第2話 今日は外泊で
反省文を仕上げた後、リトは弓が来るまで部屋で待っていた。 そして弓が来たら一緒に教場に行った。 隣の席に座り、学ぶ。 休み時間に談笑し、昼休みはリトは食堂に、弓はいつも通り外で食事をした。
午後には美容という珍しい授業があった。 社交界にデビューする時や、髪結いとして貴族の世話をする時に役に立つので化粧やヘアメイクを教わるというものだ。 やはり少女達。 お洒落の授業は大好きでありとても好評である。
それぞれ数名のグループに分かれて化粧をする。
リトと弓とルティは同じ班になってお互いの顔に化粧を施したが、三人ともあまり化粧などに興味がある方ではなかったのと、予想外に弓は加減が分からずにリトの顔をピエロか何かのように塗りたくってしまい、仕返しにとリトが弓の顔を口さけ女かのように口紅を大きく塗ってしまったり、聖母をイメージして化粧したルティの顔がひょっとこのような感じになったりと、お互いに出来上がりを見せ合っては大笑いだった。
ランだけが女優のようにきらびやかなメイクを施すことができ、マーヴェは化粧などは侍女にしてもらったことしかないのだろう、その腕は弓と張り合う下手さで、あまりの下手さにリトやロッティはお互いの顔を見て大笑いした。 こんなに笑った授業はそうそうないかもしれない。 記念の集合写真はおばけと女優が入り乱れた非常に奇妙なものになった。
それでも他の女官達と弓が一緒に大笑いできる授業なら毎日でもあってほしいとリトは思った。
クララの店では別行動だった。 なにも友達だからといって四六時中一緒に行動しなくても良い。 そんなことをしなくても、もう安心だから。
弓は帰り際に明日は午後3時に白の館に迎えに来ると言った。
一瞬、異生物がいる村の祭りだからどんな怖い者が待ち受けているのだろうと思ったが、弓と一緒だからきっと大丈夫だと思い直すことにした。
そして、次の日。 土曜日になった。
服良し、髪型よし、持ち物よし。 一泊お泊まりオッケー。
リトは鏡に向かって姿を何度も点検した。 小さなバックの中身も何度も出し入れして確認した。
実は朝からもう数え切れないほど点検をしていた。
ドアがノックされ、女官長が入ってくる。
「あらあらリト。 まるで初めてのデートみたいな気合いの入れようね」
そう言って笑う。
「今日は外泊で良かったのよね?」
リトは頷く。
「多分……そうなるかと」
今日の村祭りで遅くなったら弓の家に泊めて貰うように最初は言っていた。 今もそうなのかどうかは実のところ分からない。 その事に気づいたのは昨日弓が帰った後だったので確かめることもできず、昨晩女官長に相談したのだ。 というのも、最初に弓の家に泊めて貰う事に決めたときは、弓を普通の家庭の娘だと思っていた。 家にはきちんとした父親と母親や兄弟がいて、犬かなにか飼っているような平凡な家庭を想像していたからだ。 そころが実際は監督者のいない孤児院で同じ年頃の男の子と一緒に生活しているというではないか。 リトが多少不安になるのも当然だっただろう。
素直に今の気持ちを女官長に伝えてみたところ、女官長は意外とあっさり「きっと平気ですよ」と太鼓判を押してくれたのである。 どうやら女官長は弓と一緒に住んでいる者たちの事をそれなりによく知っているようだった。 しかし、「アリドがいないから尚更平気でしょ」とも言った。 一体アリドはどういう目で見られているのやら。
アリドは今回はリトのためもあって祭に参加するんだけどな、だから家には泊まるんじゃないかな、と思ったがリトはそれを言えなかった。
ところが、アリドと一つ屋根の下で泊まるかもと思ったらリトは逆に緊張しだした。 寝室は別だとおもうが(当然だ)お風呂は男女別れているのか、食堂も多分一緒だ、そしてアリドが育った家だと思うと妙に詳しく知りたいような恥ずかしくて行けないような変な感じがした。
アリドのお風呂上がりとか、パジャマ姿とか? 滅多に見られないものが見られるかもという妙な期待感と、自分のパジャマ姿が見られるの?と思うと今度は意味もなく持っていく下着にまで気をつかってしまう有様だった。
だって、何かのハプニングで見られるかもしれないし……その時に変な下着や服装だったら嫌だし。 やっぱり見られてもいいのを持って行かなきゃ。
と半ば無意味な気配りをしていた。
「楽しんでいらっしゃい」
女官長は言った。
そしてそこに扉がノックされて弓が入ってきた。
「あ、女官長。 こんにちは」
「こんにちは。 弓」
「お待たせ、リト」
「今日はヨロシク」
女官長は楽しそうに話すリトと弓を見ていたが、コホンとひとつ小さく咳払いをすると慎重に告げた。
「弓、リト。 提案があるの」
「提案?」
二人は女官長を見た。
「もし今日、リトが宿泊するようになったらなったで構わないわ。 でも私としては今、それを公にするとリトにプラスにならないと思うのよ。 だから宿泊先はこちらで適当に書いておきますけれど、よろしいかしら?」
リトは意味が分からなかった。弓は「それでお願いします」と答えた。それで女官長は満足げに頷いて部屋を後にした。
「どういうこと?」
リトは尋ねた。
「うん。 ……他の人に知れたらリトに変な噂が立つかも、って心配してくれたのよ。 確かにお世辞にも普通の家庭じゃないから」
リトはなんだか分からなくもないが、納得はいかなかった。
確かに自分も泊まりに行くのが不安だったけれど、ただ環境がそうだからといって区別されたり隠されたりするのは、いざ自分の身になると嫌なものであった。
女官長が気を遣うくらい、やはり特殊な所なのだろうか。
「だからリト、泊まらないでおきたい時は遠慮無く言ってね」
「うん。」
リトは素直に返事をした。
「じゃ、行こうか」
リトと弓はそう言って館を後にする。