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第二十話 ブーケパス

 春の穏やかな風が吹く冒険者と商人の街アレスは、ここ数年の間で一番の賑わいを見せていた。なぜならば、『勇者』カイと『ファーティマの至高の花』クローディア姫の結婚式が本日行われるからである。ただし、実際に結婚式が行われるのは王都であり、アレスはそれに便乗して商売に励んでいるのであるが。

 普段はアレスの街の人々の憩いの場である噴水のある中央広場には、遠見の水晶という遠く離れた場所の様子を映し出す魔法具が設置されており、王都で行われているカイとクローディアの結婚式の様子を現在進行形で見られるようになっていた。結婚式そのものはまだ始まっていないが、少しでもいい場所で見ようとする人々で中央広場はごった返している。そのあまりの人の多さに警備のために配置されている騎士や、この日のために雇われた冒険者たちが人々を誘導するのに四苦八苦していた。

 そこかしこに祝福の花びらが舞う大通りには、ここが稼ぎ時だと食品を売る屋台や土産物を売る露天などが所狭しと並び、人々を呼び込む賑やかな声が飛び交っていた。特に人気なのがカイとクローディアが並んで描かれた肖像画で、大きいものから小さいものまで、老若男女問わず飛ぶように売れていた。特に女性たちは肖像画に描かれているクローディアが身に付けているドレスやアクセサリーなどに興味津々で、それに少しでも似ている物があればそれもあっという間に売れていった。

 そんな人々の財布の紐が緩む今日、いつも以上に稼ごうとしているのは金獅子亭(きんじしてい)も同じであった。

 金獅子亭(きんじしてい)は大通りにテイクアウトメニューの屋台を出し商売に励んでいた。エレンのメインの仕事は売り子だったのだが、金獅子亭(きんじしてい)の従業員たちが入れ替わり立ち替わり商品を運び入れてもその場で売り切れるほど忙しかった。そのため、エレンも商品を運ぶのを手伝っているのだが、普段から鍛えており、更に付加魔法(エンチャント)で身体能力を強化できるためか、下手な男よりも役に立っていた。


「デイヴさーん! サンドイッチ売り切れましたー!」

「追加の分はもうできてる! 持っていってくれ!」

「はーい!」


 ダヴィッドの指示に従い、かごいっぱいのサンドイッチを両手に抱えてエレンは屋台へと向かって走り出す。その動きはまるで踊っているかのようで、するりするりと人の波を抜けていく。あっという間に屋台に到着したエレンは、売り子をしていた同僚と協力して商品を並べる。そして自身も売り子として働くべく同僚の隣に並び立った。

 それからしばらく経った時、広場の方から歓声が上がる。どうやら結婚式が始まったようで、大通りから少しずつ人が減っていく。みんな結婚式を一目見ようと中央広場へと向かっているのだ。そのため屋台への客もまばらになり、エレンたちはようやく一息つくことができた。


「まだ終わりじゃないけど、お疲れ様」

「お疲れ様。あー、私も結婚式見に行きたいなー」

「知ってる? 今回の結婚式、ブーケトスっていうのをやるんだって!」

「ブーケトス?」


 同僚の一人がきらきらとした目で聞き慣れない単語を口にしたので、エレンは思わず聞き返した。


「そう! 最近ファーティマで流行ってるらしいんだけど、なんでも結婚式が終わってから花嫁が後ろ向きにブーケを投げるんだって。それで、そのブーケを取った人が次の花嫁になれるって話なの!」

「へぇ」

「そんなのもあるのねぇ」


 ブーケトスの説明を聞いて、同僚と共になんとも夢のある話だと感心するエレンだった。


 その後、女性三人は他愛ない話をしながら時折やって来る客の相手をしていた。その客に結婚式の様子を尋ねてみたのだが、人が多すぎて見えなかったという返事しか返ってこなかった。

 追加したサンドイッチの残りもわずかとなった時、盛り上がりも最高潮に達したのか広場の方からわああっ! という大歓声が上がった。その熱気が広場から少し離れた場所に店を出しているエレンたちの元にも届き、なんだなんだと顔を見合わせる。


「なんだか一気に賑やかになったけど……何かあったのかな?」

「あ、あれじゃない? この子が言ってたあれ……ブーケトス!」

「ああ!」


 エレンたちは三人で熱気の正体をブーケトスが行われたからなのではないかと予想する。その予想はおおむね的中していたようで、中央広場から大通りに少しずつ人が戻り始めていた。道行く人々は結婚式の興奮が冷めやらないのか、口々に感想を言い合っている。その内容は『勇者』カイが格好良かった、クローディア姫が美しかったといういたって普通のものが多かったのだが、中には首を傾げるようなものもあった。


「……ブーケパス(・・)?」

「ブーケトスじゃなかったっけ?」

「あれぇ?」


 エレンたちは互いに顔を見合わせると、『ブーケパス』とはいったいなんぞやと頭上に疑問符を浮かべるのだった。


  ***


 ルクレスト王都では、カイとクローディアが厳かな雰囲気の教会での結婚式を終え、大通りをパレードしていた。これは世界的にも有名な『勇者』カイと一国の王女であるクローディアの結婚式を、世界に大いにアピールしようというリチャード・クァティス大公の提案――という名の姪可愛さのゴリ押し――があったとかいう話だが、経済効果も期待できるという観点から、現ルクレスト国王であるレオニードの許可も下りている公式な催しだった。

 結婚式に参列していたのはルクレストとファーティマの貴族が多かったのだが、パレードにはカイが世話になっているギルドのマスターや冒険者仲間、そして相棒であるロベルトらが参加者兼護衛として共に練り歩いていた。


「くぅ~っ、やっぱりクローディア姫様はすっげー美人だな!」

「こんな間近で見られるなんて……ああ~! 生きてて良かった!」

「カイの奴、伯爵様にはなるしお姫様を嫁さんにするし、あいつは本当に幸せ者だなー」


 冒険者仲間は、フロート車の上で大通りに集まった人々に手を振るカイとクローディアを見て口々に言った。


「でも貴族もなかなか大変だって聞くわよ? 領地運営とか、会社経営とか。カイにそんな仕事が務まるのかしら? 直感だけで生きてるような男よ?」


 女性冒険者がなかなかに辛辣な物言いをする。そんな彼女の疑問に答えたのはロベルトだった。


「それなら大丈夫だ。あいつは頭は悪くないし飲み込みも早いからな。優秀な家令も付いているという話だし、経験を積めば良い領主になるだろう。それにクローディア姫も聡明な方だ。領主としては未熟なあいつを支えてくれるだろう」

「ふーん」


 ロベルトの言葉を聞いて、女性冒険者は特に興味も無さそうな返事をする。それにロベルトは苦笑すると、さて、と前を向いた。もうすぐブーケトスをする予定の広場へと到着する。そこに未婚の女性たちが殺到することが予想されることから、護衛であるロベルトたちは今から気合を入れ直していた。そんな中、一人の冒険者がクローディアが持っている色とりどりの花を美しくまとめたブーケを見ながら疑問の声を上げた。


「ブーケトスって言うが、あれ一つぽっち投げるのか?」


 その疑問に答えたのは先ほど生返事をした女性冒険者だった。


「あんた、話を聞いてなかったの? まずはお姫様がカゴに入ってる花をすくって投げるから、それを風魔法で広場中に行き渡らせるのよ。お姫様のブーケは最後の最後に投げるの。ある意味今日のメインイベントよ」

「ほうほう、そうか。分かったぜ」


 そんなやり取りをしながらパレードは広場へと向かう。目的地が近付くにつれて、冒険者たちの顔が引きつっていった。なぜならば、目的地にはクローディアの投げるブーケを手に入れようとしている未婚女性たちが、まるで腹を空かせた獣のように目をぎらつかせて待ち構えていたからだ。


「どうしよう、回れ右して逃げ出したい」

「おい、あれどんな魔物(モンスター)よりも恐ろしいんだが」

「俺今日死ぬかも」


 女性たちの気迫に身体を縮こませる冒険者たち。ロベルトも他の冒険者同様、独身女性たちの放つあまりの気迫にいつもよりも表情が引きつっていた。そんな風に冒険者たちが恐れおののいていようとも、パレードは無情にも進んでいく。そして目的地である広場の中央にたどり着くと冒険者たちは各々配置についた。女性たちを必要以上にフロート車に近付けないためだ。

 フロート車が完全に停止すると、カイがおもむろに大きなカゴを取り出した。そのカゴには色とりどりの花が入っており、それを見た女性たちから歓声が上がる。クローディアがそのカゴから両手で花をすくい上げると、きらきらとした笑顔でこう言った。


「皆様にも幸せが訪れますように!」


 クローディアが両手に抱えた花を思い切り放り投げたのと同時に、カイが風魔法を使い広場中に花を行き渡らせる。その幻想的でもある光景に、広場に集まった者たちの目が思わず釘付けになった。

 ひらひらと舞い踊る花を一人の女性が手に取る。それを合図に手に汗握る争奪戦が始まった。

 目の前で繰り広げられる女性たちの熱い攻防戦に、冒険者たちは引きつった笑みを浮かべる。彼らは魔物(モンスター)の巣に丸腰で放り込まれたような気分を味わっていた。しかしながらカイの風魔法の操り方が上手いのか、フロート車の方に女性たちが殺到することはなかったため、冒険者たちは内心でほっとしていた。


 カゴいっぱいの花を投げ終えたクローディアは、とうとうブーケを手に取った。それを見た女性たちの目がぎらりと光る。そんな女性たちを見て冒険者たちが戦々恐々とする中、カイがクローディアに何やら耳打ちしていた。


「カイの奴、何してんだ?」

「さあ?」


 冒険者たちはカイが何をしているのか分からず首を傾げる。ただ、いたずら小僧のような表情を浮かべているところを見るに、何かしらを企んでいるらしいということは想像できた。

 カイに何事か囁かれたクローディアは一瞬だけ目を丸くすると、ころころと可愛らしく笑う。


「そういうことでしたら」

「やった! ありがとう、クローディア!」


 カイはまるで子供のように喜ぶと、クローディアからブーケを受け取った。そしてとある人物に狙いを定めると、大きく振りかぶってブーケを投げた。


「なっ!?」


 ブーケを投げ付けられた人物……カイの相棒であるロベルトは、条件反射でそのブーケを受け止めていた。相当な勢いで投げられたにも関わらず、ブーケは綺麗な形を保っていた。

 ロベルトだけでなく広場中の人間たちが皆ぽかんと呆気にとられる中、カイとクローディアだけが明るい笑顔を浮かべていた。


「ロベルト! お前も早く金髪の綺麗な女の人と結婚しろよなー!」


 その声が広場中に響き渡った時、ロベルトは状況を理解して全身がカッと熱くなった。そして顔に熱が集まるのを自覚すると、ほとんど無意識でこの場から逃げ出すように転移魔法(テレポート)を使用していたのだった。



 ロベルトは気付いたら金獅子亭(きんじしてい)の前に立っていた。


「……っ! カイの奴、まさかこんなことをするとは……!」


 己の右手に存在するブーケを見て、ロベルトはつい今し方起こった出来事を思い再び顔を赤くした。

 ロベルトはしばらく金獅子亭(きんじしてい)の前で右往左往していたのだが、このままこうしていても仕方がないとふぅ、と息を吐きこれからどうしようかと考えていたところ、がちゃりと店のドアが開いた。


「おや、ロベルトさんじゃないか。どうしたんだい、その花束は……」


 店の中から現れたのはダヴィッドだった。ダヴィッドはロベルトの持つブーケを目に留めると、それはいったいなんなのかと尋ねる。しかしダヴィッドはその答えを聞く前に、何かを思ったのかそうかそうかと頷きながら妙に爽やかな笑みを浮かべた。

 ダヴィッドは店のドアに『準備中』の札を下げると、ロベルトに中に入るように促した。


「ロベルトさん、中で待ってたらどうです?」

「待つ……?」

「エレンは今屋台の方に行っててね、もう少ししたら戻って来るから」


 ロベルトはその言葉を聞いて、ダヴィッドにエレンに花束を贈るために入り口で待っていたと勘違いされているということに気が付いた。しかし、同時にそれもいいかもしれないと思い至る。何せ、ロベルトの今使っている拠点には花瓶を置いていないのだ。これほどまでに見事なブーケだ、枯らしてしまうのももったいない。


「それに……俺よりも、エレンが持っている方がよほど映えるだろうしな」


 ロベルトは誰にも聞こえないように呟いた。


 それからしばらく店で待っていると、からんからんとドアのベルが鳴る。ロベルトがそちらへと視線を向けると、そこには驚きの表情を浮かべるエレンが立っていた。


「ロベルトさん、どうしてここに? 今日はカイさんの結婚式に参列しているはずじゃあ……」


 エレンは慌ててロベルトに近づくと、彼が持つブーケに気が付いた。色とりどりの花が美しくまとめられたその花束に目を奪われているエレンを見て、ロベルトは穏やかな笑みを浮かべた。


「エレン、これをお前に」

「こんなに綺麗な花束を? 嬉しい! ありがとう、ロベルトさん!」


 満面の笑みを浮かべて喜ぶエレンを見て、ロベルトはなんだか申し訳なくなりブーケを手に入れた経緯をエレンに語った。


「まあ、もらい物みたいなものだから、そこは申し訳ないんだが……」

「もらい物?」

「パレードの最後にブーケトスっていうのをやったのは知ってるか?」

「あ、うん、聞いたよ。確か花嫁が後ろ向きにブーケを投げるんだよね?」

「ああ。普通はそうなんだろうが……カイにな、投げ付けられたんだ。このブーケを」

「ああ……なるほど、だからブーケパス……」


 エレンは何やら納得したように頷いて、楽しそうに笑い声を漏らした。


「どうした?」

「ふふ……なんだかカイさんらしいなって思って」

「ああ、確かに……あいつらしいと言えばらしいな」


 そう言ってロベルトも笑った。そしてこれからのことに思いを馳せる。

 相棒であるカイが結婚した以上、これからは一人で冒険者活動をすることになるだろう。己の目的である国の復興は順調に進んでいるが、それでもまだまだ先は長い。カイには早く結婚しろと言われたが、今のままではとても無理な話だった。せめてあと一年、いや二年経てば、より復興が進む。そうなれば迎える準備が整うと思うのだが……。


 そこまで考えて、ロベルトははっと気が付いた。以前は消極的だった結婚についてまじめに考えていたことに。

 急に黙り込んだロベルトを心配してか、エレンが彼に声を掛けた。 


「ロベルトさん? どうしたの?」

「ああ、いや、なんでもない」


 ロベルトはエレンに微笑みかけるとそうだ、と話を変えるようにこう言った。


「次の休みはどうする? どこか行きたいところはあるか?」

「あ! そうだった! ロベルトさん、実はね……」


 ころころと笑うエレンを見て、ロベルトは穏やかな気持ちを抱くと同時に不安にもなった。この自由を愛するエレンを、己の元に縛り付けてもいいのかと。


 そんなロベルトの不安など知らないエレンの耳元では、彼が贈ったガーネットのイヤリングが静かな輝きを放っていた。

これにて第二部完です。

第三部は書き溜めてから投稿しようかと思います。

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