第7話 怪我はしないけどさ
訓練場はすぐ側の森の中の広場だった。 近づくにつれ、パシピシと何かを叩くような音がする。
「見えてきた」
広場では少年達がそれぞれに稽古をしていた。 来意が逆立ちで腕立て伏せをし、羽織は木の枝に足をかけて腹筋を鍛えていた。 世尊が立木に布を巻いたものを相手に蹴りや突きの練習をし、側で義軍が真似をして小さな立木相手に蹴りや突きのまねごとをしている。 清流は細い弓のようなもので矢を放ち、遠くにある的の中心部にことごとく命中させていた。 そのまた隣で巳白がダーツの矢のようなものを投げては的に命中させていた。
アリドがいない。
思わずアリドの姿を探すと、森の中から人の近づく音がした。
「おっしょーっと。 持ってきたぞ」
声の主はアリドだった。 リトはアリドの姿を見て驚愕した。
アリドは涼しげな顔をして直径1メートルはあろうかという巨大な岩を二つ担いできた。
地面にそれを放り投げる。 ズシン、ドシン、と地面が震えた。
「サンキュー」
アリドを見て羽織達が訓練を止めてアリドの側まで来る。
「いい岩じゃーん」
「やっぱアリドがいるとこの訓練が出来るからいいよね」
四人は嬉しそうに話す。
「っしゃー、お前ら少し離れろ……っと」
そこでアリドの視線がデイとリトを捉える。
「お前達、見に来たのか? 丁度いーや。 こっちへ来い」
デイとリトは呼ばれるがまま広場の中に入る。 来意だけが眉を寄せた。
「デイはあの立木の前に立って、リトはそーだなー、的の前にでも立つか」
立つかってなんだ。 立つか、とは。
「ダメ」
来意が言った。
「……なんでだよ来意。 いつもオレたちがやってる事じゃん。 それで怪我したことあるか? 無いよなぁ? デイ、かまわねーだろ?」
アリドはつまらなさそうに言った。
「俺はいいけど。 りーちゃんはどうかなー」
デイも悩んだように返事をした。
「怪我したら清流に治癒してもらえばいーじゃん」
アリドも引かない。 というより……怪我したらって何だ、怪我したらとは。
「いや、そういう意味じゃなくて、弓に知れたら怒るって」
「弓が怒る? じゃ、ダメだな。 アリド」
「羽織ぃ、おめーも弓に関わりすぎだって。 そんなんじゃまるで世尊だぞ?」
「世尊ってのは嫌だな……」
「何だよ羽織、オレのどこが嫌なんだよ」
それぞれの雰囲気が微妙に悪くなっていく。
どうやらアリドはリトとデイに何か危険なことをさせるつもりらしい。
「来意。 要は怪我しなきゃいいんだろ? 平気な場所教えろや」
そしてアリドも引かない。
「怪我はしないけどさ、知らないよ」
来意は広場のある場所に歩いていくと棒を拾って地面に小さな円を書いた。 リト一人立てる位の大きさだ。
「ここにいたら平気だよ。 ……でも動かないでね」
来意はそう注意をする。
場所は的の側だった。
デイはさっさと立木の側に行く。 リトは……ここで嫌とも言えないだろう。 来意の書いた円の中に入る。 丁度デイのいるところと反対側の端だ。
「おーっしゃー。 始めっぞ」
そう言ってアリドは岩を一つ持ち上げた。 まずデイの方を向く。
デイとアリドの間、丁度中間の所に羽織が立つ。 羽織は背中に2本の剣を背負っていた。一番上の剣は普通の剣の2倍以上の幅がある剣だった。 下の剣は兵士が使っているようなごくありふれた剣であった。 そして上と下の剣の間には何の役割があるのか、細い棒のようなものも背負っていた。
そして羽織の少し後ろに世尊が立つ。 そしてデイのすぐ前に来意が立った。 清流はアリドのすぐ横に立つ。 巳白は義軍を抱いて空へと避難した。
「よーっしゃー、はじめっぞー。 リト、動くなよ。 よーーい、しょっと!」
アリドはそう言うとまるで岩を発泡スチロールか何かのように軽々と羽織に向かって投げつけた! 岩は爆発して飛んできたかのようなものすごい勢いで羽織に向かって飛んでいく。 危ない、羽織にぶつかる、そう思った時だ。 羽織は背中に背負っていた上の大きな刀を抜くとザッ、と一閃、巨大な岩を真っ二つに切った。 まるで豆腐でも切るかのように楽々と。 そしてすぐさま風車のように回転するとミキサーカッターのように岩を切り裂き粉砕する。
「今だ清流!」
アリドが叫んだ。
「風よ!」
清流が両手を押し出して叫んだ。 途端に清流の周りで突風が起こり風の矢となって粉砕された岩を襲った。 粉砕されて勢いが衰えて宙に浮いたままの岩は再び清流の突風の力を得て世尊へと向かう。
「おにいちゃーん」
と、空から義軍の無邪気な声がする。
「まーかせとけって」
世尊は手拳と蹴りでばらばらになった岩の粒々をどんどんはたき落としていく。 少し大きな岩の固まりが来てもヒュウ♪と口笛を吹くと右ストートのパンチで粉々に砕いた。
そして最後は来意だった。 来意は目を閉じたまま手にした棒を振っていた。 世尊が潰しはたき損ねた石が来意を襲う。 しかし来意の棒が差し出された先に石は吸い寄せられるように当たって地面に落ちていく。
コロン、と最後の一粒が地面に落ちた。
パチパチパチとデイが拍手をする。
「いやー、いっつもながらお見事」
デイの所までは石一つ届いていなかった。
リトは呆然とそれを見つめた。 それはほんの一瞬の稽古だったのだ。
なんという事だろう。 アリドからデイまで20メートルも離れていないのだ。 これがたったそれだけの短い距離でできる事なのだろうか。
「やっぱりアリドがいると岩を投げてくれるからいいな」
羽織が言う。
「さぁて、次はリトちゃんの方でだぜ〜」
世尊も指を鳴らす。だが、
「僕は……なんとなく悪い予感がするんだけど……」
来意が言った。
アリドが意地悪くにやりと笑う。
そしてゆっくりと残りの岩を持ち上げると――
「せやっ!」
あろうことか岩をリトの方に向かって投げた。
「うっ!」
「あっ!」
「馬鹿っ!」
羽織達は叫んだ。 しかしリトのいる方向と羽織達がいる方向は全く逆だ。 清流は風を起こそうと手が動いた。 羽織と世尊は駆け出そうとした。
リトは突然の事で動けなかった。 巨大な岩がすごい勢いで近づいてくる。 押しつぶされる、そう思って体を縮めた時だった。
「羽織様っっ!」
弓の声がした。
稲光のような光が見えた。
目の前の岩が中央から左右に真っ二つに別れる。
ズトォォン…
そう音を立てて岩は真っ二つになりリトの左右に落ちた。
一房まとめた長い黒髪がちらりとリトの目の端をかすめる。
リトも岩も飛び越えて、リトの背後に彼はいた。
手にしていたのは黒くて細い、杖のような剣。 しずくを落とすかのようにヒュッ、と音を立てて一度剣を振る。 そしてゆっくりと背中の真ん中にあった鞘へとなおす。
羽織だった。
「弓!」
剣を納めた羽織は振り向いて彼女の名を呼んだ。
リトもそちらを見る。
慌てて弓が駆けてくる。
「大丈夫? リト? 怪我はない?」
弓がしゃがみこんだリトに寄り添い様子を見る。
「え、っと、うん、平気」
確かに怪我一つ無かった。
「んもうっ、アリドっ!」
弓はすごい剣幕でアリドの方を向いた――はずだった。
「あれ?」
リトも首をかしげた。
アリドはどこにもいなかった。
巳白だけが少し離れた森のどこかを見ていた。