第1話 こんな世界で私
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撫ぜて、撫ぜて、という感じに頭をぶつけてきました。なかなか甘えん坊さんのようですね。
しかし、手を出しかけてやっぱり躊躇します。
すると、いっそう頭を私の胸のあたり押しつけて催促してきました。
いや、別にじらしプレーとかではないんですけど。
白濁した瞳。その眼球の中を這い回る蛆虫がチャームポイントで仲良くなったものの、あまりにグロくてかわいがる気になれません。
臭いし。
臭いし。
ここは特に強調したいポイントなので2回くりかえしてみました。
オエッと胃の中のものをぶちまけたくなる腐臭。
足とか、息とか、脇とか、体のごく一部が臭くても嫌なのに、全身が臭いって、もう早く死んだほうがいいレベル――あっ、もう死んでますね。
ゾンビですから。
これが普通のモニターでゲームを楽しんでいるのなら平気かもしれないですけど、サイバーダイブ型VRだと本当に自分とゾンビが顔をつき合わせているがしますので、とても不気味なのでした。派手に損傷した死体があまりに生々しく、鼻にも腐敗した肉の臭気が暴力的な勢いで流れ込んできます。
ゲーム会社もこんなところで本気を出さなくても。
間違ったこだわりの職人技です。
ゾンビが頭をこすり付けてくるのは軽量の革鎧で見た目は平凡ですが、レッドドラゴンを素材に使い火属性の魔法に強い耐性を持つ――まあ、つまり結構お高い防具。臭いゾンビに触られて、変な汁とかついたら泣いてしまいます。
ああ……革鎧にゾンビ汁は最悪ですよね。街に帰ったらメンテに出すとしても、受け付けてくれる職人さんがいますかねぇ。NPCのショップなら文句を言わずにやってくれるかな?
本当にゾンビ汁をつけられたら嫌なので、しかたなく私はゾンビの頭を撫ぜてあげました。
その瞬間、ゾンビの頭髪がごっそり落ちました。頭髪だけではなく、根元には頭皮までついているようでした。
腐って耐えられなかったのね。
ちょっとドキッとしたのは半分が頭の上がズル剥けになったことですが、もう半分はダメージ認定されたかもしれないと思ったのです。
ゾンビと仲良くなる呪術というものを入手したので、どれほどのものか実証実験中なのですが、過去の経験から、この手の呪術は仲良くなれたと思っても、攻撃すると解除されるというパターンがほとんど。いま私の周囲には100体くらいのゾンビがいますから、ここで敵認定されてしまうと、ちょっと逃げるのが大変。
あたりにプレイヤーはいないので、助けを乞うことも、なすりつけて逃げることもできません。
しかし、まったく試しもしないで実戦に使うのは不安ですから。範囲とか、どれほどの数まで仲良くなれるかなど、やれるだけは実験しておきたいところ。
幸いなことに、頭の半分ほどがズル剥けになったゾンビは私を敵認定しなかったようです。
しかし、これ以上ゾンビをかわいがる気にもなれないので、背負っていたリュックサックを降ろし、中に入っていたモンスターの死骸を放り出しました。私のリュックサックは魔法鞄の一種なので、容量や重量が見た目の何十倍もあり、巨大なミノタウルスだって収納が可能なのです。
100体ほとのゾンビが我先にと死骸に群がりました。
こいつらは食欲だけの存在ですから、他のプレイヤーが殺して放置した、半分腐りかかったモンスターの死骸でも喜んで食べます。
これが人間並みの知性を残していれば「どうぞ一緒に」などと誘ってくるはずですが、ゾンビは基本的に食欲が欲求の大半を占めているところがありますので、私を誘うどころか仲間同士で奪い合いです――もっとも、誘われたところで半分腐ったようなモンスターの死体は食べたくありませんけど。
ただし、さらにゾンビの私に対する高感度が上がったようで、森のもう少し奥まで入ってもだいじょうみたいです。
リュックサックを背負い直し、腰のゴツい革のウエストポーチからキャノネットを取り出して、エサをがっつくゾンビの群をパチリ。振り返って通称ゾンビの森を1枚バチリと写真を撮りました。
いま私がダイブ中のゲームは『フューチャー・アース・オンライン』といって1999年7の月に世界最終戦争が起きたもうひとつの地球が舞台で、街は廃墟になり、科学技術は衰退しきっていますが、かわりに魔法が使えるようになった人類が、現在の動物とは似ても似つかぬ凶悪なモンスターになった世界で冒険を繰り広げるというものです。
基本は魔法と剣を駆使してモンスターと戦うゲームなのですが、私は戦闘より冒険に興味があるので他のプレイヤーがいかない場所にいったり、珍しい風景を見にいくほうに力点を置いていました。
道なき道でもどんどん進む私の相棒は地球を3周くらいできそうな頑丈なブーツ。とにかく壊れないことだけしか取り得がないのです。
珍しい風景に出会ったら1枚パチッ。そのときの相棒はキャノネット。入門機となる廉価なカメラですが文明崩壊後の地球が舞台という設定ですから、ちゃんと使える工業製品は希少なのです。
釣りや狩猟みたいなレストランのないような僻地で食料を現地調達するときに便利なスキルも持ってます。
地図作成や登攀など荒れ果てて自然に帰る直前の廃村を訪問するのには必須のスキルも。
せっかく苦労して辿りついた場所で目にしたものの価値がわからないと困るので博物学もあって、これもこれで便利ですよ。
ここらへんは長いこと人の手が入ってない森だけあって、巨木、怪木がいくらでもありますね。おもしろそう、と思ったらシャッターを切ります。
人工物もあって、朽ち果てた服とか靴は気味ですね。なにかがあった気配がします。
半分ほどは地面に埋もれて草を生やしているテレビや冷蔵庫は不法投棄されたものでしょうか。1999年に文明崩壊という設定ですから、テレビはブラウン管、冷蔵庫は白い2ドアです。まともな状態で残っていれば博物館級ですね。
軽トラックの残骸は謎過ぎ。ここまで走ってきて捨てられたようですが、車が通行できるような道がどこにもないんですよね。これも現在から見るとクラシックカーで、電気ではなく、なんとガソリンで走る550ccのレシプロエンジン。
墜落したヘリなんて大物もありますが、こっちは空を飛んできたのでしょうから道路がなくても不思議はありません。世界最終戦争で撃墜させられたのか、トラブルで墜落したのか、ちょっと物語を感じされるオブジェとなっていました。
こんなものの写真を撮ることに意味があるのか、ないのか、撮影している私にもさっぱりわかりませんが……でも、楽しいです。
私がホームタウンに設定しているのは名古屋の大須です。リアルでは自宅から地下鉄で数駅といったところなので。まあ、この世界では魔法で瞬間移動できますから、東京でも大阪でも、どこでもよかったのですがね。
今日も
あっという間にゾンビの森から帰ってきました。
街の周囲はモンスターの侵入を防ぐため、柵で囲われていて、地下鉄の上前津駅のところと、大須観音の2か所に門がありますから、そこから中に入ります。街は戦闘行為は一切禁止で、モンスターも出ませんし、PKもできない仕様になってます。
普段は落ち着いた街なのですが、いまはざわついていました。
それというのも、いま私たちは『フューチャー・アース・オンライン』の世界かログアウトできないでいるから。さらにはHP全損のプレイヤーが復活するはずの場所は建物ごと消失しています。
初日や2日目は「ずっとゲームの中にいられる! やった!」と喜んでいるプレイヤーも多かったのですが、10日たっても復旧も救助もないとなると、どんどん不安になるのは当然のこと。
しかも、いまリアルの世界ではAI――人工知能にとりつき人類に敵対的な行動をとられるコンピューターウイルスのせいで交通事故が起きたり、飛行機が墜落したり、軍の無人爆撃機が都市を無差別爆撃したりしています。
だいたい全世界で10億人くらい死んだのではないでしょうか?
そのウイルスが『フューチャー・アース・オンライン』を制御するAIがウイルス感染したみたい。
そんな無差別殺人ウイルスに乗っ取られたのだから、そう遠くない将来、私たちはすごいひどい死にかたをするのではないかという悲観的な観測もあります。
つまり現在はデスゲームっぽい雰囲気なのでした――ただし確定はしてません。ウイルスが私たちに懇切丁寧に事情を説明してくれませんし、リアルとは連絡が取れないので、どういう状況なのか誰もはっきりわからないのです。
道端で体育座りをして頭を膝につけてうなだれているプレイヤーを通り過ぎ、冒険者ユニオンの建物に入りました。
冒険者の集まりがギルド、そのギルドの集まりが連合となりますが、別にギルドに所属してなくてもクエストの受付などはやってくれます。
外見は廃墟より少しましなビルですけど、室内はテレビだらけという印象でしょうか。壁には大小さまざまなテレビが設置されていて、いろいろなフィールドやダンジョン、あるいは街の様子が映し出されていました。
冒険者ユニオンだけでなく、飲食店や酒場などにもテレビはあって、リアルタイムのものもあれば、リクエストの多いものの再放送もやっています。
この『フューチャー・アース・オンライン』は自由度が高めで運営は「みんなで好きなように楽しく遊んでね」というようなことをいいました。もちろん、プレイヤーたちは自分だけが好きなように楽しんで遊びました――PKとか、性犯罪とか、強盗とか、そういうのですね。モンスターを狩るのだって楽しいですけど、弱いプレイヤーをいたぶるのだって楽しいですから、これは仕方ありません。
人間を殺す体験がしたいという中学生や高校生もいますし、法律的に犯罪とされないVR空間で本物とかわらないリアルな殺人体験ができてしまいます。最初のころはシリアルキラーが結構そのへんにいましたね。
運営としてプレイヤーにやってもらいたくないことはシステム的にできないようにしておくのが一番簡単なんですけど、規制はできるだけやりたくないようで、対策その1は防犯カメラでした。
もっとも、トップレベルのギルドが高難度のダンジョンを攻略する様子や、これからいこうと思っているフィールドで先行のプレイヤーがどんな立ち回りをしているかなど、娯楽としても参考映像としても見る値打ちは充分にあって、評判はかなりいいのですが――導入の経緯からしてプレイヤーたちは防犯カメラを省略して「ボーカメ」と呼んでいます。
正式名称はフューチャー・アース・オンラインonTVですけど、そんなふうに呼んでいるプレイヤーは見たことありません。
骨董品のようなブラウン管の大画面テレビをちらっと見ると一番大きな画面に映っているのは攻略ギルドとして名高い『不朽の囚人』の偵察チームでした。細剣と革鎧の3人組が素早く通路を走っていきます。
ちょっと見ただけで場所の特定は難しいですが、おそらく10大ダンジョンのどこかでしょう。攻略ギルドらしく、デスゲームになっていたとしても最前線で戦うぜ! という感じでしょうか?
別の画面では7人のパーティーが巨大なナメクジ型のモンスター、メガスラッグと戦っていました。ほぼ勝負はついています。メガスラッグは体のあちらこちらに穴が開き体液がダバダバと漏れ出していますから、すぐに死ぬでしょう。
攻撃力も防御力も弱いのですが、こいつは数できますので厄介です。あっ、いま天井から落ちてきましたよ。コレはよくない兆候です。
「おい、あの女、さっき大量のゾンビと一緒にボーカメに映ってなかったか?」
「触れるな、知らないふりをしておけ」
頑丈そうな板金甲冑と、軽量な革鎧の、凸凹コンビが私のほうに視線を向けていました。あのときボーカメに映されていたのがわかりましたが、いまからではなにをやっても手遅れ。
リアルと違い撮影スタッフとか、カメラがなくてもいいわけですから、いつどんなタイミングで撮られているか察知できないのがボーカメの厄介なところ――まあ、防犯目的ならそういう仕様のほうが効果的だとは思いますけど。
「なんでよ? どうしてゾンビに襲われないんだ? ネクロマンサー的なスキルがあるのか?」
「あれは夜照ソフィンというイカれてるので有名なプレイヤーだ。モンスターのトレイントレインは知らないのか?」
「菓子を食いながら大量のモンスターをひっぱって全力疾走の?」
「そう。あれあれ。今回は大量のゾンビと友達ごっこかよ。なあ、人間の友達は1人もいないくせにゾンビとは友達100人という女がいたとする。おまえ、どうする?」
「逃げる」
そうなるよな、と私の噂をしていたっぽい2人のプレイヤーが逃げるように去っていきました。
よくあることですから、気にしない!
どうも私はボーカメと相性がよくありません。実装された初日、私はボーカメのことはすっかり忘れていて、食べ物とHP回復の検証をしていました。HPはポーションで回復させますが、食事でも回復します。ゲーム的なロジックとしては栄養を取ったので、その分だけ体力が回復したというところでしょうか。
で、このHP回復ですが1パーセントで100圓なのです。この『フューチャー・アース・オンライン』で使えるお金は銅貨は100圓で銀貨が1000圓で金貨が10000圓となります。
1圓とか5圓とか10圓はありません。リアルで1本10円で販売されている「うまみ棒」という円柱形のスナック菓子がありますが、ちゃんとこの世界にもあります。銅貨1枚で10本という形で販売されています。
金貨1枚のポーションで100パーセント全回復となり、うまみ棒1本で0.1パーセントのHP回復なのです。
うまみ棒1000本を一気に食べるのは難しいですから、ポーションはポーションで意味があるのですが……しかし、うまみ棒を1000本、一気に食べるのは難しいだけで、不可能ではありません。
ただし、それを戦闘中にできるか? という問題があって、それを検証していました。
結論から言えば可能です。呪術でも魔法でもいいですが、モンスターに移動阻害などの足止めを何度も重ねがけする必要はありますけど、成功しました――モンスターに追いかけられまくって、どんどん増えていき俗にトレインという状態になって1000本目のうまみ棒を飲み込んだときは300体を超えるモンスターに追いまわされていましたが
その様子がボーカメで映し出されていたのです。一部のやりこんでいるプレイヤーからはモンスターから逃げ回る技術の高さを認められましたが、それ以外からは奇怪で不気味な動画だと感じられてしまったようでした。
ボーカメの見物をやめて、掲示板に向かいました。ここには各種の依頼が貼り出されていています。
薬草の採取とか、モンスターの討伐、護衛など、よくある依頼には職種が動きませんよね――大量殺人大好きウイルスさんに乗っ取られたAIが生成した仕事なんて怖すぎですし。
かといって、最近とても多い依頼はもっと受ける気になりません。
「みんなで一緒にリアルの世界に帰りませんか? 特製の薬を用意しました」
「一瞬の苦痛で、元の生活に戻れます」
「痛みはありません。いま3人集まっています。残り若干ですが枠あります」
これらは集団自殺の呼びかけでした。
不朽の囚人を筆頭に現在はデスゲーム状態でゲームクリアーがプレイヤーの開放条件だと主張する一派と、これはデスゲームではなく死ねばログアウトできると主張する一派に二分されています。
その後者のほうですが、死にたいなら勝手に死ねばいいのに、1人でやるのは怖いのか、一緒に死ぬ人を冒険者ユニオンの掲示板で募っているのでした。
死ねばログアウトするのなら、わざわざ自殺しないでも、ゲームを楽しむだけ楽しんでいればいいと思うんですけどね――命を大事にプレーしたところで、永遠に死なないプレイヤーなんていないのですから。
かといって、わざわざ死亡率の高そうな最前線にいくつもりもありませんが。自分なりに真剣に『フューチャー・アース・オンライン』をやっているつもりですが、攻略のトップに居続けなければいけないのなら、私はエンジョイ勢でいいです。
そんな私の目を惹く依頼がありました。
「ヘリコプターの部品を買います。価格応談。見せていただければ、すぐに査定します。特にエンジン関係の部品は高く買います。消耗部品も高価買取です」
へー。みんながデスゲームだと騒いでいるときにヘリコプターの再生やりますか。これは、ちょっとおもしろいかも。
次回は9月8日を予定してます