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第三話 金獅子亭の特別メニュー

 異世界転生/転移の日間恋愛ランキングで、2018年1月4日9時時点でまさかの11位……!

 これも皆さまおかげです。ありがとうございます!

 『勇者一行』の食事も終わり、金獅子亭(きんじしてい)の昼の営業も終わりに近付いてきた頃、エレンはカイとロベルトの二人を二階へと案内する。二階は住み込みで働く――エレンも住み込みだ――従業員たちの部屋と、物品などをしまっている倉庫、そして特別な来客があった時のための部屋が一室あった。その部屋にカイとロベルトを通し、エレンは道具を取りに自室へと向かった。

 エレンの自室は床も壁も板張りでそう広くはないものの、ベッドやチェストといった必要最低限の家具が配置されており、更には女性らしく、窓際の小さな花瓶には季節の花が活けられている。ベッドには趣味の良いカバーが掛けられ、チェストの上には女性が好むような可愛らしい小物が並んでいた。部屋の片隅には花柄の布が掛けられた木箱が置かれているのだが、いったい何に使うのか――おそらくは筋力を付けるために使うのだろうが――鉄の塊らしきものが見え隠れしている。エレンはその鉄の塊が見え隠れしている木箱の元へとまっすぐに向かうと、その中から裁縫・刺繍道具の他、革製品を縫うための大きめの針と太めの糸、そして女性が持つにはいささか無骨な彫刻刀といった工具を取り出す。それらの道具を抱えて部屋を出たエレンは、二人を待たせている部屋へと足早に向かった。


「お待たせいたしました」


 エレンは運び込んだ道具を作業台へと置くと、改めて二人に向き直った。


「それでは改めまして……本日は金獅子亭(きんじしてい)の特別メニュー、付加魔法(エンチャント)をご利用いただき誠にありがとうございます。本日のご要望はいったいどのようなものでしょうか?」


 そう言ってにこりと微笑み(営業スマイル)を浮かべたエレンは、元公爵令嬢らしい気品に満ちていた。そんな彼女と相対すると、カイは決まってどぎまぎするようで、ほんのりと頬を赤く染めている。『勇者』の称号を得た彼は女性など黙っていても寄って来るだろうに、そういうところは純粋な少年のような青年だった。そんなカイの反応を見て呆れ顔を浮かべるのはロベルトだ。ロベルトはカイの頭を軽く小突くと「いい加減慣れろ」と彼に言った。


「エレン、お前もカイをからかわないでやってくれ。これでも今は婚約者がいる身なんだ」

「ふふ、申し訳ありません。しかし、カイさんにもとうとう婚約者ができたんですねぇ。それも、噂によると隣国のお姫様だとか!」

「うう……その話題も結構苦手なんだよ。何を話せばいいか分からなくなるから」


 本当に参ったといった様子のカイを見て、エレンはさすがにやり過ぎたかと内心で反省する。しかしながら気になる話題であるのも事実だったので、今日の付加魔法(エンチャント)の要望を二人から聞きながら、カイの緊張を解す作戦へと切り替えることにした。


「あらあら、それは……申し訳ありません。では、おしゃべりはこの辺りにして、今日はどのように?」

「ああ、今日は俺じゃなくてロベルトがメインなんだ」


 俺も一つ頼みたいことがあるけど、と顔を赤くしながら言うカイの姿を見て、エレンはこれは噂の婚約者関係かとあたりを付ける。おそらく間違いではないだろう。しかしそれには気付かないふりをして、エレンはロベルトに視線を移した。


「ロベルトさんがですか? 珍しいですね。いったいどうしました?」


 エレンが尋ねると、ロベルトはおもむろに肩に担いでいた大剣を鞘から抜き彼女の前に差し出した。その大剣は、柄の部分を見るだけで相当使い込まれていることが容易に想像できた。しかし刀身は十分に手入れを施されているのか、周りの景色が映るほどに研ぎ、磨かれている。その刀身には不思議な文様が刻み込まれていた。それは魔法文字(マジックワード)と呼ばれる文様で、意味を理解できるものが見れば卒倒しかねないほどに高度な魔法式でもあった。

 エレンはロベルトから大剣を受け取ると、何か異常がないかあらゆる角度から確認する。しかしいくら確認しても、どこにも異常らしい異常は見当たらない。エレンはこの大剣がどうしたのか、ロベルト本人に聞いて見ることにした。


「この剣に施してある付加魔法(エンチャント)には特に異常はみられませんが、いったいどうしたのですか?」


 エレンのこの言葉に、ロベルトは若干ばつが悪そうにこう答えた。


「……異常がないから困っているんだ」

「……うん?」


 その答えをはじめは上手く飲み込めなかったエレンであったが、どうやらこういうことらしい。

 今回ロベルトに手渡された大剣には、属性として呼ぶならば『不壊』とでも言えばいいだろうか、その強度を極限まで高める規格外の付加魔法(エンチャント)を施していた。だからこそ異常がないならばなんの問題もないように思えるのだが、ロベルト曰く、最近になって非常に手に馴染む新しい武器を手に入れたのだが、『不壊』のこの剣があるせいでそれが使えないと言うのだ。新しい武器を使いたいのなら古い武器を手放すだけでいいだろうと思えるのだが、エレンの付加魔法(エンチャント)が施されていたとなればそうはいかない。実はこの特別メニューである付加魔法(エンチャント)は、一般的な付加魔法(エンチャント)とはあまりにも性質が異なるため、不要な混乱を避けるために、手放す際には武器を壊すか刻み込んである魔法文字(マジックワード)を完全に消してから付加魔法(エンチャント)を解除しなければならないのだ。しかしロベルトの大剣に施してある付加魔法(エンチャント)は文字通り『不壊』。つまり、手放すに手放せない状況だということだった。


「なるほど、そういうことだったんですね」

「すまないが、付加魔法(エンチャント)の解除を頼めるか?」

「ええ、構いませんよ。解除だけなら数分で終わりますんで」


 エレンはそう言うと、早速付加魔法(エンチャント)の解除を始めた。

 大剣の魔法文字(マジックワード)に手を添えて目を閉じ、呪文を紡ぐエレンの姿はなかなかに神秘的なものだった。呪文を重ねる度に、エレンの手が淡く光り始め、それに呼応するように大剣に刻まれた魔法文字(マジックワード)も光り輝く。

 エレンの言葉の通り数分で光が収まり始め、やがて呪文も紡ぎ終わる。これでこの大剣の付加魔法(エンチャント)は解除された。


「はい、終わりました」

「相変わらず見事なものだ。実はな、別の町の付加魔法師(エンチャンター)に駄目元で解除を頼んでみたのだが、青い顔をして断られたよ」

「うーん? 付加魔法(エンチャント)の解除って、そんなに難しいものじゃないはずなんですけどねぇ」

「それだけエレンの付加魔法(エンチャント)が規格外なんだ。付加魔法(エンチャント)は同レベルの付加魔法師(エンチャンター)にしか解除できん。だから、もう少しその辺りの自覚を持ってくれ」

「私にとってはただの得意科目だったんですけどねぇ……まぁ、はい、分かりました」


 エレンの曖昧な返事を聞いてロベルトは「こいつ理解していないな」と思ったが、口には出さないでおいた。こういった無自覚なところがあるのがエレンなのだ。どうにも彼女は浮世離れしたところがある。世間知らずとまでは言わないが、微妙に一般常識に疎いところがあった。それもひとえに二年前まで公爵令嬢だったという過去が関係しているのだが、ロベルトは知る由もなかった。

 実は付加魔法(エンチャント)はそう難しい魔法ではない。武器防具に属性を付加したり、人間の身体強化に使える便利な魔法ではあるが、同レベルの付加魔法(エンチャント)の使い手なら簡単に解除できてしまうし、そもそも時間経過で解除されるというデメリットもある。そのデメリットをものともしないのがエレンの付加魔法(エンチャント)なのだ。そもそもエレンと同レベルの使い手はほぼ存在しないと言っても過言ではないうえに、時間経過で解除されるというデメリットも、武器そのものに魔法文字(マジックワード)付加魔法(エンチャント)の呪文を紡ぎながら刻み込むことで半永久的に効果を持続させることに成功した。この魔法文字(マジックワード)を刻み込む付加魔法(エンチャント)であるが、発案者はエレン本人だ。エレンが魔法文字(マジックワード)を直接刻み込む方法を思い付いたのは、彼女の抱える小さな秘密に起因した。


 エレンは幼い頃から己の存在に違和感を感じていた。その違和感の正体を探っていると、非常に(おぼろ)げながらも、まったく見知らぬ景色や誰もが知らないはずの知識、とても常識とは呼べない常識など、物心ついた頃にはそれらが備わっていたことに気付いたのだ。それがいわゆる『前世』……しかも物語の中でしか聞いたことのない『異世界』というものに関わるということを幼心に理解したエレンは、家族や世間の混乱を避けるために、その事実を小さな胸のうちにしまい込んだのだ。それから成長するにつれ、公爵令嬢という縛られた存在である自分と、薄っすらと残っている『前世』の自由だった自分の記憶の狭間で心は激しく揺れ動いた。思春期の多感な時期にそんな経験をしたからだろう、今のエレンの自由を愛する人格を形作っているのも、その『前世』が影響を与えているのだ。そしてその『前世』は、彼女の扱う付加魔法(エンチャント)にも大いに影響を与えていた。

 『前世』の記憶の中にある鮮やかな絵が描かれている本の中で、武器を強化する際に魔法文字(マジックワード)のようなものを武器そのものに刻み込むという手法を用いていたという記述があったのだ。その記憶を頼りにその手法を取り入れてみたところ、今までの付加魔法(エンチャント)にはなかったメリットが生まれたのだ。それは、付加魔法(エンチャント)の効果が切れるまでの時間を延長させるというものだった。その後試行錯誤を繰り返し、現在の半永久的な付加魔法(エンチャント)を完成させたのである。


「あ、そういえばその新しい武器には付加魔法(エンチャント)はしないんですか?」

「ああ、もちろん頼む。今は手元に持っていないからな、また明日持ってくる」

「分かりました!」


 また明日もロベルトに会えると分かった途端、表情が明るくなるエレン。ロベルトはそんなエレンの様子に気付いているのかいないのか、いつもの仏頂面よりは柔らかな表情を浮かべていた。


「ロベルトのが終わったら次、俺のを頼んでいいか?」

「はい。カイさんのはひょっとしてプレゼントですか?」

「な、なんで分かった!?」

「分かりやすいんですよ、カイさんは」


 ふふ、と品良く笑うエレンに、カイはおずおずと美しく光り輝く真っ赤な宝石が台座の中央に鎮座している指輪を差し出した。


「これにさ、『守護』の付加魔法(エンチャント)を施して欲しいんだ」

「あらあら、なんだかんだ言って婚約者様を大事にしていらっしゃるのですね」


 エレンはカイから指輪を受け取ると、まじまじと見回した。円環の内側には婚約者の名前と彼女への愛が刻まれており、カイと隣国の姫君は噂通り大恋愛の末に婚約を成立させたのだというのが見て取れた。


「これに魔法文字(マジックワード)を刻み込むのは無粋というものですね。普通の付加魔法(エンチャント)になりますけど、いいですか?」

「ああ、構わない。普通の付加魔法(エンチャント)でも、エレンの付加魔法(エンチャント)は別格だからな」


 エレンはカイの返事を聞いてから指輪をテーブルの上に置き目を閉じると、静かに『守護』の呪文を紡ぎ始めた。


 そんなエレンの様子をロベルトは真剣な表情で、しかしどこか切なさを帯た目で見つめていた。

 ようやく薄っすらと異世界転生要素が出ました。

 そしてついにキャラクターも私の手を離れて勝手に動き始めました。


【2018年1月27日】

 誤字脱字その他修正しました。


【2018年1月7日】

 隣国→ファーティマに修正しました。

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