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第35話 知らないとはなんて恐ろしいことかしら

 時間は刻々と過ぎていった。

 当然その日は午後の手伝いは休んで、何か手はないかと考えていた。

 そろそろ夕方になり、手伝いに行っていた少女達も少しずつ帰ってきた。


「ただいま」


 疲れた顔をしてルティが帰ってきた。


「ルティ! どうだった?」 


 弓が尋ねた。 ところがルティの表情は暗かった。


「ダメだった。 修理に出したのは、今日。 リトがアリドのいた宿に行ったのは、一昨日。 昨日はアリド、何をしていたのかしら、どこでも誰にも見られてないよ。 ホテルの人も、アリドはリトが入ってきた時に会った後からは食事も取りに来ないで今日の朝まで姿は見なかった、部屋にいたとは思うがはっきりとは分からない……って」

「そう……」 


 弓がうつむく。 ルティはため息をつきながらベットに座る。


「あれ?」


 ルティの視線がリトの持っている緑色の箱にうつる。


「それって……」

「あっ、ああ。 これね」


 リトがそっと箱を開ける。


 ポロン♪

 と音が鳴る。


「リトッ!!!!」


 大声を上げてマーヴェが扉を開けて入ってきた。

 その声にリト達は飛び上がって驚き、思わず蓋を閉める。 マーヴェはさっさと部屋の鍵を閉め、ひくひくと笑いながらリトの側まで来た。


「それはどういう事ですの?」


 勿論オルゴールのことだろう。


「証拠品室から持ってきちゃった……」

「そんな事ぐらい見れば想像つきますわ」


 あっさり、言い返される。


「私が言ってるのは、どうしてここでそれを鳴らします? って事ですわ」 

「へ?」

「嫌だわ。 そんな事も分かりませんの? どなたかがそのオルゴールの音色を聞いて、自動巻オルゴールの音色だと気づいたらどうなさるおつもり?」

「あ」

「証拠品室に本当があるのか確かめに行くかもしれませんわよ?」


 しかし……


「音色で自動巻オルゴールってわかるものなの?」


 リトの問いに逆にマーヴェがきょとんとした顔をする。


「あなた方、分かりませんの?」


 弓も、リトもルティも、揃って首を縦に振る。


「本気でして? あの、自動巻オルゴール独特の澄み切った淀みのない、永遠に流れる川のようになめらかな音色と、手巻きオルゴールの雑でいてそれで味わい深いあの音と、区別がつなかいと????」


 信じられないというようにマーヴェは目を見開く。


「マーヴェと違って凡人の私らにゃ分からないって」


 両手をお手上げの形にして言ったルティは、多分、呆れてたのだが、マーヴェのプライドを逆にくすぐってしまったらしい。


「……ま、まぁ、そうかもしれませんわね。 こういう芸術的価値の高い物を見分ける力は育ちで差がでますし、私だから気が付くのかもしれませんわね。 オホホ」 


 と、上機嫌である。


「それで、どうやって持ってきたのかは知りませんけど、早いところ証拠品室に戻した方がよろしくてよ。 もうリトのものだって確信は得たのでしょう?」

「ああ、そうだね。 それはマーヴェの言うとおりかもしれない」


 ルティも頷く。

 そしてリトと弓の浮かない顔に気づく。


「どうした? まさか盗難品だった訳じゃないでしょ?」 

「違うとは思うんだけど……自信はないんだよね……」

「どうして?」

「だって、これと同じものはもう一つあるんでしょ? 私も貰って日が浅いし、大切に扱っていたものだから、傷をつけたとか、これっていう決め手がなくて」


 ルティは腕組みをした。


「そっか……。 何か方法はないの?」


 弓が代わりに答える。


「無いことは無いんだけども、危険だから私が止めて、って言ったの」

「そっか……。 どうしよう……」

「?」


 一緒に頭をひねるルティとは対照的に、マーヴェだけがよく分からない顔をしている。


「? ……どうしたのマーヴェ?」


 眉をへの字にして首をかしげるマーヴェにルティが尋ねた。


「私……分からないのですけど」

「いやそれは、私たちも」

「そうではなくて、これって、リトのでしょう?」


 マーヴェは箱を指さす。


「そうだろうと思う」


 リトは答えた。


「リト、あなた何度もこの音色を聞いたのでしょう? 今も聞いたのでしょう?」


 マーヴェが問いただす。


「うん聞いた。 でも……」


 リトの言葉を遮って、マーヴェが言った。


「メロディは同じだったのでしょう?」

「メロディ?」


 マーヴェを除く三人は揃って声を上げた。

 その顔を見て、マーヴェが再び頭を抱えた。


「リト、もしかしてあなた、ご存じなくて?」

「え? 何を? メロディ? メロディくらい分かるよ? 何度も聞いたモン。 同じメロディだったよ。 今の方が修理された分ちょっと音色がいいかなーって気はするけど」


 少しは違いが分かるのよ、と思いながらリトは答える。

 しかしマーヴェは、はあっと深いため息をつく。


「知らないとはなんて恐ろしいことかしら。 いい? その自動巻オルゴールはなぜ世界に二つしかないと思う? 同じ物なら世界に一つで十分じゃなくて?」

「うん」

「自動巻オルゴールっていうのはね、止まることなく同じ速度で流れるから意味があるのよ。 あの自動巻オルゴールは二つで対になっていてね、一つでも勿論楽しめるのだけど、……ほら、ちょっと渡してごらんなさい」


 マーヴェが手を出すのでリトはオルゴールを渡す。 

 マーヴェはオルゴールの箱の右の面を見せると言った。


「ここね。 花模様の飾りが浮き彫りになっているでしょう? もうひとつの対になったオルゴールの箱の左面とかみあうようになってるの。 そしてかみ合ったとき、蓋が同時に開くと二つの音色が一つのハーモニーを奏でたり、新たな音楽になるのよ。 それが自動巻オルゴールの最大の醍醐味なのよ」


 リトはマーヴェからオルゴールを受け取る。


「ということは……」

「お分かり? 形が同じでも音色やメロディは必ず違わなければ意味がないのよ。 リト、あなたが今持っている自動巻オルゴールの音色が、デュッシー婦人から貰ったものと同じだというのなら、それは間違いなくあなたの貰ったオルゴールなのよ」


 空気が、すっ、と軽くなったようだった。


「マーヴェ!」


 リトは思わず抱きついた。


「すっごい、マーヴェ、物知りっ!」


 リトに抱きつかれてマーヴェは顔を赤くする。

 弓とルティも感心してぱちぱちと拍手をした。


「……ま、まぁこの位、何て事ありませんわよ。 そ、それより早くこれを返してこないと!」


 リトはちょっと考えた。


「えーっと、今は他の女官達もいるから、夜にこっそり返してくる」

「夜?」


 マーヴェとルティが驚いて声を上げた。 


「あまり遅くなると呼び出しに応じてもらえないわよ? 早く行った方がよろしくない?」

「そうそう。 持ってきてくれた人もこっそり返さなきゃいけないだろうから、相手の都合も考えて早めに持っていってあげなさいな」


 弓とリトが今度は顔を見合わせる。

 どうやらルティ達は、リトが直接これを窓から入って証拠品室から取ってきたなどとは思いもせずに、誰か兵士の中の協力者が手伝ってくれたのだろうと思っているようだった。


「えー、っと、そ、そうね」


 リトは頷いた。

 仕方がなかったとはいえ、あんまり堂々と説明できない。 だって泥棒そのものだから。


「よろしい」


 満足そうにマーヴェが微笑んでオルゴールに目を向ける。


「でも……これが本物なら、どうしてアリドはわざわざ自分が盗んだと言ったのかしら。 素直にリトから預かったと言っても良かったでしょうに……」


 マーヴェが呟いた。

 そしてその問いに応えたのはルティだった。


「それなら……なんとなく、分かる。 きっとアリドはこのオルゴールがとても貴重なものって知って、リトをかばったんだよ。 そこでリトから貰ったと言えばリトが疑われる。 リトが何かのトラブルに巻き込まれたと思ったんじゃないかな?」


 静かに言うルティを見ながらマーヴェは首をかしげた。


「そんなものかしら。 アリドがそういう人なのか私には分かりませんけれど」

「私は、アリドがそういう人だって知ってるから」


 ルティはそれでも、静かに、しかし自信を持って言った。

 ルティはアリドの事を知っていた。 アリドもルティの事を信用できる、と言っていた。 二人は過去に何らかの接点があったのだろう。

 リトはそう思った。

 マーヴェは納得したのか、もうこの話は無かったとばかりにオルゴールをリトに渡した。


「さて私はもう一度自宅に帰ってぎりぎりまでご婦人の行方を捜しますわ。 そして一日でも早くお戻りになられるよう使いを出して」


 マーヴェは自分のやるべきことを反すうした。 そこでルティが言った。


「ああ、やっぱりまだ見つけきれてないんだ」


 少し嫌そうな顔をしてマーヴェは頷いた。


「各方面の親戚に尋ねているのですけど……。 電話などのすぐ連絡のとれるところに婦人がいらしたらいいのだけれど、全くそれらしい人物の旅をしている姿をどなたもご存じないのよ。 宿屋教会の理事も従姉妹の伯母がやっているから手配したし、渡し船や旅客船連盟にも知り合いがいるので調べてもらってるのだけど……。 ごめんなさいね、良い知らせでなくて」


 ううん、とリトは首を振った。

 その気持ちだけで嬉しい。


「だから今晩は自宅に戻っていようと思って。 それで手続きをしに白の館に戻ってきたのよ」


 マーヴェは、握り拳を二つつくって、よし、と気合いを入れると「ごきげんよう」と何事もないかのように微笑んで部屋を後にした。

 そしてルティも、もう少し何かできないか考えてみる、と言って部屋を後にした。

 そして部屋にリトと弓、二人だけになった。


「デイは……来ないね」

「うん」


 ずっと気になっていた事をリトが尋ね、弓も頷いた。

 リトは証拠品室で探している間、ずっとデイが騒いで音をたてていてくれたこと、ラムールが来たこと、デイが爆竹を鳴らして、自分が部屋を抜け出す手助けをしてくれたこと――を話した。


「ホント助かったの。 何か色々入っている箱をね、落としちゃって。 きっとデイが騒いでいてくれなかったら気づかれていただろうな、って思う」

「うん」

「だってあそこって、倉庫みたいな感じで。 訳が分からないものが沢山あるんだよ? カツラとか口紅とか。 笛や太鼓や……ああ腹話術人形みたいなのもあった。 あれは絶対、余興用ね。 何の証拠品よって感じだった」

「……うん」

「悪戯三昧のデイだけど、こんなに心強いとは思わなかっ……」

「待って?」


 弓が話を途中で切った。


「今、何て言ったかしら?」

「え? 悪戯三昧……」

「もうちょっと前」

「倉庫? でカツラとか口紅とか笛とか……」


 弓の目が一気に力強くなる。


「笛よ!」

「笛?」


 弓が立ち上がった。


「リト、来て!一緒に探してほしいものがあるの!」

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