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第15話 絶対威圧

 凄い。

 それしか表現のしようがなかった。

軍隊長も、ラムールも。 その動きの素早さ、力強さ、迫力。 すべてにおいて二人の対決はものすごかった。


「素晴らしい。 ラムール殿は幼き頃にも増して動きが鋭く早くなっておる」

「軍隊長も何とまぁ力強く素早いですな」


 教師達も感心していた。


「しかし」


 一人の教師が言った。


「こうなっては、そろそろアレが出るのではないかな?」


 アレ?


 周囲の女官達が不思議そうに先生の顔を見た。

 昔から城に勤めている、教育係になる試験の時のラムールを知っている教師達は皆、頷き唾を飲みこんだ。 そして魔法学の先生が杖を握りしめ、司教様が胸のロザリオを握りしめた。

 これから何が始まるというのか。

 格闘場の中央で見つめ合った二人は目を逸らさない。


「教育係。 手加減は無しでお願いしたい」


 ボルゾンが言った。


「噂に聞いたことがある。 教育係は<とてつもない>と。 ある者はそれを<絶対威圧>と呼んだと聞く。 その物腰、風貌から俺はてっきりただの風評、噂についた尾ひれだろうと考えていた。 だかしかし、どうやら今の教育係の動きを見るに真かと感じた。 見せてはくれんか? ……絶対威圧を」


 絶対威圧。


 その言葉に教師が反応して身構えた。 ラムールは、小声で答えた。


「あなたが恥をかきます」


 ボルゾンの眉がぴくりと動いた。 心外だった。


「面白い。 それほどまでにお前は強いと言うのか」


 しかし再び、ラムールの返事はボルゾンに聞こえる程度の小声だった。


「ここで剣を納めればあなたの名に傷はつかない。 ……もし仮に、あなたが私に手も足も出なかったとするならば、あなたは軍隊長として困るのではないですか? 私も絶対威圧を使うとなれば手加減はできません」


 確かに、国で一番強い者であるはずの軍隊長が教育係に手も足も出なかったとすればこれは兵士達にとってもしめしのつかない事かもしれなかった。 この国で一番強いのは軍ではなく、いち教育係だとすれば、国民に対して兵達もしめしがつかないのではないだろうか。

 ところがボルゾンの返事は全く違うものだった。


「名? 傷? そんなモノはどうだって良いのだ。 仮に俺が負けたとしても、教育係、おまえが強いということが世に知れ渡ればそれだけでも十分国の為にはなる。 国を守る。 その為には個人の体裁など取るにたりん。 それほどまで強いのならば国中に、いや国外にも名を広めよ。 テノス国にラムールありと。 国に危害を加えし者は我に成敗されることを認識しよと。 そうすれば力は時として、大きな守りの力になる」


 ラムールが驚いたように目を見開いた。

 ボルゾンはしっかりと言い切る。


「俺も国に仕えし者。 ならば確かめたき事も一つ! お前が国の役に立つのか否か!」


 そして再びボルゾンは剣を構え直した。

 ラムールは。


「気に入りました」


 真剣な眼差しのままとても嬉しそうに答えた。


「本気でいきましょう」


 そしてゆっくりと息を吐くと右手に持っていた剣を左手に持ち替えた。


「……? お前は右利きであろう? なぜ剣を持ち替える?」


 ボルゾンが不思議そうに呟く。


「私はもともと剣は左で使うのです。 右手では拳を、左手では剣を。 そのように鍛えられました。 そして、私の特技……魔法が同時に使えるように。 この戦闘のやり方が私の本気」


 ラムールは落ち着き払って答えた。 そして左手の剣を胸元で斜めに構え、右手はゆっくりと下げ――


「覇っ!」


 ラムールの気合いの入った声が響いた。

 バサバサバサバサとテノス城周辺の鳥が一斉に飛び立った。


――――――――――それは。


 ラムールを中心に爆風が噴いているかのような。

 重力がすべてラムールに集まり引き寄せられたような。



「おおおおおおおおっ」 


 ボルゾンが声を上げる。


 これは、魔法ではない。

 ラムールから見えない光の針が突き出ているような。 近づくとすべてがその巨大な力で押しつぶされてしまうような感覚。

 そう、これば限りなく殺気に近い威嚇だった。

 どんどんどんどんラムールから威嚇のエネルギーが放出される。 大きなブラックホールを相手にしているような灼熱のマグマが弾けているような。

 絶対的圧力。 その巨大な威力はすべてを飲み込み沈黙させ体と心を硬直させる。


「きゃああああ!」


 観客の中で悲鳴が上がった。


「結界!」


 瞬時に魔法学の先生と司祭様が結界を女官達と自分の周囲に貼る。

 ラムールのそれは目には見えない大嵐のようだった。 結界の中にいても強き荒れ狂う風が窓に吹き付けるかのように、極寒の冷気が壁を通り抜けて染みこんでくるかのように、威圧のエネルギーがびしびしと伝わってくる。

 少しでも離れようと観客は上へ上へと後ずさりする。 最前列の兵士や観客の中では腰を抜かす者もいる。 結界の中なのに恐ろしさに震え気を失う者もいた。

 実際に風が吹いたわけでも、何が起こった訳でもない。

 ただ目に見えぬ空気の質が変わっただけであった。

 しかしそこにいる者すべてが見えぬラムールの威圧の気に押され、震え、そして動けなくなった。


 恐怖で人は動けなくなるのである。


 まるで巨大なものと一人で戦わなければならないような、圧倒的無力感。

 会場は水をうったように静まり帰った。

 だが、まだまだ威圧のエネルギーが増大しているのは、誰にでも分かった。

 ラムールがやっと剣先をボルゾンに向けて言った。


「いかかです?」


 ボルゾンは構えてはいるものの、額に汗を浮かべカタカタと小さくその腕を震わせていた。


「本来ならこの気迫を出したまま、剣か魔法を使って敵と戦うのです」


 ラムールの剣先がゆらゆらと揺れる。

 もう誰の目にもラムールの勝ちは明らかであった。

 いや、誰もがラムールという猛獣の前に捕まったひな鳥のような心境だった。


「ところで軍隊長?」


 ラムールは動けないボルゾンに向かって話し始めた。


「もし私が敵だとしたらどうします? 今ここで、国王陛下、もしくはデイ王子に危害を加えるつもりだとしたらどうします?」


 なんという事を言うのだろう。 ボルゾンの瞳がぎょろっとラムールを睨んだ。


「そ……ンナ……こと……は……させ……」


 蚊の泣くような小さな声をボルゾンが絞り出す。

 ラムールは更に挑発した。


「この位で軍隊長ともあろう者が動けませんか? あなたの忠誠心とやらはその程度ですか!?」


 軍隊長の顔に怒りが満ちる。


「う……う……うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」


 ボルゾンは雄叫びを上げる。 そしてゆっくりと、錆び付いたように動かない腕をギチギチといわせながら少しずつ剣をふり上げる。

 さすがだった。

 観客もこんなに離れておきながら、金縛りのように指一本動かせなくなっていたのである。 そんな中、このエネルギーの中心点であるラムールのすぐ側で声をあげ、少しだけだが自分の意志で動けるのである。 よほどの精神力なのだと誰もが思った。


 そのとき。

 パンパン、と柏手を打つ音が聞こえた。


 向かい合ったラムールとボルゾン以外のすべての人がその音の主に目をやる。

 国王陛下だった。

 国王陛下は何食わぬ顔で特別席に座っていた。 結界が張ってある訳ではなかった。 現に特別席で側に控えていた大臣は腰を抜かして動けなくなっていた。


「デイ。 止めてくるのだ」


 テノス国王は穏やかにデイに告げた。

 特別席の柵にかぶりつきになって見ていたデイが「はーい」と返事をすると柵をひらりと乗り越え軽やかに観客席を下り格闘場に入る。

 だが、ラムールの威圧の力は少しも弱まった訳ではない。 誰もが平気で動き回れるデイと国王の事を不思議に思った。


「はいはい♪ もー、勝負あった。 軍隊長ー。 お疲れー」


 デイがポンと軽くボルゾンの肩に手をやる。 ボルゾンは残ったすべての力を込めて言った。


「……俺の……負けだ……」


 ラムールがそれを聞いて、剣を右手に持ち替えて手を下ろす。

 空気がすっ、といつもの柔らかな空間へと変わった。


 ふうっ。


 水面に上がって息をつくかのように、会場にいた者が息を吸った。

 ざわざわざわと会場内がざわつく。


 ドシィン!


 大きい音がしたかと思うと、それはしりもちをついたボルゾンだった。

 ボルゾンは俯いて肩を振るわせていた。


「ぐ、軍隊長?」


 デイが心配そうに覗き込む。


「ふ……くく……く……」 


 最初は泣いているのかと思った。 ところが声は少しずつ大きくなり笑いを帯びた。


「ふ、ふふふふ。 は、はは。 はっはっはっ」


 ボルゾンはついに空を見上げて大笑いした。


「負けだ負けだ。 俺の負けだ。 まだまだ俺も修行が足りないな。 なぁ、ラムール」


 呼びかけられてラムールはにこりと微笑んでボルゾンに手を差し出す。


「あの威圧のなか動くことができるなんて、ボルゾン。 城の中で、あなたが初めてです。 流石と感心致しました」


 ラムールの差し出した手を握ってボルゾンが立ち上がる。


「確かに、ラムールがいるならばこの国は安心だ。 俺も更に腕にみがきをかけるので一緒に国に尽くそうぞ?」


 ラムールが立ち上がったボルゾンの手を握手の形に握り直した。


「勿論。 共に力を合わせて働きましょう」


 パチパチパチと、それを見たテノス国王が拍手をすると、拍手は会場全体に広がり割れんばかりの拍手になった。


「良かったじゃん、せんせー」


 デイが嬉しそうにボルゾンとラムールの顔を見比べる。

 ボルゾンがふと気づいてデイに尋ねた。


「そういえば……どうして陛下も王子も平気であられたのですか?」


 デイはきょとんとして答えた。


「俺いっつも怒られてるもん。 あの位だったらぜーんせーん平気」


 その返事に観衆がどっと笑い、ラムールがあいたたた、と頭を抱えた。


「そうだとしてもさすが王子。 精神力が強いですな。 感心いたしました」


 ボルゾンの言葉にみんなが納得した。

 何しろ他の皆は、そう、親しくしていたと思っていたリトですら動けなかったのだ。


「――陛下は?」


 ボルゾンがテノス国王の方を向き直って尋ねた。

 テノス国王はフフ、と暖かに微笑むと言った。


「確かにラムールの気迫はとてつもなく強力であった。 例えるなら巨人の前の蟻になったような、絶対的威圧。 ……しかし」


 テノス国王はラムールを見た。


「ラムールの忠誠心は儂が一番良く知っておるし、信じておる。 ラムールは儂に危害を加えたりせん。 ならば何を怖がる必要があろうかの? であろう? ラムール」


 ラムールは片膝ついて深々と礼をした。


「御意にございます。」


 ほおお、と感嘆の声があちこちで上がる。

 そして皆が再び拍手をする。

 そうなのだ。

 たとえあの時動いたとしても、ラムールが本当に自分達に危害を加えるはずが無いのだ。 だってラムールなのだから。 敵ではないのだから。 しかし皆、本能で怯えてしまい動くことができなかっのだ。

 ラムールは何と深く国王から信頼されているのだろう。

 そしてそこまで信頼されるほど、何とラムールの忠誠心は高いのだろう。

 リトをはじめ、その場にいたすべての者が感心せずにはいられなかった。

 一息ついて会場ばざわざわと賑やかさを取り戻した。

 みなそれぞれが会場を後にする。


 威圧の気を消したラムールはいつもの暖かくて柔らかな雰囲気でまわりを包んでいた。 兵士数名が涙ぐみながらボルゾンの所に駆け寄り、「た、隊長……自分は、自分は感動しました。 あのすごい状況の中、隊長は声をあげることができました。 剣を振り上げることができました。 さすがです。 俺達ゃ、がくがく震えるだけで腰抜かしたりちびったりしかできなかったのに……すげぇ、すげぇっすよ、軍隊長!」と、わんわん泣いている。


「泣くなおまえたち。 ……いいか? これからもっとビシビシ鍛えてやるからな? ラムールに負けぬよう精進するぞ! いいか!?」


 ボルゾンが激をいれる。


「おう!」

「ついていきます、隊長!!!!!」


 兵士達は団結していた。


「なかなか……こういう関係も面白いかも……」


 ラムールはそんな軍隊を見てつぶやいた。


「さてそれじゃ私も部屋に帰りましょうかね」

「ちょっと待てラムール」


 呼び止めたのはボルゾンだった。


「国のことで、話がしたい」 


 国のことと言われればラムールが聞かない訳がない。


「なんでしょう?」


 ラムール向き直る。


「男同士、腹をわってこの国のことについて話をしたい。 いいか?」

「いいでしょう」


 ラムールが頷く。 ボルゾンも満足そうに続けた。


「では後で男子大浴場で待つ。 男が腹をわって隠し事なく話すにはもってこいの場所だろう? 夕方六時。 風呂につかりながら語り合おうぞ。 では」


 ボルゾンは軽く手をあげると背を向けて去っていく。

 ラムールはちょっとの間固まっていたが、一言、つぶやいた。


「……え?」


 頬につうっと汗が一筋流れていた。

 そしてそんなラムールを面白そうにテノス国王が眺めていた……。

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