いきなりの自爆攻撃に私は呆然としてしまいました。いくら敵に勝ったとしても、こんなのはありません。ひょっとして私の知らない強力な防御魔法でも重ねがけしてあったのだろうかと、何度も確認してみましたが、どこにもココの姿はありませんでした。
そうですよね、軍用の装甲車を破壊する威力に人間の身体が耐えられるわけありません。いくら魔法で強化したとしても、絶対に無理。
「あたしたちのギルド、あいつに襲われて男はみんな殺されたからね。ココの奴、どうでも許す気がなかったみたいだな……まあ、そのあたりはあたしも同じで、ちょっと先を越されて残念というか」
ナナも運転席の上の銃座から後部まできていました。たぶんココが飛び出したので追ってきたのでしょう。
「クーガーは排除できたみたいだけど……なにがあったの?」
アニーがパーティーチャットを通じて説明を求めてきました。おそらくバックミラーでだいたいの状況は把握できたものの、細かいところまでは見えなかったのでしょう。
「装甲車を破壊。破壊したココは戦死」
簡単に説明しました。
「戦死って、なにがあったの? というか、クーガー、死んでないみたいだし」
アニーに言われて驚きましたが、本当に装甲車が追ってきています。屋根はひしゃげたままですから、ダメージはちゃんと通ったようですが、装甲不能にするほどではなかったみたい。
屋根についていた武装は破壊されているので攻撃力はなくなりましたが、走行能力は問題ないようで、このままだと数分のうちに追いつかれてしまいます。さらに後ろに暴走族カスタムな車やバイクを引き連れていました。
あいつらにとっては装甲車を楯にするのが基本戦術のようです。
「ここから見てもわからないけど、あんな壊れ方をしてるんだから、屋根に亀裂くらいはあるはず。装甲を抜けなくても、中のプレイヤーを殺せば止められる」
そう叫んでナッツは炎の魔法をバンバン当てています。しかし、ここからだと前面の装甲に邪魔されて、屋根の上を直接攻撃することはできません。
仰角をつけるか、空から攻撃すれば屋根への直接攻撃も可能でしょうが、このスピードで走るものに山なりで魔法を撃って当てられるとは思えませんし、飛行魔法は素早く動けるようなものではありません。たぶん空に浮いた次の瞬間に装甲車に抜かれて、慌てて追っても、追いつけないでしょうね。
そんなことを考えている間も、どんどん装甲車は車間距離を詰めてきて――とうとうゼロになりました。
バン、バン、とバスに追突させてきます。
いくら鉄板や鉄骨で防御をかためた武装バスとはいえ、最初から軍用に設計された装甲車にかなうわけがありません。1度目に追突されたとき、後部のバンパーが外れてたれさがり、2回目の追突で落下してどこかにいってしまいました。
バンパーのなくなったバスに装甲車がさらに追突しようとします。これはもう体当たりの攻撃といったほうがいいでしょう。
バスの後輪が軽く浮くほどの衝撃に襲われました。ジャネットもハンドル操作を乱して、ちょっとバスが蛇行しました。私は銃座の中でゴロゴロ転がります。
装甲車を楯にしていた車やバイクが一気に加速して私たちの武装バスを包囲します。トランクから羽根をはやしたようなスポーツカーが前にまわって、減速しました。
ジャネットはアクセルを緩める気がまったくないらしく、クラクションをけたたましく鳴らしながらスポーツカーにぶつけていきます。
再び銃座の中で転がりました。
「こっちも攻撃するよ!」
しかし、ナッツはまったく折れることなく魔法攻撃を続けようとしていました。
接近されて、追突されていますが、同時にこちらにとっても攻撃のチャンスなのは間違いありません。いままでは攻撃しても攻撃しても前面の装甲板に弾かれていました。本来の『フューチャー・アース・オンライン』はモンスターを狩るゲームですから、戦車や装甲車とプレイヤーが戦うようにはできていません。
でも、距離が近くなればココが破壊した屋根を直接攻撃できます。全高でいえばバスのほうが高いですし、その屋根の上の銃座に私たちはいるのですから、斜め下に装甲車の屋根が見えます。
魔法+ダイナマイトはかなり強力だったみたいで、ココが爆発した屋根の中心付近は大きく凹み、直径30センチほどの穴と、そのまわりが激しくひび割れています。
ナッツはその穴を狙って魔法を撃っているようでした。
「直接攻撃ってのは、こうやるんだ!」
ナナがライフルを片手に武装バスから装甲車に飛び移りました。屋根の穴に銃身を突っ込み、あるだけの弾を撃ち込みます。撃った弾がそのまま当たらなくても、装甲板で弾かれ、さらに反対側の装甲板で弾かれ、まるでビリヤードみたいに銃弾が激しく跳ねまわりますから、1発の銃弾でも危険極まりないのに、何十発と撃ったのですから、きっと装甲車の車内は地獄と化したはず。
運転者が切り裂かれたのか、まずは右に大きく進路をかえ、急いで左にハンドルを切った元に戻そうとして、装甲車はかなり不安定な挙動を見せました。最高速度で走行中に急ハンドルは危険です。
次の瞬間、装甲車が転がりました――ナナを乗せたまま。
毎週土曜日に更新しています
次回は11月24日の予定です