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第36話 騒がしいですね

 弓に連れてこられたのは城下町の外の村だった。

 弓が糸を買い、帰り際に野犬に襲われた、あの村である。


「弓???」 


 リトが尋ねても、弓は言葉を発するのももどかしいようで、リトに説明もせずさっさと歩いていく。

 そして草原に立つ。


「私がリトと離れたのはこの辺りだよね?」


 リトは周囲を見回す。

 野犬に襲われて、リトが足をくじき、それを見た弓が野犬の気を引いて逃げ出した場所。


「うん」 


 リトは頷いた。


「そして私はこっちに来て……」


 弓はそういって、あの時逃げた大木の所へ来る。


「ここで、羽織様が出て……」


 くるりと向きを変える。


「羽織様が投げた石の方向は、あっち」


 弓の視界に一本の木が入った。


「来て! リト!」


 弓が駆け出す。 リトも慌てて後を追う。

 リトは大分離れたところの樹の側までくると、地面に座って何かを探し出した。


「何を探せばいいの?」


 リトは尋ねながら地面に手を這わせた。


「笛」

「笛?」

「犬笛よ。 きっと落ちてる。 あのとき、羽織様が投げた石がここに立っていた人に当たったとき、犬達が変な動きをしたの。 糸が切れたような。 それで……ずっと思っていたの。 何か合図を出していたはずだって。 犬に遠くから合図を与えるには、犬笛が一番でしょう?」


 犬笛。


「でも音なんて聞こえなかったよ?」

「人間には聞こえないレベルまで周波数を上げればいいのよ」


 弓はどんどん辺りが薄暗くなっていくなか、あちらこちらに目をやって必死に探す。


「絶対……ある……」


 弓の目は真剣だ。

 太陽はどんどん西の空に沈み赤々とした夕焼けの色がどんどん藍色になっていく。

 あとどのくらいで日没なんだろうか。

 リトはそう思って這いつくばったまま、夕焼けの方を見た。

 そして、この樹に立っていたんだから……と上を見る。

 幹を上へ目でたどっていくと、一瞬、違和感を感じた。


「あれ?」


 リトは気になってはいはいをして進み、違和感を感じた所を見る。

 幹の節の端。 自然に尖っている凹凸に、何か細い紐がからまっている。

 リトはそっとその紐を引っ張る。

 紐は簡単に幹から外れ、何かを後ろにつけたまま、揺れた。

 リトの指くらいの長さの、細い管のような、それ。

 管には穴が開いていた。


「弓……。 これ?」


 リトが弓に見せる。


「これは……犬笛! やっぱり!」


 弓の声が弾む。

 弓はポケットからハンカチを出すとそっと犬笛を包む。

 そして、ふうっと、自分を落ち着かせるように息を吐く。

 リトにも分かった。 弓は、きっとリトと同じ事を考えていた。


「……扉を、使うんでしょ?」


 リトは言った。 弓が頷く。


「山賊の住処を見つけに行くわ」





 そのころデイは、しっかりと反省文を書かされていた。

 しぃんと静まった部屋にカリカリとデイの走らせる万年筆の音が響く。

 ペンを走らせながらデイはちらりとラムールの方を見た。

 ラムールにしてはめずらしく、窓際に突っ立ってぼうっと窓を眺めていた。 何か考え事をしているような、何も考えていないような。


 と、思うと 

「手が止まりましたよ」 

 こちらも見ずに注意をする。


 ふと、ラムールが何かに気づいて天井を見た。


「騒がしいですね」


 デイも天井を見る。 この事務室の上は確か女子大浴場のはずだが。

 確かに妙にきゃぁきゃあと騒がしかった。

 間もなく事務室の扉がノックされた。


「ラムール殿」


 女官長だ。


「どうしました?」


 ラムールは扉を開けると女官長に部屋に入るよう促した。 ところが女官長は入らない。


「実は女官居住区の浴場が壊れたみたいでして、水しか出ないのです。 それで一階の男子浴場を開放していただきたいと思ってるのですけれど……」


 ラムールは腕を組んだ。


「水まわり関係は魔法でもどうにもなりませんね。 よろしい。 ボルゾン軍隊長と話し合って時間を分けて入浴できるようにしましょう」

「お願いします。 ボルゾン軍隊長は兵士居住区の居室にいると思います。 流石にそこまで私は入れませんので……」


 女官長は頭を下げた。


「と、いうことで、私はボルゾン軍隊長と話をしてきます。 しっかりと反省文の続きは書いておくように」


 ラムールはそう言い残して女官長と部屋を出る。

 足音が遠ざかるのを聞いてからデイはさっさと事務室を抜け出す。

 軍隊長に話をするのなら、二人は二階だ。 そう考えてデイは階段を駆け上り4階に行こうとする。


「デイ!」


 背後で聞き慣れたリトの声がした。

 振り向くとリトと弓が階段を登ってくる。

 デイは慌てて駆け寄る。


「りーちゃん!」

「デイ! さっきはありがとう! 大丈夫? ラムール様に大目玉じゃない?」

「平気平気。 騒いでいただけだからさ」


 デイはリト達を心配させないように、にっこりと笑う。 そしてすぐ真剣な顔になって尋ねた。


「ところで例のヤツは手に入ったの? りーちゃんのだった?」

「うん。 やっぱり私のだった。 アリドはやっぱり山賊なんかしてないのよ」

「やっぱりな。 じゃあ後はハルザ婦人が帰ってこれば完璧な訳だ」

「うん。 あと、もう一回アレをあの部屋に帰して来なきゃ」


 そうだな、無いと明日またややこしくなるな……と言ってデイが考えた。

「もーいっかい、まかせて」

 デイがにこりと微笑んだ。

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