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第26話 間違いない。 あのオルゴールだ!

 ドアを押し開けると、付けられていた鐘がカランカランカランと軽やかに鳴った。

 狭い店内には壁に網や時計や細々したものが吊され、床には何個も棚が積み重なられてその一つ一つに工具の部品やら毛糸やら、がらくたまで適当に放り込まれている。 店の奥にカウンターがあるがカウンターの上にも小箱が積み重なっているので店主がいるのかすら分からない。


「ちわー」


 アリドは声をかけた。 カウンターの後ろの磨りガラスのついた障子がからりと開いて、中からアリドの親くらいの年代の男が眼鏡を掛け直しながら顔を出した。

 店主はアリドを見て愛想のない表情のまま、店におりてくる。


「おやっさん。 二代目は?」


 アリドは尋ねた。


「あいつは今、ちょっと出かけていてな。 何の用だ?」


 店主はぶきらぼうに尋ねる。

 アリドはそんな店主の態度をさほど気にせず、立てかけてあった折りたたみ椅子を勝手に手に取り開くと足を広げてだるそうに座った。


「リュータに修理を頼みたいって思ってよ」

「修理?」


 店主は少し黙っていたが、言葉を選びながら口を開いた。


「あいつは……確かにお前のおかげで、やっと自分の得意な事が分かった、それは感謝している。 西地区でぶらぶら遊び呆けることも無くなったし、最近は修理の腕もめきめき上げて、自分の子かと信じられないくらいだ。 とても難しい精密機械の修理だって一流の腕になったと思う」

「ふぅん」


 アリドは気のない返事をする。


「近いうちに、オルラジア国に修行に出そうと思う。 機械文明の発展しているあの国なら、息子はきっと超一流の職人になるだろう」

「だろうなぁ」


 アリドの足が軽く床をトントンと弾く。


「西地区の者たちに世話になったことは分かっている。 でもな、何というか、思春期のほんの数ヶ月友達だったからといって一生友達でいる必要も無いと思うんだ」


 アリドは足の近くにある箱をつま先でつつく。 そして気だるそうに視線を合わせない。


「友達だからといって馴れ合いすぎては商売もやっていけないと思うし」


 フッ、とアリドは鼻で笑って言った。


「なんだ。 そっちか」


 そして店主の顔を見る。


「今まではタダで修理させてたけどよ、今回は金くらい払うぜ?」


 そしてポケットから金貨を出して指で弾いて店主に渡す。

 店主が受け取った金貨を見て、顔色が変わる。 その表情を見てアリドが少し不可解な顔をした。


「一枚じゃ足りないか?」


 アリドの問いに店主は首を振る。


「いや……いや……いや……まぁ、受け取っておこう」


 店主は金貨をそっとポケットに入れる。


「ただいま」


 その時、扉が開いて二代目が入ってきた。 ひょろりと痩せて顔はそばかすだらけだ。


「いよぅ」 


 アリドが軽く手を挙げると二代目は顔の表情をぱっ、と明るくさせ、餌を貰える子犬のように近づいた。


「ご無沙汰してすみません! お元気そうですね! 今日はどうしました? アリドさん?」


 アリドは椅子に座ったまま二代目を見上げて言った。


「修理してもらいたいモンがあるんだけどさ。 できるか?」

「何をですか? まかせてくださいよ、アリドさんが直せというなら飛行機だって直しますよ」


 二代目が張り切って言うのでアリドが苦笑する。


「んな大層なモンじゃねぇよ。 ほれ」


 そう言ってアリドは無造作に自動巻オルゴールを二代目に向けて放り投げる。 二代目は慌てて落とさないようにそれを受け取ると、それをちらりと見て驚いた。


「すごいなぁ! これ、自動巻オルゴールじゃないですか? ダメですよアリドさん、こんな貴重なものを投げたりしたら」

「へぇ。 すごいじゃないか。 開けなくても分かるんだ?」


 アリドが感心する。 なんといっても見た目はただの小さな木箱なのだから。


「分かりますよ。 アリドさんに最初に直せって言われたのが、ほら、ベッキー嬢にプレゼントしたオルゴールだったでしょ? あのとき散々調べましたからね。 本に載っていたとてもめずらしいヤツだったから覚えてますよ」

「へぇ、珍しいヤツなんだ。 それ」


 少し興味が沸いたようにアリドが言う。


「珍しいっすよ? 特に、これって初期のヤツだから滅多に手に入りませんって。 最近のやつは大分性能もよくなってスマートになりましたけどね、これはまだまだ無駄な行程が多くて壊れやすいんですよ。 逆さまにして回したりしたらすぐおかしくなる」


 二代目は嬉しそうに、箱を色々な角度から眺める。


「で、修理はできそうか?」


 アリドの問いに二代目は満面の笑みで答えた。


「あっ、優しいなぁ。 今までは”殺されたくなかったら直せ”だったのに。 あはは。 任せて下さいよ。 目覚まし時計も何度も修理させられたし、からくり仕掛けでメシを作れとか、色々無理を言われたなぁ〜。 だからこの位、あっという間にできますよ」


 自信満々の二代目にアリドもどこか嬉しそうだ。


「な、なぁ、アリド、その〜」


 突然店主が口を挟んだ。


「なんだおやっさん」

「その〜オルゴールは、また、えらく貴重な品〜みたいだな? お前のか?」


 アリドはちょっと考えて答えた。


「ああ、オレのだよ?」

「最近、手に入れたのか?」

「ま、そーだけど?」

「大変だったろう?」

「いや別に。 この位」

「今は〜え〜、と、何して働いてるんだ?」


 質問攻めの店主に二代目もアリドも不思議に思ったのか目を合わせる。


「どうしたんだよ父さん? 変だよ?」

「い、いや、ほら、お前の大事な友達だから、父さんもちょっと色々と話したいと思ったんだよ」


 大事な友達ね、とアリドは心の中で笑った。 金貨をくれてやったのがそんなに魅力的だったのだろうかとも思った。


「で、二代目。 時間はどのくらいでなおる? いつ取りに来ようか?」


 アリドが尋ねた。

 二代目は少し伏し目がちに考えて「一時間半もあれば」と答えた。

 その返事を聞いて目を丸くしたのは店主の方だった。


「一時間半??? お前、そんなに簡単に直せるのか? 自動巻オルゴールっとゆうたら老舗の店に出しても丸一日はかかるだろうに?」

「他に仕事しないで集中して直せばその位さ」


 アリドが「あんまり急ぎじゃなくていいぞ」と言ったが、今までどういう態度でアリドが接してきたらそうなるのか、二代目は絶対に仕上げきれます、と断言した。


「んじゃ、オレはちょっとメシでもどっかで食ってくるわ。 一時間半だな、その位したらまた来る」


 アリドはそう言うと店を出た。

 カランカランと扉の鐘が鳴る。 深々と礼をしていた二代目は頭を上げると自分の部屋へ入っていこうとした。


「ああ、ちょっと待て、お前、本当にそんなに短時間で直せるのか?」


 店主が呼び止めて尋ねた。


「できるよ?」


 二代目はこともなげに答えた。


「集中するから入ってこないでね、部屋」


 そう言い残して二代目は部屋に入る。

 店主は二代目の部屋の鍵がかかったのを確認すると、慌てて机の引き出しを開けて紙の束を取り出した。 手配書である。


「被害品……には金貨……は……もちろん、たしか……」


 手配書に走らせていた目がとまる。

 自動巻オルゴール 緑色の花模様の箱。 修理に出される可能性アリ

 手配書を持つ手が震える。


 間違いない。 あのオルゴールだ!


 店主は慌てて二代目の部屋へと足を向ける。


 オクナル商人の自動巻オルゴール! お返ししなければ!


 震える手で扉をノックしようとして、ふと、手を止める。


――待てよ?


 店主は考えた。


――このままお返ししたら、自動巻オルゴールは当然、修理の為にオルラジア国の老舗時計店に出されるだろう。 でも、でもしかし、息子が修理してしまえば??


 店主は手を下げてそっと後ずさりする。


――手配書に書かれているとおり、オルゴールが壊れていて修理が必要なのは誰でも分かることだ。 そしてそれは自然に直ることも、無い。 ……お返ししたときに、修理済みだったら、必ずどうしたのかと尋ねられるであろう。 そのとき、息子が修理したと分かったら? 自動巻オルゴールを修理できるなんて、たいした腕だぞ、おい!


 店主は売り場へと足を戻し、雑然とした店内を見回す。


――オクナル家はこの国一番の大商人だ。 そこに気に入られれば! おかかえ修理士にでもなったら?


 埃が積もった箱をそっと撫でる。 乾いたざらりとした感覚。

 静かな店内。

 何十年も変わらない、成長のない店内。


――もし、修理できなくても最初から壊れていたのだ。 黙っていれば分かるまい。


 店主は汗ばんだ手をポケットに入れて、たった一枚の金貨を握りしめ、呟いた。


「金貨は……どこにでもあるものだしな。」


 その唇が、にやり、と歪んだ。


 その頃リトは弓とルティと一緒に教会の掃除をしていた。 弓も快く手伝ってくれたのだ。

「ありがとう。 おかげであっという間に終わったわ」

 そう言ってシスターがお茶を持ってきた。 リト達は教会の長椅子に腰掛けて、よく冷えたそのお茶を受け取った。

「うわぁー。 おいしい。 よく冷えてる」

 リトがごくごくと飲み干す。

「ホント。 よく冷えてる。 教会に冷蔵庫ってありましたっけ?」

 ルティが尋ねた。

「そんなもの必要ないわよ」

 シスターは微笑みながら自分のコップを手に取り、ブツブツと何か呪文を唱え、それをルティに手渡した。

「え? 温かい!」 

 ルティが驚いて声を上げる。 「ウソ?」と言うリトにそれを渡す。

「ホントだ! 温かい!」

 弓も隣から手を伸ばしてコップを触り、頷く。

 シスターは再びそのコップを持つと、ブツブツと呪文を唱える。

 そしてそれを再びルティが手にすると……

「うわぁっ、冷たい!」

 リトと弓も、ウソウソ、どれどれ?と言いながらコップを触り、先ほどとは全く温度の違うそれを触って驚く。

「魔法ですね?」

 弓の問いに、シスターは頷く。

「簡単ですよ。 あなた達でもできるわ。 特にルティはできた方がいいわね。 シスターになりたいのならこのテの治癒魔法は出来た方がいいもの」

「治癒魔法なんですか?」

 リトが尋ねる。

「ええ。簡単な温湿布と冷湿布の代わりになるでしょう? 凍えた人には温かく、熱がある人には冷たく。原理は簡単だけど色々使い勝手のある魔法ですよ」

 シスターはお茶を一口のみながら微笑んだ。

「でも……学校では習わないし……やり方が分かりません」

 ルティは言った。

 ふふふふ、とシスターが笑う。

「学校で習わなくても簡単にできるわよ」

 どうやって?と顔を寄せ合うリト達にシスターは説明を始めた。 

「最初に光の魔法を覚えるでしょう? その時、手が温かくなる感じがしなかった? それでいいのよ。 その温かくなったときにそれが灯りではなく温度だけ上昇するようにイメージすればいいの」

 リトもそれは覚えている。 初めて光の魔法を練習した時、手が温かく温かくなったことを。

「それじゃ冷やすのはどうするんですか?」

 ルティが尋ねた。 ところがシスターは「さあ。 どうしたら良いと思う?」と逆に問いかけた。

 灯りの逆だから……

「灯を灯すのではなく消す、つまりエネルギーを吸い込むような感じでイメージすればいいんじゃないでしょうか?」

 リトとルティが頭をひねっていると、弓がごく自然に答えた。

「正解よ」

 シスターが軽く拍手する。

「温ができれば火もイメージできるわ。 冷がイメージできたら氷だってできる」

 シスターは指先をサッと振ると手のひらに氷のかけらを出し、もう一度指先を振ると手のひらからボッと小さな火柱が立って氷を溶かした。

「すぐこの位できるようになるわ。 勿論、ずっと同じ大きさの炎を維持したりするのには相当な訓練が必要でしょうけど、こんな感じにほんの一瞬炎を起こす位なら、すぐにできるわよ」

「光は手のひらから湧き出すエネルギーの粒をぎゅっとまとめて弾けるように、水は……空気中の水の素結び付けるように、火は光のエネルギーを内側の一点に集中してそこに一番エネルギーがたまるように……って原理は分かっても出来ないのよね……」

 弓が自分の手の裏と表を返しながら見つめ、つまらなさそうに呟く。

「本当? あなた、そんなにイメージの仕方が分かっていてできないの?」

 シスターが驚いた。 弓達三人は揃って首を縦にふる。

「弓はやり方は分かってるんだよね」

 リトは言った。 実際、弓は魔法のコツはよく分かっているのだ。 何年も何年も授業を受けて先生のうんちくを聞いたせいもあるだろうが、リトだってあと一息で魔法が使えそうなのに、という時。 弓のアドバイスですんなりと使えるようになったのだ。 といってもまだ光の魔法だけだったが。

「前は清流にも散々コツは教えて貰ったから。 最近じゃ諦められちゃったけど」

 弓はふう、とため息をつく。

「絶対できると思うんだけどなぁ」 

 ルティも言った。

「ねぇ、ここで練習してごらんなさいな」シスターが言った。

「え、でも……」

 リト達は口を濁した。 魔法の練習は原則的に魔法の授業中しかしていけないことになっている。 なぜなら間違ったやり方で全然違う魔法を偶然出来てしまったときに、それを解除できる者がいないと大事になるからである。 しかしその位シスターは了解していた。

「大丈夫よ。 私は一応中級教育魔法士の資格は持っているから。 面白半分に危険な呪文の練習をされたら対処できないけど、光や水位なら対処できますよ」

 リト達三人は顔を見合わせる。

「大丈夫ですか?」

 不安そうにルティが尋ねる。

「平気よ。 普通に練習するだけでしょう? 光も水も火もごく普通のものだもの。 火はね、いきなり大きな火を出しちゃう子や付けた火を消しきれないでパニックになる子もいるけど、消えない火の練習じゃないから平気ですよ」

「消えない火?」

 リトが尋ねた。

「そうよ。 消えない魔法の火。 普通の火ならそれこそ魔法で水を出してもいいし、水を汲んでかければ消えるでしょう? 消えない火は水の中でも酸素が無くても燃える火だから素人が偶然作って何かを燃やしちゃうと普通の消化活動じゃ消えないから、学校じゃ教えてもらえなのよ」

「消えない火って何に使うの?」

 弓も尋ねた。

「燃やせるものが無いときの暖取りとか、普通の火とは違うからある特殊なものに火をつけたりするとかね。 温度も自由に設定できるとも聞いてるわ。 なんて。 私もこの消えない火は作れないのですけどね」

 ほほほ、とシスターが笑う。

「ほら。 練習してみましょう?」

 そしてシスターは弓を引き寄せ、目の前で手を出させる。

「目を閉じて……」

 シスターの導きのままに弓は目を閉じる。

「手のひらを上にして、手のひらをイメージするの。 ……あなたの目の前は……今、真っ暗よね……? 灯りが、見えるようになるわ……。 あなたの手のひらから溢れてくるエネルギーを少しずつ重ねて厚くするような気持ちで。 エネルギーが周囲に溶けて消えてしまわないように手のひらを少し丸くしてそこにどんどん貯めていって……」

 弓の呼吸が深くなる。

 シスターの表情が輝く。

「そう、上手よ。 そしてその集まったエネルギーがぎゅっとまとまって弾けるときに植物の種が弾けるようにパチンッと弾けて中から光の球が――」

 …………

「あら?」

 すっとんきょうな声を上げたのはシスターだった。

 弓の手を掴んでまじまじと見る。

「変ね」

 弓の手は、いつも通りの普通の手だった。

 汗ばんでも、冷えてもいない。

「ここに沢山エネルギーがたまったのはわかったんだけど、いざ発光!って段階になったらどういうわけかかき消すようにエネルギーが無くなっちゃったわね? ええ。 分かってるわ。 弓ちゃんは手は抜いてないわ。 あら?」

 シスターは頭をひねる。

「あはは……よく言われます」

 弓は申し訳なさそうに答えた。

「不思議」

 シスターは腕組みをして見つめた。

「特異体質者でもないものね。 なにかしら? 何か後ろで見えないものがブレーキかけて吸い取っちゃってるって感じかしら? 何かトラウマでもあるのかしら?」

「トラウマって?」

 ルティが尋ねた。

「ええ。 たとえばもう覚えていないような、それこそ赤ん坊のような幼い頃にね、偶然に魔法を使っちゃって想像以上に大事になったりしたとき、魔法を使っては行けないと潜在意識でブレーキがかかってできなくなることがあるのよ。 それかもしれないわ」

 へぇ、とルティが頷いた。

「でもある程度大きくなって自分で大丈夫だと思えるようになったらきっと魔法も使えるようになるわよ。 そうしたらあっという間に上達するタイプだと思うから、落ち込まないでね?」

 シスターがフォローをして、弓も頷く。 慣れているのかそこまで落ち込んでいるそぶりはない。

「さ、まだ時間はあるんでしょ? 練習するわよ〜!」

 弓がさぼど落ち込んでいないと知るや、シスターは再び特訓モードに入った。

 

 

 そのころ巳白は教会の屋根の上に停まって白の館を眺めていた。

 陽炎隊のランク審査は白の館の奥の競技場で行われているはずだった。 残念ながら巳白のいるところから競技場の全貌は見えない。 だから巳白は見るともなしに館を見ていたのだが……そんな巳白の視界に何かがかすめた。

 それは一人の兵士が、慌てて白の館に入っていく姿だった。

 巳白は、嫌な予感がした。

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