第14話 ラムールVS軍隊長
それから数日が経ち、陽炎隊の名前は更に有名になっていった。
東の村での水難は幼い子供が川で溺れることを予言していた。
彼等が着くのがあと数分遅れていたら、幼い命が亡くなっていただろう。 城下町で工事現場が崩れたときも彼等はすぐ駆けつけ救助をした。
有名になればなる程、”実は昔助けて貰った”と言う者が次々に現れた。 それは主に旅人だった。 聞けば山中で魔物に襲われた時、崖や穴に落ちた時、色々な場面で彼等は現れて救いの手をさしのべて行っていた。 自分がどこの誰であるか名乗らずに。 今回、自警団に登録されて名が知れ渡ったことにより、やっとあの時のお礼が言える、とお礼の品を持って城に尋ねに来る者も少なからずいた。
「すごいですね。 陽炎隊」
リトはその日、ラムールの事務室でお茶を飲みながら切り抜きの手伝いをしていた。
しゃく、しゃく、と紙の切れる音が響く中、リトは続ける。
「女官達の間でも、一目でいいから噂の陽炎隊を見たいって子が多いんですけど彼等はいつまでもその場にいないから見ることが出来ないって嘆いてます」
それを聞いてアハハ、とラムールが軽やかに笑った。
「想像以上にあの子たちは頑張ってますね。 もともと困っている人をみたら放っておけない質ですからね」
ラムールの顔はやはりどこか嬉しそうだった。
その時「うがああああ!」とボルゾンの叫ぶ声が館中に響き渡った。
「また山賊が出ました……ね」
ラムールが手を止めて呟く。
被害が出るたびにボルゾンが叫ぶのはいまや名物のようなものだった。
「ラムール様、陽炎隊が山賊も退治したとなったら言うことなしですよね」
「んー。 山賊ねぇ……。 アリドがいなくなってからというもの、行動が派手ですね」
ラムールが意味深に呟く。
ラムールもアリドが山賊の一員だと思っているのかもしれない。
ちょっと不機嫌になってリトは下をむいた。
「おや?」
リトのそんな反応にも気づかずラムールが扉の方に注意を向ける。
ドカッ、ドガッ、と大きな音を立てて誰かがやってくる。
目的がこの事務室であるのと、誰が来ているのかは明らかだった。
ドンドンドン、ドンドンドン、とまるで扉を破らんばかりの強さでノックがされる。
「どうぞ。 軍隊長」
ラムールはそう返事をしてパチンと指を鳴らす。 ドアがひとりでに開き、ボルゾンがそれに目を白黒させて扉をじろじろと眺めながら部屋に入ってきた。
「よく俺だと分かったな」
どこか警戒しながらボルゾンがソファーへと近づく。 まるで罠の仕掛けられた迷宮を歩くかのように。
「そんなに警戒しないで下さいよ。 お掛けになりませんか? お茶を……」
「あっ、私、やります」
リトは腰軽く動こうとした。 ところがラムールから手で制された。
「ここは私の部屋ですからリトは気を遣わないでいいですよ」
「お茶なんか飲んでる場合じゃないのだ! 教育係」
ボルゾンかゆったりと構えているラムールに向かって激しく言った。
「軍隊長。 気ばかり急いても良いことはありませんよ?」
ラムールは動ぜずにボルゾンをソファーへ座るように促すと、手早く紅茶を入れて差し出した。
「どうぞ。 少し熱……」
ところがボルゾンはラムールの言葉を最後まで聞くことなく、紅茶をぐっ、と一気飲みし、ガチャン、と音を立てて荒々しくカップを皿に置いた。
「あ、熱くありませんでしたか?」
ラムールがもう遅いけれど、と いう顔をしながら尋ねる。 ボルゾンは真っ赤な顔をして眉をひくひくさせながらも努めて平気そうな顔をしていた。 そして目を血走らせながら言った。
「……にくわん」
「は?」
「気にくわーん!」
ボルゾンは雷のように叫んで立ち上がると、ものすごい形相でリトとラムールを見下ろした。
「前々から気にくわなかったのだが、どうして教育係はそう女々しいのだ? 将来国王となられる王子を教育する立場でありながら、その物腰。 弱々しいにも程がある。 なのに皆から信頼がある」
褒めているのか、けなしているのか。
「だが俺は認めん。 絶対に認めんぞ」
頭から湯気が立ちそうなほど燃えているボルゾンと相反してラムールはまるでだだっこを眺める大人のように、仕方がないなぁという顔をしている。
「なんだその顔は!」
それが更にボルゾンの心の炎に油を注いだらしい。
「まったくどいつもこいつもこんなヤサ男を頼りおって。 確かに教育係、あんたは頭はいいかもしれん。 だがそれだけでは人は守れんのだ、国は守れんのだ」
ボルゾンが顔をずいと詰め寄る。 ラムールは目を逸らさずにいた。
「……軍隊長? 何か頼み事があっていらしたのではないのかな?」
ラムールのその一声に軍隊長はぐっ、とつまる。
ううう、と唸っていたが一息、ブルル、と息を吐くと押し殺すようにに言った。
「陽炎隊と連絡を取りたければ教育係の所にいけばいいのだな?」
ラムールとリトが息をのむ。
いったいどこで知ったのだろう。
「それは、どこで……?」
ラムールが尋ねた。
「デイ王子からだ。 先刻、教えて下された。 陽炎隊の力を借りたいのならば教育係に尋ねれば良いと……」
ボルゾンは言った。
デイめ、とラムールが小声で呟く。 そして少し思案する。
「断ります」
いきなりラムールは結論だけを告げた。
『断る??』
ボルゾンとリトは同時に声を上げた。
「なぜだ教育係? 俺は山賊退治の為に力のある若者を必要としているのだ。 陽炎隊は最近の活躍だけでも最適な人材。 軍に入って欲しいくらいだ。 きゃっらに命令できるのは、教育係、おまえだけなのだろう? 何が嫌なのか? 礼金か? 名誉か? 俺がおまえをヤサ男と言ったからか? それとも山賊を退治したらそこに身内がいて自分の評判が落ちるなど、不都合でもあるのか?」
最後の一言はアリドを指しているのはリトにも分かった。 リトは思わず口を挟んだ。
「お言葉ですけど軍隊長様。 アリドは山賊の一味なんかじゃないですからね。 だから山賊退治をしてラムール様が困るなんてことは、ぜーったいありませんから!」
ボルゾンに噛みつくばかりの勢いで吠えるリトを苦笑しながらラムールがおさめる。 ラムールは座りなおしてボルゾンに向き合った。
「軍隊長は私を誤解なさっているようだ。 私が陽炎隊に命令できる人物、これは否定しません。 ただ、私は彼等の自主性を重んじたいのです。 彼等にとって私の命令はある種、絶対のものです。 だからどうしても必要な時以外は命令したくないのですよ。 だから陽炎隊に力を貸して欲しいのならば彼等に直接、話をして下さい」
ボルゾンは何かいいたそうなのをこらえて尋ねた。
「じゃあ奴らに会うにはどこにいけばいい?」
ところがラムールの返事はつれないものだった。
「それは教えられません」
ボルゾンの顔にまた湯気が沸く。
「おまえは一体何を考えているのだ!!」
拳を振り上げテーブルをたたく。 テーブルの上のカップが浮き上がりカチャカチャと音をたてた。
「軍隊長。 たかが山賊ごときで彼等に力を借りるまでもないということですよ。 心配なさらないでもどうしても必要なら私が山賊征伐の際は力を貸しますから」
ラムールがなだめるように言うと、ボルゾンは一瞬あっけにとられた。
「は、はは? はははっ。 教育係、おまえが力を貸すだと?」
ボルゾンは、はっはっはっはっと高らかに笑う。 笑いが止んだかと思うと鬼のような怒りの形相になった。
「ふざけるな! お前が力を貸す? 力という名の智恵か? 作戦? 自分は安全な所で指示を出し、危険なことは兵にさせ、作戦が失敗したときは兵士の質を疑い、作戦が成功したときは自分の手柄にする、そんな力などいらぬわ!」
「どうも軍隊長は私に偏見を持っているようで」
ラムールが呆れる。
「軍隊長の言ったような力なら私も欲しくないですね。 私の貸す力はもっと具体的に、私が前面に出て山賊と戦うという意味ですよ」
ところが軍隊長は更におかしそうに笑った。
「おまえが? 最前線で戦う? 出来もしないことをいけしゃあしゃあと! そんな弱々しいおまえが戦うと?」
「少なくとも私は軍隊長より強いから」
ラムールも少し腹が立ったようだった。 挑発するように答えた。
ラムールの挑発はボルゾンにも届いたようだった。
「俺より……強い?」
「言いたくはありませんでしたがね」
「面白い」
ボルゾンは立ち上がった。
「教育係。 俺と手合わせを願おう」
ボルゾンは自信満々に言った。
「おやめになった方がいい。 恥をかくのはあなたです」
ラムールは言った。
リトは二人の顔を交互に見る。
ボルゾンの方は火花が散らんばかりに苛立っている。 ラムールの方は透明な炎がゆらゆらとゆらいでいるようだった。
「俺は本当に力のある奴しか認めない。 教育係のようにはったりだけで戦わない輩はクソとも思わん」
ボルゾンが見下すようにラムールを見る。
「力の差も分からないのは愚かですね」
ラムールも負けてはいない。
ボルゾンは頭に血管を浮かびあがらせながら言った。
「今から裏庭の格闘場に来い。 いいな」
ラムールも立ち上がった。
「行きましょう」
白の館の裏庭には柵で囲まれた、すりばち状の格闘場がある。 周囲には観客が試合を見ることが出来るスペースがあり、ときおりここで兵士同士の交流試合や力試しの大会が行われる。
軍隊長ボルゾンと教育係ラムールが手合わせをするという話はあっという間に白の館や宮殿中に広まり国王陛下、デイ王子を始め、宮殿にいた貴族達、女官、兵士、果ては教師に掃除夫、召使いなどの多くの人間で観客席が埋め尽くされた。
国王陛下とデイ王子は観覧特別席に腰を下ろしている。 観覧席の最前列は兵士がほとんどだった。 女官たちも最前列に行きたがったが、教師達がそれを制してかなり上の方の、格闘場から離れた場所に集めさせられた。 そして教師達もできるだけ離れた場所で見ようと、後ろに、後ろに寄っていた。
「ボルゾン軍隊長は任務についてまだ3年くらいでしょう?」
「知らないとは恐ろしいことだ」
教師達が口々にささやいている。
「我々も教育係を決める試験の時に見た以来だが……」
教師達はとにかく下がれ、離れて見ろ、と女官達に言った。
リトは真向かい側にある特別席のデイと陛下を見た。 ところが彼等はほほえみすらうかべて暖かい眼差しでボルゾンとラムールを見ている。
格闘場の中央に鎧に身を固めたボルゾンと、ランニングとズボンという格好のラムールが向かい合って立っている。
ボルゾンの手には大きな両刃の模造刀が握られている。 ラムールは兵士がごく普通に使う剣の模造刀が握られている。 これは手合わせだからだ。
「竹光だからといって甘く見るなよ教育係。 これでも簡単に骨の一つや二つは折れるぞ」
「鎧をつけているからと安心したら痛い目みますよ? 軍隊長」
「ふふ、教育係こそ。 鎧すら身につけないで過信していると骨の一つ二つでは済まないかもしれないぞ?」
お互いに自身満々に微笑む。
「えーと……それじゃあ……」
兵士の一人が審判をようと前に進み出た。
「邪魔だな」
ボルゾンがそれを見て言った。
「邪魔ですね」
ラムールも言った。
「これこれ、兵士ムーよ。 審判も判定もいらぬ。 ワシが開始の合図を告げるからそちは下がっておれ」
よく響く声で特別席から陛下が言った。 兵士は慌てて一礼すると観覧席に戻る。
「それでは始めるぞよ。 時間無制限。 軍隊長ボルゾンと教育係ラムール、両名の手合わせ試合じゃ。 では、始めぃ!」
ラムールとボルゾンはまず陛下の方向き深々と一礼をした。 そして同じ早さで向き直る。
軍隊長が盾で身を守りつつ剣を構えた。
ラムールは半身になって右手で剣を持ち、指さすように剣先をボルゾンに向けた。
「フ……教育係よ。 早くかかって来んか?」
「軍隊長こそお先にどうぞ? 私はどちらでも構いません」
ラムールも笑っている。
「後悔するなよっ!」
ボルゾンが剣を振り上げラムールに襲いかかる。
ぶおん、と剣が風を切る。
右上から左下に下ろされた剣をラムールは背を逸らして避ける。 ボルゾンの剣がすかさず切り返してラムールの右下から襲いかかる。 ラムールはくるりとバク転をして難なくそれを避ける。 すると息もつかせずにボルゾンは振り回した剣を途中で止め地面に降り立とうとするラムールめがけて突きをする。 鋭く突き出された剣先がラムールの体を襲う。
ラムールは襲いかかる剣先に自分の剣の側面を合わせて押しのける。 横からの力が加わったことでボルゾンの剣先はラムールに当たることなく横に逸れる。 するとボルゾンはすかさず剣を横に切る。 だがすでにラムールはしゃがんでそれを逃れる。 ラムールがしゃがんだ時に片足を軸にして回転しボルゾンの足をはらおうとする。 しかしボルゾンも飛び上がりラムールの足には引っかからない。
飛び上がったボルゾンが剣を両手で持ち下に向けラムールの頭上に突き下ろす。 ラムールは回転軸にしていた片足に力をこめると後方に飛び退きそれと同時にボルゾンの剣が地面すれすれまで突き下ろされた。 ボルゾンが前を見ると後方に飛び退いたラムールがすぐさま地面を蹴りボルゾンへと向かってくる。 ラムールの両手が素早く上がりボルゾンの脳天めがけて剣が振り下ろされた。
カカンッ
剣と剣がぶつかる音がした。
ラムールの振り下ろした剣をボルゾンは自分の剣を横一文字に持つことで頭上すれすれで避けていた。
ラムールとボルゾンの目が合う。
お互いににやりと笑った。
ボルゾンが渾身の力を込めて剣ごとラムールを押し返す。
ラムールはくるくるくると回転しながら、すたり、と間合いの外に降りたった。
「やるな教育係」
ボルゾンが言った。
「さすが軍隊長、というところですか?」
ラムールも答えた。
うおおおおおお、と会場が噴き出すような歓声で震えた。
二人ともとても凄いと皆が感じていた。
女官の中には早くも感動して泣き出す者もいた。
「やれーっ! やっちまって下さいっす! 軍隊長!」
「ラムールさまーっ! まけないでーっ!」
兵士も女官も大声を上げて声援を送る。
陛下と王子はニコニコしながら二人の戦いを見ていた。
「すごい……」
リトも思わず声が出た。