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第33話 証拠品室への侵入

 リト達はそっと部屋を抜け出した。 午後三時までは学びの時間であるため今も授業が行われている。 アリドが逮捕されたことでリト達は出席していないが、理由が分かっているせいか教授や女官達はおろか女官長も呼びに来なかった。

 リト達はまずラムールの事務室に行った。

 扉をノックするが、返事がない。


「よし。 やっぱり、せんせー、いないや」


 デイがそう言って扉を開ける。

 三人は事務室に入るとラムールの事務机の後ろの窓際まできた。


「ほら見て」


 デイが窓から身を乗り出して下を指さした。 リトと弓も覗き込む。 ラムールの事務室は3階の北西端で、よってその下の2階も北西端になる。

 下を見ると小さな窓が見える。


「あそこが証拠品室なんだ。 あれは湿気を出すための窓。 りーちゃんくらいなら通れるだろ?」


 よくは分からないが通れそうだ。


「窓の鍵は?」


 弓が尋ねる。


「へへ」


 デイはポケットに手を入れる。


「じゃん」


 そう言って取り出したのは緑の手袋。


「佐太郎さんに作ってもらったんだ。 でも一度しか使えない」

「何それ?」


 玩具をみせびらかすようなデイにリトが尋ねる。


「これをはめると、ガラスをこの手袋のぶんだけすり抜けることができるんだ。 この手袋をはめて窓ガラスに手をいれて鍵を開ければ大丈夫」

「佐太郎さん……。 どうしてそんなものを作ったの?」


 いぶかしげに弓が尋ねる。


「せんせーに城の部屋から閉め出されてバルコニーに置き去りにされたときに使えと……」


 デイが恥ずかしそうに答える。


「内緒だぜ?」


 なんとなく、バルコニーの鍵をすべて閉められて「開けて〜中に入れてせんせ〜」と叫んでいるデイを想像して弓とリトはくすくす笑った。


「なんでもアリだね、佐太郎さんって」

「なんといっても錬金術師だもの」

「二人ともそんなに笑うなよー」


 デイがふくれる。 そして真面目な顔になって言う。


「俺が屋上からロープを垂らすから、りーちゃんは4階の大浴場からロープ伝って降りて、証拠品室に入るんだ。 証拠品は、絶対ここにあるから。 そしてそれを持って帰ってこればいい。 弓ちゃんは4階の大浴場に誰も入ってこないように見張ってて。 そんで俺は証拠品室の前まで行って色々騒いで、少しくらい証拠品室で物音がしても気づかれないようにしとくからさ。 そして……」


 デイは窓ガラスを枠ごと外すと、その表裏を確認して最初にはまっていたのとは中外逆ににはめ直す。


「こーしておけば、もしせんせーか誰かがこの事務室に来ても、外に下がっているロープで上り下りしているリトの姿は見えないって事になる、と」


 このガラスは科学魔法が使われていて、片面からは普通のガラスと同じだが、もう一方からは背景以外は見えなくなるのである。


「デイがお風呂を覗こうとしたヤツね」


 リトが言った。


「覗く??」


 弓が驚いたように口にする。 しーっ、しーっ、とデイが口をとがらかせる。 そして弓の思考を逸らすように話を進める


「……でも、りーちゃん。 俺のロッククライマー用のでこぼこがあるからそんなに難しいとは思わないんだけどさ、それでもロープ一本だから危ないよ? 落ちても下に池がある……とはいえ危ないことには変わらない。 やっぱり、俺が行こうか?」

「ありがとう。 でもさ、証拠品室の前で騒ぐ役がいないと、やっぱり窓を開け閉めして入ったり、中を探したり、難しいと思うの。 証拠品室は2階の兵士居住区の一番奥でしょ? どう考えても私達じゃそこまで忍び込むことも騒いで気を逸らすこともできないもの。 だから、私、やる」


 リトははっきりと言った。


「オッケー」


 デイが頷く。


「じゃあさっさとやっちゃおう。 午後三時になったら午後の学びが終わっちゃうから女官達が部屋に戻ってきてシャワー浴びに来たり、今は誰もいない裏庭に人が出てきたら、りーちゃんがローブ使って出入りしているのが見られちゃうからね」


 時計を見る。あと、45分ほどた。

 三人は事務室を出て、デイは屋上に、リトと弓は4階に向かう。

 リトは部屋に帰ってデイから借りたズボンに着替える。 靴も靴下も脱ぐ。 手には滑り止めつきの手袋。

 そしてそんな変な格好を誰にも見られないように人の気配に気をつけながら大浴場へと向かう。 案の定、誰もいない。 大浴場のドアを閉め、浴槽へ。

 一番端の浴槽すぐ上の大きな窓を開ける。

 丁度、上からスルスルとロープが下ろされたところだった。

 窓から身を乗り出し屋上を見る。 するとデイの体が見えた。

 デイが屋上からロープを伝って、5階から4階へと下ってきていた。

 4階の大浴場の窓前まで来るとデイはリト達が開けていた窓からひらりと中に入り込んだ。


「オッケー。 しっかりロープは固定されてる。 りーちゃん、大丈夫だよ」


 リトを安心させるためにデイは自らロープを伝って降りてきたのだ。


「そんじゃ俺は証拠品室の前に行くから。 りーちゃん、気をつけて」


 デイが片手を挙げてリトにタッチを促す。 リトの手がぱふん、と音をたててデイの手とタッチする。

 デイが部屋から出て行った。

 リトは窓から外を眺めた。

 そして下を見る。


 高い。


 一瞬、立ちくらみがした。


「リト。 ……あの、私、行こうか?」


 それを見て弓が言った。


「信じられないかもしれないけど、私、リトよりこういうの、得意だと思う」


 信じられなかった。

 だっていつも編み物をしたり、ゆっくり動いている姿からは無理だと誰もが思うだろう。


「だ、大丈夫よ。 ゆ、弓。 私だっておてんばなんだから、あ、あは。 それにもし落ちたり、見つかったときに、私だったらデイがやっていたのが面白そうだったからロープつきで壁登りをしてみました、で言い訳できるじゃない。 きっと、私だったらやりかねないってみんな思うと思うし」

「それはそうなんだけど……」


 弓は心配そうだ。


「平気平気。 それより弓は女官長が入ってこないように見張っててね」


 リトは無理矢理元気を出すと、ちょっと男の子っぽく親指をたてて腕を伸ばし、ポーズをとってみた。 弓も真似して控えめに親指を立てて頷く。 

 リトは窓枠に立ってロープをつかんだ。

 見晴らしの良いこの場所は見晴らしの良い分だけ、風も強い。 リトはごくりと唾を飲んだ。


 し、下を見ない、っと……


 リトは覚悟を決めてロープを握ったまま外に出る。 壁には良い凹凸が沢山ある。 その中でも足場になりそうなものを一つ一つ選んで降りていく。


 一歩、一歩。

 一体誰がこの白の館に来たとき、壁下りをすることになるなんて思っただろう!

 リトはそう思いながら下っていく。


 ラムールの事務室の前に来た。 第一関門だ。

 ここはほとんど全面がガラスなので足場が無い。

 デイが実際に登るときはラムールの事務室の隣の壁を登るのだ。 しかしロープはその場所までは届かない。

 リトの足がガラスに触れる。


……わ、割れませんように……


 リトは祈るように足に力をこめてゆっくりと下っていく。

 ゆっくり下って中を覗くと誰もいない。 今は外側からが普通に見える面ということなので、部屋に誰もいないということは、本当に誰もいないということだ。

 リトはほっとしながら足を進める。 


 ヒュウ!


 思わぬ強風が吹いてリトはしっかりとロープにしがみつく。


「リト!」


 上から心配した弓の声がする。

 しかし上を見返す余裕なんてない。

 リトは黙って進んだ。

 じわりじわりと進むと、ついに証拠品室とやらの窓の前まで来た。

 大きさは十分、片面を開ければリトは出入りできそうだ。

 窓に手を当てて横にずらしてみる。

 びくともしない。 やはり鍵がかかっているようだ。

 リトは口で右手の手袋をはぎ取った。 中から緑色の手袋が出る。 リトは手袋を口にくわえたまま、緑色の手袋をした手をそっとガラスに突き立てた。

 ガラスを通り抜ける感覚というのはゼリー液に手を浸すような感じで。

 ちょっとキモチイイと思いながらリトはガラスを突き通った指で鍵を探ってロックを外す。

 そしてゆっくりと手をガラスから抜く。

 ガラスから手が出終わる瞬間は、ピン、と弾かれるような、そんな感じがした。

 そして再び窓に手をやり、横にスライドさせる。

 ギギ、と軽くきしんだ音をたてて窓が開く。

 リトは一生懸命力を入れる。

 そして、人が一人出入りできそうな位の空間ができると、そこから中へすべり込んだ。




 

「今、何か音がしなかったか?」

 証拠品室の前で警備に立っていた二人の兵士のうちの一人が、そう言った。


――きたな。

 デイはそう思った。


「あ、あのさー、」


 デイは声を張り上げた。



 

 リトは証拠品室に入った。

 証拠品室は窓の所以外、壁には棚がもうけられており、そこかしこに書類や何かの証拠品なのか、よくわからないものが所狭しと置かれていた。

 剣がある。 甲冑もある。

 モップもある。 ボールもある。

 よく分からないがバニー服まである。

 そこそこ整理整頓はされているものの、やはりあまり頻繁に開ける場所ではないせいか、埃くさい。


「どこ……?」


 リトは部屋の中を見回した。




 

「お、王子!これは!」 

 見張りの兵士はデイがひらりと出した物を見て声を上げた。


「そ♪ 俺の秘蔵コレクション♪ 城下町の踊り子レイラのばっちしぐっちりセクシーショット♪」

「おお!」


 デイは美しい踊り子の色々な写真を次々に出す。

 薄衣をまとっただけの姿で踊るその姿は妖艶であり、また色々な角度で写真が撮られているためとても刺激的である。


「ど、どどど、どうしたんですか?これ?」

「集めるの苦労したんだぁ〜♪ でもさー、小遣い使い果たしちゃってさ。 これ、コピー液でコピーしちゃったから、もういらないんだよね。 んで、いっつも頑張ってくれている兵士の兄ちゃん達に譲ろうかなーって思ってさ。 どう?みんな欲しがる?」

「欲しがりますとも!」


 兵士は一も二もなく答えた。


「よーっし、そんじゃー今いる兄ちゃん達ここに集めてきてよ。 軍隊長にばれると怒られるらさ、気づかれないようにここにね」

「了解です!」


 兵士達は喜んで持ち場を離れ他の兵士達を呼びに行く。

 デイは兵士が見えなくなったのを確認してから、証拠品室の扉のノブを回してみた。


――だが、開かない。


「やっぱり、か。 ここの鍵を持ってるのは軍隊長だけだもんな……。 ……りーちゃん?りーちゃん?」



 

 リトはノブが回されたとき、心臓が飛び出るかと思った。

 ところが扉は開かず、代わりにデイの声がかすかに聞こえる。


「りーちゃん!」

「デイ?」


 リトは答えた。 扉に耳をあててデイの声を聞き取る。


「よーし、りーちゃん、こっちはオッケー。 騒いでおくからさ。 安心して探して。 どう? みつかりそう?」

「それが、なんだかごちゃごちゃしてて……でもやってみる」

「頼んだよ、りーちゃん」


 すると扉の向こう側では兵士が集まってきたようだった。


――さーって、じゃー、始めるかぁー?――


 威勢のいいデイの声が聞こえる。

 リトは心強く思いながら部屋の中を探すことにした。

 



「さぁーてまずはこれから♪ レイラちゃん、柔軟体操中!」

 デイが一枚の写真を取りだして声を張り上げた。


「おおおおおおおおおおっ!」

 兵士が雄叫びを上げる。


「俺、下さい!」

「俺もです!」

「はーいはーい、待った待った。 そんじゃーオークションいっくよー? 1ブロンズから!」 

「2ブロンズ!」

「3だ!」

「4だ!」

「4! 他いないー? よっしゃ、じゃあこれは兵士パヤパにブロンズ4で進呈〜〜〜〜♪♪」

「次! 次いって下さい王子!!!」

「よっしゃ〜♪ いっくよー♪ レイラちゃんの、ウインクっ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 ものすごい……騒ぎである。



 

――さ、騒ぎすぎなんじゃ??

 証拠品室を漁りながらリトは思った。


 扉一枚へだてて向こうは大盛り上がりである。

 デイも盛り上げようと鐘は鳴らすわ、売れたらタップを踏みならしてカタカッタカタカタッタと床を鳴らすわ、そのうち兵士も盛り上がって一緒にタップを踏んでいるのだから、騒々しいとしかいいようのない。

 今のままじゃ、証拠品室の中で大声で歌ったってきっと気が付かないだろう。

 そう思っているとリトの袖が一つの箱に引っかかって、箱がガシャンと音を立てて床に落ちて中身が散らばる。

 ところが外はわっはっはっはっと大声がこだましていて全く気づいていないようだ。

 リトはほっと胸をなで下ろしながら散らばった中身を箱に入れ直す。 ピンポンにキーホルダーに笛に口紅。 本当に何の証拠品なのか。 ここは倉庫の間違いではないのか。

 床に座り込んだリトの視線があるものに止まる。 それを見てリトは少し躊躇すると乱雑に扱っていた箱の中身をほんの少し丁寧に扱って入れ直した。


「まったく……どこよ……」


 リトは額の汗を拭きながら箱を置いてあった場所にもどす。


「あ」 


 置こうとした箱の奥の場所に、見覚えのあるものがある。

 リトは震える手でそれを引き寄せる。

 緑色の、花模様の、自動巻オルゴール。


「あった……」


 リトがほっとしたとき、扉の外で、声がした。


「デイっっっっ! 何をしているんですか!」


 ラムールの声だった。

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