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第十話 食事処の付加魔法師が望むのは

 王城、謁見の間。エレンは今、父親であるレオニードを伴ってその場所に立っていた。

 母親に仕込まれた美しいカーテシーで、王であるリチャードの声が掛かるのを待つ間、エレンはこの謁見の間に通された時に見た光景を思い出していた。


 玉座に座すリチャードの側に控える者はおらず、王太子であるフリードリヒは、ミスティと共にひどく硬い表情を浮かべ、エレンと同じ高さに立っていた。ミスティはエレンと同じくらいに上等なドレスを身にまとっている。しかしながら、ドレスに相応しい気品がまだ身に付いていないのか、着られている感が否めなかった。出入り口には騎士が二人立っていたというのに、いつの間にか姿を消している。今、この広い謁見の間には、リチャード、フリードリヒ、ミスティ、レオニード、そしてエレンの計五名しか人間が存在していなかった。


 かさり、という衣擦れの音が聞こえる。そしてさくり、さくりという、靴が絨毯を踏みしめる音も聞こえてきた。


「双方、面を上げよ」


 リチャードより声が掛かり、エレンとレオニードは頭を上げる。そしてエレンは驚いた。なんと、王であるリチャードまでもがエレンたちと同じ高さに立っていたからだ。あのさくりさくりという絨毯を踏みしめる音は、エレンたちと同じ高さに降りてきていた音だったのだ。


此度(こたび)は遠路遥々(はるばる)ご苦労であった。エレンよ」

「こちらこそ、罪人である(わたくし)に対して寛大な御心を持って、王家の馬車でお出迎えまでしてくださり誠にありがとうございました」


 このエレンの丁寧な物言いは、金獅子亭(きんじしてい)の面々が見たら卒倒するだろう。それほどまでに市井で生活していたエレンは本当に貴族令嬢らしくなかった。


「むしろ命じていただいてもよろしかったのに。王城まで徒歩で来るようにと」

「さすがにそんなことはできぬ。女性にそのようなことを命じるような品のない王とは思われたくはないからな」


 リチャードのその言葉を受け、エレンは小さな声でぽつりと呟いた。


「……トライアスロンよりはどう考えてもマシなのになぁ」


 小さな声で呟いたつもりだったのだが、人数の少ない広い謁見の間には予想以上に大きく響いた。エレンの訳の分からないその言葉に唯一反応したのは、なんとミスティだった。


「それなんて鉄人レース?」


 その言葉を受けたエレンは、ばっ! とミスティを見る。そして彼女と視線が合わさると、互いに何も言わずに大きく頷いた。ここに奇妙な友情が生まれた瞬間でもあった。


「……エレン、ミスティ、王の御前だ。奇妙な発言は慎むように」


 エレンのおかしな発言に慣れているのか、レオニードがおもむろに注意する。注意されたエレンとミスティはというと、咄嗟(とっさ)に目上の者に対する姿勢を取った。それを見たリチャードが小さく笑ってから手のひらをかざすと優しい声でこう言った。


「エレンよ、そう堅くならずともよい。むしろ、姿勢を正すのは私たちの方だろうからな」


 リチャードのその言葉を受け、フリードリヒとミスティがエレンの前へと歩み寄る。そして目の前で跪くと、エレンに対し深々と(こうべ)を垂れた。その行動に驚いたのはエレンただ一人だった。


「え、え!? フリードリヒ様、ミスティ様!?」

「……エレン、私たちが犯した罪を……あなたを冤罪で糾弾した罪を(ゆる)してくれとは言わない。ただこれだけは言わせてほしい。本当に申し訳なかった……!」

「私のせいでエレン様に多大なるご迷惑をお掛けしたこと、誠に申し訳ございませんでした!」


 二人は口々にエレンへの謝罪の言葉を述べる。まさかこのような場を用意されるなど思っていなかったエレンは大層狼狽(うろた)えた。エレンはどうしていいのか分からず視線を彷徨(さまよ)わせる。それを見ていたレオニードが、エレンにこう言って行動を促した。


(ゆる)す、(ゆる)さないはお前次第だ」


 エレンはその言葉を聞いて頭を大きく振った。そして己には二人を裁く権利などないと声を大にして言う。


「私はむしろお二方の勘違いを利用し、貴族としての責任を放棄し喜んで追放処分を受け入れました! だからこそ、お父様が私に対する罰をお与えになったと聞いております。私にお二方を(ゆる)さぬ権利などございません!」

「……だ、そうだ。私の言った通りだろう? リチャード」

「そうだな。まさか、本当に喜んで受け入れていたとは。はてさて、これはどうしたものか」


 レオニードとリチャードがなぜか仲良さげに会話を始めたので、エレン、フリードリヒ、ミスティの三人はどうしたらいいのか分からずぽかんとした表情を浮かべていた。


「エレンよ、お主はそう言うが、この二人に対する処分はすでに決まっておるのだ。そして私自身に対しても……な」

「へ、陛下ご自身に対しての処分、ですか?」


 どんどん話がとんでもない方向へ流れていると察したエレン。青い顔をして父親であるレオニードを見るが、彼はいたって涼しい表情を浮かべていた。よくよく見たらフリードリヒとミスティも、緊張しているようだがどこか落ち着いていた。どうやら何も知らないのは自分だけらしいとエレンはこの時気が付いた。そんなエレンの気持ちを知ってか知らずか、リチャードは二人に対する処分の内容を述べ始めた。


「まずはフリードリヒに対する処分だが、王太子の身分を剥奪し男爵の位を持って臣籍降下させる。よって、次期王太子はジェラールとなる。そしてミスティ・オブサダン。この娘は勘違いをしていたとはいえ、エレンを冤罪に陥れた。しかし同時に陰湿ないじめに遭い、そして命の危機に晒された被害者でもある。今はこの五人だけの間で話をしているが、一月後にはわし自ら国民にこの事件の顛末(てんまつ)を伝えるつもりでいる。そうなるとミスティ・オブサダンは多くの人間の悪意に晒されることになるだろう。よって、大きな権力による守りが必要と考えたわしは、シャルマー公爵家への養子縁組を依頼した」

「え、養子縁組ですか!?」


 まさかミスティが己の妹になるとは思っていなかったエレンはまたまた大層狼狽(うろた)えた。正直なところ、妹になろうがどうしようが別に構わないとは思っている。むしろ先ほどの『トライアスロン』と『鉄人レース』のやり取りだけで、ミスティにも前世の記憶があるのだと確信したエレンは、彼女と仲良くなりたいとさえ思っていた。そんなことをエレンが考えているなどと露ほども思っていないリチャードは話を続ける。


「そうだ。そして公爵はこの依頼を快諾してくださった。公爵夫人が何やら張り切っている様子だそうだ」


 その言葉を聞いて、エレンは遠い目を浮かべた。マナーの講習だというのに乗馬鞭を構えた己の母親であるバイオレットを幻視したのだ。リチャードはエレンがどうしてそんな表情を浮かべているのか疑問に思ったが、これからが一番大事な話だと彼女の様子は横に置いておくことにした。


「そして最後、わし自身に対しての処分だ。わしは我が息子、フリードリヒの此度(こたび)の暴挙を止めることができなかったことに対する責任を取り、ジェラールが成人し王位を継ぐその時までという条件で、王位を継承権第三位であるレオニードに譲り、わし自身は大公となり臣籍降下することとする」

「……え?」


 ちょっと待て、と。そんな言葉がエレンの口から漏れそうになった。これはいよいよもって大変なことになってきたと冷や汗が彼女の背中を伝う。どうして己の自由のためにこれだけのとんでもないことが起ころうとしているのか、それが理解できないでいた。これではまるで王権の簒奪(さんだつ)ではないかと。いくらジェラールが成人するまでの期間という条件付きとはいえ、まさかのシャルマー公爵が王位を譲られると誰が思うだろうか。


「……ん? 継承権第三位?」


 悶々と考えていたエレンは、リチャードの口から語られていた衝撃の事実を聞き流すところだった。王位継承権第一位は、今のところはまだエレンの目の前に跪いているフリードリヒだ。そして第二位が次期王太子であるジェラール。そして第三位が己の父親であるレオニード。その事実を己の中で咀嚼(そしゃく)していくにつれ、目が点になる。そんなエレンを見てリチャードは笑いながら語り出した。


「おや、エレンは知らなかったのか? シャルマー公爵家は、初代ルクレスト王の弟が興した家だ。その時の取り決めで、継承権を放棄しておらぬのだよ。それに三代前の当主は当時のルクレストの第二王子だ。当時のシャルマー家には女しか生まれず、それに伴い婿入りした形だな」

「え、え? 冗談……じゃないですよね、このような場で言うことでもないですし」

「そうだ。察しが良くて助かる」


 ははは、と朗らかに笑うリチャード。そんなリチャードを見て眉間にしわを寄せたのはレオニードだった。


「笑いごとではない。陛下の決定、そしてジェラール殿下が成人するまでだからという条件だから従ったが、私とて王権を簒奪(さんだつ)するような真似はしたくなかった。というかリチャード、お前、私にいろいろな面倒ごとを押し付けるつもりだろう? まったく、これではエレンとそう変わらないではないか」


 呆れたように言うレオニード。レオニードとリチャードが妙に親しげに会話を交わしているのは、実は親戚関係にあるという理由からだった。そして更には学院(アカデミー)時代の同級生であるということも理由の一つだった。


「ははは、まあそう言うな。わし……私もそろそろこの堅苦しい話し方が辛くなってきていたところなのだから。まあ、だからこそ自由を望むエレンの気持ちも分からなくもないのだがな」

「それがたちが悪いと言っているのだ」


 そろそろひび割れるのではないのかと思うくらいに、レオニードの眉間に強く刻まれたしわが彼の機嫌の悪さを窺わせた。さすがにこれはいけないと思ったのか、リチャードは居住まいを正すとごほん、と一つ咳払いをした。


「まぁ、今話したことが我々に課す処分の内容だ。そしてエレン、お前にも一つ聞いておきたいことがある」


 真面目な表情を浮かべ、リチャードはエレンにこう問うた。


「エレンよ、お主は貴族に戻りたいと思っているか?」


  ***


 アレスにある食事処(レストラン)金獅子亭(きんじしてい)。ここには人気の看板娘がいる。

 美しい金のポニーテールを揺らし、ぴかぴかに輝く珠のような肌を持つ彼女は、多くの男性だけではなく女性の視線までも釘付けにしていた。背が高くぴんと伸ばされた背筋からはどことなく気品が漂うが、彼女自身はとても気さくで優しい性格だった。そんな彼女には仲良くしている妹がいる。先ほど手紙が届いたばかりで、読む時間が無かったため今は自室の机の引き出しの中に眠っている。彼女はその手紙を後ほどしっかりと読み込み、早々に返事を出すつもりでいた。

 看板娘である彼女が忙しく働いているその時、からん、とドアに付けられているベルが来客を告げた。その客人を視界に入れた彼女の表情がぱあっと明るくなった。


 父親が期間限定の国王になろうとも、前国王が臣籍降下し大公になろうとも、かつての婚約者が王太子から男爵になろうとも、己を陥れる一つの原因となった娘が妹になろうとも、彼女はそんなものはどうでもいいと言わんばかりに、今日も今日とてたった一人に恋をしていた。


「ロベルトさん! いらっしゃいませ!」

 というわけで、第一部完でございます。

 ふわっとファンタジーなので、もういっそのことと開き直ってかなりありえない展開にしてみました。

 第二部はエレンとロベルトにちゃんと恋愛して欲しい(他人事)。


【2018年1月14日】

 誤字脱字その他修正しました。

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