第4話 彼が8人目
二人は一息つくと家を出た。 そして教会へ進む。 あちこちに点在している家からもぼちぼちと人が出てきている。 みんな祭に参加するのだろう。 リトも胸がドキドキする。 なんと言っても秘密の会場でのお祭りだ。 リトはその祭には参加したことが無い。 知らない人も大勢いるし緊張して当然だろう。
弓は教会の前まで来ると表に置かれている紙に左手をかざした。 紙が緑色に妖しく数秒間、光る。 リトもどうぞと弓に言われてリトは同じように左手をかざす。 紙が発光する。 真っ白な紙の上にリトの名前が浮かび上がって、消えた。
「確認してるのよ」
弓がそう言って教会の扉を開ける。 教会の中は人でごったがえしていた。 小さな教会な
ので村人全員が入ると本当に一杯、という感じである。
「座ろう」
弓に勧められて二人は後方の長椅子に座る。
「時間になったら司祭様が祝詞をあげて秘密の部屋への入り口を開けるわ。 それまではここにいなきゃいけないの」
弓が説明する。
リトは周囲の人を見回してみた。 ほとんどがリトの両親と同じくらいかすこし上くらいの夫婦だらけだった。 リトにとってはおじさんおばさんばかりである。 老人も少なくない。 しかし村人はみんな親族のように仲良く談笑している。 祭壇近くには先日祭で見た占い師の少年や黒髪の少年らが固まって何やら楽しそうに話している。 弓は特別にその集団に加わろうともしなかった。
さっと教会を見回してみると一目で分かるはずの巳白とアリドの姿が見えない。 あんなに目立つ二人だ、見落とすはずがない。
「アリドいないね」
リトはそう弓に言った。
「多分遅刻。 というか始まる時間すら覚えてないんじゃないかしら。 巳白がきっと呼びに行ってるんだわ」
毎度のこと、という感じである。
表で五時の鐘が鳴る。
祭壇にいた司祭様が手元の羊皮紙をじっと見る。
「まったく。 やはりアリドは遅刻か。 ……来意、あとどの位じゃ」
すると来意が迷わず答えた。
「巳白と一緒にあと……5秒」
リトがその言葉を聞いて、え?と思った時だった。
「遅れましたっ!」
巳白の声がして背後の扉が開く。 アリドも一緒だ。 アリドはまだ寝ぼけた目をしていた。
「ご苦労」
司祭はにっこりと笑うと扉の側まで行き、きちんと扉の鍵を閉めお札を貼った。 そして再び祭壇の所まで行き捧げていた供物と巻物に祈りを捧げると茶色の巻物を手にして壁に行く。
「いざ秘密の部屋よ巻物と空間を繋ぎ賜え」
そう呪文を言って巻物を壁にかけて手を離す。
巻物はするするとほどけまるで扉のように壁にぺったりと付く。
司祭は巻物を叩いて音を確かめると左端の中央にあるへこみに手をやりカタカタと軽く揺らす。 カコンと板が外れるような音がして巻物が扉のように内側に開く。
「さぁ皆の者、入られよ」
司祭が言う。 すると側にいた者から順に巻物がかけてあった壁へと入って行くではないか。 それは不思議な光景で、巻物が剥がれた所には壁しか見えなかった。 しかし人がそこに来るとまるで溶けていくように壁に入って行くのだった。
みんな慣れているのだろう。 すいすいと入っていく。
リトは思わず弓の手を握った。 弓がちょっと驚いて顔を見る。
「大丈夫よ。 一緒に行こう?」
弓はリトに優しく言うとリトの手を引いて行った。 弓が先に壁に立つ。 そして何も恐れずに壁の中へと入っていく。 リトと手はつないだままだ。 弓の姿が半分ほど壁の中に入るとリトが見ていた目の前の壁がすうっともやが晴れるように色を失い、そしてその向こうの空間を映し出した。 板張りの普通の部屋のようで、先に入った村人は思い思いの席に座っているようだった。
部屋の中が見えれば恐れることは何もない。 リトは安心して弓の後に続く。 壁をすりぬける時変な感じがするのかと思っていたが、なんら普通のドアを使って部屋を移動するのと変わりはなかった。
部屋の中に入るとそこはなかなか広い空間だった。 奥行きがある長方形の部屋で、前方になる奥の壁には村旗らしきものが飾られている。 長机が縦に二列並んでおり、上には葡萄酒やらビールのジョッキやら御馳走が所狭しと並べられている。 机の片側に10人ほど座れるように座布団が敷かれており、空いている席に順次座る。
部屋の左側には別室があるようでそちらからは料理を作る音が聞こえてきた。 女衆がそこに出入りしては酒や果物をこっちの部屋に持ってくるのでおそらく厨房があるのだろう。天井は高いドーム型になって開放感に溢れていた。 長机は部屋の中央に配置されているがなにぶん部屋が広いので、余裕を持って置いてあるにもかかわらず周囲には義軍が走り回ったり全員が、ざこ寝しても十分な広さはあった。
リトは入ってきた場所がどうなっているのか見た。 こちらから見ると薄い膜がかかったように教会の中が見えた。
「全員入ったな。 では空間を閉じるぞ」
そう司祭様が言って巻物を持ったまま中に入ってくる。
「ね、弓。 ここから外に出るにはどうしたらいいの?」
リトは思わず尋ねた。
「そこからさっきみたいに普通に出入りできるわよ。 祭の名簿に載っていない人は入り口も見えないし入ることもできないけど」
それを聞いてリトは安心した。
「おーい。 弓。 リト。 こっちこっち」
弓を呼ぶ声がした。 アリドだった。
見ると厨房に近い左側の机の前方に彼らは固まっていた。 アリドは机の右側にいて手を振っている。 見ると奥側になるアリドの隣が空いているらしい。リトと弓はそこまで行くと、弓は隅に、リトは弓とアリドに挟まれる感じで前から二番目に座った。
リトはアリドの隣で少し胸が高鳴っていた。
席に座るとアリドは左隣に座っている巳白と話し込んでいる。 もうすこしかまってくれたらいいのにとリトは思った。
そしてリトは弓の正面に座っている少年に視線を移した。
長い黒髪を一房だけ伸ばした少年である。 少年はリトにはほとんど興味がないらしく、弓に楽しげに語りかけていた。
そしてリトは少年の右隣、つまりリトの正面に座っている人物に目を向けた。
どうせなら知らない人と向かい合うより、弓やアリドと向かい合った方が気が楽だったなぁ……
などと思いながら少年を見る。
「え?」
少年を見る。
頭の回線がつながらないようなもどかしさを感じた。
「えっ、と……」
少年の方からリトにほほえみかけた。
「やー、りーちゃん」
乱れた黒髪で人なつっこい感じの
「王子ぃ???」
「そだよーん」
そこにいた人物。 それは誰であろう、デイ王子だった。
そう。 彼が8人目だったのである。