第30話 友達なら当然じゃございません?
気を無理矢理失わされるという体験は、初めてだった。
スイッチを切られた機械に再び電源が入ったかのように、はっ、とリトは目を覚ました。
「あれは……!」
リトは跳ね起きてそう叫んだ。
「リト!」
リトが目にしているはずのラムールの顔と、連れられていくアリドの映像の代わりに、リトを押さえつけるかのように強く抱きしめる弓の体の感触が伝わってきた。
「え、え?」
リトは目を白黒させながら弓の体を触る。
弓だ。
そんな当然の事に気が付いて少しだけホッとする。
「リト……」
弓がしっかりとリトを抱きしめる。
「ゆ、弓?」
リトがやっと反応する。 ゆっくりと周囲を見回す。 慣れ親しんだ部屋――そう、白の館の中のリトと弓の合い部屋だった。
「あれ? 私……」
夢でもみていたのだろうか、と状況がよく飲み込めずリトは呟く。 よく見ると部屋の中には弓以外にも、ルティとマーヴェが心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「私と弓で運んだんだよ」
ルティが言った。
「あら私もドアを開けてベットを用意しましてよ?」
マーヴェが面白くなさそうに付け加える。
運んだ?
リトは言葉の意味が理解できずに二人の顔を見る。
ゆっくりと抱きついている弓を離して顔を見ると、弓は目を真っ赤にしていた。
――泣いた跡だ。
「気を失うなんて、そりゃあショックだったよね」
ルティが言う。
気を失ったのは、私のこと? とリトは飲み込めないでいた。
ただ、首の後ろ辺りが、変な感じなのだ。
「仕方ありませんわよ。 ルティ。 だってアリドが山賊だったのですもの。 リトじゃなくてもショックは受けま……」
「アリドは山賊なんかじゃないわ!」
マーヴェの言葉を最後まで言わせずに弓が強く言った。
その激しい口調にマーヴェが思わずたじろぐ。
「……違うもの! 自分より弱い人をあんなに怪我させたりできる人じゃないもの!」
弓の迫力は、マーヴェ達を圧倒していた。
「そ、そんな貴女の気持ちは、私だって、それなりにご理解致しますわあぁよ?」
マーヴェは声裏返ったので一度コホンと咳払いをする。
「でもね、弓? 本人が認めたのよ? 自分が山賊ですって。 そして盗まれた品を持っていたって言うじゃありません? 間違いないとしか思えなくて当然でしょう?」
弓の迫力に負けまいと力強くマーヴェも言った。
「……違う……」
リトの口が、開いた。
ルティもマーヴェも弓も、一斉にリトを見る。
「リト。 あなたもなの? 分かるけど……」
マーヴェが困ったように口にする。
「ち、違うの、そうじゃなくて、違う、違うの!」
リトは慌てておろおろとくり返す。
「……リト?」
弓が少し不思議そうな顔でリトを見つめた。 その様子を見てルティが気づいた。
「そういやさっきもそんなこといいながらリトは気を失ったんだよね。 ――どうしたの? 何が違うの?」
「そうね。 弓の言い方とはまた違うみたいですわね……。 どうなさったの? リト?」
マーヴェも気づいたらしく、少し屈んでリトを見つめた。
「私のオルゴール……オルゴール、私なの!」
リトはしどろもどろになりながら言った。
「私のオルゴールは私のだもの。 アリドは盗んでないのよ。 盗まれる前に渡したのよ、間違いないのよ、修理に出しただけなのよ!」
三人が訳が分からないというように顔を見合わせる。
「だから違うのよ、アリドじゃなくて私のだから、修理してもらおうとしただ……」
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ、リト」
ルティが制する。
「オルゴール?」
弓も訳が分からないようで首をかしげてくり返す。
「ああん、だから……。 私が持っていたの、アリドを、えと……」
リトは説明しようとするがどこから話せばよいかが分からず余計混乱する。
「お待ちになって」
マーヴェがピシリと人差し指を立ててリトの唇の前に差し出しリトの言葉を止めた。
「まさか――アリドが山賊と分かった証拠である自動巻オルゴールが、オクナル商人の被害品ではなくて――」
リトがうんうんと頷く。
マーヴェが言った。
「リトがお持ちになっていた自動巻オルゴール?」
リトは首がおかしくなるのではないかというくらい首を何回も縦に振った。
マーヴェが驚いて口に手をあてる。
「ありがとう、マーヴェ、そう、そうなの!」
リトは嬉しくてマーヴェに抱きつく。
「あなた、ならなぜそれを早くおっしゃらないの?」
マーヴェが少し怒ったように言う。
「言おうとしたよ! でも……」
気を、失わされた。
リトはそう言おうとして口を閉じた。
失わされた?
覚えてはいなかったが、きっと、そんな気がした。
「ああ、そうでしたわね……ショックで気を失ったのでしたわね」
マーヴェが深読みしてそう代弁した。
「ちょ、ちょっと待ってくれるかな? お二人さん」
ルティが二人の間に割って入った。
「訳、分かんないんだけど」
弓も頷く。
「だからオルゴールの私で……」
話そうとしたリトの口をルティがふさぐ。
「マーヴェリックルに聞いた方が早そう。 どういうこと?」
弓も頷く。
仕方ないわねぇ、と呟きながらどこか嬉しそうにマーヴェは胸を張る。
「つまりね、リトは自動巻オルゴールを持っていたけど不注意で壊してしまったの。 それを修理する為にアリドに託したのね。 ところがそれが盗難品と間違えられて、しかもアリドが山賊と名乗ったものだから逮捕されました。 そういうことでしょ?」
リトは口を押さえられたまま頷いた。
見事にまとめきっており、こんな時だがマーヴェの分析力に三人は感心した。
うまく自分の非は触れてないあたりがマーヴェらしかったが……
ルティがリトの口から手を離して尋ねた。
「本当にアリドがもっていたのがそれなの?」
同時に弓も尋ねた。
「リト、自動巻オルゴールなんて持ってた?」
「え、えと、あの……」
いっぺんに聞かれると答えきれない。
「はい、お待ちになって」
ここでふたたびマーヴェの出番だった。
「弓はリトの自動巻オルゴールを御覧になったことはなかったの?」
弓は頷く。
「持っていたことも知らなかったわ」
「ウソ? 弓、知らなかった? ……あっ、そっか。 いつも引き出しに入れているし、聞くときは、たいてい夜だから……」
通いの弓は知らなくて当然。
「私は夜に遊びに来たときに時々リトが鳴らしていたからオルゴールを持ってるなーっては思っていたけどね、自動巻とは知らなかった」
ルティも言う。 それを聞いてマーヴェが
「あら気づかなかったの? ルティ? そうねえ、見た目じゃ一般人には分からないでしょうね」
と、どこか嬉しそうに言う。
「見た目っていうか、手にとって見たこともないし」
少し悔しそうにルティが答える。
「あら、触らせないのは私にだけじゃありませんでしたのね」
とマーヴェが意外そうに口にした。
「それで、その自動巻オルゴールが壊れたのね? それで?」
弓が尋ねた。
「えっと……だから、一昨日、アリドに渡したの。 良い修理士がいるから直してくれるって」
「一昨日」
ルティがくり返す。
「そうね、一昨日だわ。 リトが嬉しそうに帰ってきた日のことね」
マーヴェが頷く。
「アリド、帰ってきてたんだ……家に寄ってくれたらよかったのに……」
なんとなく寂しそうに弓が呟いた。
「まぁまぁ弓、落ち込んじゃだめよ。 兄妹と恋人じゃ違うのよ」
ルティがポンポンと弓の肩を叩いて慰める。
「ち、違うよ? 恋人とかじゃなくて……えと、市場で佐太郎さんに教えて貰ったの。 アリドがいい修理士知ってるぞって」
少しドキマギしてリトは説明した。
「佐太郎さんが?」
それを聞いて少し弓は嬉しそうだった。
「それでオクナル商人が山賊被害に遭ったのはいつでしたかしら?」
マーヴェが話を戻す。
「あれは、そう、昨日の午前中」
「昨日の午前中」
弓とリトが続けて言う。
「だったら時間からいってもアリドが持っていた自動巻オルゴールは盗まれる前から持っていたのだから盗難品ではないわね。 リト、あなたがそのオルゴールをアリドに渡したことを知っている人、盗難被害に遭う前から持っていたことを証明できる人はいて?」
「あっ、なら、佐太郎さん! オルゴールも見せたし、アリドの居場所を教えてくれたのもあの人だから」
「で、その御仁はどちらにいらっしゃるの?」
え? 住まい……は、知らない。
「佐太郎さんの家、知ってる?」
リトは弓に尋ねた。
「知ってるわ。 巳白に連れて行って貰った事しかないけど」
「じゃあそっちはオッケーだね」
ルティが言った。
「良かった」
リトはほっとした。 ――が。
――そうだ。ついでといっちゃ何だが、俺はちょっと疲れたから10日ばかり山に籠もる――海でも谷でもいいんだけどな。 とにかくしばらく疲れを取るために消えるから用があったら……諦めてくれ、ってこった
「弓……佐太郎さん……山に10日ばかり籠もるって言ってた」
「えっ?」
リトが呆然としながら言うと弓が大きな声で驚いた。
「どこか……分かる?」
リトの問いに弓は首を横に振る。
「それじゃあ間に合わないわ」
マーヴェが言った。
「どういうこと?」
ルティが尋ねた。
「ご存じなくて? アリドの裁判は明日でしてよ」
「ウソ」
「ホント?」
「明日?」
弓達は口々に言った。
「私の叔父がその関係の仕事に携わってますから少しだけ知ってるんですけど、おそらく今回のように証拠の品もあって自供もしたというのなら余計な取り調べはしないはずですわ。 書類や決裁の準備があるから明日の朝一番……十時には裁判が始まりますわね」
「さ、裁判ってどんな事するの?」
ルティが尋ねた。
「簡単ですわ。 やったことを認めるのか認めないのか。 今回、特に不審な点もなければすぐ罪が確定して、罪人の焼きごてをした後に島の監獄に放り込まれるだけですわ」
いとも簡単に、まるで料理の説明でもするかのようにマーヴェは言う。
「焼きごて……」
弓が青くなった。
「明日、アリドが違うと反論したりすれば取り調べなどで判決は遅くなるでしょうけどね。 でもやきごてを受ける前の発言なんてただの言い逃れとしか思われないでしょうから聞き届けられないわ。 それこそ違うという明確な証拠がなければね」
「証拠ってたとえば?」
リトは身を乗り出した。 マーヴェは軽く首を傾げて考える。
「そうね。 一番いいのは本当の山賊を捕まえること。 次が……証拠の品が実は被害品ではないと証明すること」
「なんだ、じゃあ、大丈夫だ」
リトはほっとした。
明日の裁判の場で自分が出て行って品物が盗まれたものではないと証言すればいいだけだ。
「お馬鹿さん」
マーヴェがぴしりと言った。
「私は、明確な、と申したのよ? あなたの発言だけで足りると思って?」
リトはいまいち事態がのみこめていなかった。
「分かっていないわね。 いい? リト。 あなたが渡したのよね、アリドに。 自動巻オルゴール」
「うん」
「あなたの渡した物は本当に今回アリドが持っていたものなの?」
マーヴェが続けた。
「似て異なるものではないの? アリドは別のものを持っていたかもしれないのよ?」
「違う物じゃないよ! だって分隊長が出したのを見たもの。 間違いなかったもん」
リトは断言した。 ところがマーヴェの表情は硬い。
「でもね、私も聞いたのですけど、オクナル商人が盗られた自動巻オルゴールは世界に二つしかないな逸品なのよ?」
「ふ、ふたつ?」
リトは声が裏返った。
「リト、あなた本当にそんな珍しい物を持ってたの? どうやって手に入れたの? あなたが渡したものと本当に同一なの? あなた、それをどこで手に入れたの?」
マーヴェが尋ねた。
「ハルザからいただいたの」
「ハルザって、オクナル商人のお母様にあたられる方の洗礼名ね?」
ハルザときいてもぽかんとしている弓とルティとは対照的に、すらすらと話が進むマーヴェはよくもまあ知ってるものだと改めて感心する。
「もう一つはオクナル家にあると聞いていたから、入手場所としては間違いないわ。 なら、デュッシー婦人から証言してもらえばいいわ」
「デュッシーって誰?」
リトが尋ねた。 どこかで聞いた名前だったが。
「あなた……デュッシーっていうのはオクナル家大婦人ハルザの本当の名前じゃない。 そんな事も知らないの?」
ばっさりとマーヴェから斬られる。
「ごめん」
リトは素直に謝る。
「まぁいいわ。 デュッシー婦人とは連絡取れるんでしょ? 他にも問題は山積みだけど……」
そこでリトは思い出した。
「ダメ……。 ハルザはいま、この国にはいないもの……」
「何ですってぇ!!!!」
そんなに目を見開くかという位、見開いてマーヴェが叫ぶ。
「ど、どちらにいらっしゃるのよ?」
「よ……よくわかんない……。 昔から行ってみたかった場所だとか……」
「リ……リト? もしかして、デュッシー婦人があなたにオルゴールをプレゼントしたこと、オクナル家のどなたか、ご存じ?」
わなわなと震えながら尋ねられる。 分からないとリトが答えるとマーヴェは貧血のようにふらりとよろけた。 それを慌ててルティが支える。
「ちょっと休んでなよ。 マーヴェリックル。 あんたの言いたいことは何となく分かる」
ルティにそう言われてマーヴェは頷くと弓の横に腰掛ける。 弓がお茶を差し出すとマーヴェはそれを一気に飲んだ。
「ねぇリト。 どうしてリトはそんな貴重なオルゴールを貰えたの?」
ルティが尋ねた。
リトは答えに困った。
自分からねだったものでもないし、ハルザの命を助けたからだという神の樹の話まで遡るのも難しい。 よって。
「えっと……くれるっていうから」
と、結論しか答えることができなかった。
それを聞いたルティが深く深く深呼吸してからリトに言った。
「リト、私達はあなたを心から信じてるって覚えていてから聞いてね?」
「うん」
「その奥様が戻って来られるまで、自動巻オルゴールを貰ったってことは口にしちゃダメ。 もちろん、アリドに渡したのが自分だと言っても、ダメ」
「どうして!!?」
リトは叫んだ。
「だってあれは私が渡したオルゴールなのよ? それでアリドは逮捕されたのよ? 私が言わなきゃ、アリドはどうなるの!?」
興奮するリトの肩に手を置いて、言い聞かせる親のようにゆっくりとルティは言った。
「言ったら あ な た は どうなると思う?」
「……え?」
ルティの言っている意味が分からなかった。
「よく聞いて。 今回アリドが持っていた品物はマーヴェリックルが言っていたとおり、世界に二つしかないとても貴重な品物なんだよ? おそらく違う品物と間違えるはずは無いね。 まちがいなく本物。 ということはよ、盗まれた品物か、オクナル家にあるものか、二つに一つの確率だよね?」
「うん」
「あなたはどこにお手伝いに行ってる?」
「オクナル家」
「そしてあなたが自動巻オルゴールを貰ったことは、多分ハルザ婦人しか知らないんだよね? じゃあそんな中でアリドが持っていた自動巻オルゴールが実はリトが持っていたなんて分かったらどうなると思う?」
リトが答える前に、弓も気づいたらしく、言った。
「リトがオクナル家から盗んできたと思われる……」
「えええっ?」
リトは叫んだ。 マーヴェもため息をついて言った。
「だってそうではありませんこと? 普通、世界に二つしかないような貴重な品物をほいほい人に差し上げないでしょう? しかもその貰った理由がよく分からないんですもの。 お手伝いに行っているリトがこっそり拝借してきたと考えられてもおかしくはありませんわ」
「私、そんなこと……」
「それは重々私たちは分かっています!!!!」
マーヴェが怒って厳しく言った。
「……ゴメン」
リトは再び謝った。
マーヴェは怒ったついでとばかりに少し視線をリト達から逸らして続けた。
「しかも渡した相手がアリドでしょう? あなたたちはお怒りになるかもしれませんけどね、世間ではアリドは限りなく山賊だろうと思われていますのよ? 山賊といわないまでも、悪党には違いないと思われていますわ。 そんな者と親しいだけで同じ事をするのだろうと疑われても仕方はないのですわよ? そんなものですわ、世の中なんて。 そしてリトがアリドと親しいことは誰だって知ってますわ。 そんなリトがアリドが持っているオルゴールが自分のだと言ってご覧なさい、いくらそれが本当でも確たる第三者の証拠がなければ、ただリトがアリド恋しさに嘘をついている、かばっている位にしかとられませんわ」
「残念だけど、マーヴェリックルの言うとおりだよ。 リト」
ルティも言った。
「リトがあれは自分のオルゴールで、オクナル商人が山賊からとられたものではありません、って言いたい気持ちはよく分かる。 でも、私達もリトのオルゴールの存在は知らなかったんだもの。 リトにくれた奥様がいない間はリトがいくら貰ったって言ったって、簡単には信じてはくれないよ。 私達がリトのオルゴールです、って言いたくても、実際どんな品なのかすら私達は詳しく知らないんだもの。 リトをかばっているとしか思われないよ。 守りきれないよ」
それでも、とリトは言った。
しかしそれを遮ったのは弓だった。
「もし――リトが自分のものだと言えば、リトが取り調べられるわ。 それをオルゴールをくれた奥様が知ったら、自分の渡したもののせいでリトが非道い目にあったと、さぞお嘆きになると思う。 そしてリトの潔白を証明できるのはその奥様だけなんでしょう? もし奥様に何かあって帰ってこられなかったりしたら? リトは永遠に疑われたままよ? ……リト、私からもお願い。 ……言わないで」
しぃん、と部屋が静まりかえった。
「そしてね」
マーヴェが口を開いた。
「問題はまだあるのよ。 ……アリドの持っていた品物が、本当にリトの渡した物だったかかも、分からないのよ。 最悪、アリドが二つもっていた可能性だって捨てきれないわ。 一つはリトから、一つは山賊で手に入れた、という可能性もあるの。 だって、仮に自分が盗んでいないなら自分のじゃない、リトのだって正直に言うんじゃないかしら? 逮捕されるのよ? 犯罪者になってしまうのよ? それが正直に自分が盗んだものだと白状したってことは、本当は本当に盗んだ品物だったのかもしれないわ。 リト、あなたは分隊長が出したのを見たと言ったけれど、手にとって確認はしていないのでしょう? 自分が同じものをアリドに渡したから自分のだと思っただけで、絶対自分のだとは言えないのでしょう?」
リトは、返事ができなかった。
お昼の鐘が、部屋中に響き渡った。
何分間くらい、部屋の中で誰も話さなかったのだろう。
コチコチと時計の音が不気味なくらいよく響いていた。
「こうしていても仕方ないわ」
マーヴェが言った。
「私はデュッシー婦人がいまどこにいらっしゃるか調べに家にいきますわ。 場所さえ分かればそちらに早馬を出してこちらに来て貰うことができますでしょ? 明日には無理でしょうけど……婦人がいらしたらリトは安全だわ」
そして立ち上がると部屋の扉に手をかけた。
「まちなよ」
ルティが呼び止めた。
「家に行くって……もうすぐ午後の学びは始まるよ? どうするの? こんな時になんだけど、マーヴェリックルは優等賞めざしてるんじゃなかったっけ? 休むと優等賞は無理よ」
マーヴェはルティの方を向き堂々と言った。
「こんな時に優等賞の話だなんて、育ちが知れましてよ、ルティ」
ルティはそれをきいてククッと笑った。
「違いないわ。 貴女という人を思い違いしていたみたいね、私。 ごめんなさい」
「分かればよろしくてよ」
「頼むわね、マーヴェ」
ルティが言った。
マーヴェがほんの少し驚いて頷いた。
「……い、行ってきますわ」
そう言って背を向ける。
「あっ、ありがとう。 マーヴェ」
リトがそう声をかけるとマーヴェは背中を向けたまま言った。
「……友達なら当然じゃございません?」
その耳が真っ赤だった。
「……うん」
リトは嬉しくて頷いた。 マーヴェは振り返らずに部屋を後にする。
「マーヴェの家ならあちこちに顔がきくからその奥様の居場所を調べるのも私達よりはやりやすいだろうね。 じゃあ……」
次にルティが立ち上がった。
「私は――そうだな、オクナル商人がオルゴールを盗まれる前に、アリドがあのオルゴールをどこかで誰かに見せていないか調べるよ。 盗まれる前にどこかの修理工にでも見せていたら、少なくとも山賊の盗難品じゃないって証明できるから」
私も調べる、とリトは言いかけた。 しかしルティが目を合わせて、首を横に振った。
「リトは動かないで。 関係ない第三者がしないと説得力に欠けるよ? 証拠ってやつは」
そしてくすっ、と微笑む。
「友達にまかせなさい」
リトは、頷く。
ルティは手を振りながら部屋を後にする。
部屋には、弓とリト、二人だけが残った。
リトはそのとき、やっと弓の表情に気づいた。
例えようもないくらい、暗い表情だった。
それはそうだろう。 大好きな、兄同然のアリドか捕らえられ、捕らえたのはアリドや自分とずっと一緒に生活してきた陽炎隊なのだ。 それだけならまだしもアリドが捕まえられた原因を作ったのは自分の親友であり、アリドの無実を証明したくても、それをすると今度は親友に負担がかかる。
八方ふさがりである。
「弓?」
リトは声をかけた。
弓は丸めて座った膝をぎゅっと強く抱きしめるとぽつりと言った。
「今日は……陽炎の館に帰りたくない……」
リトは、暫く、黙っていた。
そして、やっとリトも口にした。
「泊まっていく?」
弓は、こくんと頷く。
「じゃあ、手続きしてくる」
リトはそう言って立ち上がった。
そのとき。
トントン!
扉がノックされた。
二人はびくっとして顔を見合わせる。
「はい?」
リトが返事をして扉を開ける。
そこに立っていたのは女官長だった。
「リト」
女官長が厳かに言った。
「軍隊長がお呼びです」
リトは身構えて尋ねた。
「何のご用でしょう?」
女官長は言った。
「アリドに食事を与えてくれとのことです」