第11話 そのとき八橋油田では
暴力からのポーションで治癒という、凶悪な合わせ技で何度もボコボコにされた私でしたが、メフィストフェレスの召還呪術に成功すると、他の捕まっていた女性プレイヤーとともに見張りを全員倒すことに成功しました。
その協力した女性プレイヤーはココとナナの他、もちろんホワイトキッツエキスプレスのメンバーであるエロ女子高生のジャネットとアニー。さらにライス、ナッツ、ABCが一緒に戦うといってくれているので、私を含めて合計8人となります。
あと7人ほどいますが、顔色が悪かったり、まだ震えていたり、泣いてる子すらいますから、戦力として計算に入れるわけにはいかないでしょうね。
ジャネットとアニーの2人は装甲車みたいに改造されたバスを点検して、それからしばらくガレージの中の備品をいろいろいじっていましたが、やっと準備ができたのか2、3度咳き込んたような苦しい音をたてたあとエンジンがかかりました。運転席の上にある行き先表示板がくるくるまわって『秋田駅』と表示されました。
さっさと乗れ! というようにクラクションが鳴り響きます。
私たちは一斉に駆け出しバスに乗り込みました。戦う気があろうと、失くしていようと、この場から逃げ出すことには全員賛成みたい。
震えている7人はバスの真ん中あたりの座席に座ってもらいました。窓は鉄板でふさがれていますから、ここなら少々強めの攻撃を受けてもだいじょうぶ……だと思います、たぶん。魔法や呪術なら1発や2発で簡単に破られるようなものではないとわかりますが、銃の攻撃力はわかりませんので絶対ではないですけど。
戦える8人のうち、ジャネットは運転席、アニーは客席の最前列に座りました。
天井に1メートル四方の穴があり、鉄板でふさいでありましたが、簡単に持ち上がり、屋根に登れるようになっていました。ココとナナは躊躇う様子も泣く屋根に登ると運転席の上の銃座に。
逆にナッツは最後尾の銃座に向かいます。
ライスとABCは中程にある一番大きな銃座に入りました。
私もどこかの銃座にいこうかと思いましたが、車内に戦えるプレイヤーがいないのも不安ですし、ある程度は自由に動ける遊軍も必要かと思ったので、とりあえずは車内に残ることにしました。
「いいよ、出して」
ジャネットに声をかけると、彼女は返事のかわりに車内放送をしました。
「本日はホワイトキャッツエキスプレスの御利用ありがとうございます。このバスは八橋油田経由秋田駅前いきです……いまうちのチームのリーダーにボイスチャットしてみたけど、街が襲撃されてるって。だから、駅までいけば無事という保証はないけど、合流したほうがいいと思う。ただし、問題が1つ。タンクに軽油が2リッターあるかないか。走って、せいぜい数キロかな? だから、街までは難しい。だけど、油田までならたぶんいける。私の顔を見たら中に入れてくれるはずだし、みんなでお金を出し合うか、足りなければ白猫のツケで燃料を買えばいい。ただし、あそこはあそこで防御をしっかりかためてるから、襲撃されてる最中の街より安全だと思うなら、そこで降りてもいいよ」
車内放送が終わった瞬間、アクセルが踏み込まれ、武装バスが発車しました。ガレージを出て、壊れかけた倉庫の並ぶ道を走っていきます。
私は前のほうにいきジャネットとアニーに尋ねました。
「燃料が2リッターもないということは、場合によっては油田まですら辿り着く前に止まる可能性もあるんだよね?」
「可能性の話をするなら、ある。普通なら問題ないはずなんだけど、こんな改造されてるから燃費の計算が出来ない。装甲をつけたせいで重くなっているから、かなり悪いと思うけど、具体的にどれほど悪いかがわからないんだよ」
ジャネットが言うと、アニーも頷きました。
「このくらいのバスならリッター3キロとか、それくらいなら充分走ると思うんだけど、いまは装甲のせいで重くなっているから通常の半分とか、そのくらいかな?」
「もともとは完全に燃料切れで放置されてたんだよ。ガレージの中を探したんだけどドラム缶も全部、空でさ。しかたないから作った」
「ガレージの隅の休憩所みたいなスペースにストーブがおいてあっただろ? それに灯油がちょっと残ってて、あと少し中身が残っているオイル缶があったから、混ぜてやってね。そんな粗雑な手製の燃料でもディーゼルは動くんだよな――これ、リアルでやったら犯罪だから!」
そんな危ない豆知識はいりません。だいたい、いまどきリアルの世界でディーゼルエンジンのバスなんて走っていません。みんな電気です。なにしろ私たちのリアル世界は2045年の日本であって、1999年ではないのですから。
まあ、文明崩壊後という設定ですから、この世界なら警察なんていませんし、ゲームの中ですからおかしな燃料を使ったことによる排ガスで環境問題が起きたりもしないでしょうね。とにかく走ってくれさえすれば問題ありません――いえ、問題発生。
ココかナナかわかりませんが、運転席の上から声がします。
「煙が見えるよ、油田のあたりで」
走り出して数分もしてません。いくら近くにあるからといっても、ここから煙が見えるのなら、誰かが焚き火をしているというわけではないでしょうね。焼き芋が一瞬で炭になるレベルの大火事です。
ただの火事ではなく、火元に油でもドバドバ流したような――あいにく油だけは売るほどあるのが油田という場所。
アニーがボイスチャットで現状を聞くと言いました。ホワイトキャッツエキスプレスの仕事で何度となく八橋油田に通ううち、そこの人たちとも顔見知りとなり、フレンド登録しているプレイヤーも5人ほどはいるそうです。
「やっぱり襲われてるって。それで狙いはガソリンの他に女性プレイヤーをサラおうとしていて、できれば私たちに助けにきてもらいたいと言ってる」
しばらくやりとりをした後、アニーはボイスチャットを切って、私に相談してきました。こっちも逃げ出してきたばかり。どこか別の方向へハンドルをまわしても文句が出るとは思えません。
一方で八橋油田にいる女性プレイヤーは8人。このバスの収容人数からすると、余裕で乗せることができます。さらに、その女性プレイヤーを乗せている間、この武装バスの給油口に無料で軽油を流し込んでくれるという話。
8人が乗り込む時間で何リッターの軽油が入るかわからないけれど、まさか5リッターや10リッターではないと思う。30リッターや50リッターは入れるでしょう。自分たちだって女性プレイヤーを託すのですから。
仮に1リッターで1キロしか走らなかったとしても、30リッターあれば30キロ。50リッターあれば50キロは逃げられる計算です。遠くまで逃げれば絶対に安全というわけではないとしても、移動できる距離が延びれば延びるほど、秋田の街でも、場合によっては他の街でも、逃げ先の選択肢が広がるのは確かです。
このまま進路を変えた場合は数キロ先で燃料切れ。そこからは徒歩となります。この人数でゾロゾロ歩いて街を目指し、状況によっては車やバイクを足にしている連中と交戦しながらとなると――どうしても上手く逃げ切った姿が想像できません。頭の中で想像すらできないことを現実にやるのは不可能だと思います。
それに……なにより、あんな連中に捕まると酷い目に遭うのは確実ですから、逃げる手伝いができるのなら手伝ってもいいかな、と思います。
ついさっきまで捕まっていた私としては。
「上と相談してくる」
まずはアニーとジャネットとフレンド登録してもらいました。それから、私はバスの天井に上ります。
相談する相手としては車内にも他にプレイヤーはいますが、戦意喪失している7人に救出作戦の賛否を問いかけたところで意味はありません。冷静に考えることなく、ただ怯えて、救出に反対するでしょうから。
そもそも私がバスで逃げるほうがいいと思ったのは、彼女たちのことがあったから。燃料切れでバスを放棄することになったら、こんな怯えているプレイヤーを7人も引き連れて安全地帯まで無事に移動できる自信はありません。私1人だけなら、どうにでもできますけど。
屋根の銃座にいる5人は戦う気で満ち溢れています。自分たちがさらわれたときに同じギルドの男性メンバーが殺されたとのことですから、頭から湯気があがるほどカンカンに怒っています。
彼女たちはバスを放棄することになっても徒歩で戦いつつ逃げ切れると思いますが、戦う気満々で、そもそも逃げようと思っていません。
八橋油田から救援の連絡を受けたと聞くと、やはりすぐにいこうと決めました。
彼女たちともフレンド登録をして、私を起点に複数のプレイヤーで会話ができるパーティチャットができるようにします。これで全員と簡単に意思疎通ができるようになりました――戦う気があるプレイヤー限定ですけど。
みんなの救出作戦賛成の意思がジャネットに伝わると、嬉しそうに歓声をあげました。そして、いままでちょっと遠慮気味に踏んでいたアクセルを容赦なく底まで踏みつけます。
すぐに八橋油田の姿がはっきり見えてきました。
あんなに頑丈そうだった門は完全に破壊されていて、そのかわりといいますか周囲には車やトラックの残骸が放置されていました。どうやら力押しで無理に突破を計ったみたい。
どうせ残しておいてもしかたない、と予備の車両を全部放出したのでしょうね。
空を見上げると、太陽も雲も見えず、煙幕のように真っ黒い煙で覆われていました。もちろん、煙の出所は油田です。あちらこちらに炎もチラチラしていました。
ここまで近づくと銃声が絶え間なく響いてきます。ここは街と違いフィールド扱いなのでダメージが通ればHPが減りますし、なくなれば死んでしまうのです。お互いに慎重になるところ。
ゲームがゲームのままであれば死ぬのも戦術に組み込めます。どうしても倒さなければならないのに、どうしても倒すことができない敵がいたら、相打ち狙いの自爆攻撃もありといえばあり。実際、呪術にも魔法にもそういうことに使える技がありますから。
しかし、攻撃側は楽しい宴の開催が決まっていますし、そこでおこなわれるビンゴ大会に参加できなくなってしまいますから自爆攻撃はしたくないでしょう。防御側は死んだら本当にログアウトするのか不確定ですから、なかなかそんなギャンブルには乗れません。
双方とも自爆攻撃はできない状態で、命だいじに戦っているのですから、なかなか決着はつかないでしょうね。
こっちもココやナナが銃座から攻撃しているようですが、すぐに逃げていくので致命傷をあたえることができません。まあ、いまは追い払うことができれば充分なのですが。
製油施設の裏の倉庫の前でジャネットはバスを止めました。ドアをあけるのと同時に女性プレイヤーがどんどん入ってきます。
そして、外では給油口にノズルが差し込まれて軽油がどんどん送り込まれていました。
他にも施設の人たちがタイヤをチェックして空気圧が低いものがあればコンプレッサーで補充してくれます。
まるでF1のピットインみたいに同時にいろいろなことが素早くおこなわれ、ほんの数分ほどの停車で武装バスは地の果てにでもいけそうなほどになりました。
「本日はホワイトキャッツエキスプレスの御利用ありがとうございます。このバスは八橋油田経由秋田駅前いきです。次の停車は終点、秋田駅の予定です。到着時刻は襲撃その他でかわりますのでご了承ください。では、出発!」
あいさつのかわりにクラクションをパーと鳴らすと、ふたたびジャネットはバスを走らせます。
すると、いままで隠れていた暴走族たちがバスに向かって走ってきました。屋根の銃座にいる女性プレイヤーから攻撃されても、いままでのように逃げたりはしません。
そのバスと暴走族の間に割って入ったのは戦車でした。しかも全長は10メートル近くありそうだし、幅だって3メートルを超えるような、ものすごい大型戦車です。
「90式戦車だ!」
パーティーチャットなので誰の発言かかわりません。もう少しいろいろしゃべれば声で判断できるようになるはずですけど。
ただ、あの戦車はどこかの陸上自衛隊の基地から掘り出してきたということだけはわかりました。さすが油田です。資金が潤沢だと戦車だって買えちゃうのでしょうね。
戦車だと砲塔についているのは大砲のはずですが、炎をボーボー吹き出しています。魔法ではなく物理攻撃みたい。これは……たぶん火炎放射器というものだと思います。砲弾は自衛隊の基地跡からの発掘物に限定され、高価というだけでなく、そもそも入手が難しい。その一方で火炎放射器なら――ここは油田ですから燃料ならいくらでもあります。
火炎を噴出しながら、突撃する戦車にもひるまず、カスタムしたバイクや車が私たちを追ってきました。撃たれて倒れているメンバーのところで一時停止して拾い、そのまま追いかけてきます。
八橋油田の施設から一般道に出ても、その追跡はやみません。
それどころか、バイクや車の数がドンドン増えていきました。
アニーにボイスチャットがかかってきました。
「あいつら油田からいなくなったみたい」
ボイスチャットがつながったままアニーが私に言います。もちろん、即座にパーティーチャットに流しました。
「自分たちが引き付けておいて、逃がそうとしたのに、むしろ囮にしてしまった形になった。ごめん……って言ってる」
誤られても困りますが。
暴走族連中、どうやらガソリンよりエロを選んだようです。
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