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第十四話 ロベルトと王都ディアス

「兄、上……ありが、とう、ございます……」


 そう言って己の腕の中で息を引き取った弟の微笑みを、彼は一生忘れることはないだろう。


  ***


 昨日、王城に向かった己の相棒であるカイだったが、いつまで経っても戻ってくる気配がなかった。さすがに戻りが遅いのでカイはどうしたのだろうかとロベルトが思ったその時、カイからファーティマにしばらく留まるという一報が入ったのだ。「そういうのはもっと早く連絡しろと何度言えば分かる!」とカイに文句の返事を送ったロベルトは、しばらく一人になるならばと一人でギルドに何か依頼が入っていないか確認に向かった。


「すまないが、今のところは『勇者一行』にもあんた個人にも依頼は入っていないな」

「そうか……」


 特に依頼は入っていないとギルドのマスターに言われ、若干肩を落とすロベルト。それを見てギルドのマスターは不思議そうにロベルトに声を掛けた。


「毎回思うんだが、あんたもカイも一生遊んで暮らせるくらいの報奨金を国からもらったんだろう? なのになぜまだ冒険者なんかやってるんだ?」


 この言葉にロベルトはわずかに肩をすくめるとこう答えた。


「俺には金が必要なんだ」

「そうかい」


 ギルドのマスターはそれ以上は何も言わなかった。冒険者には何かと訳ありの連中も多いからだ。ギルドのマスターはしばらく思案すると、奥から依頼の一覧がまとめてある紙を持ってきてロベルトに見せた。


「これは?」

「これはあんたみたいな優良冒険者にだけ紹介してる依頼の一覧で、金払いの良さそうなものだけまとめてある。どれか良さそうな依頼を受けてはみないか?」

「そうか……ふむ」


 ロベルトはギルドのマスターから紙を受け取るとじっくりと依頼の内容を確認する。その一覧に載っているのは確かに依頼主がそこそこ以上に大きな商家ばかりのようで、ギルドのマスターの言う通り金払いは良さそうだった。

 依頼の内容は大半が大量の現金や商品の輸送中の護衛というものだった。そしてその護衛の依頼の中に一つだけ、ロベルトの目を引くものがあった。

 依頼の内容は商売の新規開拓のための護衛。新規開拓先はディアーノ。今度ディアーノと取引をしたいと思っているのだが、ディアーノまでの道中はまだ安全とは言い難いため、そこまでの護衛を頼みたいというものだった。

 他にも報酬の良い依頼はいくつもあったのだが、ロベルトはディアーノという文字を見てこの依頼を受けると決めたのだった。この商人を足がかりにして、ディアーノが今直面している食料問題を解決したいと考えたのだ。

 ロベルトはこのディアーノまでの護衛の依頼を受けるとギルドのマスターに伝える。ギルドのマスターはこれを受諾すると、今日中に依頼主に連絡を取るから、また明日の朝にギルドに来てくれとロベルトに言った。ロベルトはそれを了承しギルドを出たところで、本日の昼食は金獅子亭(きんじしてい)で食べようと思い立ち足取り軽く向かった。しかし『本日店主不在のため一週間お休みします』の張り紙を見て、エレンに会えないと分かりがっくりと肩を落とすのだった。



 翌日、朝一でギルドに向かうと、依頼主と連絡が取れたとギルドのマスターが言った。もしよければ今日このまま依頼主の元に向かってもらいたいと言われたロベルトは、一つ頷くと依頼主の住所の書いてあるメモを受け取りギルドを出た。そして依頼主が待っているであろう住所へと向かうと、そこは家ではなく最近話題の『ゲイル百貨店』という大型の複合商店だった。

 ここに依頼主がいるのだろうかと首を傾げたロベルト。すると開店前の店の中から一人のまだ年若い男が現れた。緑がかった銀髪のその男は、ロベルトを見付けるなり目を丸くする。そして慌てて近付いてくると、確認をするようにロベルトに声を掛けた。


「もしかして、依頼を受けてくださったロベルトさんですか?」

「ああ」

「まさか、本当に『勇者一行』のロベルトさんが受けてくださるとは……ありがとうございます! あ、私はフォウ・ワーネ・ゲイルと申します。商人としてはまだまだ若輩者ですが、この百貨店を経営させていただいております」


 フォウ・ワーネ・ゲイルとは、ロベルトが聞いていた依頼主の名前だった。まさか依頼主の商人がこんなに若いとは思っていなかったロベルトは素直に驚いていた。若いながらもこんなに才覚に溢れた男がいるのかと。


「本日はよろしくお願いいたします」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

「それでは、客間にご案内いたします。正式な依頼の書類を交わして、それから出発いたしましょう」


 フォウに案内され通された客間は、成金趣味の商人とは違い無駄な装飾は一切無い、しかし殺風景とも言えない洗練された空間だった。装飾の施されていないつるりとしたソファの肘掛は、木目が美しい最高級の木を丁寧に磨いて作られた物だと分かるし、そのソファとセットであろうテーブルも、必要最小限の彫刻が施されているだけで余計なものは一切なく、ただひたすらに美しく磨かれていた。乳白色の美しい石の床の上には品の良い美しい模様が描かれた絨毯が敷かれている。毛足はそれほど長くはなかったが、美しい光沢を放っているそれはシルクが使われた絨毯だと気付くのにそう時間は掛からなかった。


「こちらが正式な依頼書になります」


 ロベルトが美しい絨毯に感心していたところにそんな言葉が飛んできた。ロベルトはぱっと顔を上げフォウから依頼書を受け取ると、契約の文言をしっかりと読み込む。滅多にないことだが、時折詐欺まがいの契約を交わす者もいるからだ。

 契約書の文言になんらおかしいところはないと確認したロベルトは、フォウよりペンを受け取ると、さらさらと己の名を記入する。ロベルトの無骨な見た目に反して、その文字は実に流麗であった。フォウは書類をロベルトから受け取ると、持っていた控えの書類を彼に手渡した。


「これで契約完了だ。さて、いつ出発する?」


 ロベルトのこの言葉にフォウはこう答えた。


「明日の朝からでも良いですか? 資料など、少々準備に時間が必要なので」

「ああ、構わんが……むしろ本当に明日の朝からで大丈夫か? ディアーノは別大陸にあるんだぞ、それなりに長旅になると思うんだが……」


 明日の朝から出発することに懸念を示すロベルト。それも仕方のないことだろう、普通の道程で行けば、ルクレストからディアーノまでは軽く一月は掛かる。旅の支度にも時間が掛かるだろうし、そもそも一月もの間この店はどうするのか、そんなロベルトの懸念に気付いているのだろう、フォウはにこりと微笑むと大丈夫ですと言った。


転移魔法師(テレポーター)に依頼するようにしていますから」

「……なるほどな」


 転移魔法師(テレポーター)に依頼すると聞いて、ただ頷くしかできないロベルトだった。


 転移魔法師(テレポーター)とは、自分だけではなく、他人や大量の物を転移させることができる者のことを言う。いわゆる特に優秀な転移魔法(テレポート)使いの総称だ。

 彼らは転移魔法(テレポート)使いよりも更に数が少なく、国によって手厚く保護されている。ちなみに規格外の転移魔法(テレポート)使いであるロベルトは転移魔法師(テレポーター)でもあるのだが、あまり(おおやけ)にしたくないため基本的には黙って――知られているところには知られているのだが――いる。

 そんな転移魔法師(テレポーター)たちは、基本的に出国管理局で働いている。出国管理局とはいうが、これは入国管理局と対になっており、転移魔法(テレポート)を使える者たちはどちらか片方で手続きを済ませれば良いことになっている。ちなみに転移魔法師(テレポーター)を利用しないで出国する場合は、そもそも出国管理局に寄る必要性が全く無い。国境にいくつかある入出国管理所で手続きをするのだ。

 転移魔法師(テレポーター)を利用するのは有償で、陸、海路を行くよりも高額な利用料を取られるのだが、それでも遠くの国に一瞬で移動できるという理由から、商人や貴族は利用する者が多かった。フォウはそんな高額な利用料を支払って――おそらくロベルトも含めた二人分――ディアーノへ向かうらしい。なんと羽振りの良い依頼主だろうか。


 ロベルトとフォウは簡単な打ち合わせをすると、明日の朝一に出発することを改めて確認し、本日はお開きという形になった。それまではそれぞれの準備の時間ということで、フォウはこれから一週間ほどの店の運営方法を己の腹心に指示を出し、ロベルトはカイヘ「依頼でしばらくディアーノへ行く」と簡素な手紙を出した。

 その後ロベルトはゲイル百貨店が開店するのを待って、店を見て回りながら必要になりそうな傷薬などの冒険の友を一通り買い揃えた。そして百貨店に入っている料理屋で昼食を摂り、明日のための英気を養うのだった。



 翌日、ゲイル百貨店前。


「お待たせいたしました」


 そう言って現れたフォウは動きやすい服装をしており、大きめの鞄を抱えていた。そこには取引のための資料や一週間分の着替えなど、必要なものが入っているのだろう。


「それでは行くか」

「はい」


 こうしてロベルトとフォウは、一路ディアーノへ向かうのだった。 



 ディアーノに転移してきたロベルトとフォウ。転移してきたのがロベルトだと分かった途端、ディアーノの入国管理局員たちがざわめいた。


「ウ……ロベルト様! 本日はどういったご用件でディアーノに……」

「こちら、フォウ・ワーネ・ゲイル殿の護衛だ」

「なるほど、承知いたしました」


 ロベルトと直接話をしたディアーノの入国管理局の局長らしき人間がなぜか妙に感激している。フォウにはそれがどうしてなのか理解できなかった。


 二人が入国管理局を出ると、そこは多くの人間で賑わっていた。それは復興のために日々作業に勤しむ大工たちだった。入国管理局の周囲は大工たちが休憩するための飯屋も並び、この風景だけを切り取れば、アレスの街とまではいかないまでも十分に賑わっていると言えた。しかし賑わっているのは入国管理局周辺だけのようだった。入国管理局も他国のそれとほぼ変わらないくらいの内装に外観であったが、目の前の小さな町から伸びる街道はまだまだ短く、ここからディアーノの城があった王都まで整備するとなると、相当な時間が掛かることが窺えた。


「すまないが、ここからかつて王都のあった場所までは徒歩になる。街道の整備がまだ進んでいないから馬車もろくに走っていないんだ」

「分かりました」

「この辺りは人も護衛の冒険者もいるから安全だが、少し歩けばもう無法地帯だ。魔物(モンスター)やならず者は俺がなんとかするから、離れないように」


 ロベルトの言葉を受け気を引き締めるフォウ。それを確認したロベルトは「では、行こう」と、フォウのペースに合わせて歩き出した。


 ディアーノの入国管理局は王都にほど近いところにあるため、徒歩でも半日で到着する距離にあった。しかし一度滅んだ国の荒れ果てた道は歩きにくく、途中魔物(モンスター)も襲ってくるものだから思ったようには進めない。いくら凄腕の冒険者であるロベルトとはいえ、モンスターが現れれば倒さねばならず、その度に足を止めることとなっていた。それがだんだんと面倒臭くなってきたのか、ロベルトはエレンに付加魔法(エンチャント)を施してもらったあの大剣を抜いて『風』の属性を解放し、己とフォウの周囲にまとわせ魔物避けとしていた。それでも襲ってくる魔物はその風で豪快に吹っ飛ばした。どうにも使い方を間違っている気がしないでもないが、ロベルトは幼い頃弟と一緒になってこうやって遊んでいたので、彼の中では大丈夫だろうという結論に至っていた。


 通常よりも長い時間を掛けて、無事にディアーノの王都であるディアスに到着した二人。ひとまずここで一旦依頼完了となるため、このまま二人は別れるはずだった。


「実は、ディアーノでは現在食料が不足している。そのため確保したいのだが、そういったものを扱っている商人を紹介してもらえないか?」


 ロベルトがフォウにこう尋ねたことで、話は変わった。


「そういうことは目の前の私に依頼してもらいたいですね! 私はゲイル百貨店の主人ですよ?」


 商売の匂いに商人としてのスイッチが入ったフォウ。彼は何かと現在のディアーノの情勢に詳しいロベルトに新たな依頼としてディアスの案内を頼んだのだ。ロベルトとしてはそれは構わなかったので、依頼を快諾すると一つ一つ説明をしながら街を回った。その際、街の人たちから畏敬の念を向けられるロベルトを不思議に思いフォウは彼に尋ねた。


「ロベルトさん、ディアスの情勢にとてもお詳しいですね」

「まぁ……俺もこの国の出身だからな。見れば何が足りないかくらいは多少想像がつく」

「それにしても、ですよ。まぁ、王都の人々から畏敬の念を向けられているところなどは気になりますが、邪推はしても詮索はしません。今回のこの商売では必要なことでもなさそうなので」


 その言葉の通り、詮索はしないが邪推はするフォウ。彼はこう考えていた。もしかしたらロベルトはディアーノの上位貴族だったのかもしれないと。そんな彼が自らディアーノの復興のために尽力しているからこそ、人々からあのような畏敬の念を集めているのではないかと。

 その想像は当たっていたが、少し間違っていた。


 ロベルトの正体……ディアーノ人からはウォードと呼ばれる彼の本当の名は、ウォーディアス・ロベルト・ディアーノ。


 このディアーノで唯一生き残った、最後の王族であった。

 伏線の張り方が下手くそなのであえて公開していくスタイル。


【2018年1月23日】

 誤字脱字その他修正しました。

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