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第22話 壊れたとは

 翌日、弓は上機嫌であった。

 白の館の中だというのに、珍しく鼻歌など歌っているのだからどのくらい機嫌が良かったかをよく現している。


「弓、いいことあったの?」


 リトは尋ねた。

 弓はまわりを見回してからリトの耳元で言った。


「昨日、アリドが帰ってきたの。 除籍処分の後ずっと姿を見ていなかったからみんなで心配していたんだけどね」


 アリドの事を心配していたのはリトだけではなかったのだ。 いや、むしろ、兄弟同然の彼等のほうがもっと心配していただろう。


「それで、アリドは?」


 リトは尋ねた。


「ちょっとお茶飲んだら、急ぎの用があるとかですぐ出て行っちゃったわ。 でもね、また時々帰ってきたいときは帰ってくるって約束してくれたから。 ひと安心」


 それを聞いてリトも安心した。

 弓は続けた。


「デイが半ば無理矢理、アリドを館に連れてきてくれたから良かったわ。 アリド……意地っ張りだからきっと自分だけじゃ入ってこれないもの」 


 くすりと笑う。

 リトは窓の外を眺め、剣の稽古で鍛えられているデイのかけ声を遠くに聞きながら、デイもやるなぁ、と少し感心した。

 デイといえば。

 リトは書類を書いていた自分の右手をじっと見る。

 そこには一本の万年筆。

 昨日、床に落ちていたものである。

 これが一体、何の役割をしたのだろう。

 昨日からしげしげと見つめてみたが全く分からない。

 その日も授業中ずっと上の空で万年筆の秘密を考えていたのだけれどもこれまたさっぱりわからずじまいで。


「あら? リト。 今日はクララのお店の手伝いにはいかないの?」


 帰り支度をしながら弓が言った。 リトがクララの店に行く用意をしていなかったからである。


「え、あっ、うん。 今日はね、朝の手伝い先で、ちょっと手伝って欲しい事があるから午後来てくれって頼まれたの」

「そうなんだ。 じゃ、途中まで一緒に行こうか」


 リトは頷き、二人は白の館を後にした。





 オクナル家の手伝いもだいぶん慣れた。 他の女中達とも仲良くなったし、仕事もとてもやりがいのあるところだった。

 その日は珍しいことに客間にハルザがいた。


「ハルザおばさま!」

「ああ、リト。 久しぶり」


 ハルザは出された紅茶を美味しそうに口にしながらにっこりと微笑んだ。

 ハルザはオクナル商人の母である。 神の樹との約束だといって昔から住んでいた小さなアパートの一室に一人で住んでいて滅多にオクナル家に顔を出すことはなかった。


「元気そうですね」


 リトは嬉しそうに言った。


「まぁね、死に損なったからピンピンじゃよ」


 ハルザはおどけてウインクをした。

 リトはその時、ハルザの横に滑車つきの旅行鞄があるのに気が付いた。


「旅行するのさ」


 リトの視線に気づいたらしくハルザが言った。


「ずーっと私は、行きたかった町があってね」


 ハルザの視線が壁に掛けられた風景画に移る。

 広い客間にふさわしい大きくて堂々としたその額縁に彩られた風景は一面に爽やかな春の風を感じる草原が広がり、立派な樹が奥に描かれてその向こうに木や草で作られた温もりのある小さな家が何軒か建ち並んでいる。


「この絵の場所は私と夫の生まれ故郷でね。 何もないところじゃろう? 私と夫はね、若い頃二人で人生を夢みて、この村を飛び出してこのテノス国にやってきたのさ。 もう何十年とたつじゃろう。 うちの夫はこの町に帰ることなくあの世に旅たったけどね。 年だねぇ。 最近、よく思い出すんじゃよ。 この小さな町のことを。 一生懸命がむしゃらに生きてきて、やっと最近一息ついたというのかね。 無性に行きたくなってさ。 そしたら一昨日、神の樹が夢枕で言うんじゃよ。 行っておいでとさ」


 神の樹は少しでも世話をさぼると生きていけない樹である。 その樹から行っておいでと言われたのでハルザも行く気になったのだろう。


「だいたい行って帰ってくるまで3週間さ。 その位、我慢してくれるって。 神の樹がね」

「歩いて行くの?」


 リトは尋ねた。


「ああ。 もちろん歩きさ。 通りすがりの馬車に乗せて貰ったり、一晩の宿を借りたり、船に乗ったり野宿をしたり。 それが旅の醍醐味ってもんじゃあないか? じゃから息子には内緒なのさ。 あいつに旅をすると言ったら小さな家に車をつけて使用人も丸ごと一緒に旅をさせかねないからね。 あいつは今、行商中じゃろう?」

「あっ、はい。 オクナル様は珍しいものを見つけたとかで1週間ほど前から行商されてます。 たぶんあと1週間くらいで帰って来るご予定でした」


 それを聞いてハルザは微笑む。


「ふふふ、まぁ、そういう事で、もし息子が帰ってきてから私がいないと慌てふためいたら、旅に出たと説明しといておくれ。 なーに、怒るかもしれないが、リトはここの正式な使用人でもなし、ラムール様からのご推薦の手伝い人。 文句も言えないじゃろうて」


 そういうことか。


 オクナル商人は、リトも仕えてみて分かったのが、一度死の淵まで逝ったこともあるからかハルザを非常に大事にしている。 そしてちょっと思いこみが激しいところもあり、怒りすぎると人の話を聞かないところがある。 使用人としてはやはり雇い主を怒らせるのは怖いもの。 そして知ったからには報告の義務を負うのもやはり使用人の役目。 ところがリトは手伝い人。 更にハルザの知り合いでもある。 丁度良いメッセンジャーであった。


「ま、ちょっと大変かもしれんが、後は頼むよ。 ……そうそう、この旅行鞄や旅行グッズはこの館から借りていくから。 それも言っておいておくれ」


 しっかりしている。


 リトはクスクス笑いながら承知した。


「そういえば、私のやったオルゴール、気に入ってくれたかね?」


 ハルザが壁面の絵を見ながらふと思い出したように言った。


「あっ、うん。 とてもきれいな音色でした」


 ハルザの顔が褒められて嬉しかったのか、ほころぶ。


「私にゃあれくらいしかあげれなくてね」


 リトはひやりとした。


「気に入ってくれて嬉しいよ」

「……うん」


 壊れたとは言えなかった。


 まったくもう、マーヴェのやつ……


 その時、扉がノックされて女中頭が姿を見せた。


「お食事が出来ましたわ。 ハルザさま。 旅たつ前に栄養をつけておくのは常識ですわ。 リト。 あなたもご一緒にハルザさまの旅の無事を祈って夕げを共にしてくれるわね?」


 朝から言っていた手伝って欲しいこととはこれだったのか。

 リトは快く応じた。




 

「ねぇねぇマーヴェ、ちょっと教えて欲しいんだけど」


 その夜、リトはマーヴェの部屋を訪れて言った。 


「あら、何かしら?」


 髪全体にカーラーを巻いて顔には特製泥パック。 思わず笑ってしまいそうになるが我慢我慢。 マーヴェも出会った頃なら絶対このような姿は見せなかっただろうが今は大分うちとけたものである。

 リトは一呼吸おいて言った。


「マーヴェが壊したオルゴール」 

「違いますわ。 壊したのはリト、あなたでしょう?」


 しっかりと否定される。


「……ーっと、マーヴェが壊させたオルゴール」

「なかなか強情ですわね」


 マーヴェが鼻で笑う。


「……で、それがどうなさいまして?」

「時計屋に出せば1週間で治るって言ったけど、どこの時計屋?」


 リトは今までオルゴールを放置していた訳ではない。 壊れてすぐ時計屋に持っていったのである。 ところが時計屋はオルゴールを見もせずに”ウチじゃ無理だね”といともあっさり断られていたのである。


「時計屋といえばオルラジア国の老舗時計店クロックズに決まっているじゃありませんこと?」


 他国まで行けって????


 マーヴェを甘く見ていたとリトは頭を抱えた。


「……ってことはさ、修理代金もけっこうかかるよね……?」


 リトはおそるおそる尋ねる。


「私、自分で代金を払った事なんてないから分かりませんわ」


 リトはふぅ、とため息をつく。

 教えてくれてありがとう、と一応、礼だけ言って部屋へ戻る。

 リトの机の上には壊れたままのオルゴール。


「あー、もうっ」


 リトはベットに倒れ込んだ。

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