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第五話 号外新聞

 どうにか無事にロベルトの依頼を完了したエレンは、いつもよりも力を入れて、しかし同時にいつも以上に緊張をしていたせいか、終わった頃には疲労困憊(ひろうこんぱい)していた。さすがにロベルトも心配になったのか「大丈夫か?」と気遣わしげにエレンに声を掛ける。すると恋する乙女とは現金なもので、好意を寄せる男性に心配されただけで嬉しくなり元気になるのだ。


「それでは、ありがとうございました」

「ああ、こちらこそありがとう」


 店先までロベルトを見送るエレン。互いに魔法の言葉――エレンにとってはだが――を交わし、ロベルトは人ごみの中に消えていった。


「……ふぅ、今日はさすがに疲れちゃったな」


 呟いて軽く伸びをし店に戻ろうとしたところ、何やら人が騒がしいことに気が付いた。その騒がしさの中心はどうやら金獅子亭(きんじしてい)のある通りのもう一つ向こう側、噴水のある広場の方面のようだった。


「なんだろ……? でも、見に行く元気はもうないし……」

「それじゃ俺が行ってこようか?」


 突然後ろから声を掛けられてエレンは肩を大きく震わせた。しかし知っている声だと気付くと思わず声を荒げる。


「フリン! もう、急に声を掛けるのはやめてよ!」


 声を掛けてきたのは同僚のフリンだった。フリンは人好きのする笑みを浮かべながら、ぷりぷりと怒っているエレンをなだめるようにこう言った。


「ははは、ごめんごめん。でも、確かにこの騒がしさは気になるね。この時間はいつもはもう少し大人しいものだし」

「ん、そうだね。今はまだ休み時間だし……やっぱり気になるから、フリン、行ってきてもらえる?」

「だからそう言ってるじゃないか。ついでに甘いものでも買ってくるよ」

「やった! ありがとう!」

「それじゃ行ってくるね」


 甘やかな笑顔を浮かべたフリンは、颯爽(さっそう)と広場へと向かって行った。女とは現金なもので、甘いものを目の前にちらつかせられると簡単に元気になるのである。

 エレンは騒がしさの原因よりもお土産の甘味を楽しみに、店内に戻ったのだった。


  ***


 フリンがお土産のクッキーと共に持ち帰ってきたのは、驚きの見出しの号外新聞だった。それを見たエレンは、新聞の内容を確認するのも忘れてフリンを連れてそそくさと休憩室へと入って行く。そこではデイヴィッドとエマが談笑しており、二人はエレンたちに気付くとおや、と声を掛けた。


「どうした、二人して」

「あら、甘い匂い……それ、クッキー? ならお茶をいれましょうか」


 エマはそう言うと、お茶を淹れるために立ち上がる。それを見たエレンが慌てて手伝いを申し出て、四人分のお茶を淹れる準備を始めた。その間に男性陣は皿を取り出し、フリンのお土産のクッキーを綺麗に並べる。袋から取り出されたクッキーの甘い香りが辺りに漂うと、エレンの抱いていた焦燥感も少し和らいだ。

 従業員の休憩室のテーブルの上にクッキーと人数分のお茶を並べ終えたところで、新聞をもらってきたフリンがじっくりと内容を読み始めた。ある程度記事を読み進め、淹れたてのお茶を一口飲んでから小さく呟いた。


「ふーん、王太子殿下に新しい婚約者ができたって」

「何? もしかして例の『勇者』の妹……確かミスティだったか?」


 デイヴィッドがクッキー――実は見た目に反して甘いものが好きなのである――を摘みながら新聞を読んでいるフリンに尋ねると、彼はゆっくりと首を横に振った。


「俺もエレンの婚約破棄の話を聞いていたからてっきりそうなのかと思ってたけど、どうやら違うみたいだ。えーっと、キャティシエル侯爵の……」

「え、キャティシエル侯爵ってことは、もしかしてミレーユ?」

「うん、そうだけど……もしかして知り合い?」

「ええ、まぁ……確か、私が王太子の婚約者にならなかったら、彼女がなっていただろうって話だから。学院(アカデミー)にも同じ時期に通っていたし」


 エレンはミレーユとは一つ違いの、現在は十九歳のはずだ。学年も違ったのでそれほど仲が良かったわけでもないが、公爵令嬢と侯爵令嬢が面識が無いというはずもなく、何度かパーティーで顔を合わせたことはあった。確かハニーブロンドの美しい娘だったと、エレンは記憶していた。

 エレンが簡単にミレーユの話をみんなに聞かせていると、何か引っかかったのかデイヴィッドが首を傾げた。


「……んん? エレンと一つ違いってことは、ミスティと同い年ってことか。なーんか、引っかかるなぁ」

「奇遇ですね、俺もです」

「私もよ。女ってのは嫉妬深い生き物だからねぇ……」

「え、え、いったいどうしたんですか? みんなして」


 一人だけ状況が飲み込めていないエレンが、キョロキョロとデイヴィッドたちの顔を見回す。そんなエレンの様子が面白かったのか、フリンが小さく吹き出した。


「エレンは貴族社会にいたわりには人を疑うってことを知らないから、この反応も仕方ないか」

「それもそうだな」

「まぁ、それがエレンのいいところでもあるんだけれど……」


 エレンを除く三人が口々に感想を述べる。エレンはさっぱりとした性格であるが、どうやら周囲の人間には恵まれていたらしく人を疑うということを知らない……というか、苦手としている。しかしまぁ、もしも重大な裏切りなんかをされてしまったら、大きく動揺するよりも先に腕力で全てを解決しそうな勢いを持っているのだが。

 状況をいまいち理解できていないエレンに、フリンが分かりやすく説明した。


「ま、つまり、ミスティをいじめていたのはこのミレーユって令嬢なんじゃないかってこと。だって、エレンがいなかったら自分が王太子の婚約者の有力候補だったんだろ? 理由としては十分じゃないか」

「はぁ……なるほど」


 フリンの説明に、感心したように頷くエレンだった。

 それから、新聞の内容を読み込みああだこうだ議論を白熱させる。婚約破棄の状況からしてミスティが王太子の婚約者になるものとばかり思っていたデイヴィッドは、やはり王太子と男爵家の娘では身分が釣り合ってなかったから婚約者になれなかったのかと言ってみたり、『勇者』カイの性格を知っているエマは、ミスティはそんなに性格が悪い娘だとは思っていなかったから、やはりこのミレーユが怪しいと言ってみたり、フリンに至っては「まぁ、婚約破棄がなくても、王太子のことを生理的に受け付けないって言ってたエレンのことだし、早いうちに離縁してたかもね」と身も蓋もないことを言い出したりしていた。

 エレンはそんな彼らを見て、ああ、やはり楽しいとわずかに微笑んだ。これこそが平民の醍醐味だろう。平民にとって、貴族なんぞは壁の向こう側の存在だ。実態も何も分からないから、こうして好き勝手に考えを巡らせることができる。ゴシップ記事がよく売れるのも理解できるというものだった。


「でも、それにしては新しい婚約者が決まるのも遅かったね。もう二年だよ? その間ゴタゴタしてたのかな」

「案外、王太子はミスティを新しい婚約者にしたかったんじゃないの? でも周りが許可を出さなかったとか」

「それこそ身分差が理由かねえ。元々婚約者候補の娘がいるんなら、そらそっちを婚約者に据えるわな」


 ある程度好き勝手に議論を重ねたところでそろそろ夜の仕込みの時間が近付いてきた。デイヴィッドたちは話を切り上げると、それぞれ準備に取り掛かるために立ち上がる。


「ああそうだ、エレンは今日は夜の仕事は休んでいいぞ。今日の付加魔法(エンチャント)業務は大変だったみたいだからな」


 デイヴィッドが思い出したと言わんばかりにエレンに告げた。なんでも、今のエレンはいつもよりも疲れているというのが丸分かりらしい。それに、今日の号外新聞のこともある。本人はけろりとしているが、意識していなくとも精神的に疲弊していてもおかしくはなかった。


「ええと……それじゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらいます」


 有無を言わさぬ眼力のデイヴィッドに気圧され、エレンはただただ頷くしかできなかった。そんなエレンの返事に満足気に微笑んだデイヴィッドは、エマとフリンを連れて休憩室を出て行った。それを椅子に座ったまま見送ったエレンは、一足遅れてよいしょと立ち上がる。そして部屋に戻りベッドに横になると、想像以上に疲れていたらしい、そのまま眠りの世界に落ちて行った。


 ――悔しいわ。私はフリードリヒ様のこと、こんなに愛しているのに――


 ハニーブロンドの美しい少女がそんなことをエレンに告げる夢を見たのは、はたして偶然なのか、それとも必然だったのか。夢の中にいるエレンには、分からないことだった。


 結局エレンが目を覚ましたのは真夜中のことだった。その後眠ることができなかったエレンは、寝不足で翌日の仕事が手に付かなかったのだが、同僚からは昨日の新聞のせいだと思われていた。エレンはこれ幸いとそういうことにしてもらって、ちゃっかりともう一日休みをもぎ取ったのだった。

分量が安定しないのは仕様ということでご理解ください(土下座)


【2018年1月10日】

 誤字脱字その他修正しました。

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