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第39話 三白眼の少年

 洞窟の天井はリト達の背丈の倍はありそうなほど高さがあり、馬蹄形の通路は二人並んで通っても十分余裕があった。

 少し進むと道が二手に分かれていた。 右手の通路がしいんとしていたのでまずそちらに進むと、先が何個かの部屋のように分かれており、毛布などが無造作に置かれていた。 誰も人はいないようだった。

 それで二人は来た道を戻り、今度は左の道へと進んだ。 登り下りをくりかえし、少し進むとがらんと広い空洞に出た。 空洞の下の方では松明が煌々と焚かれ、男達が数十人、宴を催していた。 中央に大きな岩があり、その上には絨毯が敷かれ、中央にえらそうな態度の男が鎮座しており、周辺は宝石などが無造作に積まれている。 数人の女が男達に酌をしているようだった。


 リト達がいるところから、その宴の場所までは7メートルほどの高さがあり、途中途中に段があり、一つの段を縄ばしごで上り下りするようになっていた。


「ねえ……何人いる?」


 そっと岩陰に隠れてリトが尋ねた。


「二十人……以上ね。 三十人はいないと思うけど…」


 弓とリトはごくりと唾をならした。


「オルゴールはどこかしら」


 リトはそう言って下の宴の場所のあちこちに置かれた宝物に目を走らせる。 だが、遠いこともありよく見えない。


「別のところに置いてある可能性もあるわね」


 弓が言った。



 

 男達の宴は大盛況だった。 酒が次々に丼のような椀に注がれどんどん飲み干す。 女の尻を撫で、低俗な会話をしてはまた大声で笑う。

 中央の台座の上に座る男は巨漢で、ここまで来る馬蹄形の通路をぎりぎりでしか通れないのではないかという位大きかった。 動物の骨で作った首飾りをし、猪のような鼻と、だるまのようなギョロリとした目をしていた。 そしてこれまたリトたちが一抱えできそうな位大きな椀に酒を手酌で注いではぐびぐびと飲んでいた。

 男達はかなり酔っていた。

 そして巨漢の男の背後で横になって寝ている少年がいた。

 年齢、背格好ともに、巳白やアリドと同じくらいのようだった。

 少年は山賊たちよりは小綺麗な服を身につけており、ただの旅行者のような感じすらした。

 その少年が、ゆっくりと体を起こした。 


「お? どうしましたか?」


 自分よりははるかに年下であろうその少年に、巨漢の男は丁寧に尋ねた。


「女のニオイがする」


 少年はぽつりとそう言った。


「女ですか? 女なら、ほら、あまりいいタマじゃあございませんがそちらに……」


 巨漢の男が酌をしていた女を指さすと「そうじゃない」とその少年が言葉を遮った。

 一気に、宴が静かになった。


「ど、どうしたんだろ? ねぇ……」


 リトが呟いた。

 今まで騒がしかった男達が一斉に静まりかえったのだ。 いままで聞こえていたの音楽でも歌声でもない男達の喧噪が、どうしていきなり消えるのか。


「しっ」


 悪い予感がして、弓がリトの口を塞ぐ。

 二人が息を殺して眺めていると巨漢の男の背後から若い少年が一人、中央に歩み出てきた。

 男は狐のように鋭い一重の三白眼で、柔らかそうで少し長めの短髪は艶やかに暗闇のような色を放っていた。

 弓が目を細めて男をよく見ようとした。

 そのとき、男の顔がいきなりリトと弓の方を向いた。


「!」


 弓が反射的にのけぞり、リトの手を引いて立ち上がった。 そして駆け出す。


「誰だ!」

「女だ! 女がいた!」


 他の男達もリトと弓に気づき、慌てて後を追う。


「リト! 急いで!」


 弓が急いで来た方向へと戻ろうとする。 しかし――


「!」


 弓は声もなく立ち止まった。 後ろを駆けてきたリトが弓の背中にぶつかる。

 リト達の前方、つまり入り口であり、出口だった方から男が一人、歩いてくる。 今度の男は先ほどの男よりもやや丸みのある三白眼で髪は背後の暗闇に溶け、そこを一筋、水が流れるがごとく一房だけ金の髪が光っていた。


「誰か入っていったとは思ったんだけれど」


 落ち着いた口調で男は言った。

 リトはその声を聞いて訳もなく背筋がぞっとした。

 男が一歩、一歩、近づいてくる。


「……ん?」


 男の歩みが、止まる。

 リトと弓を見て、男はなぜかたじろいだ。


「弓、こっち!」


 リトは今度は逆に弓の腕を掴むと奥へと走り出した。

 こうなったら、いちかばちかだ。

 リトはさきほどの開けた場所まで来ると、縄ばしごを使って登ってくる男達めがけて、飛び降りた。


「ぐあっ!」


 まず吹っ飛んだのは一人の男だった。 リトと弓はなんとか縄ばしごを掴む。 吹っ飛んだ一人の男はありがたいことに続いて登ってこようとしていた男のま上に落ち、その男も縄ばしごから手を離して、次の男の上に落ち……

 あっという間に5.6人の男が一番下まで落ちて団子になる。


「ヒュウ♪」


 一番最初にリト達の気配に気づいた少年が、驚いたとばかりに口笛を吹いた。 だが彼は一歩も先ほどの場所から動いていなかった。


「な、何をしてる!」


 巨漢の男が大声を上げる。

 リトと弓は段をほとんど飛び降りるように下っていくと男達のいる台座の前まで駆けていき、リトが叫んだ。


「騒がないで! 聞きたいことがあるの!」




「聞きたいこと?」

 面白そうに巨漢の男はくり返した。


「……」


 巨漢の男の隣で三白眼の男は何か思い出すように首をかしげながらリトと弓を見ていた。


「そ、そう、聞きたいこと」


 リトは少し震える声で言った。


「ふっ。 ふふふ」


 巨漢の男がふくみ笑いをした。


「なかなか良い余興じゃないか」


 三白眼の少年が呟いた。 そしてその場に腰を下ろす。

 巨漢の男も腰を下ろしてぺろりと舌なめずりしてから言った。


「いいだろう。 人のねじろにいきなり飛び込んできて偉そうな姉ちゃん達だが、きいてやろうじゃないか。 なんだ?」


 リトは言った。


「自動巻オルゴールはどこ?」

「自動巻?」


 男がくり返した。


「そうよ、とぼけたってだめなんだから。 あなたたち、山賊でしょう?」 


 リトが言い切った。 弓が周囲に目を配らせながら側に立っていた。


「山賊か」


 一回くり返してから巨漢の男は言った。


「ああ、俺たちは山賊だが、それがどうかしたか?」


 そして他の山賊達と一緒にわっはっはっ、と馬鹿笑いをする。

 三白眼の少年は唇の端を微かに持ち上げて笑っただけだった。


「な、なら、一昨日、南の森でオクナル商人の馬車を襲ったでしょう?」 

「オクナル……? さぁ〜、俺たちは盗んだ相手のことなんて考えてないからそいつが誰だかシラねぇけど、確かに一昨日、一仕事したなぁ」


 そして別の男がはやす。 「けっこぅ儲けましたよねぇ〜」

 そして、きゃっひゃっひゃっ、と山賊達は笑い出す。

 下品な笑い方だった。

 その時リト達の背後から、一人の山賊がこっそり縄を持って近づこうとしていた。 リトも弓も気づいていなかった。

 その男は投げ縄が得意なのだろう、指先で軽く円を描きながら、端に石がつけてある縄を揺らし、それを投げてリト達の動きを封じるつもりらしかった。

 男が背後から縄を投げた。 縄は回転しながらリトと弓に向かう。 縄は足にぶつかり、反動でその足をぐるぐる巻きにした。


「やったあ!」


 と、縄投げ男が声を上げる。

 しかし。 弓とリトは振り向きはしたものの、その足は縛られていなかった。


「ん? 何かな?」


 足を巻かれた人物が言った。

 もう一人の、三白眼の男だった。

 その男はいつ側に近寄って来たのだろう、リトと弓のすぐ後ろまで来ていた。 煙草から紫煙をくゆらせ、まるで猫でもじゃれたかのように足下の縄を見つめていた。

 しっかりとまきついたはずの縄なのに、男が足を軽く揺らすと切れたゴムのようによれよれと地面に落ちた。


「何をするんだ!」


 縄投げ男が激怒した。 しかしもう一人の三白眼の男は気にもせずに煙草の煙を吸い込む。


「俺はこの余興の続きが見たかっただけさ」


 そう言ってゆっくり落ちた縄を拾うと縄投げ男に向かって投げる。


「んぐぁっ」


 男の悲鳴と、男が自分の縄でぐるぐる巻きにされて倒れるのはほぼ同時であった。


「さってと、とにかくこのお嬢さん達が何をどこまでやるのか見てさしあげようや」


 もう一人の三白眼の男は半ば呆然と見つめているリト達の横をゆっくりと通って山賊の頭のところまで行き「な、頭」と声をかけ、山賊の背後にいるもう一人の三白眼の少年の隣に行くと腰を下ろした。

 リトと弓は無意識にもう半歩づつお互いに寄り添った。

 三白眼の男達は顔立ちがよく似ていた。 おそらく、兄弟だろう。 そしてリトは、なぜだか彼等とどこかで会ったことがあるような気がした。


「ほら、お嬢ちゃんたち、尋ねるんだろ?」


 今座ったばかりの男がそうもちかけた。


「あ、やっぱり兄さんもそう思う?」


 その受け答えから、最初からいた男の方が弟のようだった。


「え……えっと」


 リトが気をそがれてしどろもどろになる。


「オルゴール。 緑色のオルゴールよ。 あるはずだわ。 出して」


 慌てて弓が代わりに言う。


「緑色のオルゴール?」


 山賊の頭がくり返した。 心当たりはあるような表情だった。 ところが後ろの三白眼兄弟が揃って言い出した。


「あったな、緑色のオルゴール。」

「あったあった。 確かほら、あの端のほうに置いてある宝箱の中じゃなかったっけ?」


 そしてご丁寧に場所まで指さす。


「も……持ってきて、見せて!」


 リトが言った。

 山賊の頭はちらりと背後の男達を見ると何か言いたそうにしながらも、部下に命じて箱を持ってこさせる。

 そして部下の男達が二人ががりで箱を台座の上に上げようとしていると弟の方の三白眼の男がじれったそうに、手元にあった燭台を運んでいる男の足下に投げつけた。

 「わっ」山賊はバランスを崩し、宝箱を落とす。 宝箱は鍵がかからないほど沢山ものが詰め込んであったのでザラザラと音を立てて中身が床に散らばった。


「何をする!」


 流石に山賊の頭が血相を変えた。 しかし三白眼兄弟達はどこふく風だ。


「ちんたらちんたらやってるからさ」


 などと笑ってすらいる。


「この人たちって、仲間じゃないの?」


 リトがこっそり言う。


「分からないわ。 でも……」

「おーい! お嬢ちゃん達、それじゃねぇの? 探しているものは」


 弓の言葉を遮り、三白眼兄が床を差す。

 沢山の宝石と一緒に散らばった数々の品物の中に、緑色の花模様の小箱がひとつ。


「あった!」


 リトは思わず駆け寄り、その箱を手にする。 リトがハルザから受け取ったものと全く同じ形の、自動巻オルゴールだった。


「良かった……」


 リトはそう言って自動巻オルゴールをぎゅうっと抱きしめる。


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