《短編》これは私だけの私のための物語
「もう耐えられない。」
彼女の声が木霊する。俺と彼女の部屋。
二人で住み慣れたと感じ始めていたこの部屋で、彼女に俺はそう言われた。
「あなたといると、私がダメになっていくの。」
言っている意味が分からなかった。
「ダメ人間になってしまうの。私にはそれが耐えられないの。」
彼女の言葉がどこか遠く聞こえた。分かっている。
言っている意味も、その言葉の重さも。
分かっているつもりだ。
分かっているつもりなのだが、それが理解ができなかった。
それがなんのために言われたのか理解はしているつもりなのだが、脳がそれを拒んだ。
拒んだ。拒み続けた。
それでもやはり現実は俺に突き付けてくる。変わらない現実というやつは否応なく、牙をむく。牙は鋭く貫いた。心臓が止まった気がした。それなのに心臓の音はうるさい。
うるさすぎる。
でもその言葉は届いた。
ちゃんと耳に届いた。
届いてしまった。
届いてしまったからには、答えなければ…。
答えなければならない。
「俺にダメだったとこがあったら、直すから…。」
そんな言葉が出てきていた。
そんな言葉…。
「そうだよね。キミはそう言うよね。」
彼女のどこか悲しみを含んだそんな言葉。
「でもね。違うの。私が欲しいのは、そんな言葉じゃないの。」
どこか遠くを見ているような、そんな突き放すような。
響く。
「またこの夢か…。」
頭に響くこの声は、いつから聞こえていたんだろうか?
分かっているけれど、やはりどうしても響き続けるこの声はまとわりつくように苛む。
苛むなんて、格好をつけた所でやっぱり心は軋み続ける。
ほらそうやってカッコウをつける。
カッコいいなんて言われたいから。
もうそう言われたい人はいないのに。
もう目の前にはいないのに。
目が部屋を見る。意識はしてなんかいない。
目が映したいというのだ。
耳が聞きたいというのだ。
口が寂しいというのだ。
いや、違う。
自分が、自分の心が求めているのだ。
なんて醜い感情だ。
振られた相手の事を忘れられずにいるこの心は、なんて…、なんて醜いのだろう。
分かってる。そうやって自分を追い詰めなければ、どうにかなってしまいそうだから。
分かってる。君がいなくなったことは。
分かってる。君が僕の前からいなくなったのは…。
それでも思い出さずにはいられないのだ。
それでも生きねばならないのだ。
それでも朝は来るのだ。
それでも明日は来るのだ。
気を紛らわせるために、ゲームをしてみた。
気を紛らわせるために、カラオケにも行った。
気を紛らわせるために、キャンプにも行った。
気を紛らわせるために、とにかく家から出るようになった。
でも、その悉くに君がちらつく。
君との時間が長かったから。
君と行ってないところを探してみた。
それでも、キミと行けていたらなんて…、そんな考えが過る。
ひどい人だ。
そうやってキミを悪者にできたら楽なのに。
ひどい人だ。
僕の心のキミはまだ消えてくれない。
ひどい人だ。
僕がこんなに傷付くことを分かっていて、あんな事を言うのだから。
なんて、なんてひどい人だ。
もうキミじゃなきゃダメなのに。
なんて、なんてひどい人だ。
それが僕だ。
一歩を踏み出せなったから?
勇気が無かったから?
覚悟が無かったから?
そうだね。それが僕で…。
それがダメだったんだね。
分かってる。
君は悪くなんてない。
分かってる。
悪いのは僕だ。意気地なしの僕だ。
分かってる。
だから君は僕の前からいなくなったんだ。
さぁ、今日も頑張って生きよう。
さぁ、今日も生きよう。
さぁ、今日も生きよう。
もう君の心に僕が現れないように。
もう君の前に僕が現れないように。
もう君が僕を思い出さないように。
今日も笑って生きよう。
今日も前を見て生きよう。
今日も朝が来る。
誤字脱字、感想などお待ちしております。




