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第八話 男たちの溜息、そして始まりは終局へ

 私の脳内会議で、食事処(レストラン)付加魔法師(エンチャンター)は三部構成が決定しました。

「はぁ……」


 アレスにある集合住宅(アパートメント)の一室に、大きな溜息が響き渡った。その溜息の主は、いつもの仏頂面を情けなく歪ませたロベルトだった。そんな彼を見て呆れたような表情を浮かべるのは、彼の冒険のパートナーであるカイだ。


「どうしたんだよ、溜息なんか吐いて。お前らしくない」


 そう声を掛けてきたカイをちらりと一目だけ見たロベルトは、もう一度、今度は小さな溜息を吐いた。


 ここはロベルトとカイがアレスに借りている部屋の一つだった。彼らの拠点はアレスだけでもいくつも存在し、この集合住宅(アパートメント)の部屋は物置代わりに使っている場所だった。どうして二人がこの物置のごとき部屋にいるのかというと、この(たび)めでたくもカイの結婚の日取りが一年後に決まったため、荷物の整理に訪れているのだ。

 本来ならば丁寧に扱うべき高価な魔法の道具をソファに適当に放り投げたカイは、どかりとロベルトの隣に腰を下ろす。カイはロベルトとは長い付き合いだが、ここまで心ここに()らずといった彼の様子を見たのは初めてのことだった。


「本当にどうしたんだ? いい加減その溜息が鬱陶(うっとう)しくなってきたぞ」

「……ああ、すまん。だがどうにも気分が落ち込んでいてな……はぁ……」

「ほら、また溜息出てる」


 カイに指摘され、ロベルトはぐっと顔に力を入れいつもの仏頂面に戻ろうと努力するのだが、あっという間に情けない表情へと戻ってしまう。これは本当に重症だと思ったカイは、ロベルトにどうしてそんなに溜息を吐くのか理由を問うた。


「少なくともその溜息の理由を教えてくれ。俺にできることなら手伝ってやるからさ」

「はは……その気持ちだけ受け取っておく。誰にもどうにもできんことだからな」

「そうなのか?」

「ああ」


 ロベルトは小さく頷くと、少々迷ったように視線を動かしてからまた、はぁ、と溜息を吐いた。しかし今回はそれで終わりではなかった。


「……お前は薄々感づいているだろう? 俺がエレンに惚れてるってこと」

「ああ、まあな……って、まさか彼女関係でそんな風になってたのか? なんでまた恋する乙女みたいな状態になってるんだよ、気持ち悪い!」

「気持ち悪いとはなんだ! 言っておくけどな、クローディアと婚約する前のお前も鬱陶しいくらいに溜息を吐いていたからな! 俺は指摘しなかったが!」

「うっわ、マジかよ!」


 そんなどうでもいいやり取りをしたおかげか、ロベルトの調子も戻ってきたらしい。ロベルトは小さく笑うとふぅ、と息を吐いた。そしておもむろにこう語り出した。


「……この間、金獅子亭(きんじしてい)の定休日にな、エレンを見たんだ」

「へぇ」

「男と並んで定食屋に入ってきた」

「へぇ」

「……その男から、指輪をプレゼントされていた」

「へぇ……へぇ!?」


 ロベルトの口から語られた思わぬ言葉にカイは目を丸くして露骨に驚いた。まさかエレンに彼氏がいたとは。しかし、そんな話は聞いたことがない。むしろエレンに彼氏ができたのなら、金獅子亭(きんじしてい)周辺はそれなりの騒ぎになるはずだ。エレンは(多少変なところがあるとはいえ)金獅子亭(きんじしてい)の看板娘だ。正直なところを言えば、ロベルト以外にもエレンに想いを寄せる男は大勢いる。カイ的にはむしろ、その彼氏の最有力候補はロベルトだと思っていた。なぜならば、エレンはロベルトにだけしか見せない表情があるからだ。ロベルトと共に付加魔法(エンチャント)の依頼をしているカイだけが知っている秘密だった。しかし、そのエレンに指輪までプレゼントするような仲の男がいるとなると、認識を改めざるを得ないだろう。


「ううむ、まさかの略奪愛をロベルトが敢行することになるとは……」

「り、略奪愛!? カ、カイ、変なことを言うな! というか、お前、そんな言葉どこで覚えてきたんだ!」

「妹のミスティがたまに変なことを言うからさ……『よくある設定』とか『勇者の妹キタコレ』とか……って、お前、面白いほどに動揺しているな」


 カイは思った。ロベルトには悪いが、普段は見せることのない表情ばかりが現れているのでからかいたくもなるというか、むしろぜひからかわせてくださいお願いします、と。しかし、ロベルトにとっては一大事も一大事だ。元々ロベルトには歳の差だけではない複雑な事情(・・・・・)がある。そもそもがエレンと結ばれる可能性は低いと言ってもいい。たとえ結ばれたとしても、互いに苦労することになるだろう。カイにも友人の恋を応援したいという気持ちはある。しかしエレンの幸せを考えると純粋な気持ちで応援ができないのが現状だった。


「んー……俺からはアドバイスできることなんてほとんど無い……けど、月並みなことを言えば、当たって砕けるのも悪くないんじゃないか? お前もいろいろあるからさ、諦めてはいたんだろう?」

「……まぁ、な」

「んじゃ、傷は浅い! 多分な!」

「お前その言い方、面白がってるだけだろう!」


 それからもカイとロベルトは言い争いを続けた。言い争いといっても、ロベルトだけがダメージを受ける不毛な言い争いだった。


  ***


 ルクレストが世界に誇る『勇者』カイと、隣国ファーティマの姫君であるクローディアの結婚が一年後の春に行われるという一大ニュースは、ルクレストだけでなく瞬く間に世界中に広がった。カイが冒険の拠点にしているアレスは、ルクレストのどこの街よりもそのニュースに沸いており、それこそ王太子の婚約者が発表された時以上の騒ぎだった。


「よっしゃ! 客の財布の紐が緩んでいる今こそが稼ぎ時だ! やるぞ、お前たち!」

「おおー!」

「稼ぎが良ければ臨時ボーナス支給だ!」

「おおー!!」


 臨時ボーナス、その言葉に沸き立つ金獅子亭(きんじしてい)の従業員たち。エレンももちろんそのうちの一人だ。従業員たちの士気も上がったところで、本日の金獅子亭(きんじしてい)の営業が開始された。朝の営業は仕事前に朝食を食べに来る客が多く、軽めのメニューを注文されることが多い。他にもサンドイッチなどのテイクアウトも多かった。

 通常時よりも多めに用意していたテイクアウトメニューが売り切れても客足は途絶えない。本日の客は見慣れない者たちが多く、どうやらここいらが稼ぎ時だと金獅子亭(きんじしてい)の面々と同じことを考えているらしい行商の人間が多いようだった。


 朝の混雑の中、アレスだけでなくルクレスト国内、ファーティマ、ダグラスといった隣国の噂話がちらほらと聞こえてきた。どうやらファーティマではルクレストの『勇者』と自国の姫君の結婚はおおむね好意的に受け入れられているようだが、相手となる『勇者』に爵位が無いことが不満であるらしく、そのことを理由に小規模ながら反対運動も起こっているらしい。ダグラスには『魔の大陸』にかつて存在していた大国……ディアーノの難民がルクレストやファーティマに比べて多かったのだが、それが今は少しずつ減っているらしい。なんでも祖国が存在していた大陸に戻っているのだとかなんとか。今はまだ荒れ果てた土地だろうが、人が集まり徐々に復興しているらしい。今後はその大陸とも取引を開始してもいいかもしれないと、商人たちが話していた。


 戦争のごとき朝の営業が無事に終了し、短い休憩時間がやってくる。これが終われば昼の営業のための仕込みが待っている。エレンの場合は大量の薪割りだ。金獅子亭(きんじしてい)の外の人間が見れば明らかにおかしいと思うだろうが、これがこの店での平常運転だった。エレン曰く『脳筋女子』というものらしい。それに伴い「力こそパワー」だとか訳の分からないことを言い出すのもエレンの平常運転だった。


「薪割りが終わったら、午後の営業前に買い物に行ってくれるか?」


 デイヴィッドからそう頼まれたエレンはもちろん大丈夫だと頷いて買い物のリストを預かった。どうやら細々(こまごま)とした消耗品が不足しているらしい。他にも調味料なども、いつもならきちんと仕入れをしているのだが、今回は予想以上に客が来たために、特に塩と胡椒が不足しているとのことだった。

 エレンが買い物に向かったのを見送ったデイヴィッドは、ふぅ、と息を吐いて来客用の部屋へと向かう。そこには商人とは思えない上等な衣服に身を包んだ男と、護衛らしい騎士が二人待っていた。

 デイヴィッドは彼らを視界に収めると、いつもとはまったく違う様子で優雅に頭を下げた。


「お待たせいたしました。本日はどのようなご用件でしょうか」

「頭を上げて下さい、ダヴィッド(・・・・・)・ゴルドレオ殿。本日はこちらの手紙をお渡ししたく参りました」


 デイヴィッドを『ダヴィッド』と呼んだ上等な服を着た男が、布に包まれた手紙を取り出すと両手でデイヴィッドに差し出した。その手紙には封蝋がなされており、押されているのは獅子の(いん)。これは王家の紋章でもあった。

 デイヴィッドは視線を鋭くし手紙を睨みつける。そして男たちに視線を移すとこう尋ねた。


「……王家がこんな料理屋にいったいどのようなご用件で?」

「全てはその手紙に記されております。それをエレン嬢にお渡しください。それでは、私たちはこれで」


 男は簡潔に言うと、部屋を後にしようとした。そして何かを思い出したのか足を止めデイヴィッドに向き直った。


「ああそうだ、奥様にもこうお伝えください。奥様が淹れてくださったお茶ですが、大変美味しゅうございました、と」


 そう言ってにこりと笑った男を見て、デイヴィッドはほんの少し目を丸くする。そしてくつくつと笑った。


「そうだろう。何せ、俺の自慢の妻が淹れたお茶だからな」


 デイヴィッドの返事を聞いた男は再びにこりと微笑むと、今度こそ部屋を後にした。

 彼らが去った後の客間に静寂が訪れる。デイヴィッドは頭をぽりぽりと掻きながら、今し方渡された手紙を眺めた。


「さあて、なんて説明するかねぇ……はぁ……」


 そして、何やら困ったように溜息を吐いたのだった。


  ***


「それは……それはまことなのですか、父上」


 ルクレストの王城にある主……リチャードの私室に、その息子であるフリードリヒは呼び出されていた。なんでも大事な話があるということだったのだ。そこで語られた内容は、フリードリヒには驚きの、そして複雑な心境になるような内容だった。

 それはエレンが冤罪で王都を追放されたというものだった。調査の結果、ミスティいじめの主犯はフリードリヒの現婚約者であるミレーユ・キャティシエルであることが分かったというのだ。


「父上……それでは私は、私は、なんと愚かなことを!」

「……そうだ、愚かだった。お前も、わしもな……」

「父上……?」


 父親であるリチャードがしんみりとした様子で呟いたのを聞いて、フリードリヒは不思議に思った。いつもは厳格な父が、どこか弱々しい姿を見せていたからだ。そんな息子の様子に気付いたのか、リチャードは軽く頭を振ると眉間にしわを寄せてこう言った。


「お前に話というのはこれ以外にもある。お前がこの話を心の底から受け入れられるかは分からぬ。だが、これは王として、そしてお前の父として考え、すでに決定したものだ。覆ることはないと心せよ」


 リチャードは語り始めた。これからのフリードリヒのこと、リチャード本人のこと、そして王家のことを。

 その内容はフリードリヒには信じられないようなものであった。だが堂々と、朗々と語るリチャードのその(さま)は、息子であるフリードリヒの目にはどこまでも眩しく映った。


 こうして、最初の物語は終局へと向かう。

 第一部完結目前です。

 いろいろとありえない展開になってしまうような気もしますが、ふわっとしたファンタジーとして軽く読んでいただければ幸いです。基本的にド◯ゴンボ◯ル式連載だからねしょうがないね。

 誤字脱字報告、大歓迎です。


【2018年1月13日】

 誤字脱字修正しました。

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