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第四話 魔法の言葉

 カイの婚約者への指輪に『守護』の付加魔法(エンチャント)を掛けエレンの本日の昼の業務が終了した。彼女はカイとロベルトをいつものように店の外まで見送り、結局使うことのなかった道具類を片付けるために二人を案内していた客間へと引き返そうとしてはたと気が付いた。


「あ、そうか。明日はロベルトさんが来るんだった」


 それならば片付ける必要はないかと思い至ったエレンは、道具類はそのままに、ほとんど散らかることのなかった客間を簡単に掃除し始めた。

 この客間の壁には、ここ金獅子亭(きんじしてい)でも一番上質な壁紙が貼られ、床にはそれなりに毛足の長い絨毯が敷かれている。そこにそれなりに上等なソファやテーブル、ティーセット一式が収められた棚が設置されていれば、十分に客間と言えるだろう。部屋の一角に鎮座する無骨な作業台に目をつむればだが。

 武器や防具に直接魔法文字(マジックワード)を刻み込む作業がエレンの付加魔法(エンチャント)にはあるため、どうしてもその作業台は必要で、だからこそこの部屋はほぼ工房のようなものだった。しかし客間というからには、それ相応の体裁を整えねばならないというエマの(げん)で、この部屋に金獅子亭(きんじしてい)の年間予算をだいぶ()いたというのを知っているのは、そのことを言い出したエマ、その夫でオーナーのデイヴィッド、そしてこの客間を仕事部屋としているエレンだけである。


「さぁて、このくらいでいいかな」


 洗い物の二組のティーセットを厨房の洗い場に下げ、最後に部屋の様子を確認してからエレンは呟いた。


「……そうか、明日も……ロベルトさん、来るんだ」


 部屋の片付けを始める前に呟いた言葉をもう一度口に出すと、じわりと胸が温かくなるのを感じたエレン。ああ、やはり彼に恋をしているのだとエレンは改めて認識するのだった。


  ***


 翌日、ロベルトは午後の営業が終わる間際に金獅子亭(きんじしてい)に来店した。ロベルトは真っ白な布に包まれた何か、おそらくは付加魔法(エンチャント)を施して欲しい大剣だろうものを背に担いでいた。


「すまない、遅くなった」

「いいえ、それは構いません」


 エレンはそう言いつつ、あれ、と首を傾げた。いつもならばロベルトと共にいるカイの姿が見えなかったからだ。


「今日はカイさんは?」

「ああ、あいつは今日はいない。今頃は婚約者のところにでもいるんじゃないか」

「だから今日はお一人なんですね」


 ロベルトのその言葉だけで、カイが転移魔法(テレポート)を使ってまで隣国の婚約者の元へ文字通り飛んでいったことが伺えた。それがなんだか微笑ましくて、エレンは小さく微笑む。心なしかロベルトも微笑を浮かべているようだった。


 エレンはロベルトを二階の客間へと案内すると、一旦一階へと戻る。そしてあらかじめ厨房で温めていたカップとお湯を持って客間へと戻った。そして客間に置いている茶葉を使ってお茶を淹れてロベルトの前に差し出し、すい、と視線を白い布に包まれている大剣に移した。


「私が付加魔法(エンチャント)を掛ければいいのはその白い布に包まれている大剣ですか?」

「ああ、頼む」


 ロベルトは差し出されたお茶を一口飲んでから大剣の包みを解いた。


 その包みの中から現れたのは、息を飲むほどに美しい大剣だった。


 ロベルトの手には鞘だけでも美しいというのに、そこから覗く柄ですらも芸術品とも思えるほどの装飾が施された見事な大剣が握られていた。かつて公爵令嬢として培ってきたエレンの審美眼がなくとも、それこそ誰もが相当な値打ちのある品だと想像できるだろう。むしろ国宝級と言われても大袈裟ではなさそうなほどに立派な大剣だった。


 エレンは目の前に差し出された想像以上の品に、一瞬思考が飛んでしまった。しかしどうにか気力を振り絞り、口を開いた。


「あ、あの……本当にその剣に付加魔法(エンチャント)を施しても良いのですか? その……随分と高価なもののように思えるのですが……」


 エレンはロベルトにおずおずと己の付加魔法(エンチャント)を施すことへの懸念を伝えた。するとロベルトはいつもの仏頂面を少しだけ緩めると、それなら大丈夫だと返事をした。


「これはある国に伝わる大剣の複製品(レプリカ)だ。腕は確かな者が作っていたから性能もいい。本物ではないから、エレンの付加魔法(エンチャント)を施しても問題ない」

「なるほど、複製品(レプリカ)だから大丈夫なんですね~……って、それでも高価な品物ではないんですか!? どう見てもその鞘の彫刻だけで百万ノーカムはするのでは!?」

「よく分かったな。その通り、この鞘は百万ノーカムした。剣の方は二百万ノーカムだったか」

「総額三百万ノーカム!?」


 エレンは告げられた金額に目眩がした。三百万ノーカムというと、一般的な平民の年収に相当する。いくら『勇者』の相棒の第一級冒険者で、邪竜を討伐しその報奨金を得たロベルトとはいえ、そんなにポンと出せる金額ではないはずだ。


「そんな高価な品に私が傷を付けなければならないとは……」


 そう言って項垂(うなだ)れたエレンに対し、ロベルトは呆れたようにこう言った。


「お前のはただの傷ではなく立派な付加魔法(エンチャント)だろう。というより、お前の施す付加魔法(エンチャント)料はその技術に対して安すぎる。一付加魔法(エンチャント)五万ノーカムとはどういうことだ。一般的な付加魔法師(エンチャンター)が施す付加魔法(エンチャント)料と変わらないのはどう考えてもおかしいぞ」


 いつもより饒舌(じょうぜつ)なロベルトに少しばかり嬉しくなったエレンは、えへんと豊かな胸を張った。


「それはちゃんと付加魔法(エンチャント)料の相場を調べて設定しましたので!」

「得意気に言うな。お前のその付加魔法(エンチャント)の腕前は、本来ならば国が抱えなければおかしいレベルだ。どうしてこの街で給仕をやりながら片手間に付加魔法(エンチャント)を施しているのか理解できん」

「あれ、ロベルトさんは知らないんですか? 私がここにいる理由」

「理由?」


 驚いたように目を見開いたロベルトを見て、エレンは彼にしては表情をここまで変えるなど珍しいと思いつつも、己がアレスに来ることになった経緯……王太子から身に覚えのない罪を理由に婚約破棄され、王都より追放されたのだと伝えた。


「お前のような人間が陰湿ないじめをするなど到底思えんが……この国の王太子の目は節穴か?」

「ロベルトさん、思っててもそういうことは口にするものじゃないですよ。まぁ、私からしたら婚約破棄されて万々歳ですけどね!」

「なぜそこまで喜べるんだ」


 ロベルトが呆れたように言う。一般的にはロベルトの述べた感想はもっともなことだろう。しかしながら、エレンは一般的な人間ではなかった。あろうことかフリードリヒのことが生理的に受け付けなかったことまで吐露してしまったのだ。


「まぁ、人間的には嫌いな人ではなかったですよ。基本的には真面目なお方でしたし」

「一国の王太子を生理的に受け付けないとまで言うとは……くくっ……はははっ!」


 ロベルトはエレンの発言を聞いてしばらく肩を震わせる。しかしとうとう我慢できなくなったのか、声を出して笑った。ロベルトの笑い声を初めて聞いたエレンは思わず目を丸くする。そして今のロベルトの笑顔を、心の中で一枚の絵画にしてしっかりと記憶した。恋する乙女の記憶力は変なところですごいのである。


「ははは……いや、エレンのことは以前から面白い奴だとは思っていたが、ここまで面白いとは思っていなかった。そういえば、このことはカイに伝えているのか? 無実とはいえ、カイの妹をいじめたことになっているんだろう?」


 ロベルトの疑問はもっともだった。いくら無実とはいえ、エレンがいじめていたとされるミスティ・オブサダンの兄であるカイが何も思わないはずがない。しかし、カイと共に行動しているロベルトですら、彼のエレンに対する態度の変化を見たことがない。もしかしたらそのことを知らないのではないのか、と考えたのだが、エレンの口から否定の言葉が出た。


「実は、カイさんからもロベルトさんと同じようなこと言われたんです。『何? 王太子って目、悪いの?』って」

「はは……実にあいつらしい言い方だ。なるほど、カイも知っているのなら俺から言うことは何もない」


 ロベルトはそう言って、エレンの王都追放までの経緯の話を切り上げる。


「それじゃあ、気分も解れたところで付加魔法(エンチャント)を頼む。今回も『不壊』……と、そうだな、『風』の属性を付加してもらっていいか?」

「珍しいですね、いつもは『不壊』だけなのに、今回は魔法属性まで追加だなんて……」

「……まぁ、この剣はかなり値が張ったからな。せっかくだから、魔法属性も付加しようと思ったんだ」


 ロベルトの返答に微妙な間があったことが気になったが、エレンは注文された通りの付加魔法(エンチャント)を施すためにまずは剣を鞘から抜き出した。


 窓から差し込む陽光を反射するその刀身は、磨き抜かれた鏡のように辺り一帯を映し出す。そのあまりの美しさに、エレンはほう、と小さくため息を吐いた。


「綺麗ですね……今からここに魔法文字(マジックワード)を刻まなきゃいけないのか。気合いを入れないと」


 エレンは呟くと、作業台に剣と鞘を並べて置く。こうして間近で見ると、その鞘の彫刻の美しさにも惹きつけられた。エレンはしばらく考え込むと、ロベルトにこんな提案をした。


「ロベルトさん、この鞘にも『不壊』の付加魔法(エンチャント)を施してもいいですか? もちろん、普通の方のを。この鞘に傷でも入ったら大変ですから。あ、これはサービスさせてもらいますよ。いつもお世話になってますから」

「む……いいのか?」


 ロベルトは思いもよらぬエレンの提案に少しだけ思案してから頷いた。


「そうだな……その好意に甘えさせてもらう。ありがとう」

「……っ、そ、それじゃ、早速始めますね!」


 ありがとう。


 ありきたりな感謝の言葉かもしれないが、好意を寄せる相手から掛けられたものならば話は別だ。

 エレンはそのありがとうという魔法の言葉を受け、いつも以上の力で付加魔法(エンチャント)を施していくのだった。

 気付いている人もいるかもしれませんが、キャラクターの名前は基本的にとあるゲームシリーズから取っています。

 基本的に思い付いた話を書いているので、設定に矛盾が出ないように調整するのに苦労してます。


【2018年1月10日】

 誤字脱字その他修正しました。

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