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第31話 牢屋

 牢屋の場所は、訓練場よりもっと奥の、岩場の端に出入り口があった。

 鉄製でできた扉の両側には兵士が一名ずつ見張りで立ち、扉には大きなかんぬきがかかっている。

 リトはボルゾン軍隊長に連れられて入り口までやってくる。 食事はボルゾン軍隊長が直接厨房から受け取ったもので、リトは女官長立ち会いの下、囚人に会いに行くときに着るよう定められている服――余計なものを差し入れできないように――に着替えていた。


 ボルゾン軍隊長が合図をすると扉が開く。 中は石づくりの階段が地下へと伸びている。 魔法灯で灯りはついているが中はひどくカビ臭く、リトは思わず服の袖で鼻と口を覆った。


「……ふむ、やっぱり臭いか。 俺たちは慣れて気づかないのだが」


 ボルゾン軍隊長が人ごとのようにつぶやく。

 螺旋状になった階段をどんどんと下におりていく。

 少しして、広いフロアーに出る。 フロアーの端に兵士が二人立っている。 ボルゾン軍隊長はそこへ行くとあごをしゃくった。 兵士が頷いて側にあったレバーを下げる。 すると目の前の壁がザザザと音をたてて左右に分かれた。


「こっちだ」


 ボルゾン軍隊長はさらにその先にと進む。

 通路を進むと再び下へ行く階段があり、二人はそれを下っていく。

 下りきると再び広いフロアーに出る。

 フロアーの土壁には妙な染みがあちこちについている。 何か、杭のようなものが打ち込まれていた跡ような穴も開いている。 リトの全身に言いようのない気持ち悪い鳥肌が立った。

 フロアーの右側に通路が伸びている。 どうやらそちらが牢のようだった。

 牢は手前から左右に五つほど横並びで並んでいた。 フロアーに一番近い牢は誰も入っていないのにかかわらず鎖が牢に絡めてあり、誰も中に入れないようにしてあった。 まるで透明人間でも隔離しているかのように。 そして白い牢のしっくいの壁に人一人分くらいの大きな水たまりのような染みが壁から床へと広がっていた。


「そっちは見るな」


 ボルゾン軍隊長が言う。


「脱獄不可能といわれたこの牢から煙のように消えた男が入っていた牢だ。 俺は信じていないが、呪われているから誰も入るな触るな、とのことだ」


 リトはどきりとする。


「その……脱獄した人は、まだ捕まっていないのですか?」

「捕まっておらん。 とはいってもここに運ばれてきたときには死にかけていたらしいからな。 安心しろ」


 安心しろ、といわれても……


 ボルゾン軍隊長はそのまま進み、奥から一つ手前の牢のところで足を止める。 そしてリトの方を振り向くと手に持っていた食事を差し出した。


「ここだ」


 リトはボルゾン軍隊長の横からおそるおそる中を覗き込んだ。

 暗くしめった牢の隅に、荷物か何かのようにアリドが倒れていた。


「術のかかった縄で縛られているからな。 一人ではメシもくえん。 これから明日の裁判までは取り調べがあるので少しは体力をつけてもらわんとな。 そして、お前からもアリドに改心するように言っておくんだな。 ――当分、アリドとは会えなくなるからな。 言いたいことは言っておけ」


 終わったら呼べ、と言ってボルゾン軍隊長は牢の鍵を開け、リトに食事を持たせて中に入らせた。 そして再び、鍵を閉める。 それからフロアーの方へと通路を歩いていった。

 リトはゆっくりアリドに近づくと横に食事を置いてそっと手をやる。


「アリド?」


 アリドは目をつぶっている。

 リトはアリドの体を見た。 縛られた手足は紫色になり、体中あざと擦り傷だらけだ。 リトはアリドが可哀想で、可哀想で、少しでも縄を緩めてあげることはできないかと縄に手をやった。 ところがそれはきつく縛られ、少しも緩まない。

 リトの目から涙が溢れた。


 もっと私に力があったら。

 少しでもアリドを楽にできるのに。


 リトは涙を拭くと立ち上がった。


「ボルゾン軍隊長!」


 そして牢屋の柵ごしにボルゾン軍隊長を呼んだ。


「何だ? 早すぎるぞ?」


 ボルゾン軍隊長がフロアの方からゆっくり歩いてくる。

 リトは牢屋ごしにボルゾン軍隊長に言った。


「アリドの持っていたオルゴールは、私のなんです! だから、アリドは山賊じゃないんです! だからここから出してあげて下さい!」

「何だと!?」


 ボルゾン軍隊長が叫んだ。


「ということはリト、お前が山賊の一味だということになるな?」

「ち、違います!」

「ならなぜ被害品のオルゴールをお前が持っているんだ?」

「それは、いいえ、そうじゃなくて……」


 ボルゾン軍隊長が恐ろしい目つきでリトを見る。


 どうしよう。


 リトは一気に不安になった。

 何と説明すればいいのだろう?


「スマネ。 軍隊長。 今の無かったことにしてやってくれ」


 アリドがいつのまにか立ち上がりリトの横まで来ていた。


「軍隊長、あんたさ、リトをココに連れてくる事じたいが間違ってるよ。 何てったってリトはオレにベタ惚れなんだぜ? こんな縛られて可哀想なオレを見たら錯乱して何とかしたくて訳わかんねー事言い出したって仕方ねーべ?」

「ふむ……」


 ボルゾン軍隊長はリトを見る。


「まぁ、リトが山賊の一味だというのは確かに突拍子もない。 ――あり得ないことでもないがな」


 リトの顔を見る。


「本当ならもう一度言うことだ。 今のは聞かなかったことにしておこう。 さっさと終わらせて、終わったら、また呼べ」


 そしてボルゾン軍隊長は再びフロアーへと行く。

 リトは震えながら息を吐き、横を見るとアリドがいない。


「え?」

「メシっ!」


 声は牢の奥から聞こえた。 さっきアリドが寝ていた場所である。 そちらを見るとアリドは足が縛られているので正座をして、食事の前に座っていた。


「あっ、はい」


 リトは慌てて近づき食事を広げる。

 おにぎりと、スープと、野菜炒め。


「なんかクサい飯って感じじゃねーな」


 アリドはそう言って口をあーんと開けた。

 リトの動きが思わず止まる。


「なにやってんだよ、オレは手がつかえねぇの、お前、食わせるために来たんだろ?」


 じれったそうにアリドが文句を言う。

 リトは頷き、おにぎりを口元へ持っていく。 アリドは美味しそうに一口食べる。


「つぎ、スープ」


 指示されてリトは慌ててスープをすくってアリドに飲ませる。

 もぐもぐと口を動かすアリドを見ながらリトが言う。


「あの……さっきのオルゴールの事だけど……」


 するとアリドかぴたりと動きを止めて少し怒ったような目つきでリトを見た。


「お前、アホだろ?」

「あっ、アホって……」

「あのな、誰が好きこのんで嘘ついて牢屋に入るんだよ。 オレの持っていたヤツが盗難品じゃなかったら、なんでオレはそれを言わない訳? あれはオレが盗んだ自動巻オルゴールなんだよ」


 アリドは一気に言った。 リトも反論する。


「じ、じゃあ、私の渡したオルゴールは?」 

「あんなん普通の自動巻オルゴールにきまってんだろ? お前、あれ、誰かに返したりしなきゃなんねー訳?」

「返したり……はしなくていいけど……」


 その言葉を聞いてアリドの表情がぱっと明るくなる。


「マジ? ラッキー。 実はな、あれ、間違えて売っちゃってさ」

「はあ? 売った?」


 リトの声が裏返った。


「安かったぞ、あれ」

「どどどど、どこに売ったの?」

「それがさー、旅の行商人だったんだよな。 だから気づいたときにはもういなくてさ。 あはははぁ」

「あはははぁ……って……」


 リトはがっくりと力を落とした。


「そしたら盗んだ品物の中に似たようなオルゴールがあるじゃん? オレさ、実はそれをお詫びとしてお前にやろうと思ってたんだ。 残念だったな。 欲しかった?」

「盗んだ品物なんか欲しがるわけないでしょ??」


 リトは怒って言った。


「ま、そーゆーこって。 黙っていて悪かったけどオレは山賊だったんだ。 証拠がないうちはシラ切ろうと思っていたんだけどさ、証拠もあるのにシラ切るってのは男らしくねぇからな。 逃げきれる自信もあったし、そんで自白したって話だ」

「……その話は……弓にもしてもいいの?」


 リトはぽつりと言った。

 気のせいか、アリドの表情が一瞬こわばったようにも思えた。


「構わないぜ。 オレのようなちゃらんぽらんしたヤツってのは……お前も弓もいいかげん見限った方がいいぜ?」


 ハハッ、とアリドが自嘲気味に笑いながら続けた。


「捕まえてくれて感謝してる、って陽炎隊の坊主たちにも伝えてくれや。 気が向けば監獄に行って考えを改めて真人間になって帰ってくるからさ」

「アリド……」


 リトはそっと、アリドの頬に手を伸ばした。

 なぜだろう、胸が痛かった。


「終わったか?」


 いきなり、ボルゾン軍隊長が檻の向こう側から呼びかけた。


「は、はいっ!」


 慌ててリトはアリドから離れる。

 ボルゾン軍隊長が檻の鍵を開ける。 リトは檻から出る。


「さいなら。 明日の裁判は見に来るなよ。 見られたくはないからな。 弓にも陽炎隊にも、そー言っとけ」


 アリドが壁に寄りかかったままそう言った。

 リトは、答えなかった。

 ボルゾン軍隊長が先に歩き出し、リトは後ろをついていった。 階段を上り、もうすぐ出口に近づいたとき、ボルゾン軍隊長が言った。


「アリドのいう通りだ。 人が預けたものを売ったり、盗んだものを贈ろうとするようなヤツは愛想を尽かした方がお前さんの為だ。 若いうちは不良っぽいところが男らしく感じたりするんだろうが、お前も見ただろう、傷つけられたオクナル達の姿を。 ああいうことをするのは、男らしいとは言わないんだ」


 会話を聞いていたんだ、とリトは思った。

 その頃、アリドが誰もいない牢獄で呟いた。


「ここから逃げれやしねぇってのに、リトなんか連れてきやがって……もしオレが逃げたらリトが何か手助けをしたと疑われるって訳か。 上手い手をつかいやがるぜぇ。 ボルゾン軍隊長のおっちゃんは」


 そんなことリトは気づいてもいなかった。

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