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第一話 食事処の付加魔法師

 勢いだけで新作を書き始める。

 しかも2018年元日投稿とか……。

「エレン・シャルマー! お前との婚約を破棄する!」


 ルクレスト王国立学院(アカデミー)の大広間での卒業パーティーの最中(さなか)、華やかな会場には相応しくない声が響き渡った。

 声の主の名はフリードリヒ・ルクレスト。このルクレスト王国の王太子だ。そのフリードリヒに守られるようにしてそばに寄り添っているのは、ふわりとしたブラウンの髪と大きな瞳を持つ小柄で可愛らしい少女。名をミスティ・オブサダン。この学院始まって以来初めて中途編入をしてきたことと、『勇者』の妹であることもあり、学院でもなかなかに有名な少女だった。

 そんな二人と相対するのは、長い金の髪と紺碧の瞳が美しい背の高い少女だ。彼女こそがエレン・シャルマー。このルクレストでも一、二を争うほどの高い格式を持つ、シャルマー公爵家の令嬢であり、フリードリヒの婚約者だ。しかしながらたった今、その婚約を破棄すると宣言されたのだが。

 エレンはフリードリヒの言葉に目を見開くと、わなわなと震える右手を握りしめた。その握りしめた右手が、思わずといった様子で高らかと天を()く。


 そして彼女の唇は、フリードリヒが放った言葉よりも場違いな言葉を、なかなかの大音量で紡ぎ出した。


「マジかよ、やったぜ!」


  ***


 ルクレスト王国にある街、アレス。アレスは王都より離れたルクレストの国境に位置し、良質な鉄鉱石の産出国であり、同時に鉄鋼業を主な産業とするダグラス国と、年中温暖な気候のため、農作物の栽培や牧畜といった農業が盛んなファーティマ国に挟まれた、防衛の面でも交易の面でも重要な位置付けにある街だ。各国の交通の要となるその街には、ルクレストのみならず隣国の商人たちが集まり商売に励んでいる。そして他にも、アレスは各国の冒険者たちが集まる街として世界中で有名だった。

 そんな冒険者たちと商人の街、アレスにはある一軒の食事処(レストラン)がある。冒険者たちに特に人気のあるその食事処(レストラン)は、店名を金獅子亭(きんじしてい)といい、名前のわりにはリーズナブルな値段で美味しい食事を提供するともっぱらの評判だった。更に金獅子亭(きんじしてい)には人気の看板娘がいる。その看板娘の名はエレン。家名(ファミリーネーム)は無い。その理由は、二年前のとある事件にあった。


 エレンは二年前まで、ルクレストでも名門中の名門であるシャルマー公爵家の令嬢で、王太子の婚約者であった。しかし、王国立学院(アカデミー)に編入してきた『勇者』の妹を、身分をかさに着ていじめ抜き、婚約者である王太子に婚約破棄されたのだ。その後エレンはシャルマー公爵家から除籍され、シャルマー姓を名乗ることを禁じられた。更に王都から追放され、市井へと降りることになったのだ。

 これが一般的な貴族令嬢であれば嘆き悲しんだことであろうが、残念なことにエレンはその一般的な貴族令嬢ではなかった。彼女は嬉々として平民になり、市井へと降りたのだ。ちなみだが、このエレンの様子からして彼女が『勇者』の妹をいじめていたという事実は無い。しかしながらその事実を知るのはエレン本人と『勇者』の妹をいじめていた犯人だけだ。初めはエレンもその噂に苦しめられ、なかなか働き口が見つからなかった。しかし根気よく探し続けた結果、現在働いている金獅子亭(きんじしてい)に雇われることになったのだ。


「デイヴさーん、小麦粉ここに置いておきますねー」

「おお、いつもすまんな! しっかし、エレンは相変わらず力持ちだな。元貴族令嬢とはとても思えん」

「もう、その話はやめてくださいよ! 私だって好き好んで貴族の家に生まれたんじゃないですから! 更には王太子の婚約者? それこそ勘弁して欲しいですよ!」

「そんなことを堂々と言えるのもお前さんくらいのものだよ」


 どさりという音を立てて、小麦粉の入った大きな袋を床に置いたエレンに声を掛けたのは、この金獅子亭(きんじしてい)のオーナー兼料理長であるデイヴィッド・ゴルドレオだ。短く刈り揃えられた金髪と青い瞳が眩しい、がっしりとした体格の四十代だというのに若々しい男性だ。飲食店には清潔さが命だと言って、毎日髭を剃っているとは本人の談だ。ちなみにデイヴとはデイヴィッドの愛称で、この店で働く人間は皆親しみを込めてそう呼んでいる。デイヴィッドの名前から察せるように、金獅子亭(きんじしてい)というこの店の名前は、彼の家名(ファミリーネーム)が由来である。


「まったく、稀代の悪女だとかいう噂が立っていたっていうのに、本人はこれだからなぁ。ま、俺としては面白いからいいけどよ。ただ、貴族やらそれこそ王族なんぞには聞かれるんじゃないぞ?」

「もちろんですよ! せっかく自由になったのに、不敬罪で捕まるとかそれこそ間抜けじゃないですか!」

「本当、いい性格してるよ、お前さん」


 はっはっは、と笑い声を上げながらデイヴィッドは厨房の奥へと消えていった。今は開店前、直前の料理の仕込みの真っ最中なのだ。


「エレン、それが終わったらテーブルのメイキングを手伝ってくれない?」

「はい、エマさん」


 エレンがエマと呼んだ女性は、デイヴィッドの妻だ。ダークブラウンの髪と瞳を持つ溌剌(はつらつ)とした女性で、金獅子亭(きんじしてい)の従業員からの信頼も厚い。口も大変堅く、金獅子亭(きんじしてい)の相談役とまで言われている。そのせいか、従業員全員の悩みや秘密を知っているという噂まであるのだ。

 エレンがエマに声を掛けられたタイミングを見計らったかのようにして、淡い緑の髪をした可愛らしいながらも整った顔立ちの男が厨房からひょっこりと顔を覗かせた。彼の名はフリン・ジャッシュ。この金獅子亭(きんじしてい)で、女性に一番人気の調理員だ。そのフリンが白い歯を覗かせながらエレンにこう言った。


「エレン、テーブルメイク終わったら薪割りよろしくなー」

「はいよー」

「……その会話、普通は逆でしょうに」


 二人の会話を聞いていたエマが呆れたように言う。そう、エレンは女性でしかも元貴族令嬢であるにも関わらず、なぜかこの金獅子亭(きんじしてい)の力仕事を引き受けているのだ。それはエレンが実際に力持ちなのもあるのだが、彼女自身が元貴族で魔法を使え、しかも得意とする魔法が付加魔法(エンチャント)であることも大いに関係があった。


 付加魔法(エンチャント)とは、文字通り魔法の力を人間や武器・防具などに付加する魔法だ。エレンは元々公爵家の令嬢であったこともあり、魔法についてはみっちりと勉強させられていた。更に本人の才能もあり、この国にも二人としていないほどの付加魔法(エンチャント)の使い手なのだ。故に、彼女はこの街ではこう呼ばれている。


 食事処(レストラン)付加魔法師(エンチャンター)と。

 一番書きたかったのは「マジかよ、やったぜ!」です。

 誤字脱字報告、感想等大歓迎です。

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