第32話 どうやってここに来たの?
地上への出入り口である鉄の扉を開くと目の前で兵士達が誰かともめていた。
「どけろよ!」
「お通しする訳にはいきません!」
「いいからどけろって!」
そこにボルゾン軍隊長が進み出る。
「何事だ?」
「そ、それが王子が……」
兵士が言う。
「王子?」
リトがそう言ってひょいと覗く。
「りーちゃん!」
そう、そこにいたのはデイだった。
「どうしました王子?」
ボルゾン軍隊長が尋ねた。
「どうしたもこうしたもアリド兄…アリドが山賊として捕まったっていうじゃないか?」
「それがどうかしましたか?」
「どうしたもこうしたも、絶対間違いなんだ!」
「しかしアリドは自ら白状したのですぞ?」
「そんなん、信じられないね! 会って直接聞くんだ、さぁ、そこをどけ!」
すごい剣幕だった。
「リトが今、直接話してきたところです。 彼女に尋ねてみてはどうですか? ここは牢獄。 皇太子を中にお通しすることはできません」
ボルゾン軍隊長はそう言って背後の扉を閉める。
「りーちゃんが?」
デイがリトを見る。 リトは頷く。
デイはわかった、と頷くとリトの手を引いて歩き出そうとした。
「お待ち下さい」
ボルゾン軍隊長が止めた。
「リトはこれから女官長立ち会いの下、服を着替えなければなりません。 お話はその後で」
何かアリドから受け取っていないか調べる為だということはリトにも分かった。
「……分かった」
デイはおとなしく言うことをきいた。
まもなく女官長が来てリトを連れて行く。 リトは女官長室に通された。 薄い布のしきりを一枚へだててリトは服を着替える。
「リト」
女官長が布越しに話しかけた。
「何でしょう?」
リトは答えた。
「アリドは……自分でやったと認めていたのですか?」
女官長の声はとても言いにくそうだった。
「……認めていました」
リトも言いにくそうに返事をする。 するとため息をつきながら女官長が言った。
「私には信じられないのですよ。 あの子は本当はやさしい子なんですから……」
リトも、言った。
「私もです」
女官長室から出るとそこにはデイが待っていた。
「女官長。 リトと話がしたいからリトの部屋に入っても構わないでしょ?」
デイが尋ねる。
「構いませんよ」
女官長の了解を貰うとデイはリトの手を引っ張ってリトの部屋に駆けていく。 そしてさっさとリトの部屋を開けると中に入る。
「デイ? リト?」
中にいた弓が驚いて立ち上がる。
デイはさっさと鍵を閉める。
「リト……アリドはどうだった?」
弓が心配してリトに尋ねる。
「俺もそれ聞きたい……といいたいトコなんだけ……ど!」
デイがづかづかとやってきてリトの手を引っ張る。
「何か持ってきてない? 牢屋のもの」
いきなりデイはそう言った。
「は?」
「俺、アリド兄ちゃんに直接きいてみるからさ、何か持ってきてない? 牢屋の中の物」
デイはじれったそうに言う。
「何か……って……」
リトは自分の体を見回しながら呟く。
「何でもいいんだ、石でも、鎖でも、ペンでも印鑑でも檻でも柵でも!」
リトは首を横に振る。
はあああ、と息を吐いてがっくりとしたデイは肩を落とす。
「蜘蛛の巣とかでもいいんだけど……ホントに何かない?」
しぶとく上目遣いにデイは尋ねる。 リトが再度首を横に振るとデイは後ろのベットに倒れ込んだ。
「あー、遅かったかぁー。 りーちゃんが行く前に会えてれば良かったのに……」
そして悔しそうに言った。
「絶対、アリド兄ちゃんが山賊の訳ねぇじゃん……」
弓が、視線を床に落とした。 しかしリトはそのことよりもデイの言葉が気になった。
「……ねぇ、デイ? 何かものを持ってきてたら、どうなるの?」
デイは天井を見ていた。
「会いに行こうとおもったんだ」
「どうやって?」
弓が尋ねた。
デイはゆっくりと体を起こす。
「持ち物が元々あった場所に帰れる扉があるんだ」
そしてデイの視線がリトの机の上の万年筆に注がれる。
「あ!」
リトが声をあげた。
アリドがここへ寄った日にデイが扉を開けてこの部屋に来た!
デイはリトを見て頷いた。
「どういうこと?」
弓は分からずに二人の顔を見比べて問いかけた。 リトはデイに詰め寄った。
「私も知りたい。 あの日、デイはどうやってここに来たの? そしてどうにかすればアリドのところに行けるの?」
デイは部屋の中を見回すと今度は万年筆を二つ取った。
「これはこの部屋専用の備品だよね?」
万年筆にはルームナンバーが書いてある。 弓とリトは同時に頷いた。
「ついてきて」
デイはそう言って部屋を出た。
リトと弓が後をついていくと、デイはラムールの居室のドアの所までやってきた。
「せんせーはさっきからどっかに行っていないみたいだから安心して」
デイはそう言った。
そして万年筆を左手で持ち、扉の床から5センチほど上の所にある小さな獅子をかたどった浮き彫りの飾りに万年筆を当てる。 そして右手にハンカチをかけ、じかにドアノブに触れないようにして右手でノブを握った。
「ちょっと体勢がきついけどさ、こんな感じにしてくれる?」
そう言ってリトに万年筆を渡す。
リトは同じように万年筆を飾りに当て、右手はハンカチで覆ってからドアノブを握った。
「勢いよく、開けて入って。 いい? 思い切りいかないと失敗するよ? 中に転がり込みましたって位の勢いじゃないと失敗するからね」
デイが言う。 リトは頷いて、デイの言うとおりそのままの体勢でノブを回すと部屋の中に転がり込んだ。
水の中に飛び込んだような抵抗を一瞬感じた。
真っ暗な中に高速で動く蛍のような閃光が見えたかと思うと
――そこは、見慣れた、自分達の部屋。
ベットも、机も、窓も、カーテンも――
「これって……」
リトが驚いて立ち上がる。
「きゃあっ!」
いきなり背後で声がして弓が転がり込んでくる。
リトは慌てて弓を支える。 弓も周囲を見回して呆然とする。
「私達の、部屋、よね?」
信じられないとばかりに弓が口にする。 リトも頷く。
ほどなくして、扉がトントンとノックされる。
二人は弾かれたように飛び上がってから扉へと向かう。
扉には、鍵がかかったままだ。 先ほど部屋を出て行くときにかけたのだから。
扉を開けると、そこにはデイがいた。
「こーゆう事」
そう言ってデイはにこりと笑った。
再び部屋にはいって鍵を閉めるデイは説明した。
「あのドアはね、弓ちゃんは知らないだろうけど科学魔法がかけられていて、せんせーとせんせーが認めた一部の人しか中に入れないようになってんの」
「それ以外の人はどうなるの?」弓が尋ねた。
「その人が元いた場所に強制ワープさせられちゃうんだよね。 だから弓ちゃんなら陽炎の館の自分の部屋に戻ると思う」
「そうなんだ……」
「そんで俺や、りーちゃんはせんせーの部屋に勝手に入っていいように設定されてるからさ、中に入れるんだけど、あの扉の科学魔法って結構雑でさ、あんまり難しい状況だとパニック起こしちゃうんだよね」
リトも覚えていた。
あの夜、お茶会で盛り上がった時にリトとナコルが同時にノブに手をかけて扉を開けた。 するとラムールの部屋と女子寮の大広間が半分半分の空間で別れて繋がっていた。
「そんで色々調べたら、あそこのドアでああすれば、その触れた物が所有されてる場所に行けるってことが分かったんだ」
デイはリトが持っていた万年筆を手に取る。
「これはこの部屋専用に割り当てられた万年筆だろ? だからこの部屋に帰ってくるってこと。 俺以外の人間がやっても同じ効果が出るなんていうのは初めて知ったけど」
コンコン、と万年筆を鳴らす。
「一方通行なのが玉に傷だけどね。 ……それで、りーちゃんが何か――石とかでもいいんだ、牢のものを何か持ってきていてくれたらそれでアリド兄ちゃんのとこまで会いに行こうと思ったって訳。 ……なぁ、何か持ってない?」
リトは首を横に振った。
知っていたら、あそこで石の一つくらい、拾ってきただろう。
持ち出せたかどうかは別として。
「あーあ」
デイは再びベットに倒れ込んだ。
「んで……りーちゃん、アリド兄ちゃんは……なんて言ってた?」
デイが尋ねた。
リトはアリドと話したことを伝えた。
「でも――私、アリドが嘘ついているような気がしてならないの。 あの分隊長が持っていたオルゴール……絶対……私がハルザおばさまから貰ったものだと思うの」
リトは目を伏せた。
「って事はさ、まず証拠品として持っていかれたオルゴールがりーちゃんのだって分かれば、俺たちはアリド兄ちゃんが嘘ついてるんだって分かるよな?」
デイが言った。
「まずはそこね」
弓も頷いた。
「でもどうやって調べるの?」
リトが言った。
答えはないかに思われた。
しかし。
「――いい考えがある」
デイが言った。
その時、時間は午後二時を指していた。