第41話 すべては彼のせい
来意が近くにいた山賊達らに当て身を食らわせながら、まるで教科書に載っているかのように叫ぶ。
「山賊の人数はあわせて26人! 表に二人で計28人!」
襲いかかってくる山賊を兵士の剣でかわしながら羽織が言った。
「4で割ったら……一人あたり7人か?」
微笑む清流の手にある草の蔓が早回しをするかのようににょきにょきと伸びる。
「もちろん生け捕り?」
そして蔓が逃げまどう山賊達の足に手に見境無く絡みつき自由を奪う。
「ひっ、ひいいい! なんだこいつら! 強すぎだ!」
そう叫んで逃げる山賊の目の前にナイフが飛び、紙一重でナイフは岩に突き刺さり小刻みに揺れる。
「それ以上動いたら、マジで刺しちゃうぜ?」
にやりと笑って、世尊が立ちはだかった。
「ええい! 何をしてやがる! 相手は4人だぞ! 犬だ! 犬を呼べ!」
山賊頭が叫んだ。
すると丁度、外にいた山賊が中の気配に気づいたのだろう、入り口からワンワンワンワンとけたたましい鳴き声とともに犬の大群が押し入ってきた。
犬達は荒れ狂わんばかりの勢いでこの大空洞へとなだれ込んでくる。
来意が入り口に一番近い所にいる世尊に向かって慌てて叫んだ。
「危険だ! やめさせろ!」
その言葉を聞いて世尊が犬を避けながら表へと向かう。
「はははははは! いいきみだ!」
山賊の頭が勝ち誇ったように笑う。
犬達はもの凄い勢いで駆けてきて――リトを狙った。
ものすごい早さで一直線に、座り込んだリトの背中めがけて走ってくる。
「ふせて! リト!」
やってくる犬に気づいた弓はリトをつぶすように押し倒して、みずからを盾にした。
先頭の犬が弓にぶち当たり、弓は後ろにはねとばされる。
「あっ!」
弓は倒れた拍子に地面で頭を打って意識を失う。
「弓っ!」
体を起こしてリトが叫ぶ。
犬は弓を押し倒したまま、その牙を剥き、弓の喉元に噛みつこうとした。
「ゆみいっ!」
リトが、叫んだ。
その背後から、後から押し寄せてきた犬達が一斉にリトと弓に飛びかかった。
――弓、と。 リトは叫ぼうとした。
しかしリトは声を失った。
失ったのは犬も同じだった。
飛びかかろうとした。
しかし、みな息をつめて、動きを止めた。
弓に噛みつこうとしていた犬も、弓の白い喉元、ほんの数ミリ手前で牙を止めた。
それは不思議な光景だった。
そこにいるすべての者が。 そう。 犬も。 たった一人の者を除いて、時間が止まったかのように身動きを止めたのだ。
一人、歩いている男。
弓に向かって歩いてくる男。
羽織。
すべては彼のせいだった。
「弓に何をする…?」
羽織の口から出た重苦しいその声は羽織ではないようだった。
リトはこれに似た状況を知っていた。
そう、ラムールが見せた、絶対威嚇である。
あのとき、リトたちが動けなかったように、山賊はもちろん、犬も、清流も来意も、金縛りに遭ったかのように指先ひとつ動かせなかった。
そして――そして驚くことに。 羽織の絶対威嚇の方が……リトにも分かった。 ラムールのそれより、威力があった。
いや、威力があったというよりも、狂気に満ちていたという表現の方が正しかった。
犬は大きく口を開け弓の喉元に牙を突き刺そうとしたその体勢のまま、動けなくなっていた。 動けないのにその目は恐怖に怯えて羽織を見つめ、体もガタガタと震えていた。 しかし、動けない。
羽織は剣を手にしたままゆっくりと弓と犬に近づく。
――犬を殺す気だ!
リトは羽織の目の色から本能的にそう感じた。
それは犬も感じ取ったのだろう、恐怖のあまり失禁しながら、声にならない声を上げて許しを請おうとしていた。
――ダメ!犬を殺しちゃダメ!
リトも声をあげようとするが無理だった。
羽織の剣がゆっくりと弓と犬の間に割って入る。
犬は口から泡をふきながらガタガタと震える。
このまま羽織が剣を振り上げたら、犬の首と胴体は切り離される。
羽織は、迷うことなく犬を殺す気だった。
「ん……」
そのとき、弓が微かに動いた。
その声に弾かれるように羽織の体がびくりと波打った。
弓がそっと目を開く。
弓の目には羽織しか見えていなかった。
「羽織様」
「弓っ!」
弓が名を呼ぶと羽織は剣をそのまま床に置き弓の肩を抱き起こした。
と同時に羽織の絶対威嚇が解け、リトは体中を押さえつけていた重々しい気がすっと消えるのを感じ、犬はその場から飛び退き尾を股の間に隠してひとかたまりになって羽織を見ながら震えていた。
「や、や、やっちま……」
やっちまえ、と山賊頭は声を上げようとしたが、最後まで言う前に腰が抜けてその場にへたりと座り込んでしまった。
「驚いた?」
山賊頭の背後から清流がゆっくりと近づき、草の蔓で頭の腕を縛り上げる。
頭は抵抗することなくされるがままになっていた。
「あいつは……あいつは、何なんだ?」
頭は弓を抱き起こしている羽織を見つめながら言った。
「陽炎隊の隊長さ」
そう答えた清流の手も、微かに震えていた。
「外の奴らはオレが捕まえて来たぜ〜」
そう言って世尊が男三人を連れて中に入ってきた。
手には犬笛を持っている。
そしてあっという間に山賊はすべて捕らえられて中央に集められ、犬は相変わらず小さくなって怯えていた。
中央に集められた山賊に向かってリトが質問していた。
「じゃあ、あなたたちが山賊で、アリドは関係ないのね?」
「しっつけぇなあ。 アリドって名前かはシラねぇけど、六本腕の男なら仲間って訳じゃねぇよ。 俺もあいつが何したいのかよく分からないんだよな。 親犬とつるんでしょっちゅう俺たちが襲ってる途中の旅人を横取りして襲ってるっていうか、邪魔だったのは確かだけどな。」
「親犬?」
「ああ、あそこにいるだろ、あのでっけぇ犬だよ」
子分が指さしたので見ると、あの犬小屋で弓たちを隠してくれた、あの大きい犬が、小さくなって怯えている黒犬達の前へと歩いてきていた。
「あの犬は耳が遠くて犬笛じゃ言うこと聞かなかったんだよな」
犬笛使いがそう呟く。
犬を見たら先ほど弓が襲われた事を思い出したのか、羽織の顔色が少し変わった。
黒犬達がキュウン……と鳴いてさらに縮こまる。 黒犬達をかばうように大きな黒犬が羽織との間に割ってはいる。
まるで斬るなら私を代わりに斬れといわんばかりに。
「羽織様。 ダメ」
弓の手がそっと羽織の剣を握った手に添えられる。
羽織はふぅっ、とため息をついて剣を鞘に収めた。
世尊がパンパンと手を叩いて仕切る。
「さあさあ、こんな事している場合じゃないぜ。 さっさと山賊を連れて行ってアリドの無実を晴らさなきゃ」
「でも大人数だぞ? どうやって連れて行く?」
考える羽織に、清流も口を出す。
「それ以前にここがどこか分かってるのかい? ぼくたちは羽織が陽炎の剣で空間を切り裂いた時に掴まってついてきただけだからどこか分からないし」
「そういやここってどこなんだ?」
彼らの言葉を聞いて山賊頭が呆れたように答える。
「ここは南の森の奥さ。 城下町までは半日かからぁ」
半日。
「半日ぃ?」
世尊が驚いて声をあげた。
「さっき外にいる奴らを捕まえるために外に出たら、日は昇り始めていたぜ? もう夜は明けてるだろうぜ。 ……待てよ、アリドの裁判って――」
「午前中いちばん」
リトは目の前が真っ暗になった。