第21話 すっげーじゃん、変化鳥
「リト? リト?」
ユアはノックを止めなかった。
リトは鍵を開けて顔を出した。
「あっ、あはは、ごめん。 ユア」
リトが困ったような顔で言う。
「リト……大丈夫? 今日の昼過ぎから何だか元気が無かったから心配してたんだけど、……そしたら部屋に鍵かかっているわ、中でドタバタ音がするわで……何かあったのかなって心配になったんだけど……」
ユアは扉を完全に開け、部屋の中に入る。
部屋の中は窓も閉められ、リトの他には誰もおらず、そして何一つ変わったことはなかった。
「……何をしてたの?」
ユアが部屋を見回して不思議そうに尋ねる。
「え、えっと……、運動、運動してたの。 ちょっと最近太っちゃって、エクササイズを、ちょっと……」
「え? リトは太ってないじゃない」
「え、ううん、ほら、今日のラムール様の体を見たら何かちょっとヘコんじゃって」
思わず口から出まかせをいう。
「あー、わかるー! 綺麗だったものねー、」
ところがユアは同意をする。
「で、でしょ? ちょっと、あれ見たら自分ももうちょっと頑張らないとなーって思って」
「わかるぅ!」
「……で、えと、服脱いでサイズ計ってみたり腹筋したり……してた、のよ、うん」
「そっかぁ、だから鍵をかけていたんだね。 ゴメンゴメン。 何かあったのかって心配しちゃった」
ユアは納得したようでほっとした表情になる。
あんまり頑張らないでね、今度は一緒にジョギングでもしようねとノイノイは言って部屋を去っていった。
リトはノイノイを見送るとそそくさと部屋に入って再び鍵を閉める。
「お疲れー♪」
アリドの明るい声が部屋に響く。
「しーっ」
リトは慌てて人差し指を口に当てて制する。 弓のベットの上に向かって。
するとどうだろう。 いままで何もなかった空間がモザイクがかかったように乱れると霧が晴れるかのように、すうっと、両翼を広げた変化鳥の姿が現れた。
そして変化鳥の背後から小さくまるまって隠れていたデイとアリドが姿を見せる。
「すっ……」
すっげー、と声を上げようとするデイの口をリトが慌てて押さえる。
デイがこくこくと頷くとリトはゆっくりと手を離す。
「すっげーじゃん、この鳥に隠れると本当に見えなくなるの?」
デイが小声で尋ねた。
「そーさ。 こいつは変化鳥。 周囲の風景に姿を変えれる鳥さ。 よって姿を見ることは勿論、捕らえることも難しい、伝説の……」
アリドが自慢げに言う。
リトは図書館で調べてきた事だ、と思って笑いをこらえる。
「すっげーじゃんアリド兄ちゃん、どうしたの?」
デイが尊敬の眼差しでアリドを見る。
「ん? ま、ちょっとワケありでな」
デイは物珍しげにそっと変化鳥の頭を撫でようとする。
リトも一緒に覗き込んだ。
「あ。 リト、デイ」
アリドが言った。
次の瞬間、変化鳥のくちばしが殺意を持って振り下ろされてデイとリトにかすりそうになるのと、「近づくと危ないぞ」とアリドが注意したのが同じだった。
リトとデイはゆっくりアリドの方を見る。
「近づくと危ないぞ」の真意を……アリドはさらっと言ってのけた。
「そいつ、人、食うから」
人間の握り拳大はあろうかという変化鳥の目とリトとデイの二人の目が合う。
「!!!!!!」
リトとデイは叫ばないように口を押さえながらその場をとびのいた。
変化鳥の喉からクルルル……と鳩のような声が聞こえた。
アリドはゆっくりと変化鳥に近づきその喉を撫で、
「やっぱりこいつらも食えなかった?」
と、物騒な事を変化鳥に向かって尋ねた。
変化鳥の眼が頷くように一度まばたきをする。
「食えなかった……? って、どういうこと?」
リトがおそるおそる尋ねる。
変化鳥がクルルル、と喉を鳴らす。
「いや……こいつは異生物だから人間が好物なワケよ。 ま、食べなくても死にはしないんだろうけどさ。 ところがオレの事、食べきれなかったもんでな。 お前達はどうかなーと思ったのさ」
どうかな、って食われたらどうするつもりだったのか。
まさか久々にここに来たのは、変化鳥が人間、つまりリトを食べきれるかどうか調べに来た……ワケではあるまい。
「さってと。 本題に移ろうかな。 デイもいるし丁度いいや」
アリドは変化鳥の隣に腰を下ろして、リトとデイに真向かいに座るように促す。
なんとなく変化鳥にじっと見つめられて落ち着かない。
アリドは何やら考えてブツブツ呟いていたが思い切ったように口を開いた。
「えーっと、爆弾とかの危険物ってさ、」
『はっ?』
リトとデイは仲良く返事をした。
「はは。 仲いいな、おまえら。 ま、いいや。 爆弾とか科学魔法ブツの取り扱い注意のやつとか、城にはあるよな?」
爆弾? 取り扱い注意?
何のことやら。
「武器庫にはないよな?」
何がなにやら。
「どういうこと?」
リトが尋ねる。
「んだよ。 女官なら知ってるかなって思ったけど知らねーのか。 ま、いいや、デイは?」
デイは少し考える。
「武器庫に「危険物」の貼られた箱は見たことあるけど……爆弾じゃなくて獣取りの罠とかだったんだよなぁ……うん。 だから知らない。 多分、城にはあるんだろうなって思うけど……どうだろ?」
肩をすくめる。
「なーんだやっぱり知らないか」
アリドはそう言ったが表情はどこか満足げだった。
まるでその答えを期待していたかのように。
「そんじゃ用は済んだわ。 サンキュ、デイ」
アリドは立ち上がると変化鳥の背中に乗った。
「ち、ちょっと待ってよアリド兄ちゃん」
デイが慌てて止める。
「なんだ?」
アリドが不思議そうに尋ねる。
「えへへ。 アリド兄ちゃんの姿が闇夜に見えたからここだろーって思って来たけどさ……」
「見えたのか?」
アリドが驚く。
「うん。 変化鳥が盾にならないと姿は見えちゃうみたいだよ」
「そっか。 そりゃ知らなかった。 サンキューな」
そしてアリドが変化鳥に合図を送ろうとする。
「ああー、だから待ってよ」
デイが慌てて止める。
「何だ?」
少々苛つきぎみのアリドにデイが言いにくそうに言う。
「ここに来たはいいけど、自分の部屋に帰る方法が無いんだ」
「は?」
「科学魔法つかってさ、この部屋に来ることは出来たんだけど、一方通行なんだよね。 このドア開けても元来た場所に戻れないんだ」
「お前……そんじゃどーやって居住区に帰るんだ? リトの部屋から出て行ったらちょっと大騒ぎじゃないか?」
リトもぞっとした。 大騒ぎなんてもので済むかどうか。
「いや、だからさ、一緒にここから連れ出してくれない? そんで居住区まで送ってくれたら嬉しいんだけど」
デイははなからそのつもりだったのだろう。
アリドは困った奴だという顔でため息をついた。
「居住区に連れて行くのは、お前、無理でしょ、どー考えても。 警備がきつくてオレが捕まっちまわあ」
「じゃ、羽織んちまで連れて行ってよ。 どーせ俺、遊びに行くつもりだったし。 あの村からだったらいつも使っている抜け道を帰りは使えるからさ」
デイがにっこりと言う。 アリドは頭をかいて何も言わずにデイに後ろに乗れと、顎をしゃくって合図をした。
「さーんきゅ♪」
デイは喜んでアリドの背後に乗る。
「リト、窓あけてくれ。 デイ。 窓枠はちっちぇーからな、ぴったり体をひっつけておかないと枠で打つぜ」
デイが言われたとおり身を寄せる。
「あっ、ちょ、ちょっと待って」
リトが今度は呼び止める。
「何だよリト? もう定員オーバーだぞ、お前は無理」
アリドが冷たく言い放つ。
「違う違う。 デイに」
「俺?」
「そう。 あのー、あのね、この部屋に科学魔法で来た……って言ったけど、そんな簡単に来られるものなの?」
リトにとっては一大事であった。 何しろ部屋の扉の鍵はかけていたのである。 なのに何の制限もなくこの部屋に出入りできるとしたらそれはプライバシーも何もあったものではないではないか。
「あ、大丈夫」
リトの心配をよそにデイは軽く言い放った。
「それがなきゃできないから」
そう言って床のあるものを指さす。 リトが床のそれを確認する前にアリドが言った。
「心配すんな、リト。 一応オレからデイには注意しとくわ。 とりあえず早く窓開けて離れろや。 これ以上時間かかるなら窓ぶちやぶって外に出るぞ?」
窓を壊されては大変。 慌ててリトは窓を全開する。 途端にゴウ、と音がして変化鳥とアリドたちは風の固まりのようにものすごい勢いで窓から飛び出した。
カタカタカタ、と窓枠が音を立てた。
巻き込まれた空気が静かに部屋に戻った。
リトは窓から外を眺めたが、夜の風景の他は何も見えなかった。
もっと色々話したかったな……
リトはそう思いながらデイの指さしたモノを見た。
そこには万年筆が一本、転がっていた。