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第12話 手に余る

 弓の純潔も証明でき、それから暫くの間はとても平和だった。 リトはここの生活にも馴れた。 アリドにはあの日から会えていない。 ときおり寂しくはあったが弓や女官達と過ごす日々は楽しかった。


 リトは時々陽炎の館へと遊びに行った。 その殆どの時間、館には弓一人だった。 羽織達は毎日毎日朝から晩まで訓練に精を出していた。 弓はいつも家の掃除や食事の準備、そして編み物やパッチワークをしていた。


 それから、白の館でも弓に対する周囲の評価も少しずつ変わってきていた。

 それはラムールが保護者であるということが公になったこともあったが、リトとルティが少なからず影響を与えていたのも事実である。

 リトと弓は周囲が認める仲良しだったし、ルティと三人で一緒にいることも少なくなかった。 もともと弓が皆から仲間外れに遭うようになったきっかけはルティとのイラクサの布事件である。 それで縁を切ったはずのルティとリトが仲良くしているのだ。 あの事件には何か普通のイラクサ布のいわれとは違う別の意味があったのではないかと気づく者がいても不思議ではない。 とすれば弓は清らかでもあるし、孤児だという事以外は特に悪い娘でもない。 皆の態度が軟化するのも当然といえば当然だろう。 勿論、急に人間は切り替えがきくものではないからランなどはいつもあからさまに無視をしたり、思いきり不快そうな顔をしていた。


 リトは時々、女官達とラムールの事務室にお茶を飲みに行っていた。 弓は誘っても必ず断った。 ラムールも全く弓の話はしなかった。 しかしそれが周囲へのバランスを取っているようだった。 いまだにラムールに近づきたいと企む者はリトの所へ話を持ってきていた。 弓は大事にされていないから近づいても無理だと考えているようだった。 弓はそんな所でも守られていると思った。 しかしそんな弓にリトも助けられていた。 弓と一緒にいると企みで近づこうとする者が寄ってこられないのである。 リトに話を持っていって弓に持っていかない事により弓が怒り、それが原因でラムールも怒ったらと心配しているのである。

 まぁ、それを抜きにしろ、リトと弓は一緒にいてお互いに心休まる友であった。


 そしてその頃、国では別のある二つのことに注目が集まっていた。

 一つは、南の村に向かう途中の山で出る山賊の事である。

 ここ一月ほど手口が荒々しくなったのである。

 それまでは物を盗るばかり、しかも全部奪ったりすることはなくほどほどで止めていたのだが、今は洗いざらい、そう、赤子のミルクでさえも奪うような冷酷な手口になっていった。

 黒犬の集団が最初に襲うのは変わりなかったが、今までは犬に追われて逃げた旅人が落とした物や、持ち主のいなくなった荷台などから物を盗っていたのに、今では人がいようがいまいが人間が犬と一緒に襲いかかり強奪するようになっていた。 幸い死人は出ていないが大怪我を負った者はいた。

 手口が変わったのはアリドがいなくなった頃からである。 軍隊長ボルゾンは城下町の裏町からも姿を消したアリドが本腰を入れて山賊家業に精を出しているのだと信じて疑わなかった。 被害が報告されるたびにボルゾンは大声で「アリドの奴め!」と叫んでいた。

 その日も怒りにまかせて机を叩いて「アリドの奴めぇっ!」と叫ぶ声が白の館じゅうに響きわたった。 その声が響くたびに今日も被害があったのだなとみんな知ることが出来た。


 リトも弓も信じてはいなかったが、一ヶ月前までの被害を聞くとどう考えてもアリドが山賊団の一味であるように思えた。 なぜなら何度も姿を見せているのである。 あの大きな熊のような犬にまたがって。 六本腕の褐色の肌をした金髪の男。 そうそういるものでもない。 一ヶ月前までは黒犬の集団に襲われている最中にやってきて「もぅ他にねぇのか?」と尋ねる。 もうありません、またはこれ以上勘弁してください、と言えば「シけてやがんな」と言って黒犬とともに去っていく……。 だが、その時、目の前で直接品物を奪う事はない。 そして、黒犬の集団に命令している姿も見ない。 だから「山賊である」と決めつける事も出来ないのだ。 一回でも、一個でも目の前で盗っていけばすぐ指名手配ができるのに、とボルゾンがぶつぶつ唸っているのをよく耳にした。


「でもさぁ、今、怪我人でてるんでしょ? 私、アリドが怪我をさせるなんて思えないんだよね」


 リトは部屋で半分独り言のように窓の外の星空を眺めながら言った。


「でも状況的には限りなくバツよね」


 情け容赦なく遊びに来ていたマーヴェが答えた。


「それに山賊の一味でないならその場にいる訳がないわ」


 本当に情け容赦ない。


「そーなんだけどさぁ」


 リトは情けない声を出す。 そして机の引き出しの中からオルゴールを取り出す。


「考えても仕方ないよね。 リト、あなたもクッキー食べたら?」


 床に座っていたユアが皿を差し出す。 リトはありがと、と言って一つ取る。


「マーヴェはクッキー食べない?」


 ユアが皿をマーヴェにも向ける。


「今から部屋に戻って明日の授業の予習をしないといけませんから。 甘い物を食べると気が散りますわ」

「マーヴェ、毎日勉強してるの?」


 ユアが驚く。 すぐさまロッティが横から口を挟む。


「当然でしょう? 優等賞を狙っていらっしゃるのよ。 だから一度も授業を休んだことも無いのよ」


 そうなのだ。 マーヴェは誰よりも名誉や賞と名の付く物に弱い、というか敏感。 主席だとか優等賞だとか皆勤だとか、狙える物は狙っている。 そしてその為の努力は惜しまない。 最初は隠れて努力していたようだが最近は馴れ合っているうちに堂々と努力するようになった。


「でも毎日がんわるはら、マーヴェっへ、えらいよね……」


 リトはクッキーをくわえたまま呟き、机の上に出したオルゴールを開く。

 ポン、ポロ、ポロロン……

 澄んだ小さな音が響く。

 ハルザから貰ったオルゴール。 リトはこれがとても好きになっていた。


「あら珍しい。 自動巻きオルゴール」


 マーヴェが身を乗り出して手に取ろうとした。リトが「だぁめ」と箱を引っ込めた。

 なんとなく触らせたくなかったのである。


「ケチね。 リト。 まあいいわ。 でも私は優しいから一言だけ忠告するわよ? 自動巻きオルゴールの取り扱い……特にネジの巻き方ご存じ?」


 リトは首を横に振った。


「結構手間がかかるのよ? 精密機械ですからね。 まず、逆さまにする」


 リトは逆さまにしてみた。


「そして時計回りに回転……」


 回転させる。

 マーヴェがにやりと笑う。

 いやな予感がする。


「……させちゃダメなのよ?」

「げ」


 リトは慌ててオルゴールを表に返してフタを開けてみる。

 ボン、ポロポホンホン…… 


「リ、リズムが変〜〜〜」

「時計屋に出せば1週間くらいで修理できるわよ」


 マーヴェはしらっと言って部屋を出て行こうとする。


「マーヴェー!」


 リトが恨めしそうに呼び止める。


「悔やむなら人に触らせない心の狭いご自分を恨みあそばせ」


 マーヴェはにっこりと言い放って部屋を去っていった。

 オルゴール、修理、確定。


「あははっ。 やられたね。 リト」

「んもぅ、笑い事じゃないよー。 ノイノイ」


 リトはぷうっとふくれた。


「それ位で住んで良かったと思うわよぉ? マーヴェにかかったら修理不能なまでに壊されることも珍しくないんだからぁ」


 ロッティが慰めになっているのかなっていないのか分からない事を言う。


「私も結構壊されたなぁ。 マーヴェって実家が物持ちだから変に珍しい色んなものの取り扱いに詳しいのよねぇ。 そう考えると今のなんて可愛い悪戯だわ」


 ロッティも苦労しているようである。


「ね、ね、マーヴェもいなくなった事だし、あの話しない?」


 ノイノイが身を乗り出した。


「またあの話ー?」


 リトは少しうんざりした感じで答えた。


「だってマーヴェがいたら”たかが自警団でしょ”って一言で切り捨ててつまんないから」

「ああん、分かる。 分かるわぁ。 ノイノイ。 自警団でもいじゃない、ねぇ? そりゃあ身分の保障されている兵士なら言うことないわよぉ? そのうち出世してくれるかもしれないし。 でも陽炎隊のワイルドさ、クールさって言ったらもう、何も言うことないじゃない?」

「ロッティ〜〜〜♪ そうよ。 分かってくれる? 普通自警団って言ったら兵士にもなれない落ちこぼれのモヤシがなっているイメージだけど、彼らは違うわ。 最高のタイミングで現れて最速の仕事をしていく。 数ある自警団の中でも一際輝いているわ」


 リトはやれやれ、とため息をついた。


 陽炎隊は先日、正式に自警団として届け出を国に出して受理された。

 自警団はその名の通り自分達の責任の元で治安を守る役目をする者である。 届け出を出すとその後彼らが携わった事柄はすべて記録として残るのである。

 自警団はそれぞれ詰め所のようなものを持っているが彼らは違った。 常に流動的である。 来意が勘で何かありそうな場所に導くからである。


 そして陽炎隊をはじめ自警団は住居は登録するとき以外明らかにしなくてよいことになっていた。 なぜなら何かの事件の関係者が逆恨みして家族を狙うことがあるかもしれないからである。 リトはあらかじめ陽炎隊が正式登録される前にラムールから呼ばれて”彼等はきっと目立つので弓の身辺に嫌がらせや危険が起こらない為にも”彼等について多くを語らないようにと口止めされていた。

 すると何も話せないリトとしては陽炎隊の噂はどうにもこうにも手に余るのである。 そんなリトの気も知らないで、ユア、ノイノイ、ロッティの三人はきゃあきゃあと話に花を咲かせている。


「私ねぇ、あの黒髪の、ほら中央分けの彼が好みよぉ〜名前は、何かしら〜」


 ブラコン世尊ね。


「私は金髪の彼ね〜。 ほら、コイン取り大会に出ていたじゃない? 右の顔に傷があるのが勿体ないけど、すっごく綺麗なのよ〜〜っ」


 人間嫌い、清流だ。


「ねぇリトは誰が好み??」


 不意にノイノイからふられる。


「興味なぁーい」


 リトはすかさず答える。

 んもー、つまんなぁい、とユア達はぶうぶう言う。

 今やみんなが関心あることといえば南の森の山賊の事と陽炎隊の事だったが、リトは正直どちらもそこまで興味は無かった。

 ただ、アリドが今どこで何をしているのか、

 それだけがリトの最大の関心事だった。


「ああ、みんなここにいた」


 そこにルティがやってきた。


「ようこそ〜ルティ〜。 ねぇねぇ、ルティは陽炎隊では誰が好き?」


 ノイノイが両手を広げて歓迎する。


「残念でした。 私は神に仕える身だからね。 興味無いよ」


 そうルティが答えるとちぇー、っとばかりにノイノイが手を下ろす。


「ルティなら陽炎隊の名前知ってると思ったのに。 興味ないなら無理か。 誰か知らないかな……」


 するとそれを待っていたかのようにフローラルが部屋に入ってきた。


「リトリト〜っ♪ あっ、やっぱりみんなもいた。 いいものゲットしたわよっ♪」


 フローラルは嬉しそうに数枚の紙を抱きかかえ、ダンスをするかのようにくるくると回りながら部屋に入ってきた。

 どうも最近リトの部屋はたまり場になりつつあるようだった。


「どうかした? フローラル」

「ノイノイっ、よくぞ聞いてくれました。 ……ゲットしたわよ、陽炎隊の情報」


 にやりとフローラルが勝ち誇った笑みを浮かべる。


「きゃーーーー? うそうそうそー?」

「本当よっ。 彼に自警隊名簿をコピーしてもらったんだもん♪」


 リトとルティが顔を見合わせる。


「フローラルの彼氏って……」

「確か兵士」


 一斉に部屋中の視線がフローラルの手にした紙に注がれる。


「見せて見せて♪」


 ノイノイ達がにじり寄る中、まぁまぁ、と制してフローラルが紙をベットの上に広げた。

 まるで強力磁石で吸い寄せられたかのように少女達はベットの上に上がり顔を寄せて紙を見た。

 紙には顔写真と名前、年齢と出身がそれぞれ4名分、書かれていた。


「えっと……この黒髪を一つ結びにしている人が羽織って言って隊長なんだ」

「使用許可武器は剣が三本になってるわね」

「三本って多くない?」

「わかんない」

「出身は?」

「オルラジア国」

「え?」


 思わずリトが呟いた。


「どうしたの? リト。 ……って、いやだぁ。 興味ないとか言って、どうして私のすぐ横にリトの顔があるのかしらぁ?」


 ロッティがくっくっ、と笑った。


「それならルティもね」


 ユアがちらりと隣の顔を見て言った。

 ルティもリトも苦笑いする。

 やっぱりちょっとは知りたいものである。


「まぁまぁ、いいじゃないのみんな。 えーっと、羽織さんは持っている剣の一つがお父様から譲り受けた品で――お父様がオルラジア国軍特別名誉兵士…―上級兵士だったのね。 すごいっ。 さすがだわ」


 リトも初めて知った。 孤児のはずだったけど。

 その時、彼等の名字が無く名前だけしか書かれていない事にリトは気づき青くなった。 弓と同じ孤児だということがばれてしまうのではないか。

 しかしそれは杞憂に終わった。


「ね、どうして名字は分からないのー?」


 ノイノイのふくれた質問にフローラルが当然とばかりに説明した。


「名字が分かると親族が逆恨みした人に狙われるかもしれないでしょ。 兵士だって希望すれば別名で行動することもできるのよ。 呪いなんかを嫌がらせでかけられることもあるから名前を全部明らかにしちゃうのはマズいのよ」


 そっか、と、ノイノイは納得する。 リトも一安心する。


「オルラジア国出身って、もう一人いるわ。 ……あ、黒髪を中央で分けている人。 世尊さんだって」

「金髪の彼は? ――あ、あったあった。 清流さんね。 素敵な名前。 ラルロンド国ゴーザック村出身。 寒い所よね?」

「みんなよその国の出身なのね。 珍しい。 あっ、占い師の彼、来意さんって言うんだ。 私、彼との事占ってもらった事あるのよね。 隣の国のレイン国出身なんだぁ」

「フローラル? あなた……彼との事占ってもらった事あるって言ってるけどぉ、もしかして、今、陽炎隊の情報ゲットしてきたってことは彼からあわよくば乗り換えようと……」


 ロッティがにやりと笑う。


「ふふふっ。 それは秘密です」 


 フローラルも負けじと妖しげな微笑みを返す。

 二人がふっふっふー、と笑っているのを無視して、リトは彼等の情報を見ながら思った。

 今まで詳しく聞いたことはなかったが、彼等はこの国で親を亡くして孤児になったのだと思っていた。 ところが彼等はあちこちから集まってきている。

 いったい彼等はどういういきさつで引きとられたのだろう?

 その疑問は、勿論、弓に対しても。

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