第16話 彼は、女だった。
リトがやりかけていた切り抜きを終わらせようとラムールの部屋に先に戻ってきていると、そこに慌ててラムールが飛び込んで来た。
「あっ、ラムール様」
リトはラムールにお疲れ様でしたと労おうと思っていた。 ところがラムールは非常に慌てながら言った。
「ああ、リト。 丁度良かった。 私は急用ができたから今日の切り抜きの手伝いは終わっていいですよ。 えーと、あ、そうだ、もし良かったら後かたづけだけしてもらえますか?」
「あっ、はい。 それは構いませんけれども……」
「それはありがたい。 ではお願いします。 私はちょっと出かけてきますので、すぐ帰りますけど、貴女は片づけが済んだらもう部屋を出て好きにしていなさい」
ラムールはリトの返事も聞かず窓を開けるとふわりと浮き、ものすごい早さで空を飛んで東の空へと消えていった。
「……いってらっしゃーい」
リトは小声で見送った。
そして片づけをすると4階の女子寮まで帰った。
女子寮では女官達が固まってきゃあきゃあと何やら騒いでいた。
「どうしたの?」
リトは尋ねた。
みんなが口々に言った。
「ラムール様が一階の大浴場にお入りになるんですって! 見たくない!?」
なんとも返事のしようのない質問だった。
その頃ラムールは、城よりやや北東側にある岩山ばかりの寂しい荒野まで飛んできていた。 そして沢山ある岩山のうち比較的大きい一つの岩山の側まで来ると地面に降り立った。 無数にある岩山と岩山の割れ目や洞穴の中の、あるひとつを選んで中に入っていく。
その洞窟は最初こそ中は真っ暗であったが少し進んで螺旋状に曲がり始めると岩壁の上の方にリンゴ位の大きさの光球が並んで飾られており十分明るかった。 そのまま何度か分かれた道を進んでしばらくするとドーム型で広々とした場所に出た。
そこには沢山の棚に数え切れないほどの鍋やフラスコやコードや機械の部品やらが、床には鉄板や棒きれ板きれや、自動車や飛行機、そして水車のようにぐるぐると回る大きなネジの先に棒がついて鉄くずを崩していたり、とかく雑然としていて倉庫のような、工場のような場所だった。
「佐太郎ー!」
よく響く声でラムールは呼んだ。
小型飛行機のすぐ側でスパナを持った手が振っていた。
「おー。 来たか」
そこから現れたのはとても背の高いがっしりした小山のような男、佐太郎だった。 黒髪はすすけてぼさぼさ、無精ヒゲはのびっぱなし、しかし力強い眉の下には優しくて知的な眼光があった。 一人で機械を持ち上げたりするからか、体は骨太でたくましく年もラムールより一回り以上は年上だろうが年の割にはしっかりした体つきをしていた。
佐太郎は作業を止めると雑然としたこの中であまり物が置かれていない中央のゴザの所まで行きあぐらをかくと、近くにあったやかんを掴み側に落ちていたコップにお茶を注いだ。
「ライマー、飲むかぁー?」
まだ離れたところにいるラムールに声をかける。
「いらなぁーい。 それより大至急でフルカバーバージョン作ってくれるぅ?」
ラムールは佐太郎のいる場所とはまったく別の方へ進みながら言った。 そのラムールの声質はいつもの穏やかなアルトの響きではなく、美しいソプラノへと変わっていた。 と同時に甘えたような子供っぽい口調になっていた。
「おやすいご用だっ、と」
佐太郎はお茶をすすりながら答える。
「材料用意すっからよー、その間にライマ、おめぇさんは風呂にでも入ってこい。 どーせ今も中は汗だくだろうが?」
「ビーンゴ。 じゃ、お風呂借りるよ。 あとねぇ、ライマじゃないって何度も言ってるじゃん」
ラムールは進んだ先の扉を開けながら振り返り叫ぶ。
「おれにとっちゃあおめぇはライマだ」
どこかふて腐れたように言うと、佐太郎は腰を上げライマの入った扉とは全く反対側の壁にずらりと並んだドアの一番左端に入って行った。
「んっとに一夢と同じで人の名前の切り替えができないんだから……」
ラムールはぶつぶついいながら扉を閉め、服を脱ぐ。 どうやらここはシャワー室らしい。
ラムールが身につけている上着を脱いでしまうとそこには、よく鍛えられ、程よく筋肉のついた男性の上半身が姿をあらわれた。 するとラムールは両手を肩にやりほんの数秒もぞもぞと手を動かしていたかと思うと息をとめ、肩の皮膚をしっかりと掴みべりべりと皮膚を下へ引きはがした。 皮膚をお腹のところまで下ろすと左右にゆさぶり、ついには前上半身全部の皮を剥ぎ取る。
そして中から出てきたのは。
白く形の良い大きなふくらみが二つ。
「っふぅー。 熱かったぁ」
ラムールが息をつく。
テノス国王子付教育係、完璧と称される青年ラムール、
彼は、女だった。