第29話 構わないわ!
教会でリト達が楽しく過ごしていると、急に外が騒がしくなった。
どうやら人々が家から飛び出し外に集まっているようだ。
「何かあったのかな?」
ルティも気づいた。
「今日は催し物も何もないはずですけどね……。 あ、弓ちゃん、そこもう一度教えてくれる?」
シスターが編みかけのレースのコースターで、分からないところを弓に教わりながら答えた。
「まぁ、本当に上手だわ、 弓ちゃん。 そうか、これをこう……なのね」
「あーもう、私はダメだぁ。 弓ぃ」
リトはぐしやぐしゃになったコースターを放り投げる。 ぐしゃぐしゃになったそれをつまんで持ち上げ、弓は解く。
「はいはい。 今度まとめて作ってきてあげるね」
「やったぁ♪」
「ダメだよ。 弓。 リトを甘やかしちゃ。 ここはびしっと……」
「ルティ〜。 そんなこと弓に言わないで〜」
アハハ、と笑っていると、何気なしに外の人の声が聞こえた。
「山賊の一人がついに捕まったんだって?」
その言葉に弾かれるようにリト達は表情を硬くし、お互いの顔を見合わせる。
「捕らえたのは陽炎隊だってよ!」
弓が緊張した顔で立ち上がる。
「今から運ばれて来るらしい!」
リト達は視線を合わせて頷く。
教会から外に出ると東地区の方からボルゾン軍隊長を先頭に騎兵隊がゆっくり歩んでくるのが見える。 どうやらその後ろに捕まった山賊はいるらしい。 やいのやいのと罵声を浴びせられている。
「ねぇ、捕まった人はどこに連れて行かれるの?」
リトは尋ねた。 シスターが答える。
「この白の館の敷地の端にある地下牢よ。 数日後に裁判があるからそれまではそこにいるわ」
地下牢があるのか。 何でもあるんだな、とリトは思った。
「そして裁判が行われて有罪になれば……あれだけ大きな事をした山賊ですもの……島の監獄行きね」
島の監獄。 そこに入って一生出てこなければいい。 オクナル商人達が血だらけでいたことを思い出して、リトはそう思った。
騎兵隊が白の館の敷地内に入るために道を曲がって教会の前の通りを来る。 ボルゾンがまっすぐ前を見つめて、周囲のやじ馬には目もくれず進んでいく。
少し遅れて分隊長が誇らしげに馬に乗ってやってくる。 その後ろに人影は見えない。 しかし、周囲で取り囲んだ者達はみんな馬の後ろを見ている。 カポコポという馬のひずめの音と一緒にザリ、ザリ、と何かが引きずられる音がする。
そしてその後ろから、無表情のラムールが、ついてきていた。
一番最初に声を上げたのは一番手前にいて背の高いルティだった。
「ひっ!」
そう一言、真っ青な顔をしながら小さく唸ると慌てて後ろにいる弓とリトを見た。
「え?」
いきなりルティが振り返ってこちらを見たので弓とリトは驚いてルティの顔を見てしまい、引きずられている者の姿を見るのが一瞬遅れた。
「おお……神よ」
そのときシスターが十字を切って手を組んだ。
「……何?」
リトと弓が、そちらに目を向ける。
―――――!
馬の後ろには、腕をすべて後ろでに縛られ、足首と足首も一定の長さのある縄で縛られたアリドがいた。 東地区からここまで引きずられてズボンもポロポロに裂け、体もいたるところに擦り傷がついて血がにじんでいる。 きつく縛られた手足は微かに紫色に鬱血しているようにも見えた。 自分で歩こうとするものの馬の速度に負け、倒れては引きずられ、それでもよろよろと立ち上がってはまた力を失い、気を失っては倒れ、引きずられていくアリドの姿がそこにあった。
「いやぁっ!」
悲鳴を上げて人混みをかき分け、アリドにしがみついたのは弓だった。
いきなり背後に引いていたロープが強く引き戻され、馬がヒヒヒィンと鳴いて立ち上がった。
「女!」
分隊長が馬を諫めながら弓に声をかけた。 その間も馬が動くたびにアリドを繋いだ綱が引かれ、弓はアリドを地面からかばうように抱きついて共に引きずられた。
「馬を止めるんだ」
そう言ったのはボルゾン軍隊長だった。 分隊長はその言葉に従い馬の歩みを止める。
「アリド? アリド!」
弓はぐったりとしたアリドを抱き起こしながらその頬を叩く。
「ん……?」
アリドがうっすらと目を開ける。 目に涙をいっぱい溜めた弓の顔が見える。
「泣……き……虫」
微かに笑顔を見せてアリドは言った。
「アリド……」
弓はアリドをぎゅっと抱きしめる。
「女! 邪魔だ! 離れろ!」
分隊長が弓に向かって言った。
「いいえ! 離れません!」
弓はしっかりとアリドを抱きしめたまま分隊長を睨み付けて言った。
「離れぬと?」
分隊長が気に食わなさそうにくり返した。
「ええい、鞭でぶたれたいか!」
そして手にしていた馬用の鞭を振り上げた。
「構わないわ! アリドは私の兄ですもの、打たれたって離れません!」
弓は怒りを露わにして言い返した。
「この……!」
分隊長が鞭を振り下ろす。 弓はしっかりとかばうようにアリドを抱いたまま――リトは――いや周囲の者も――目を閉じた。
ピシィ、という音が辺りに響いた。 と、同時に鞭がしゅるしゅると宙に舞って地面に落ちる。
「い、痛い!」
そこに弓の悲鳴が響く。
「弓っ!」
思わずリトは前に出た。
しかしそこにあったものは。
弓に向けて振り下ろされる鞭を自らの右腕に当て振り払い、そして左手で弓のか細い腕の関節をきめてアリドから無理矢理引きはがした――ラムールの姿だった。
「ラムール様……」
その時、リトはほっとすると思っていた。 ラムールがいるのだ、きっとうまく納めてくれるのではないかと、思いたかった。
しかし今のラムールの冷たい表情を見る限り、無理だと一瞬で悟った。
「羽……」
弓が腕をねじられたまま羽織の名を呼ぼうとした。 しかし。
「ああっ!」
ラムールから腕をきつく捻られ悲鳴へとなり、最後まで名前を呼べない。
「羽織が出てくるとこれはまた厄介なのでね」
ラムールはそう言って弓の腕をきつくねじあげる。
「や、止めて下さい! ラムール様!」
リトはラムールの元に駆け寄ってその左腕に手をやった。
ラムールは手をゆるめると弓をリトの元へと軽く突き飛ばした。
「弓。 勘違いするのではありません。 アリドは除籍したのです。 あなたとは兄と妹ではなく、赤の他人です」
ラムールの言葉に弓がすかさず反論した。
「他人じゃありません! 籍にはいっていようがいまいが、アリドは私の、私達の大切な兄です! かけがえのない、兄です!」
目に涙をいっぱいためて、それでも臆することなく言い返す弓はまるで別人のようでもあった。
「間違いです! アリドが山賊だなんて間違いに決まってます!」
「間違いで、陽炎隊がアリドを捕らえると思うのですか?」
ラムールから陽炎隊の名を出されて弓が詰まる。
「本当に……陽炎隊がアリドを捕らえたのですか?」
弓が尋ねる。
「間違いない」
それに答えたのは分隊長だった。
「ウソよ……。 そんなの、ウソよ……」
弓は力無くくり返した。
「ど……どうして……アリドが山賊だってわかったんですか?」
弓を支えながらリトが聞いた。
「オクナル商人が盗まれた品を持っていたのだ。 アリド本人も、認めた。 俺がじかに聞いたんだ、間違いない」
分隊長が答える。
「アリドが、認めた?」
弓が信じられないという風に言った。
リトも信じられなかった。
アリドが、盗まれた品を持っていて、自ら認めたというのなら、確かに山賊ではないか。
「な、何を持っていたんですか?」
弓は尋ねた。
それを聞いて、倒れていたアリドの目が、開いた。
分隊長は答える。
「自動巻オルゴールだ」
「自動巻オルゴール?」
リトはくり返した。
「その盗まれたオルゴールは壊れていたのさ。 それが手配されていた。 それをアリドが修理屋に持っていった。 そこでわかったのさ。 アリド本人にも拾ったものでも貰ったものでもないと確認した。 アリドは、山賊なんだよ」
目に見えるすべてのものが光を失うような、リトは、そんな悪い予感がした。
「そ、その……自動巻きオルゴールって……どんなのですか?」
リトの問いに、分隊長は胸のポケットから、それを出した。
鮮やかな、緑の花模様の、――リトが預けた、自動巻オルゴール
リトの目が見開かれる。
――これは間違いなく、私がハルザから受け取って、壊れて、アリドに託したもの――
「ち……違う」
リトは口に出した。
「ち、違う! 違う違う! そ、それは……」
――うっせぇな――
微かに、アリドの声がした。
思わず言葉を止めて、皆、アリドの方を見る。
なんとアリドは力を振り絞ってよろよろと立ち上がりこちらを見ていた。
「んだよ、さっさと牢屋に連れて行けや。 ボンクラ分隊長」
肩で息をしながらも、しっかりと立つ。
そしてこともあろうに、自ら歩き出した。
「さっさと行かねーと、オレが先導するぜ?」
そして分隊長の馬の横を通って追い抜こうとする。
「ま、またんか! と、とにかく女たち。 この通り真実だ。 邪魔するでない」
分隊長は慌てて馬の手綱を引き、前に進み出す。
「アリド!」
弓が後を追おうとする。
アリドは絶対に倒れまいと、力を振り絞って歩いていく。
「ち、違う! ま、待って!」
リトも声を必死に絞り出して止めようとする。
リトの目の前に、ラムールが現れた。
「ラムール様! 止めて! 止めて下さい! 違うんです!」
リトはラムールにしがみついて言った。
「あれは……あれは……!」
「信じたくないでしょうが、現実なのですよ。」
ラムールはそう静かに言ったかと思うと周囲の者に気づかれないように素早く、手刀でリトの首の後ろを打った。
「うっ」
リトの意識が、一瞬にして、消えた。
「弓! リトが!」
ラムールは気を失ったリトを支えながら弓を呼び止め、足を止めた弓のもとへ、リトを抱いたまま歩いてくる。
「ショックで気を失ったようです」
そう言って弓によりかかせるようにリトをそっと渡した。
「部屋にでも連れて帰ってあげなさい」
弓の返事も待たず、ラムールはその場を後にした。
そして、アリド達の姿も見えなくなった。