第34話 考えましょう?
ラムールの一喝は、兵士達を静めさせるには十分だった。
兵士達は手にしていた写真を慌てて懐に隠し、壁に寄ってラムールに道を開ける。
「せんせ……」
デイも、ごくりと唾をのむ。
果たして、リトはもう品物を見つけて部屋を出て行ってるのか。
デイには分からなかった。
――りーちゃん、もし見つかって無くても、この騒動で外に出るんだぜ?
デイはそう心で呟くとポケットに手を入れた。
「デイ? これは一体、どういう事でしょうか? あれほど金に絡むことには手をだすなと教えたと思いましたが?」
ラムールがゆっくりと近づいてくる。
――南無三!
デイはポケットから爆竹を出した。
そしてピッ、と着火紐を引っ張る
「デイ!」
ラムールの声がこだました。
と同時にパパパランパパハンパンと爆音と煙が辺りに充満した。
今だ、とリトは思った。
ラムールの声がして、扉の向こうは水をうったように静まりかえったのだ。 これでは窓を閉めたりする音が響いてしまう。 そう思うとリトは動けなかった。
ところがデイが何をしたかは分からないが、何かがパンパンパンと大音量で鳴り響いたのだ。 この時を逃したらきっと後はない。
リトはそう思って慌てて窓から身を出すとロープを掴んで外に出た。
窓が開いていると外から見たときに分かってしまう。 リトは窓も閉める。
そして大騒動になっている2階を後に、ロープを伝ってどんどんと登る。 足場がいるので登る方が簡単だった。 あっという間に4階につき、窓から大浴場の中へと入る。
「弓?」
ところが弓の姿が無い。
その代わり、窓の外で何か気配がした。
振り返って窓を見るとロープがひとりでにするすると上へ登って消えていく。
リトが窓から身を乗り出して上を見ると、弓がロープを屋上に引き上げていた。
確かにロープが下がったままでは始末が悪い。
ロープを引き上げ終わってから、弓が下を覗いた。
リトは親指をたててポーズを決めてみた。
弓の顔が、笑顔になった。
そして三時の鐘が鳴り、白の館全体は目を覚ましたかのようにざわざわと人の気配がし始めた。
リトと弓は慌てて部屋に入る。
弓が尋ねる。
「どれ?」
リトは懐からそっと箱を取り出す。
緑の花模様が鮮やかなオルゴール。
「うわぁ……」
弓が感嘆の声を上げる。
リトがそっと蓋を開ける。
ポロン♪ポロロン♪
澄んだ美しい音色が部屋じゅうに響く。
「きちんと修理されてる……」
修理工の腕が確かだったのだろう、その音色は前にも増して美しく、優雅に奏でられていた。
「素敵ね」
弓も頷いた。
「それで――それが、アリドが持っていたものなの?」
「うん。 オルゴールの下に置いてあった紙にアリドの裁判に使うから取り扱い注意だって書いてあったから間違いないよ」
「良かった! これで安心ね!」
しかし、リトの顔が曇る。
「どうしたの?」
弓が覗き込んだ。リトは言いにくそうに口にした。
「私のだ……とは思うんだけど……」
このオルゴールは世界に二つしかない。 ということは逆をかえせば同じものがもう一つあるということだ。
同じ物といっても作りや傷など、元々の持ち主であるハルザなら分かるだろうが、リトはこれを傷つけたりしていないので分からない。
「山賊が盗んだ品っていう説も消しきれないんだ……」
そこでリトは少し考えて弓の顔を見た。
「あのドアで確かめてみよっか」
あのドアとは、勿論、ラムールの居室の扉である。
「これが私のだったらさ、きっとこの部屋に戻ってくると思わない?」
ところが弓は反対した。
「これは元々ハルザ婦人のでしょう? デイが言っていたじゃない、あの科学魔法は雑で複雑な状況だと混乱するって。 リトのだと思っていても今は証拠品室にあったのよ? 証拠品室に出ちゃうかもしれないし、ハルザの家に出るかもしれない。 そしてもし、これが山賊が盗んだ品なら、リトの出るところはどこ? オクナル商人の家? 運んでいた馬車? 山賊の所? 証拠品室? もしかしたらどこかも分からない、オクナル商人が買うまえに置いてあった場所かもしれない。 一方通行で帰って来られないのよ。 危険だわ。 止めておいた方がいいわ」
弓の強い口調に、リトはかちんときた。
「だって、じゃあ、どうしたらいいの? 弓だってアリドを助けたいんでしょ? なのにそんなに危険だ危険だ言ってたら何もできないじゃない?」
リトの脳裏にすり傷だらけのアリドの姿がよぎる。
「アリドが山賊なんかしないって言ったのは弓も同じじゃない! なのにどうしていざ証拠品を目にしたとたん、山賊の盗んだ品なら、なんて言うの? アリドを本当に信じてるの!? 私は信じてるよ?」
言い出したら興奮して止まらない。
「私はアリドを助けたいもの! これが私のだって分かったら、それだけでもアリドは助かるでしょ?」
「リト……」
弓が困惑した表情でリトを見る。
「私が盗んでいないって事は、ハルザおばさまが帰ってきたら分かるもの! ……そうよ、ハルザおばさまがいなくてもマーヴェ達が……聞いてるもの、平気よ?」
「リト」
肩で息をしながらリトはぽろぽろと涙をこぼす。
何故涙が出るのか、リトにも分からなかった。
「分かったわ、分かったから……」
弓も涙目で呟く。
「でも、あの扉を使って確かめるのはやめて? どこに出るか、分からないもの」
「だって……」
リトはしゃくりあげながら何か言いかえそうとしたが、弓が抱きついてきた。
「私は、アリドも大切だけど、リトも大切なの」
抱きついた弓の手がぎゅっとリトの服を掴む。
「だから、リトがアリドみたいに取り調べされたり、逮捕される姿は見たくないの」
絞り出すように、弓が続ける。
「考えましょう? きっと、それがリトの持っていたものだって証明する方法が他にあるわ」
「……うん」
リトは頷いた。