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第九話 エレン、着せ替え人形にされる

「え、なんですか、これ」


 金獅子亭(きんじしてい)の本日の営業終了後、デイヴィッドに渡された手紙をあらゆる角度からしげしげと眺めながらエレンは言った。

 王家の印である獅子の封蝋がなされたその手紙にはいまだに開封された痕跡は無い。それもそのはず、この手紙の宛先はエレンであり、彼女が開封しない限りは大事な中身はいつまで経っても外の空気に触れることはないだろう。

 エレンは何やら警戒しながらデイヴィッドに尋ねた。


「開けても大丈夫なんですか、これ」

「大丈夫に決まっているだろう。王家からの正式な書状だぞ」


 あまりにも当然だと言わんばかりのデイヴィッドを見て、エレンはここで初めて彼に対して疑心を抱いた。

 よくよく考えてみたら、あの婚約破棄の直後から希代の悪女だなんだと言われていたエレン。その噂のせいで王都の近くの町では話すら聞いてもらえず右往左往していたところに、ふらりと現れたのがこの目の前の男、デイヴィッドだったのだ。そして彼だけはエレンの話を聞いてくれて、そこまで言うなら試しにうちで働いてみろと声を掛けてくれたのだ。よくよく考えてみたら怪しすぎると言っても過言ではない存在である彼は、当時のエレンにとっては天の助けにも思えたためホイホイ付いて行ったのだ。迂闊といえば迂闊である。


「なんでデイヴさんが私宛の手紙を受け取って……というより、どうして私の居場所が王家に知られているんですか? いや、向こうも監視の一つくらいはしてるとは思いますけど」

「いやまぁ、うん、そりゃ俺がシャルマー公爵に報告しているからなぁ」

「はぁ、そうなんですねえ……って、え?」


 デイヴィッドの爆弾発言に一瞬思考が停止するエレン。彼は今なんと言っただろうか。己がシャルマー公爵……レオニードに報告している?


「え、え、なんでデイヴさんがお父様に報告なんか……」

「そりゃ俺がシャルマー公爵の部下だからだ」

「はぁ、そうなん……って、ええ!? お父様の部下!? 嘘でしょう!?」

「嘘じゃねえよ。まさかとは思うが、気付いていなかったのか?」


 デイヴィッドの更なる爆弾発言にエレンは己の目玉が飛び出すかと思った。まさか、デイヴィッドが(おの)が父親の部下なのだと微塵も思っていなかったからだ。

 エレンの様子に本気で気付いていなかったのかとデイヴィッドは溜息を吐いた。実はデイヴィッドとエレンは過去に一度会ったことがあるのだ。しかしここまで綺麗さっぱり忘れ去られているとは思っておらず、デイヴィッドは若干だが傷付いていた。


「んじゃまぁ、改めて名乗るとするかね。俺の名はデイヴィッド改め、ダヴィッド・ゴルドレオ。このアレスの街を中心に情報収集するよう命じられているシャルマー公爵の私兵の一人だ。ちなみにだが、妻のエマは一般人だぞ、念のため」


 エレンはぽかんと口を開いたままデイヴィッド……ダヴィッドの説明を聞いていた。エレンは今まさしく、開いた口が塞がらないを体現していた。


 それから続けられたダヴィッドの説明はこうだった。

 嬉々として婚約破棄を受け入れたエレンを心配したレオニードが方々(ほうぼう)に手を回して、エレンの処分を貴族籍の剥奪と王都追放に留めた。そして己の目が届く所にいてくれるようにと画策した結果、あの悪女の噂を流すことを思い付いたのだという。ちなみにこの悪女の噂であるが、やってもいない罪を認めて貴族の責任を放棄したエレンに対しての罰だったとのことだ。後々の影響を考えたら少々やり過ぎたと反省しているとはレオニード談だ。ともかく、希代の悪女だと噂を流せば、少なくともエレン本人に不信感を抱く者が大勢出るだろうから、そう簡単に身を寄せる場所は見付からないとレオニードは踏んだ。その目論見は見事成功し、エレンが困り果てたところにダヴィッドが現れたということだったらしい。ちなみにだが、実はその噂のせいでエレンは一度悪漢に襲われそうになったことがある。その時ダヴィッドが助けに入ろうとしていたのだが、エレン本人が己の付加魔法(エンチャント)能力と腕力で解決してしまったから、抜き掛けていた剣をおもむろに鞘に戻したのだという。それを聞いたエレンは思わず謝罪していた。


「えっと、なんというか、すみません」

「いや、いい、気にすんな」


 まさか謝られるなどと思っていなかったダヴィッドは困ったようにぽりぽりと頭を掻いた。


「と、まぁそういった経緯があったんだ。エレン、今回のこの手紙にはお前さんの今後が掛かっている。まずはちゃんと読んでくれ、頼む。いいか、速攻で捨てようとするなよ!」


 なぜかそう念押しされたエレンはこくこくと頷くと、手紙を両手でしっかりと持って自室へと戻った。

 エレンは自室の机の引き出しの中からペーパーカッターを取り出し、手紙の封を切り中の手紙を読み始めた。そこには要約するとこう書いてあった。


 来月の第二週最初の日、迎えをやるから王城に来るように、と。


  ***


 手紙で指定されていた日がとうとうやってきた。その手紙に書かれていた迎えの馬車が来る一時間前のこと。


付加魔法(エンチャント)掛けて走って行った方が早い」

「頼むから迎えの馬車で行ってくれ!」


 エレンとダヴィッドはこんなやり取りを交わしていた。

 エレンが王都より追放されて二年と約半年。この娘はここまで無鉄砲で本人曰く『脳筋』だったのかと、ダヴィッドは頭を抱えた。妙齢の女性の口から、王都まで走って行った方が早いという言葉が出てくるなどだれが想像できるだろうか。だがこの二年と約半年でそんな言葉を言い放つような女性になってしまったのだ、このエレンは。


 あの手紙が届いてからというもの、なぜだかは分からないが、エマを含む金獅子亭(きんじしてい)の女性従業員たちが張り切ってエレンの改造計画に乗り出した。

 まずはエレンが真面目に手入れをしていなかった金の髪の改善だった。毛先を切り、香油を塗り込み、丁寧に丁寧に梳かす。それが毎日続けられた結果、エレンの髪は今では眩いばかりの輝きを放っていた。髪の次は肌だった。肌もろくに手入れをしていなかったせいか、エマから日に焼けてはならぬと外出を禁じられ、薪割りのために握り続けていた斧や鉈もいつの間にか同僚たちに隠されてしまっていた。手のひらの豆だけは取れなかったが、そこは純白の手袋で隠してしまえと、そしてその手袋に合わせて当日着て行くドレスをエマや同僚たちが張り切ってコーディネートし始めたため、エレンはもはや何もいうことができず、黙って見守るしかなかった。


 そうしていつもより(めか)し込んだ――というより、金獅子亭(きんじしてい)の女性陣たちに(めか)し込まされてしまった――エレンは大層美しかった。やはり腐っても元公爵令嬢、アレな発言はあったが十分に気品が漂っていた。その隣に並び立つダヴィッドも正装し帯剣していた。どうやら彼がエレンの護衛――必要かどうかは別として――のようで、男性従業員たちからは驚きと同時に冷やかしの声が掛かっていた。


「馬子にも衣装とはこのことですね、デイヴさん!」

「お前ら、うるせえ!」

「ほら、せっかくカッコ良くしてるんだから、そんな言葉遣いはやめた方がいいと思いますよ、デイブさん」


 フリンの言葉にふん、と鼻で息を吐くダヴィッド。そろそろからかわれるのに疲れたらしい。早く迎えの馬車が来てくれないかと、エレンよりも強く願っていた。


 今回の王都行きのために、金獅子亭(きんじしてい)の営業を急遽休みにしたためにいつもよりは静かな店内で待つエレンとダヴィッドの二人。そんな二人の元にフリンが走ってやって来た。


「迎えの馬車が来ましたよ!」


 二人はその言葉を受け、急いで表へと出る。そして視線を少し遠くへと向けると、確かに王家の紋章である獅子を抱いた馬車が金獅子亭(きんじしてい)へと近づいて来ていた。


「いよいよですね~」

「……お前はなんでそんなに呑気なんだ」


 はぁ、と溜息を吐くダヴィッド。この旅でどれだけの心労が溜まることだろうかと、彼は不安になるのだった。


  ***


 無事に王城に到着したエレンは、せっかくエマたちが着付けてくれたドレスを脱ぐことになってしまった。なんでも、王の御前に参るには少々貧相だとのことだった。

 今一度全身を磨かれたエレンは、現在は城の侍女たちの着せ替え人形と化していた。


「ちょっと、このコルセットじゃ形が合わないわ。別の持ってきて!」

「だめです、そのコルセット以上に凹凸のしっかりしたものはありません!」

「嘘でしょ……」

「なんて羨ましい……」


 そんな言葉を周囲で呟かれながら、エレンはああ、こんな風にされるのも本当に久々だと感慨にふけっていた。

 それからしばらく、侍女たちはどんなドレスを着せたらいいか案を出し合っていた。中には背中のラインが美しいからと、背中の大きく開いたドレスを推してくる者まで現れたがさすがにそれは却下された。


「ちょっと、ドレスも形が合わないじゃない! というか、なんで元貴族令嬢なのにこんなに健康的な身体なのよ!?」

「毎日斧と鉈と鉄アレイ握ってトレーニングばかりしてたから……」

「それ絶対おかしいから!」


 侍女長らしき人にまでツッコミを入れられてしまったエレンだった。

 元々背の高かったエレンのドレス選びは、更にその身体つきのせいで難航したが、どうにかエレンの着替えが完了していく。そうして出来上がったのは、最高級の気品を醸し出す美女であった。化粧の力は凄まじいと、鏡をまじまじと眺めていたエレンは単純にそう思った。侍女たちはというと、ここまで化粧映えする顔の人間に久し振りに会ったと思っていた。それほどまでに、化粧前と化粧後のエレンの顔はまるで別人だった。

 ようやくエレンの準備が整った頃に、タイミング良く――というより、侍女たちが死に物狂いで間に合わせた――謁見の時間がやってきた。エレンを迎えにきたのは、なんと父親であるレオニードだった。


「エレン、久し振りだな」

「お父様……」

「……うむ、綺麗だ。さすがは私の娘だ。ダヴィッドの報告にもあったが、確かにこれでは男共も放っておかないな」

「お父様! 冗談はお止めください!」

「ははは、冗談ね。まぁ、今はそういうことにしておこう。さて、では行こうか」


 こうしてエレンはレオニードに連れられ、謁見の間へと向かうのだった。

 ふわっとした話を間に挟み、おそらく次かその次くらいで第一部ラストです。第一部が終了したら、章分けをしたいと思います。

 しかし、わりとどうでもいい話を書いている時の方が筆が進む。


【2018年1月13日】

 誤字脱字その他修正しました。

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