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第18話 いざ、男子浴場へ。

 男子浴場は白の館の一階北東側にある。 50人程度は楽々入れる大きな風呂である。

 出入り口は男以外に間違えて入ってくる者がいないように二階の兵士寄宿舎から階段を下るしかない。 二階の兵士居住区も入り口には鍵付きの扉が設けられており見張りもいる為、婦女子は入ることはできない。

 ラムールは実は女性なのだから男性と一緒に入れる訳はないのだが、4階にある教育係の居室に洗面室と風呂場がついているので今まで誰とも一緒に風呂に入らずに済んだのである。


 ラムールは部屋へ戻ると洗面道具を用意して部屋を出た。 階段を下り、3階の事務室前の廊下を通ってホールの階段から2階に向かう。


「……?」


 ラムールは奇妙なことに気が付いた。 妙に白の館の中が静かなのである。 いつもは女官や休憩中の兵士で賑わっている2階フロアのカフェにも殆ど人影が無い。 女性の教師達がお茶を飲んでいるだけだった。


「今日は何かあったかな……」


 ラムールはそう思いながら2階東側の兵士居住区のドアの前に来る。 立番の兵士が一礼して扉を開ける。 清掃はいきとどいているものの男性特有のむっとすえるような香りが僅かに鼻につく。 女子寮は香水やシャンプーなどの甘い香りが心地よいのだが、とラムールは思った。


……そう感じる時点で私はやはり男ではないのだなぁ


 と苦笑して立番の兵に軽く礼をする。


「この廊下をまっすぐ進んでつきあたりの廊下をそのまま右に曲がって頂ければ、大浴場への階段がありますです!」


 兵士が敬礼して道順を説明する。 正直ありがたかった。 実際ラムールはこの区域にじっくりと足を踏み入れたことが無かったのだから。

 ラムールはゆっくり廊下を歩いて大浴場へと向かう。

 そういえば大浴場なんて初めてである。 ずっと前に女同士3人で風呂に入った事が一度だけあるが大浴場という位だ、入っているのが三人だけというはずがない。 心臓の鼓動が早くなる。

 果たして、ばれないのだろうか。 女であることが。

 いや、大丈夫。 佐太郎の渾身の作である。 どこからどう見ても男の体のはずである。

 大丈夫、大丈夫。 今までにも何度かラムールは男であるということを認識させる為に、まだ幼かった羽織達を同じようなフルバージョン人皮で風呂に入れてやったこともあるではないか。 だから羽織達もラムールが実は女であることなど微塵も感じていないではないか。


……そういえばデイにはそんな小細工をした事は無かったな


 する必要もなく、デイはラムールを男と信じている訳だが。


 まぁいい、これで、疑われた事もないけれど、ラムールが男であると皆が信じるのだ。 そうすればよく注意して観察すれば不自然なラムールの行動に気づく者もいないだろう。


 気力をふるいたたせてラムールは大浴場への階段を下りた。 階段を下りてすぐ大きな扉があり、<大浴場>と達筆な字で木の看板に書かれていた。

 ラムールが扉に手をやる。

……何か違和感を感じた。

 急に、大浴場が騒がしいような、静まりかえったような、ふしぎな空気をとらえたからだった。


 ええい、ままよ。


 ラムールは意を決して中に入った。 

 ひとつ深呼吸をして脱衣場に入る。 中は広々としていて壁一面に棚があり、棚には籠が沢山並べられている。 籠からくしゃくしゃに畳まれた服がちらほら見える。


「ここに着替えと脱いだ服を入れる……と」


 ラムールがちらりと見回すとおあつらえむきに一つだけ籠が逆さまになっていた。 そこへ行き、ラムールは籠を取り出しひっくり返すとおもむろに身につけていた服に手をやった。

 脱衣場には他に誰もいない。 風呂場への入り口は磨りガラスになっているため風呂に何人入っているのかは分からない。 なんとなく風呂場の方から妖しげな気配を感じながらもラムールは平静を装って服を脱ぐ。

 壁にかけられた大きな鏡に裸体が映る。

 男の体である。


――佐太郎は前を隠すなって言ったっけ


 ラムールとしては、初めて一緒に風呂に入る人たちの前で逆に失礼なのではと思ったが、笑われるぞ、という佐太郎の言葉が迷わせていた。 何しろ本当に男同士で風呂に入ったことなんかないから、礼儀だと男である佐太郎から言われればそうなのかと思わざるを得ない。 幼児だった羽織達と入ったことはあるが、あれは子供が相手だったし自分も男だという事を印象づけさせるようにと努めていたのでオープンにはしていた。


 女同士ではどうだったっけ? 確か隠したけどなぁ……入るとき位……いや男と女では違うのか……?


 ラムールにしては知識のない事だったので彼にしてはかなり悩み、結果は


「なるようになるか」


 と開き直り彼はタオルを一枚右手に握りしめると思い切って風呂場の引き戸を開けた。

 カコーン、チャポン、ザバ、と途端に周囲が騒々しくなった。

 沢山の兵士がおのおの髪を洗い、体を洗い、ヒゲをそったり、風呂につかったりしていた。 今は入浴の時間帯なのだろうか、風呂は多くの兵士でごったがえし、芋を洗うかのようだった。

 ラムールは入り口すぐ横のかかり湯を備え付けの手桶で汲み体を流す。


 さてここにボルゾンがいるはずなんだけどな。 と、ラムールが思った時だった。

「ぉおーい。 ラムール。 こっちだ。 こっちに来い」


 風呂場の奥から湯につかったボルゾンが片手を挙げて名を呼んだ。


――よし、何も変に思われていないね


 ラムールはほっと胸をなで下ろし、気合いを入れると佐太郎から教わったように胸をはって堂々と歩き出した。

 おお、とあちこちから小さな歓声が響く。


――その、{おお}ってどんな”おお”の意味なんだよぅ〜


 ラムールは内心ドキドキしながらもポーカーフェイスで進む。

 途中で立ったままの一兵士と目があった。


――えーっとこういう時は……


 ラムールは視線を兵士のおへそに向けた。 くぼみの大きいへそだった。


――いいおへそですね、って意味なのかなぁ?


 ラムールはそんなことを思いながら口の両端だけを少し上げてフッと笑う。

 兵士はぱっと手を前で合わせてお辞儀をする。


――おじぎっていうより、うつむいたって感じなんだね


 ラムールは確認しながらボルゾンの側に行く。

 ラムールがボルゾンが浸かっている浴槽のすぐ側まで来ると、いきなりボルゾンが立ち上がった。 ザザザザサ、と海から現れた大入道のようにそれは勇ましい姿だった。


――これはまたあの挨拶をしろということで?


 ラムールは再びボルゾンのへそに目をやる。 気づくとボルゾンもラムールのへそを見ていた。

 二人の視線が相手の体を伝ってゆっくりと上がり、目が合う。

 フッ、とラムールが笑った。

 フッ、とボルゾンも笑った。


「ラムール。 なかなかやるではないか」


――おや、ホントだ。 佐太郎の言うとおりにボルゾンが言った。 でも返事はどうすればよかったっけ?


 ラムールはほんの一瞬考えると「あなたもなかなか」と言った。

 フッ、ハッハッハッハッと高らかにボルゾンが笑う。 ラムールも一緒にハハハハと笑った。


「いや気に入ったぞラムール、モノも立派なら態度も立派だ」


――は? モノって何のことだろう?


「気に入った。 やはり男はそうあるべきだ。 さ、まぁまぁ、浸からんか?」


 そう言ってボルゾンは気持ちよさそうに身を湯船に浸す。

 ラムールも勧められるまま浴槽に入り、ボルゾンの横に並んで身を沈める。 少し熱めの気持ちいいお湯だ。

 ふぅ、とラムールが息をつく。 実は正直なところ、ビニール袋をあてて入浴しているような感じで爽快感はないのだが。

 ふと何気なく正面を見ると兵士達が体を洗ったり洗い場を行き来したりして、ちょうど目の高さに兵士の腰があった。 みんな前を隠さずにいたので大事なモノがぷらんぷらんとあちらこちらで揺れていた。


――ま、前くらい隠してよ……


 ラムールは少し赤くなって視線を逸らす。 しかしここは男子浴場。 右見ても左見ても裸体だらけだ。


 さてさてどこに視線をやるべきなのか。


 ラムールが思案しているのに全く気づかずボルゾンが言った。


「オレは本当にラムール教育係を誤解しておったみたいだ。 女々しくてツマランと思っていたが……いやいやどうして武術の腕も男の力量も想像以上にあった」


 するとすぐ隣で聞き慣れた声で頷く者がいた。


「うんうん。 ホントホント」


 あまりに聞き慣れた声に反応してラムールは思わずそちらを見る。


「デ……デイ???!」


 驚きのあまり身を乗り出す。

 ボルゾンの横には何食わぬ顔してデイが湯に浸かっていた。

 どうやら気づかれないように先ほどまでは後ろをむいていたようだ。


「ど、どうして王子のあなたが兵士の大浴場に?」


 当然の疑問をラムールが投げつけた。

 デイは臆することなくえへへ、と笑った。


「だーってさ、せんせーがフロ入るっつーじゃん? オレ、まだ一度もせんせーと入ったことも見たこともないからさー、見に来た」


 ラムールは呆れてモノが言えない。


「せんせー絶対裸になってくんないからさー、オレ、ぜーったいせんせーは体にコンプレックスあると思っていたんだけどなぁー。 オレだけじゃないよ? 兵士のみんなもさ、絶対せんせーは……そうだなぁ、おしりにハートマークの青あざがあるとか、何かあるって思っていたのになぁ。 なーんも無いんだもん。 つまんね」


 いやいやデイよ、いつもは胸元だけをカバーしている人工皮膚だから、フルバージョンの今日のをよく見ると腕の太さとか、細かい所でよく知ってるデイなら変に思う可能性はあるんだよ?


 とラムールが思ったその時。


「せんせーって思ったよりいい体してるんだね」


 デイから言われたので正直ラムールはとても動揺した。


「そ、そうですか?」


 まじまじと眺めるデイに、人工皮膚がばれるはずはないと思いながらもラムールの鼓動は早くなる。


「そんなに見るモノではありません。 女性の入浴を覗く男子じゃないんですから……そんなに見て面白いものでもないでしょう?」


 ラムールは少しデイの視線を逸らそうと言った。


「それなんだけどさぁ、せんせー」


 思い出したかのようにデイが言う。


「お風呂覗きたいのは男だけじゃないみたい」 

「は?」


 訳が分からずに間の抜けた返事をする。


「だって……なあ?」


 デイは周囲の兵士に同意を求める。 兵士達もうんうんと頷く。 するとボルゾンがちらりと外を見る。


「外?」


 ラムールが変に思って窓の外に視線を移す。 この白の館の浴場がある側の窓ガラスは特殊効果が施されているため、中からは普通のガラスの時と変わらず見えるが、外からは中の様子が分からないように――もっといえば人の姿が映らないように科学魔法が施されている。

 だから外の中庭からこちらの大浴場を見ても広々とした浴槽が見えるだけで兵士達の裸は見えないのである。 男湯なのだから外から見えてもさほど問題はなさそうだが、やはり見たくもないのに見えてしまうのも困るのでこの科学魔法は有効に活用されていた――はずなのだが。


 窓の外に見える池を挟んで、中庭の風景は確かにいつもと違っていた。 白の館のすぐ裏に作られている池――デイ王子がリトに驚いて上の階から落ちた池であるが――は、早い話が館への進入防止でもある。 別に珍しい鯉がいる訳ではないし、そんなにゆったりする場所でもない。

 なのにこともあろうか奥行き5メートルほどのその池の岸には、何のイベントを期待してか、わらわらと、そう、まるで劇を見に来た観客のように女官達が勢揃いしていた。 押し合いへし合い、人間の映っていないこちらの窓を必死で覗いている。 まだ誰も入っていないと思っているのかもしれない。 視線をそらさず首をのばしてこちらを見ているではないか。


「見えてないっては分かってるけどさ、何かドキドキするね」


 デイは外の女官達を見てケラケラと笑う。


「何をしているのですか彼女達は。」

「あれ? せんせー、分かんない? 絶対あれは覗きだよ。 覗き。 すっごく堂々としてるけどね」


……認めたくはないがそれ以外は考えられなかった。


 きゃあきゃあと明るい声が窓越しに聞こえてくる。


「ねー? 見えるー?」

「見えなぁい」


 女官達の中にリトの姿も見えた。 だがリトは頭をひねっている。 確か窓の外からって見えなかったんじゃなかったっけ、と悩んでいる顔だった。


「……しかし、見えてないとは分かっていても……落ち着かないものだ」


 ボルゾンがぼつり、と言う。 それはそうだろう。 こちらからはむこうが丸見えなのだから。 女性達に凝視されながら風呂に入ってる気分である。 その時デイが何か思いついたように手を叩く。


「ねぇねぇ、一緒に入らない?」


 いきなりデイは窓を開けると身を乗り出して外にいた女官達に呼びかけた。


「きゃーーーー!」


 いきなり窓が開いたかと思うとそこから下半身のきわどいところぎりぎりまで露わにして王子が裸で呼びかけたのだ。 女官達は驚いて声を上げた。


「うをぁぁああっ」


 デイの後ろにいた兵士達はいきなり窓が開いて女官達に姿を見られたのだ。 慌てて大事な所を隠ししゃがみこんで叫んだ。


「あっはっはー。 いーじゃん、はいろーよ」 


 デイは、真っ赤になりながらも指の隙間からこちらを見ている女官達に誘いかけた。


「デ、ディッ!!!」


 慌ててラムールが身を乗り出し開いた窓に手をかけて閉めようとする。


「きゃぁーーー♪♪♪」


 こちらもきわどさギリギリで裸のラムールが現れたから女官達はもう大騒ぎ。 叫びながらも目は逸らさずにしっかりと目に焼き付けている。

 ラムールは思わず赤面すると窓を勢いよく閉める。


「えー? 見え無くなっちゃったぁ」


 と女官達が残念そうな声を上げた。

 風呂の中ではデイとボルゾンがかっかっかっ、と楽しそうに笑っている。


「なかなかやりますな、王子」

「いやー、おもしろかった!」


 二人は愉快そのものという感じだった。

 一度姿を見せたからだろうか、中庭の女官達は満足した?らしく、ぞろぞろとその場を去っていった。 諦めきれない何人かが樹の影などでまだねばっている。

 ラムールは呆れながら再びボルゾンの隣に身を浸す。

 そして見るところもないので天井をだまって眺めているとボルゾンが口を開いた。


「本題に入ろう。 わが国の軍隊の力はどの位のレベルだとお考えか?」


 きたな、とラムールは思った。


「あまり戦をした事が無い国ですからね。 国民性も穏やかだし。 それでいままで問題は無かったから、胸を張れるレベルかといえば、答えは否でしょう」

「あっさりと言うな」


 ボルゾンが苦笑いする。


「おや。 腹をわって話すのではなかったのですか?」


 ラムールの返事にボルゾンは痛いところをつかれた、という感じで鼻をかいた。


「そうだったな。 ラムール。 正解だ。 今まで大きな戦などが無かったから良かったものの、今の軍のレベルは……良くない。 いや、」


 ボルゾンは吐き捨てるように言った。


「力が足らないから山賊らにも好き勝手されるのだ」


 ボルゾンは膝の上に置いた握り拳をじっと見つめている。


「我が国の兵士の質は正直言って……あまり強くない。 いや、弱いと言っても構わないだろう。 戦が無いことはとても喜ばしいことだが、戦いになれていない今時の若者では強いことに対しての執着というか向上心が見あたらない。 いやいや、決して兵士の質が悪いということじゃない、平凡、そう平凡なんだ。 何かに秀でている訳でもなく、言われたことは出来るがより高いものは求めることすらためらう、……平凡なのだよ」


 楽しそうに体を洗ったり雑談している兵士達を悲しげに見つめる。


「強くもなく、とても弱くもなく……それが今のテノス国の兵士だ」


 ふうう、と牛のようなため息をボルゾンはついた。


「自警団の方が最近は頼りになると、この軍隊長自ら考えてしまう」

「それって陽炎隊とか?」


 いきなりデイが口を挟んだ。


「これ、デイっ」


 ラムールがたしなめる。


「いやいや、ラムール。 王子の言うとおりなのさ。 この国は昔から軍隊の者よりも、個人でやっている自警隊の方に強いものがいる。 お前の兄同然の<北の森の番兵・一夢>なんかその最も有名な一人ではないか。 お前を育てた老師もその昔は名のある剣士だったと聞く。 陽炎の館っていうのは、天才的に強いものが育つのかね」

「それはあながち間違いでは無いかもしれませんね。 一夢の武術も、剣も、老師が鍛えて下さったのだから……」

「老師の話は伝説になりすぎて本当かどうかは分からないが、一夢殿、あのお方は凄いお人だった。」


 ボルゾンが遠い昔を思い出しながら話を続ける。


「強かった……。 そして、優しい人だった……。 亡くなったなんて信じられないものだ」


 それを聞いたラムールの瞳がほんの少し潤む。

 一夢達が生きていない、という話になるとラムールはとても切ない瞳になる。

 デイはそんな表情を見せるラムールは苦手だった。 いつもしっかりしていて口うるさくて、頼りになって、つけいるスキの無いラムールが、まるで寂しくて泣いている幼い女の子のようで、触れたら薄いガラスのように壊れそうで、どうして良いか分からなくなるのである。


「ありがとう。 ボルゾン。 一夢達が聞いたら喜びますよ」


 しかしラムールはあっという間にいつもと変わらない表情に戻る。 切ない表情なんて微塵も感じさせない。 きっとラムールの表情の変化に気づくのはただ一人、デイだけであったろう。


「せんせー、俺、上がるね」


 その時デイがそう言って立ち上がった。


「もう体は洗……」


 ラムールはつい世話を焼く口調で尋ねようとしたが言葉を途中で飲み込んだ。

 ラムールの目の前には立ち上がったデイのモノがぷらん、と。

 油断しているところにいきなりダイレクトに見てしまいラムールは固まる。

 しかも形が微妙に違う。

 ラムールは自分のモノと違うそれを見て途端に不安に駆られる。


――あれ? この今ついているので間違いはないはずだけどな? デイ? デイは病気かなにか何だろうか? それとも色々種類があるのか?


 残念ながらこのテの事に関してはあまり知識のないラムールだった。 大浴場に入っている今も他の兵士の体をじろじろ見るような度胸は無い。


「ラムール?」


 ボルゾンが不思議そうに硬直したラムールを見て言った。 そして何か気づいたらしくこっそりと耳打ちした。


「大丈夫。 王子も、もう少し大人になれば自然になりますよ。 ちょっと遅めかもしれないがまだまだ十分平気な範囲内。 沢山の兵士を見てきた俺が言うのだから心配なされますな」


――ええ、全く何言っているか分かりません


 ラムールはきっと生まれて初めてお手上げの心境になっていた。


「せんせーも仲間だと思ったのになぁー」


 デイはそんなラムールとボルゾンの会話ら気づいたのか、そう言うとさっさと脱衣場へ去っていった。


――わ、わからない……


 ラムールは黙ってデイの後ろ姿を見送った。 ボルゾンが咳払いをひとつして注意を向けて話し始めた。


「ラムールも王子の事となるとまるで兄のように心配するのだな……。 ところでラムール。 話を戻そう。 おまえも知ってのとおり今の国軍と俺たちの力なぞこの程度のものだ。 この国の未来のためにも陽炎隊が欲しいのだ。 ラムールが口利きをしたくないというのは分かった。 だがせめて、どこへ行けば彼等に会えるか、それだけを教えてはくれぬか」


 ラムールはじっとボルゾンの瞳を見つめ返す。


「陽炎隊を軍隊に誘うだけ無駄とは思いますが……。 あなたが誰にも彼等の居場所を教えないというのでしたら」


 ボルゾンの顔が明るくなる。


「うむ! 男と男の約束だ! 秘密は守ろう! して、場所は?」


 ラムールはにっこりと笑って言った。


「デイがお忍びで城を抜け出したその後をつければ分かりますよ」

 




 そして半時ほど後。


「へくちっ」


 デイがくしゃみを一つした。

 当たりをきょろきょろと見回してふう、と息をつく。


「誰か噂してっのかな……。 まぁいいや、早く行かなきゃ羽織の奴にいつまで待たせるんだって言われるな」


 デイは王族居住区の、ある場所の壁に沿って歩いていた。 そこに、つたが繁り壁面が見えなくなっているところがある。 その場所でデイは迷わずしゃがみこむと地面すれすれのところにある人が一人通れるかどうかの壁の穴から外に出た。 このまま、森を進めば城下町にも他の村への道へも行ける。


「デイ王子はどちらに行かれた?」


 壁の向こうで近衛兵がデイを探す声が聞こえた。


「無理無理。 せっかくせんせーが他のことで忙しいんだから、今逃げないでいつ逃げるんだよってね」


 デイはぺろっと舌を出して呟くと森を進み始めた。

 この抜け穴、かれこれ10年近く、デイだけの秘密である。

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