第19話 男なら自慢しておけ
ラムールは風呂から上がると国王陛下に呼ばれて王族居住区へ行った。 通路を歩いていると、窓の外から、”王子はどこに行かれた?!”とデイを探し回るボルゾンの声が聞こえてきた。
どうせデイは今頃抜け道から羽織達の元へ遊びに行っているに違いないが、大丈夫。 ボルゾンが陽炎隊の家を知ることはまず無理と言ってよいだろう。
デイが秘密の抜け穴の場所をボルゾンに教えるはずもないし、ボルゾンが見つけきれるはずもない。 抜け道はラムールだって知らないのだ。 いや、あえて知らないようにしているといった方が正しいか。 デイには多少の身の危険が生じても平気なようにまじないはかけてある。 よってデイの姿が見えなくてもラムールはさほど心配しないでよいのである。
ラムールが国王の部屋に入ると、いつも通り人払いがされる。
「ご用ですか? 陛下」
しかし返事がない。 ラムールはだだっ広い部屋の中を見回す。
バルコニーの方角から何やら人の話し声がする。
ラムールを呼んだというのに、先客だろうか?
珍しいと思いながらラムールはバルコニーへと行く。
「失礼します」
覗いてみると、国王は先客とチェスに興じていた。
「ホントにそこでいいのかい?」
陛下のチェスの相手が念を押した。
「勿論!」
陛下は自信満々に答える。
ラムールはちらりと盤面を見る。
おやおやこれは……
ラムールがそう思うと同時に、チェスの相手は背もたれに寄りかかって言った。
「じゃあ、チェック・メイト」
「な、何ぃい? ま、待っただ!」
陛下の声が裏返るが後の祭りだ。 相手はかっかっかっ、と笑う。
「佐太郎。 やるじゃん」
ラムールが声をかけた。
「おう、ラ……ラ……ムール」
ついライマと呼びそうになるのを修正しながら佐太郎が答える。
「なんじゃ、まだ佐太郎はラムールの呼び名に慣れておらんのか」
チェスの碁盤を恨めしそうに見つめたまま陛下が言う。
「そー言うなって。 ガルオグ」
「ガルオグ? ふふ、一応、儂のほうが年上じゃったと思ったが? 佐太郎」
陛下は顔を起こしてがにやりと笑う。
「細かいこといいっこなし」
ガルオグとは陛下の名前である。 ラムールが知る限り生きている人間では陛下の名前をこんなに堂々と呼ぶのは佐太郎しかいない。 ラムール達を育ててくれた老師は「ガル坊」と呼んでいたが……。 国一番の錬金術師で変人、佐太郎と陛下が密かに仲が良いのはラムールにとっても謎であった。
「佐太郎も秘密の抜け穴から来たの?」
ラムールが尋ねた。
「おう。 正門からじゃ堅っ苦しいからな。 それにお前さんも無事にコトが済んだか知りたかったからな。 どうだった?」
佐太郎までこんなに簡単に王族居住区に忍び込むなんて、警備上は非常に問題があるのじゃないかしら、とラムールは思いながらも口には出さずに、にこりと笑って答えた。
「おかげさまでばっちり」
それを聞いて陛下が肘掛けにもたれながら片手で顎髭をなでつつ言った。
「おうおう、儂もそれが楽しみ……いや、心配じゃったぞ。 皆が教育係が大浴場に入るというて大騒ぎしてな、デイの奴は見逃しては大変と自分まで入りに行くありさまじゃ。ちょっとした余興じゃった。 思わず儂も行こうかと思った位じゃよ」
楽しみ、と言ったところでラムールと目が合い、慌てて訂正する。
「はっはっはっ、そりゃいい。 ガルオグもやりゃあ良かったのに。 兵士大浴場も味があるぜ?」
佐太郎はチェスの駒を並び直しながら笑う。
「二人とも面白がるのは止めて頂きたいですね」
ラムールがふくれる。 佐太郎は手を止めて持参の水筒から水を飲んだ。
「楽しみがなきゃ作成者なんてやってらんねぇよ。 ん? 何ならもう手伝わないぞ?」
「そ、それは……」
ラムールが口ごもる。
「そうそう。 いつも手に追えない教育係もこの時ばかりはこちらの言うがままじゃからの。 楽しいのぉ、佐太郎」
「ホントだぜ」
陛下と佐太郎はいたずらっ子のように笑う。
「にしてもじゃ」
陛下はラムールをしげしげと見つめた。
「いつも思うのじゃが、全くわからん。 どう見ても男じゃ。 相変わらずものすごい技術じゃよ」
確かにそこに立つラムールの姿は青年そのものだった。
「今回は全部を作ったのであろう?」
ちらりと横目で質問をする。
「おうよ。 誰に見られても恥ずかしくない立派なモノをつけてやったさ」
自慢げに佐太郎が答える。
「おうおう、堂々としたモノじゃったらしいな?」
陛下が付け加える。
「……え?」
それにラムールが反応する。 佐太郎は面白そうに続ける。
「ちょーっとばかし遊び人風に仕立てておいた」
「ええええ? な、何のこと??」
「おうおう。 デイも、『せんせー、顔に似合わず、すごかった』って感心しとったぞよ。」
陛下も笑う。
「さ……佐太郎っっっ!!!? どゆこと???」
慌てふためくラムールをサカナに陛下と佐太郎はけたけたと笑った。
「なぁに、男なら自慢していいってだけの話さ」