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第6話  嬉しかった

 リトとアリドが二人で歩く。 床のキィキィという音だけが響く。

 窓の外を眺める。 もう真っ暗だ。

 アリドが教会の扉を開ける。 そして二人で教会の外に出る。

 月明かりが綺麗だった。

 そしてもう夜もとっぷりと暮れていた。

 気づかなかったが、時間は相当、過ぎていたらしい。

 村の各家庭は明かりが点けたままになっているので、外灯は無いがそこまで寂しくはない。 森がさわさわと風に揺れて音を立てる。 梟の鳴き声も聞こえた。

 リトにとってこんな時間に外に出るのは珍しい事だった。

 夜は魔物が出て危ないから出ないように小さい頃から言われていた。

 城下町などは夜中出歩いても平気なのだろうが、各それぞれの村では日が暮れると外に出ないのは常識だった。

 いわば初めての夜の外だった。

 視界が濃紺の霧に包まれた様な感じ。

 目をこらせば空気の流れすら見えそうだ。

 アリドは教会を出るとそのままリトの手を引いてすぐ近くの小川まで来た。 そしてそのすぐ脇に腰を下ろす。 リトも手を繋がれたまま隣に腰を下ろす。


「ガキの頃はよく水遊びしたな……」 


 アリドはそう呟いた。

 さあさあと水が流れている気配を感じる。


「……アリドはどうして、家出なんかしてるの?」


 リトは思わず尋ねた。

 どう考えても孤児院のみんなとは仲も良さそうだし理由が見つからなかったからだ。


「オヤジの……仇をいつか打ちたいと思ってさ」

「仇?」

「裏……知らないな、お前じゃ。 ま、つまり、ある男を探す為に家出した、ってトコ。 今まではどうも決心は中途半端だったんだけど……お前さんのおかげで踏ん切りつきそーだ」

「……? 訳分かんない」


 リトは答えた。 だろうな、とアリドは鼻で笑う。


「弓と仲良くやってくれな」


 一番上の手でリトの頭を撫でる。

 ちょっとだけ嬉しくて、ちょっとだけ腹が立った。


「弓がそんなに心配?」


 リトは言った。

 アリドの返事は無かった。

 少しだけばつが悪くてリトは立ち上がろうと体を動かした。

 ところが手はしっかりと掴まれたままだったし、頭に手も乗せたまま。 そして――真ん中の手が――リトの肩を抱き寄せた。


「――襲うぞ?」


 アリドはそう言ってリトを引き寄せ押し倒した。 リトは押さえ込まれてしまい、アリドはリトを見下ろす。

 アリドの髪の毛が月の光を反射して妖しくきらめていていた。

 リトはやっぱり、少しも怖くなかった。

 ただ、胸が喜びでしめつけられるようだった。


「……やっぱりお前って、オレを怖がらないのな」


 アリドはフッ、と笑ったようだった。


「変な奴」


 そしておでこをリトのおでこに付ける。

 リトはアリドの顔が間近まで来てその体温すら感じられそうで自分の体が火照るのが分かった。


「分かり易いな、お前は。 こんな暗闇だっつーのに」


 アリドは困ったように笑う。


「さってと……」


 するとアリドは何事も無かったかのようにリトから手を離すと立ち上がって服に付いた草を払う。


「宴会場に戻るぜ? …あーあ、オレ、結構酔ってたみたいだ」


 独り言のようにアリドは言う。

 リトも立ち上がる。


「んじゃ、帰ろうぜ」


 アリドはさっさと歩いていく。リトは慌てて後を追う。


「けっこー、好きみたいだぜ?」


 アリドが振り向きもせず歩きながら言った。

 リトの胸がぎゅうっと絞られるように熱くなった。

 アリドが何についてそう言ったのかは分からなかった。

 でもそれを追求してはいけないと、なぜか感じた。

 しかしそれでも。

 嬉しかった。





 そして、朝が来た。

 チュチュチュ、と鳥のさえずる声がする。

 リトはゆっくり目を開ける。

 ベージュ色の綺麗な壁。

 リトに掛けられた暖かな毛布。

 リトの視界に入る艶やかな黒髪。

 それはすうすうと寝息を立てている弓。


「……んにゅ?……」


 リトは上半身を起こす。 何もない部屋だ。

 6畳ほどの何もない部屋に弓とリトは寝ていた。

 扉が一つだけ目に入る。

 リトは立ち上がって自分の体を見る。 昨日の宴の時着ていた服のままだ。 どうやらあの後、みんなでカードゲームやら何やらをしていたがいつの間にか寝てしまったらしい。


「弓……、弓?」


 リトは弓を揺り起こす。


「ん? あ、ああ、オハヨ、リト」


 弓はぽうっと寝ぼけた顔で目を覚ます。

 大きく背伸びをして弓も起きあがる。


「寝ちゃったみたいね」

「うん」

「ココは……?」

「まだ秘密の部屋の中だと思う」


 弓はそう言った。

 二人で立ち上がると扉の方に行く。 扉を開けようとするが、重くて開かない。


「あれ?」


 リトは扉のノブを回して押す。 少ししか開かない。 何かドアの向こうに重しがしてあるようだ。


「閉じこめられてる?」


 リトと弓は力を合わせてドアを押す。

 すると扉が5センチほど開いた。 そこから外を覗いてみる。


「あ」


 リトと弓は一緒に声を上げた。

 扉の向こうの部屋では男達がザコ寝をしていた。 女達もいた。 扉のすぐ前には扉を守るようにラムールが横になって眠り、ラムールのすぐ前には佐太郎がどっかりと大の字になって眠っていた。 この二人が重しとなり、扉は開かない。 二人が弓とリトが寝ている部屋に誰も入れないようにしていることは明らかだった。

「これじゃ、私達も出られないね」リトはため息をついて言う。

「ラムールさん、心配性だからね……」弓も頷く。

 仕方がないので二人は扉を閉めて部屋の中央に座り直す。

 部屋には天窓があり、そこから光が差し込む。 しかし窓ははめこみ式で空きそうにはなかった。


「弓は羽織くんとできてるの?」


 話すこともなかったのでリトは尋ねてみた。

 弓が真っ赤になる。 好き、だというのは言わなくても分かる。


「羽織様と、できてなんか……いないけど……」

「羽織”様”?」


 弓の言葉にリトは思わずオウムがえしをする。


「あ、ゴメン。 リト。 私、えと……なんて言ったらいいかな、ヘンだって思うのは分かるけど小さい頃からそう呼んでいるからそれでしか呼べないの」

「あだなみたいなもの? 他の人もそう呼ぶの?」

「私だけ」


 聞くと弓は昔、羽織に助けられたことがあるらしい。 その時から羽織の事だけ様づけで呼ぶようになったとのことだった。


「弓はいつからここに来たの? って、聞いてもいいのかな」


 リトは尋ねた。 考えてみると弓は昨日自己紹介してないのだ。 実は何も知らない。


「うん。 私ね、5才の時まで親と旅していたんだけど、すぐ近くの森で魔獣に襲われて……そこで私はここに一緒に住んでた一夢という人に助けられたの。 それからずっと、ここ」

「ご両親が……」


 リトはなんと言ってよいか分からなかった。

 それぞれ事情がある、そんな事分かってるはずなのに。


「あ、気にしないで? リト。 そんな顔しないで。 別に隠してる訳じゃないし、リトのせいでもないんだから。 それに私、ここでの生活好きだから」


 それでもリトは複雑だった。 親を亡くしたのも、孤児になったのも。 ここにいるのも弓のせいではないのに。 なのになぜリトは弓を「孤児」だという色眼鏡で見ようとしていたのだろう。 アリドも昨日、親の仇を捜していると言った。 彼もまた、そして昨日紹介してくれたみんなが親を亡くしたのだろう。 あの小さな義軍でさえも。


「それにちゃんと一夢さんと新世さんって人が親代わりに育ててくれたわ。 私、幸せだったよ。 ……だ〜めっ、リト」


 いきなり弓がリトの目の前に顔をつきつける。


「友達なら、お願い。 私そのものだけを見て?」


 そのものだけ。

 そうだ。 ここで親は何の関係も無い。

 リトは頷いた。 弓も頷いて続ける。


「とは言っても……とても特殊な環境だっていうのは分かってるけど、それが現実だから隠さず話すけどね。 って、私ばっかり話しすぎ。 リトの事も教えて?」


 リトはちょっと考えた。


「んーっと、私ね、父さんと母さんは農業してる。 年の離れたお姉ちゃんもいたけど、お嫁に行って一緒には住んでいないの。 あとね、弟が一人。 村はここよりは少し人も多いけど、そこまで変わらないかな? ジムっていう幼なじみの男の子がいる」

「あ、いいな。 お姉ちゃんいるんだ。 私にはお兄…」


 弓の口調が少し曇る。


「……兄ちゃんみたいなアリド達?」


 リトは続きを言ってみる。


「うん。 そう。 お姉ちゃんは……いないから」


 弓はほっとしたように頷く。 少し変だった。 しかしあまり詳しく聞くことはしなかった。 仮に兄がいたとしても、ここにいないということは、兄は死んだのかもしれない。 詳しく聞いては酷だろう。 リトはそれ以上追求せず自分の話をする。


「お姉ちゃんはね、すっごくしっかり者。 弟とは年は一つ違いだけどなんていうか、馬鹿」

「あはは。 馬鹿ってひどい言い方」


 弓が笑う。


「今度遊びにおいでね? 弓」


 弓は頷いた。

 それにしても、とリトは思った。

 自分は弓たちと違って何て語ることの少ない人生なんだろう、と。





 しばらくして扉がノックされた。


「起きてる? 弓ちゃん、りーちゃん」


 デイの声だ。


「うん。 起きてるよー」

「デイ、ラムールさんを起こして貰える?」


 弓が扉ごしにデイにお願いをする。


「おっけー。 せんせー。 せんせーってば」


 扉の向こうでデイが起こそうとしている様子が伝わる。


「ん? デイ? ……ふああ、もう朝ですか……」


 そして扉が開かれる。

 まだ佐太郎は寝ていた。 部屋の中では少しずつ村人達も目覚めていく。


「いや、久々に盛り上がった良い祭でしたな」

「まったくまったく。 さて後かたづけですな」


 等と気持ちよく話している。


「ああ、私がしますよ。 デイ、リト、弓。 手伝いなさい」


 はぁい、と三人は返事をして宴会場の片づけを始める。 ラムールが洗うので三人はまず机の上の皿や瓶を直した。


「ふぐあああああー、っと」


 ひときわ大きなあくびをして目を覚ましたのは佐太郎である。


「佐太郎。 起きたならあなたも手伝って下さい」


 声だけで分かったのだろう、ラムールは振り向きもせずにそう頼んだ。 佐太郎も文句も言わずそれに従う。 なんだかこの数人だけで家族のような感じすらした。

 ラムールは少し面倒だったのだろう、魔法を使うので片づけはさっさと終わってしまい、みんな部屋から出る。 祭司が巻物を閉じて空間を元に戻す。

 巻物が外された後の壁はまったく普通の壁であった。

 祭司が祭壇で祈りを捧げる。 リト達はじっとそれを見ていた。


「今回の祭も無事に終わった。 皆に礼を言います」


 村長が振り向き一礼する。 村人から拍手がおきた。


「やっぱりラムールの食事は旨いな」

「新世の料理とはまた全然違う美味しさだったわね」


 村人がラムールを褒める。


「新世と比べないで下さいよ」


 ラムールが困ったように笑う。

 そして村人は三々五々に散っていく。 みんながリトに手を振ったり、肩を叩いてまたおいで、と言ってくれたり、とてもリトは居心地が良かった。


「楽しめましたか?」


 ラムールが尋ねた。

 リトは元気よく頷く。 それを見てラムールも佐太郎も満足そうだ。

 五人は揃って教会を出た。 ……そういえば羽織達の姿が見えない。


「アリドとかはどこに行ったの?」


 リトはデイに尋ねた。


「トレーニング中じゃないかな、みんなと一緒に」

「トレーニング?」

「剣とかナイフとか武術の訓練。 あいつら毎日やってるから。 ……見たい?」


 デイが尋ねた。 リトはどちらかといえば、やはり


「見たい、かな」

「よしゃ、決まりだ。 せんせー、リトをちょっと稽古場まで案内してくるね?」


 言うが早いかデイはリトの手を取って駆けていく。


「ゆ、弓は?」


 デイに思わず尋ねる。


「弓ちゃんは見に行かないんだ、何でか知らないけど」


 そうなのか、と思って弓の方を振り返る。 リトは追ってくる風でもなく手を振っていた。


「みんなの朝食作っておくから、訓練が終わったら帰ってきてね〜」


 弓の声が届いた。

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