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第二十五話 滅びの足音

 運命の歯車が狂い始めたのは、いったいいつからだったのだろう。


「次期国王はお前だ、ウォーディアス」


 成人となる十八歳を迎えて幾日か経過したある日の夜、ウォーディアスは父親であるディアーノ王・テオドールの私室に呼ばれそう告げられた。

 テオドールの言葉にウォーディアスは目を見開くと、なぜ、と小さく声を絞り出す。


「リカルドではなく俺が次期国王なのですか?」

「なぜ、か」


 ウォーディアスに尋ねられたテオドールは椅子に深く座り直すと、ふう、と一つ息を吐き出す。その表情からはテオドールが何を考えているのか、ウォーディアスには分からなかった。


「……リカルディアスは、王の器ではない。あいつは……王になるには、いささか良い子に過ぎる」


 二人だけしか存在しない部屋にテオドールの低い声が響く。


「無論、リカルディアスにもウォーディアスより優れた能力がある。あいつはお前とは違い、清濁併せ呑むことができる。それは政治の世界には確実に必要な能力だ。逆にお前は王になるにはいささか潔癖すぎる。それはお前が悪意に敏感なせいなのだろうが、な」

「それは……」


 思い当たる節があるウォーディアスは、テオドールからわずかに視線を逸らす。ばつの悪い表情を浮かべている息子を見て、テオドールは父親の顔で苦笑いをした。


「そんな顔をするな。少なくともお前は悪意に敏感なおかげで、絶対に信用してはならぬ人間を信用することはない。まあ、そのせいでお前の周りに人が寄り付かないのだろうが」


 テオドールの言葉にウォーディアスは沈黙する。己の学園生活を思い出しているのだ。緩衝材となるリカルディアスがいなければ、ウォーディアスには友人らしい友人はウィルフレッドしかいなかっただろう。

 先ほどよりも渋い顔になったウォーディアスだが、そんな彼に気付いているのかいないのか、テオドールは話を続ける。


「リカルディアスは、悪意を持つ者もそばに置くことができる。しかし、それらを御しきれるかといえば……今はまだ難しいだろう。それに、リカルディアスは少々精神が弱い。あれでは王の重責に呑まれてしまう」


 だからこそ、とテオドールは王の顔になると、鋭い目でウォーディアスを真っ直ぐに射抜いた。


「ウォーディアスが王として矢面に立ち、その補佐としてリカルディアスが付く。お前たちは互いの欠点を補い合いながら、この国の未来を作っていくのだ」


 二人で一人の王となることを決定付けられたこの時、運命の歯車は狂ったのだろうか? それとも、そもそも双子の王子が生まれてしまったのが、この国の運命を狂わせる原因となったのだろうか……。


  ***


「兄上、一部の貴族に怪しい動きが見られます」


 ウォーディアスが次期国王と定められて五年が経過したある日。リカルディアスが数枚の書類と革製の鞄を手にウォーディアスの執務室を訪れていた。

 その書類とは、各貴族領から納められた税の金額一覧と、ここ何年かの収支報告書だった。

 ウォーディアスはリカルディアスから書類を受け取ると、その内容に目を通した。内容を読み解くほどに、ウォーディアスの眉間に深くしわが刻まれていく。


「これは……明らかに脱税しているな。父上に報告は?」

「すでに」

「ならばよし」


 ウォーディアスは口元に手を当て、むう、と唸る。彼は机の中から羊皮紙を何枚か取り出すと、書類上の金額を何度も確認し、特におかしいところを書き出していく。


「ふむ、このくらいか。しかし……確かにポドー伯爵はあまり信用ならんとは思っていたが、ここまで露骨に脱税をするような男だったのか?」

「それなのですが……」


 リカルディアスは何やら言い淀むと、持ち込んでいた鞄の中から非常に分厚い書類の束を取り出した。

 そのあまりの分厚さにウォーディアスが顔を引きつらせていると、リカルディアスが申し訳なさそうな表情を浮かべながら――しかしどこか楽しそうに――ドン、と机にその書類の束を置いたのだ。


「私も疑問に思い調べました。すると、とある貴族の名前が浮上してきたのです」


 リカルディアスはそう言って、資料の一枚目、一番上に記されている名前を読み上げた。


「デーニッツ・ブラック」

「ブラック侯爵か……」


 ディアーノでも有数の大物貴族の名が出てきたことに、ウォーディアスは頭を痛める。そして目頭を二、三度揉んで、資料に手を伸ばした。


「ポドー伯爵はブラック侯爵の腰巾着だったな」


 ウォーディアスは資料を読み解きながら小さく呟いた。


 ポドー伯爵領の昨年の作物の生産量は、例年に比べて落ち込んでいた。しかしそれはディアーノ全体に言えることで、昨年は記録的冷夏のために、国内の農作物の生産量が激減しているのだ。そのため作物の値段が高騰し、国民は多大な苦労を強いられたのだ。

 そんな高騰した作物だが、ポドー伯爵領の生産分の取引先が主にブラック侯爵領だったのだ。しかも、例年通りの量を取引している。その取引のせいでポドー伯爵領の備蓄する分の食料が足りなくなったのか、他国から輸入までしていたのだ。

 この不審な取引については、ポドー伯爵領とブラック侯爵領の提出書類の差異から導き出すことができた。ポドー伯爵領の方の資料では収穫量と販売量が少なく記録されていたのだが、ブラック侯爵領の方の記録では例年通りの量を、相場の二倍の額で取引をしていたのだ。

 ウォーディアスは資料を見比べながらふむ、と一つ頷く。


「不作で自領の食料も賄えるかどうかというところなのに、いくら相場の二倍で取引を持ちかけられたからといって、そう簡単に話に乗るものだろうか?」

「それなのですが……実はこの作物の取引、二十年前から続いているのです」

「何?」


 二十年前という数字を聞いて、ウォーディアスは眉間にしわを寄せた。二十年前といえば、ディアーノと同じ大陸にある小国・フカイが、十年以上続く内乱で王権が打破された年だ。

 そのフカイとは内乱が勃発したとされる年から国交が希薄になっていたと、己の教育係や学院(アカデミー)での授業でウォーディアスは教わっている。そして王権が打破される頃には完全に国交が断たれていたとも。


「フカイと何か関係があるのか?」

「そこまではまだ……しかし、考えられないこともないかと」


 リカルディアスの言葉を受け、ウォーディアスは更に深く考え込んだ。

 そのフカイの内乱が終結したのと同時に、王族は全員老若男女問わず処刑されたとウォーディアスは聞き及んでいる。そして王族に味方していた貴族も粛清されたという話だ。


「しかしフカイの王族、もしくは貴族の残党がまかり間違って生存していたとして、ディアーノに入り込んで何をする? 国を自分たちの手に取り戻すために力を蓄えているとでもいうのか?」


 ウォーディアスは言いながら頭を抱える。


「もしもこの食料の取引がフカイへの支援だとして、ブラック侯爵になんの益がある?」


 そこまで呟いて、ウォーディアスは何かに気付いたようにはっと顔を上げた。


「いや、待て。確か三代前のブラック侯爵の元へ嫁いで来たのは、フカイの王族の娘ではなかったか?」

「はい。正確にいえば、側室の子であった第四王女です。我が国への資金援助と魔物(モンスター)討伐の協力依頼の対価の一つとして、当時まだ八歳だった三代前のブラック侯爵と婚約を結び、後に結婚、子をもうけています」


 リカルディアスの返答にウォーディアスは再び頭を抱えた。ブラック侯爵に何か益があるのかと疑問に思っていたが、もはやそれどころの話ではないからだ。

 もしもブラック侯爵がフカイの正当な王権を主張してしまうと、下手をすれば両国を巻き込んだ戦が起きてしまう。


「側室の子とはいえ、今では唯一の王族の血筋。残党が目を付けるのも納得がいく。しかし……これは俺の予想の話でしかない」


 ウォーディアスはそう言いながら、不審な点を書き出した羊皮紙とリカルディアスから渡された資料をひとまとめにする。そしてリカルディアスに差し出し、こう指示を出した。


「父上に改めて報告を。事実確認を急がねばならないからな」

「承知しました」


 リカルディアスはウォーディアスに一礼すると、執務室を出るために踵を返す。そんな彼の後ろ姿に、ウォーディアスは小さく声を掛けた。


「……リカルド」

「はい」

「すまない、苦労を掛けるな」

「……私は兄上を支える影ですから」


 では、と再び一礼して、今度こそリカルディアスは執務室を出て行った。

 リカルディアスが執務室から出て行ったのを確認して、ウォーディアスはふぅ、と息を吐きながら椅子の背もたれに体重を預ける。そしてゆっくりと瞑目し、静かに呟いた。


「ただの……仲の良い兄弟でいられないのは辛いな、リカルド」


 その呟きは、誰に聞かれることもなく虚空に溶けて消えていった。


  ***


 ブラック侯爵について調べを進めていたディアーノ王家の元に急報が届いたのは、嵐の夜のことだった。


「なっ、挙兵だと!?」

「血迷ったか!」


 テオドール直属の密偵の口から告げられたのは、ブラック侯爵が挙兵し、謀叛を起こしたというものだった。しかもブラック侯爵領の兵だけではなく、なんとあのフカイの兵もディアーノに向けて進軍しているという驚くべきものだった。


「くっ、ブラック侯爵め、すでにあの国を抱き込んでいたのか!」


 ブラック侯爵の動向には細心の注意を払っていたというのに、 今回の謀叛をまったく予期できなかったことに歯噛みするテオドール。しかしすぐに思考を切り替えると、まずは命を賭してその情報を持ち帰って来た、息も絶え絶えの密偵を近衛に任せる。そして側近らに指示を飛ばし、次に己の息子らに視線を投げたその時だった。


「……! この魔力は……ブラック侯爵か!?」


 テオドールは城の中にブラック侯爵の魔力を感じ取る。一足遅れてウォーディアスとリカルディアスもその魔力に気付き、二人同時に顔をしかめた。


「城の中にいるということは、内通者がいるようですね」

「しかしブラック侯爵は……まさか、この位置は宝剣の間に……?」


 ブラック侯爵の魔力を感じ取った場所を呟いたのはウォーディアスだった。

 宝剣の間はこの城の地下にあり、そこにはディアーノの守り神であるディアノラスの魂が宿っているという国宝の大剣が安置されている。

 確かに国宝が安置されている場所ではあるが、どうしてそんな場所にブラック侯爵がいるのか分からない双子は内心で首をひねる。しかし何かに思い至ったらしいテオドールは血相を変え叫んだ。


「まさか、あの大剣の魔力を解き放つつもりか!」


 テオドールは壁に掛けていた剣を手に取ると、息子二人に指示を出す。


「ウォーディアスは今動かせる兵を集め有事に備えよ! リカルディアスは私と共に来るのだ!」


 テオドールはそれだけ言うと、一足先に転移魔法(テレポート)を発動させる。それに続くようにリカルディアスも転移魔法(テレポート)を唱え、二人はウォーディアスの目の前から姿を消した。

 ウォーディアスはテオドールに指示されたことを成すために動き出す。近衛や詰所に待機していた騎士に指示を出し、現在の城の兵力と配備を確認する。その間に転移魔法(テレポート)を使える者に、このたびのブラック侯爵の謀叛とフカイの進軍を各地に伝えるよう指示を出した。

 国境とブラック侯爵領方面への兵士の配備を着々と進めいていたウォーディアス。そんなウォーディアスの前に、夜着にガウンを羽織っただけという簡素な姿をしたディアーノ王妃・グレウスが、肩で息をしながら現れた。


「ウォーディアス、これはいったい何事ですか!?」

「母上、落ち着いて聞いてください。ブラック侯爵が謀叛を起こしました。そして同時に、フカイの軍もこのディアーノに進軍しております」


 ウォーディアスの言葉に衝撃を受けるグレウスだったが、大国の王妃である彼女はすぐに冷静になる。そしてこの場にテオドールとリカルディアスの姿が無いことに気付いた。


「陛下とリカルディアスはどちらです?」

「実は……宝剣の間にブラック侯爵の魔力を感じ取り、そちらへ向かいました」

「なんですって?」


 宝剣の間という言葉を聞いて、グレウスは怪訝な表情を浮かべる。そしてテオドールと同じように何かに気付いたグレウスは、ウォーディアスに。


「いけません! もしもあの大剣の魔力を解き放ってしまえば、この城だけでなく街もすべて吹き飛んでしまいます!」

「なっ、それは本当ですか、母上!」


 驚愕の事実にウォーディアスが焦りの声を上げたその時だった。

 城の地下、宝剣の間で、二つの魔力の高まりを感じ取ったのだ。


「この魔力は、父上とリカルド!?」


 魔力が高まっただけでは、二人にいったい何が起こったのかは分からない。しかし嫌な予感を覚えたウォーディアスは、咄嗟に転移魔法(テレポート)を唱えていた。


「お待ちなさい、ウォーディアス!」


 そのグレウスの制止の声は届かず、ウォーディアスは宝剣の間へと転移魔法(テレポート)した。


 そこで彼が目にしたのは。


 血を流し倒れ伏しているテオドールと、血にまみれた宝剣を手にしたリカルディアスの姿だった。

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