第10話 脱出!
どうやら私が捕まって、殴られて、気絶している間、ジョンががんばって地元の冒険者たちに協力を取り付けようとしていたらしいです。
それから私がメールを送っておいたエバーラスティングとミドガと双子が秋田に上陸。ただし、地元の人たちの反応は微妙。悪い人たちではないと思うんだけど。
まあ、基本的には私が助かるために、私が呼んだ助っ人ですから、他人からどう思われようが関係ないですけどね。
私が目を覚ましたとき、はじめに気づいたのは両手両足が縛られているということでした。さらに口にはダクトテープが貼られています。呪術なら呪文、魔法でも技名を発声しないと発動しませんから、しゃべれないようにしておくのは賢明な判断でしょうね。
そして、頭からポーションをかけられていました。HP回復には飲んだほうがいいのですが、怪我や傷には患部に直接かけたほうが効果があります。滅茶苦茶に殴られたので腫れて化物面になっているものと覚悟していましたが、すっかり完治していました。
「最低1人に1人はまわるよう、全員分の女を狩ったらビンゴ大会だ。おまえ、いまのところ1番人気だぞ。バイクや車を潰された連中がたっぷり念入りに犯してやろうと狙っているし、俺も当たったらおまえを選ぶからな。そうそう簡単に死ねると思うなよ」
私をボコボコに殴ったモヒカンは見張りのようです。見張りはもう2人いて、全部で3人。
女性プレイヤーは私の他、ジャネットもアニーもいます。この近辺をホームにしている冒険者でしょうか、知らない女性も10人以上いました。
全員が私と同じように両手両足を縛られ、口も塞がれています。何人か燃えるような目をしていますが、残りは諦めているみたい。うなだれていたり、泣いている人もいました。
「いま街に女を狩りにいっているところだから、1時間か2時間もあれば全員分が揃うだろうな。悔しかったらダクトテープを噛み千切ってみろよ。日本のガムテープなんて問題にならないほど強力なんだからな! 呪文を詠唱できない呪術師なんて怖くないぞ」
そう言ってモヒカンは私の脇腹をガンガン蹴りました。私が体をよじらせると、満足そうに笑いながら、さらに蹴ってきます。安全靴みたいに爪先に鉄板でも入っているのでしょうか。骨に響くダメージでした。
「おい、まだオマエのものじゃないんだから傷つけるなよ」
「わかってる……だがポーションなんて残しててもしょうがないだろ?」
他の見張りが止めようとしましたが、モヒカン男は近くの棚からポーションの瓶を持ってきて、私の体に浴びせかけました。
次の瞬間、ブーツの爪先が飛んできました。イモムシのように両手両足を縛られて床に転がされている私にはよけようもなく、顔の真ん中に激痛が走りました。鼻……どころか、頭蓋骨が砕けたレベルでしょうね。
脳が痺れて、からだが勝手にピクピク痙攣しました。
HPが一気に3割も減りました。もともと紙装甲の呪術師ですが、武器での攻撃ではなく、蹴られただけでこのダメージはなかなかありません。こんなモヒカン男なんか雑魚だと思っていましたが、なかなかの強者みたいです。
モヒカン男はもう1瓶、ポーションを棚から持ってくると、私の髪を掴んで無理に仰向けにして顔面にポーションをかけます。
すぐに痛みがおさまりました。怪我には患部にかけると治癒効果があるといっても、基本的にはポーションは飲み薬です。かけただけでここまで効果があるというのは、かなり高級なもののはず。
まあ、どんな高級ポーションであっても好き勝手をやるだけやって死ぬつもりらしい男にとっては、まさしく残しててもしょうがないものなのでしょう。
「どうしょうかな……指いってみるか?」
モヒカン男はジャンプして、私の縛られた両手の上に着地。さらに飛んだり撥ねたり、楽しそうに踊ります。
指や手の骨が砕けて激痛に襲われますが、なぜか頭は冷たく冴えていきました。もともと暴力的な嗜好のある人間というだけでなく、どうやら私のことが本当は怖いみたい。あるいは百蟲夜行のせいという可能性も結構あります。厳ついモヒカンのお兄さんですが、見た目がどうであれゴキブリやムカデが苦手な人はいますから。
そういうことなら、もう1回百蟲夜行を使うという選択肢もありますが、個人的な恨みより、3人の見張りを倒してこの場を脱出するほうを優先しなければなりません。
さっきモヒカン男は「呪文を詠唱できない呪術師なんて怖くないぞ」と言っていました。完全に同意します。呪文を詠唱できない呪術師は怖くありません――普通なら。
切り札となるべきスキルは秘密にしておくのが当然ですから私が知らないだけかもしれませんが、無詠唱というスキルについて、それが使えるというプレイヤーと会ったこともないですし、そういうスキルがあるという噂すら耳にしていません――が、あるのです。無詠唱。断言できますよ?
だって、私が持ってるんですから。
「我が魂を贄として、ファウストの悪魔を呼び出さん。彼は光を嫌い、悪臭を好む。破壊をもたらし、嘘で真実を覆い隠す。悪魔の中の悪魔、魔人の中の魔人、召還・メフィストフェレス!」
邪墓儀式の呪文を頭に刻みつけます。これは感覚的なことなので説明は難しいですが、脳と呪文が一体化するようなイメージで強く、強く、呪文を念じていくのです。
「なんだよ、真っ赤な顔をして。怒っているのか? 残念、もうオマエにはできることが1つもない。ただ犯されて死ぬだけだ」
モヒカン男が私を煽ります。またしてもブーツで顔の骨が砕けるほどのキックをしかけて……いきなり倒れました。腰に剣が刺さっています。
その剣は鍔にも、護拳にも、柄にも、複雑な模様の彫金が施してあり、柄頭には黒い石がはめこまれていました。それだけでなく、刃にも細かな模様が彫られていて、しかし全体は黒一色。
不気味な剣です。
そんな剣を腰に突きこまれたモヒカン男はぺたんと倒れました。背骨が断たれ、上半身の重さを支えることができなくなったのです。普通だったら即死でもおかしくないほどの重傷ですが、そこそこレベルは高いのでしょうね。一撃死まではいきませんでした。
黒剣を振るうのは影絵のような男で、まるでシルエットしかないみたい。慌てて詰め寄る見張りの2人も無造作に腹部を刺して地に沈めました。
私がメフィストフェレスを召還できる時間は10秒のみ――制約が2つあって、10秒という短い召還時間のほか、HPを大幅に減らすことはできても0までは無理なのでした。
こんなものを長時間召還できてしまったらゲームのパワーバランスが滅茶苦茶になりそうです。それに、とどめはプレイヤーが直接やれということでしょうね。最初に召還して、あとは放置していれば自動的に全部の敵を倒してしまうのでは、さすがに。
それでも、奇襲で数人を無力化する程度ならたやすいこと。このときも見張りの3人を倒すのに半分の5秒とかかりませんでした。
「なんだ……」
「どうしたんだ?」
部屋の外にも敵がいたようです。部屋に飛び込んできた1人目はメフィストフェレスが斬りましたが、そこで10秒が経過して消えてしまいました。
「やられた……」
「侵入者か?」
「いや、女たちの誰かだろう」
「縛ってあったはずだぞ」
「色仕掛けかなにかでバカをたらしこんで縄をとかせたか、刃物でも隠し持っていたのか」
「押すなよ!」
「さっさといかないから……」
「オマエがいけよ!」
なにやらもめてますが、話し声からすると4人か5人くらいはいそうです。強い呪術を使うと比例して冷却時間が長く、次の呪術が使えるまでに結構かかりますから、いまの私は無詠唱ができたところでまったくの無力です。
しかし、この状況で戦う意思を残しているのは私1人しかいないわけではありません。全身を板金甲冑でおおった前衛壁役っぽい女冒険者が立ち上がると、すぐ隣の革の胸当てをつけただけの軽量機動型の女冒険者の口をふさいでいるダクトテープを後ろ手で縛られたまま一気に剥がしました。
「痛ったいなー」
革の胸当ての女冒険者は文句を呟きましたが、その口でそのまま板金甲冑の女冒険者の手首のあたりに噛みつきます。縛ったロープを噛み切るのか、ほどくのかわかりませんが、長くコンビを組んできたのでしょう。息がぴったり合ってます。
真っ赤な頭髪を逆立てた男がドアから中を覗きこみました。
その瞬間、板金甲冑が両足を縛られたまま、ピョンとジャンプしてドアに体当たり。男を挟みます。
バン! と男が手に持った拳銃が暴発。
「動くなー」
革の胸当てもピョンピョン追いかけて、ふたたび手首のロープに噛みつきました。
ロープが解けたのとほぼ同時にしっかり握られた拳がドアに挟まれたもがいている男の顔に何発もぶちこまれました。
男がズルッと倒れかかると、部屋の外から銃声がしました。ドア越しに発砲したのが貫通して板金甲冑に当たりますが、弾いたのか、抜けたのか、女冒険者はまったく顔色を変えずにもたれかかるようにして座り、自分自身の体を障害物にしてドアを開かないようにします。
外からさらに何発か銃声がしますが、板金甲冑は革の胸当ての手首を縛ったロープを解き、続いて自分の両足を自由にしました。
続いて自分の両足のロープをほどいた革の胸当ては斬られて唸っている3人の見張りから銃やナイフを取り上げました。
ポイとオートマチックピストルを板金甲冑に放ると、自分はナイフで他の女冒険者のロープを切って自由にし、奪った銃や刃物を配ります。
最後に私を自由にして、棚からポーションを取ってきて咥えさせてくれました。折れてちぎれかかった指がみるみる回復していきます。そろそろ冷却時間も終わりますし、反撃開始ですね。
「鏡よ鏡、私をうつせ! 鏡よ鏡、私をうつせ! 鏡よ鏡、私をうつせ! 私は私、あなたも私、みんなが私。世界を私で満たせ!」
詠唱に入ったところで板金甲冑がドアを開けました。同時に私は全力ダッシュで部屋から飛び出します。そして、呪術が発動しました。
私絶対化は認識阻害の呪術。効果範囲にいるプレイヤーやモンスターが全部、私の姿になります。
ドアの外にいた男は4人。それが全員私そっくりの姿形となりました。
「あれ? あれ?」
「なんだ?」
「おい、これは……」
「なんだよ!」
「どういうことだ?」
混乱する男たちに怒声を浴びせます。
「武器を持ってるぞ!」
殺される前に殺せ、と慌てて武器を持った私が、武器を持った私を攻撃しました。バンバンと激しい銃声がした後、立っていたのは武器を持たない本物の私だけ。
2人が即死だったようで、ポリゴンの欠片になって消えていきました。腹を何発か撃たれてうずくまる男が呆然とした目でそれを見送り、もう1人生き残った肩と太腿から血を流す男が顔をゆがめました。
すぐに監禁されていた女冒険者たちも部屋から出てきました。そして、何人かは倒れている私そっくりの敵から銃を奪います。板金甲冑と革の胸当てが無造作に頭を弾き、見張りたちのとどめをさしていきました。
「このクソが!」
「地獄に突き落としてやる」
そこまでしなくても、と思わなくはありませんが、止める気もしません。監禁されていた部屋に戻ると、召還したメフィストフェレスに刺されて動けなくなっている3人もととめの1発を。
部屋の外は広い空間になっていました。どうやら私たちが監禁されていたのは物流倉庫の事務室みたいなところのようです。
いまは壁に下品な落書きがされていて、ラジカセから意味不明な音楽が爆音で響いています。古いソファーやテーブルが壁際に並び、薄汚れた灰皿のまわりに煙がわずかに残っていました。
バイクや車も数台ありますが、どれも事故の痕跡がありました。私のせいでしょうか? ざまあみろ、と思いますが、逃げる足がないのは困ります。
「あれ、動かせる人はいる?」
革の胸当てが倉庫の奥にあるバスを指しました。
もともとは車体が緑で、屋根がクリーム色の路線バスなのでしょうが……いまはどっちかというと元バスで、現在は装甲車でしょうか。フロントガラスがあるはずの場所は鉄板に置き換わっていて、運転席の前に細いスリットがあります。客席の窓もすべて鉄板で塞がれ、ところどころに銃眼が開けられていました。全体に有刺鉄線が巻いてあり、横には槍のようなものが何本も突き出しています。タイヤを護るためなのか、びっしり鎖を並べてありました。
「ちょっと見てみる。運転はできるけど、ここに残してあるのは故障とか、燃料切れかもしれないし」
ジャネットがアニーを誘って、バスに走りました。確かに、この2人ならバイクや車の運転はできるでしょうね、そういうチームのメンバーだから。たとえ中身が変態女子高生であっても。
「助かったよ、私はココ。こっちがナナ」
板金甲冑の名前がココだとわかりました。革の胸当てのほうも。私も自分の名前を教えます。2人は同じギルドのメンバーで、モンスター狩りをしているところを襲撃され、男性メンバー全員が殺されたとのこと。
ココがギラギラした瞳で呟く。
「あいつら、殺す」
ここから逃げ出すのではなく、いまから追いかけて殺しにいくような台詞です――まあ、だいたい合ってますけど。
私も許す気ないですし。
「そういえば見張りの中にソフィンに乱暴なことした奴いたじゃん。私、頭にきてたから殺しちゃったけど、あれ、本当はソフィンがとどめをさしたかったよね? ゴメン」
「正直なところ、割とどうでもいい」
ナナに謝られましたが、別に怒ったりなんかしてません。腹は立ったし、死んで当然だとも思いますが、デスゲームかもしれないと言われている状況で積極的にPKをやりたいとは思いません。そのうち、どうでも殺さないといない場面も出てくるかもしれないですけど……私絶対化で味方撃ちさせた4人のうち、2人は即死でしたから、私が呪術で殺したようなものです。
真っ赤な革のマントを羽織ったプレイヤーが私の前に立ちました。シャープな顔立ちで、背が高く、細くて、ついでに胸も薄めですから、かわいいとか美人というよりかっこいい雰囲気のお姉さんです。
「あれ、どうやってやったの?」
あれ、というのは無詠唱のことでしょうね。この『フューチャー・アース・オンライン』で一般的なプレースタイルといえば魔法と剣をバランスよく育てていくのですが、たまにバランス無視の特化型プレイヤーがいます。私の場合は呪術にかなり特化していますが、彼女は魔法に相当特化しているように感じられました。
そういう『魔法使い』としか表現しようのないプレイヤーにしてみれば、技名もなにもなく、悪魔の召還はできないというのが常識。
「呪術だから!」
「いや、呪術は魔法と違って呪文詠唱がいるから、なおさらあんなことはできないような……」
「そういう呪術だから!」
呪術は使い勝手が悪いと、嫌うプレイヤーがほとんどなので、みなさん知識がありません。だから、そうではないと否定できるほど呪術に詳しいプレイヤーはあまりいないのです。このときも私が強く主張すると引きました――ちょっと首を傾げていたので納得はしてないようですけど。
「先に助けてもらったお礼をいうべきだった、ゴメン。私はライス。よろしく」
「夜照ソフィン。よろしく」
あとナッツという青いローブに、同色の三角帽子という、いかにも魔法使いという装備のプレイヤーも戦ってくれるそうです。この状況では剣や槍の達人より、魔法の遠隔攻撃のほうが使えそう。
さらにABCは剣のほうに力点を置いたキャラ構成だそうですが、ちゃんと魔法も使えますし、剣士は剣士で敵に乗り込まれたときに頼りになります。
残りはいまだに顔色が悪く、震えているプレイヤーもいます。戦うのは無理でしょうね。
バスを動かそうとしているアニーとジャネット、さらに戦う気力を失くしたプレイヤーを除いて、私たちは建物の中を捜索して武器をかき集めます――略奪ですね。
私は折メスをなくしたので、かわりの刃物を探していたら刃渡りが20センチくらいで、背がギザギザのノコギリみたいになっているサバイバルナイフがあったのでもらっておきました。
部屋の隅の木箱を空けると、ぎっしりとダイナマイトがつまっていました。どんどんウエストポーチにどんどん放り込んでいきます。魔法鞄ですから、容量は軽トラックほどはあります――口より大きいものは入りませんから、木箱ごとは無理ですけど、1本ずつなら全部入ります。
あとオイルライターがあったので、これももらっておきました。導火線に火をつける道具がいりますからね。
毎週土曜日に更新します。
次回は11月10日予定です