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第37話 やらないか?

 リト達が部屋に戻って暫くすると、各部屋に伝令が来た。


「本日は女子大浴場が故障の為、男子浴場を一時間だけ借り入れます。 よってみんな速やかに今からお風呂に入りに行くように。 出入り口は一階のボイラー出入り口から入ります。 兵士居住区には入らないので安心して下さい。 兵士居住区から大浴場への通路は軍隊長が封鎖して下さるので安心です」


 とのことだった。

 リトと弓は顔を見合わせた。


「と、いうことなんだけど、リト達はどうする? この一時間で入らなかったら今日はもう入れないことになるけど」


 伝令のノイノイが尋ねた。


「今日はやめておくね」


 弓達は答えた。

 ノイノイは滅多に無いチャンスだからと誘ったが、体調不良だと言って二人は断った。 

 ほどなくして廊下が騒がしくなる。 みんな入浴の用意をして4階のフロアーに集まっている。 女官長が取り仕切り、全員まとめて連れていくようだ。

 少女達はいつもと違うシチュエーションできゃあきゃあ言いながら階段を下っていった。



 兵士居住区の中、一階の大浴場に通じる階段の前には、ボルゾン軍隊長が立っていた。

 仁王立ちをして、一人も通さないつもりだ。

 そして近くの壁に隠れて、大勢の兵士がうらめしそうに覗いていた。


「ちっくしょう……あそこに隊長がいるんじゃ覗けないじゃないか……」

「女官が全員揃って男子浴場で入浴だなんて、今後一切あり得ないシチュエーションなのに……」

「俺たちのボイラーが壊れた時は水でもあびとけ、だったのになあ」

「差別だ……」


 ぶつぶつと女々しい限りである。


「ここにいてもいーもんは見られないと思うんだけどなっ♪」


 背後でデイの声がした。


「王子!」

「王子、ご無事でしたか」

「先ほどは良き品、ありがとうございました。 あの〜金は……」

「ああ、金はもーいーよ。 タダでやるよ。 でないとせんせーがウルサイから」


 デイはさらりと言う。 兵士は出しかけた紙幣を懐にさっさと直す。


「して、王子。 ここにいても……ということは他の所ではいいことが?」


 兵士の一人がこっそりと尋ねる。

 デイがフフン、と偉そうに鼻をならす。


「ここにいたってさ、結局は軍隊長のしかめツラ見てるだじゃん? それより一階のボイラー室前のフロアーでたむろしていた方が、風呂に入ってる女官達の声も聞こえるだろうし、湯上がりの女官も見れるじゃん?」

「湯上がり!」

「声!」


 兵士が興奮しだした。


「湯上がりといえば部屋着!」

「部屋着といえばネグリジェ!」 

「ネグリジェはスケスケ!」


 いや、それはないだろうとデイは苦笑した。


「風呂上がりの火照ったピンク色の肌や……。」

「おおお!」

「上気した頬! 洗い髪をタオルでまとめれば白いうなじ!」

「おおおお!」


 兵士達はエキサイトする。


「こうしてはおられん。 いざ、ゆくぞ、お前達!」


 かけ声を上げたのは他ならぬ分隊長クラスの者だったりする。


「おおおおお!」


 兵士も拳を突き上げ、一気にヒートアップすると兵士居住区を出て一階へと向かう。

 後に残るはデイひとり。


「さて次は」


 デイはさっさとボルゾン軍隊長の側に行く。


「王子! いけませんぞ、今は女官が入っております。 お通しは出来ません」


 デイを見てボルゾン軍隊長がそう告げる。

 デイは困った顔をしながら歩いてくる。


「……通さないとかいう前にさ、どうせ、せんせーが術をかけてない? 通り抜けようとしたら気絶するとか」


 ボルゾン軍隊長の眉がぴくりと動く。


「ビンゴっしょ。 だから俺は今回は諦めたんだ。 でもなあー、俺よりヤバいのがいるんだよね」


 伏し目がちにデイが言う。


「どういう事ですかな?」


 ボルゾン軍隊長が問いかけた。 デイは言いにくそうにちらちらと見る。


「王子から聞いたとは申しませんぞ?」


 ボルゾン軍隊長の言葉を聞いて、やっとデイは口を開く。


「――という訳で、兵士のみんな、一階に行っちゃったんだよね」

「声や湯上がり姿を見るためにですか……。 あいつらは。 ……しかし、それなら別に何も問題はないのでは?」

「甘いなあ。 軍隊長。 大浴場は一階だぜ? オレのせんせーが大浴場に入ったとき、どうなった?」

「どうって……」


 デイは指をびしりと立てて言った。 


「間違い無いね、兵士のにーちゃん達は女官達と同じで外に出て、大浴場を覗く! 間違いない!」

「しかし、見えないのでは?」

「はーダメダメ。 外からは見えなくても中からは見えるんだぜ? どー思う? 中に入ってる女官達が窓ごしに外を見たら鼻の下のばしたエロエロ顔の兵士がずらーりっとならんでこっちを見てるんだぜ?」


 デイは片手を引き戸を開くように左から右へと滑らせて言う。


「むむ……」


 ボルゾン軍隊長の額に汗が浮かぶ。


「ここはどーせ放っておいても誰も通れないっしょ? それより兵士が裏庭に出ないように出入り口を監視していた方がずーーーーーーっといいと思うけど?」

「むむむ……」 

「兵士のにーちゃんたちも、みーんなあそこがマジックガラスだって知ってるのかなぁ? もーしかしたら、知らなくて、外に出てみたらおや不思議、大浴場に人の姿が見えない。 これはしめしめ、ちょっと湯船にでももぐって隠れて覗こうか、前の池を泳いででも窓を開けてみようかなんて馬鹿がでても不思議はないよね?」

「ぬおっ! ……王子。 おっしゃるとおり、ここは術がかかって通れません。 よって自分は一階の出入り口の監視に行きます!」


 言うが早いか、ボルゾン軍隊長は駆け出す。


「いってらっしゃーい。 くれぐれも軍隊長も裏庭に出ないで中で監視するんだよー? 裏庭に出て軍隊長がチカン扱いされたら笑い話じゃーん」


 にこやかに手を振りながらデイが見送る。

 そして、ボルゾン軍隊長の姿が見えなくなると、証拠品室へと向かう。 証拠班室の入り口には昨日とはまた別の兵士が二人、立っていた。


「オツカレ〜♪」


 軽く手を挙げて近づく。


「王子」


 兵士が敬礼する。


「ときにさぁ」


 デイはもったいぶってきょろきょろと辺りを見回してから言う。 


「女官が男子大浴場に入るなんてすごい事だよねー」

「はい」

「覗きたくない?」

「は? い、いえ、しかし隊長が……」

「今、軍隊長はハラを壊したのかな、持ち場離れてるよ」

「本当ですか?」

「マジマジ。 今なら行けるって。 行こうぜ?」


 兵士達は顔を見合わせる。

 兵士の動揺を見てデイは一気にたたみかける。


「今のがしたら、絶対一生こんなチャンスないよ? 軍隊長もあんまり長い時間は離れていないだろうから迷ってる暇は無いって。 それでも迷うの? そんなんじゃ彼女できないよ? ウチのせんせー見てみ? 行動力あるだろ? だからモてんだよねー?」

「こ……行動力のある男……」

「も……もてますか?」


 兵士達がごくりと唾を飲む。


「どうする? 兄ちゃん達、この千載一遇のチャンスを見逃すか、それともモノにして男のレベル一つ上げるか? さあさあさあ! やらないか?」


 デイの威勢の良さに兵士は覚悟を決めた。


「行きます!」

「自分もです!」

「よーっしゃ、じゃあ善は急げだ、レッツ、ゴー♪」


 兵士二人はデイのかけ声に乗せられて駆け出す。 角をまがって――


 ドキャベキャ


 人の倒れる音がする。

 デイがそっと覗くと階段の前で二人の兵士はものの見事に魔法にかかり、失神していた。 ゴメン、と、デイは手を合わせる。

 手を合わせ終わるとデイの目が光った。


「これで兵士居住区は安全だぜ。 頑張れ、りーちゃん」


 そして。


「俺は一階で一緒に湯上がり女官を待っておこ〜♪」

 両手を広げて踊るように軽やかに、デイは兵士居住区を後にした。





 リトは再び壁伝いルックで女子大浴場にいた。


「じゃあ行こうかな」


 二度目となれば慣れたもの? 5階から弓が再びロープを下ろし、リトは降ろされたロープを握って4階の窓から外に出た。

 ロープを握ったまま、一歩、一歩、凹凸に足をかけて下っていく。


「今度は簡単にいきそ……」


 リトがそう漏らした時だった。

 ツルッ!

 外は既に暗く日も落ちていたせいもあり、右足を置いた石から足の指が滑った。


「ひっ!」 

「リトッ!」


 リトと弓が声にならない悲鳴を上げる。

 しかも丁度、風が吹き、ロープがきりもみ状態になる。

 リトの手がローブから外れた。


「!」


 リトの体が真っ逆さまに落ちる。


 ――と、思った。

 少ししか、落ちていない。


 丁度デイから借りたズボンの腰についていた金具の飾りがロープがきりもみになったことでからまっていたのだ。


「あっ、危なかった……」


 リトが息を吐いた。

 すると隣にするするとロープがもう一本降りてくる。

 上を見ると、弓がロープをするすると下ってくる。 弓は想像以上に身軽だった。 しかし丁寧に確実に降りてくる。

 弓はリトの隣まで来ると上手い具合に足下のロープを足先に二度ほどまいて足場にし、リトに手を差し出す。 


「平気?」

「へ、平気平気。 ……どうしたの? このロープ」

「分かんない。 さっき直しに行ったらロープがもう一本あったのよね。 デイが前に使ったのかしら?」


 リトは洗面器投げつけ事件の事を思い出した。

 あいつはまたやろうとしていたのだろうか?

 そんな事を考えながらリトは弓の手をつかみ弓を支えにして体勢を戻し、ロープに引っかかった金具を外す。

 もう目の前は、証拠品室の窓であった。

 リトは弓の顔を見て頷き、そっと窓を開ける。 そして中に入り、ばれないように元々あった場所にそっとオルゴールを置く。

 そしてあたりを見回して、――頷いた。

 窓の外には不安そうに見つめる弓の姿がある。

 リトはさっさと窓から出る。


「大丈夫?」

「大丈夫」


 リトは笑う。


「さ、部屋に戻ろう?」


 そして二人はロープを握りしめ、壁を登っていく。

 リトより少し先に進んでいた弓が「!」と小さな悲鳴を上げて止まった。


「……どうしたの?」


 場所は3階の窓のところだ。

 リトはそこまで登って――

 同じく、止まった。

 ガラス一枚隔てて、そこにラムールの姿があった。

 ラムールがこっちを見ている。

 しかもガラスに手をついて、じっと見ている。

 遠くを。

 遠く?

 リトと弓は顔を見合わせた。

 まだ登りかけなのでラムールの胸の辺りまでしか二人は来ていなかった。 しかしもし見えているならラムールにとっくに気づかれていい距離だった。

 リトが手を伸ばして左右に振る。

 ラムールに変化は見られない。


「見えてない?」


 リトは口をぱくぱくさせて弓に言った。 弓も頷いた。

 マジックガラスを逆にはめたのだから、見えなくて当然とは理解できていたが、やはり窓ガラスの向こう側に人がいるのに気づかれていないというのはとても妙な気持ちだった。


「行こう」


 リトがそう言うと弓も頷き壁を登る。

 窓の所はガラスを足場にしなければいけないが、気づかれるような感じはしない。

 見えているなら、ロープが垂れているのも気づいているはずだ。 しかし何の反応もないのだから。

 二人はゆっくりと登った。

 ガラス一枚隔ててラムールの顔と二人の顔が接近する。

 ラムールはガラスに寄りかかり、少し斜めになって外を見ている。

 リトと弓はいつ気づかれるのかと心臓がばくばく鳴る。

 しかし、ラムールは気づかない。

 まるで彫刻のような、美しい顔で外を眺めている。

 美しい、顔で。

 リトと弓はその表情に思わず見とれてしまう。

 きめ細かい肌も、澄んだ瞳も、艶やかな髪も。

 喜怒哀楽、どの表情もその顔には浮かんでいないが、美しかった。


「綺麗……」


 思わず、リトは呟いた。


「本当ね……。 私も、こんな近くでラムールさんの顔をじっくり見たのって初めて」


 弓もため息混じりに呟いた。

 なのにその美しさはまるで大海原で深海を覗き込むような、底の知れない美しさというのだろうか、吸い込まれて命を取られてしまうような妖しさでもあった。


 この人は、何者なのだろう。


 リトは本能的にそう思った。 自分とは、次元の違う生き物のようだ。

 急にラムールが微笑んだ。

 リトと弓が体を硬直させる。

 ラムールはそんな二人には何の反応も示さず、くるりと部屋の方を見ると歩き出した。

 どうやら部屋を出るようだった。

 窓の外には一切興味を持たず、振り返りもせずに扉を開けて出て行った。


 リト達はラムールが出て行くのを見届けると慌てて4階まで登った。 幸い、誰も気づかなかったようだ。

 リトは4階の窓から入ったが、弓は屋上まで登っていった。そしてロープをたぐりよせてしまう。

 本当に弓が身軽なのでリトは正直、驚いていた。




 弓とリトが自分達の部屋に戻った頃、裏庭側の夜空に一つの小さな影が動いていた。 大きな翼を持った猫である。

 その猫はゆるやかに空中を旋回するとラムールの事務室の前で羽ばたいて空中で停止した。

 するとすぐに窓が開き、いつ帰ってきたのだろうか、ラムールが猫鳥を部屋に招き入れた。

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