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迷いの森

十五年前、私の両親は惨殺された。家が豊かだった分けでも何でもない。ごく一般的な家庭で父親は教師。母親は農家に手伝いへ行ったりと細々暮らしていただけだった。


 幼い私が覚えているのは血まみれの床。『逃げなさい』そう訴えている父母の目。それは生きていたのか死んでいたのかよく分からなかった。怖くて、恐くて。足がガタガタ震えて――。視線を上げれば銀の刃が月明かりに冷たく照らされていた。


 黒い闇に浮かぶのは白い歯。笑っていたんだ。あいつは。――笑っていた。私を見ながら。


 助けてと願う人もいなくて。足も動かなくて。どうすればいいのか分からなくて。


 それでも今ここに居るのは……実際の処よく覚えていない。何があったのか分からないんだ。残されたてたのは白い羽根。それは今でも大切に保管している。


 まぁ、でも。問題だったのはその後。自慢だった黒い髪は恐怖の為なのか何なのか白に変わり、なぜか両眼さえ銀に代わっていた。


 誰も持ちえない色――。珍しがられるか怖がられるかどちらかに世間は振れた。私は施設に引き取られたけれど、すぐ養父に引き取られた――というより売られた。


 見世物として。それに私だってばかではない。すでに十歳を迎えていた私はこの先どうなるかを感じていた。例えば一緒に引き取られた赤銅色の女の子や、美人の男の子。この子たちの行く末を見て私にも『その日』は近いことを感じ取っていた。


 馬鹿な大人。


 そんな事をされるくらいなら逃げるが勝ち。そう思ったのだ。


 ある日、闇を走りに走って。足が棒になるまで、朝焼けが眩しく感じられるまで走って、私は――この森にたどり着いていた。


 多分気を失ってしまったんだろうと思う。気が付けば小さな小屋で眠らされていた。私に柔らかく声を掛けてくれたのは同じ年くらいの可愛らしい少年――その時は少女かと思った――で。


 金の目と髪を持った――まるで物語に出てくるような色をした少年だった。


 あれから、五年。


「――でなぜ、成長しない。私ばかり、歳をとって悔しいんだけど」


 何の代わり映えも無い小屋の中、まるで私だけが時間を重ねているようだった。ぐつぐつと煮立つ鍋の中をかき混ぜながら、目の前にちょこんと座る少年――アザレアに目を向けた。


 質問の意味が分からない。そう言いたげな表情でアザレアはコテンと可愛らしく首を傾げて見せる。精神まで出会ったころのままだ。



「うーん。お大きくなった? 縦にも横にも――」


「太ってなどいない!」


 私は言葉をかぶせる様に言うと乱暴にスープを器に注ぎ込んだ。今日の夕食はパンと野菜のスープ。大体こんな感じで太るはずも無いだろうし。


 おまけと言っては何だが、私は毎日運動――狩だけど――をしている。森を駆け巡り、獲物を追いかけまわしてはいるんだ。絶対太っていない。筋肉はついたけど。すっと逞しくなってしまった腕を見てはぁ。とため息一つ。


 そう言えば二十歳になったか。と考えながら何となく悲しい思いでアザレアにスープを差し出した。


 別に良いんだけど。ここでの生活は楽しくて幸せだ。アザレアは弟のようだし。かわいい。でも、少しだけ。少しだけ思う。街に出て、おしゃれをしてみたいとか、お菓子を食べたいとか。子供の頃は街に歩くお姉さんが羨ましくて仕方なかったんだけど。


 でも。仕方ない。


 私は些細なお金すら持っていないし贅沢をするわけにもいかない。何より――『養父』に見つかるのはとても怖かった。なのでまだここから動けない。せめて――せめて情報があればいいんだけれどと考える。


「……ぼくは、マリア見たく成長できるの?」


 もそもそとパンをかじっているが、何も減っていない。いつも思う――遅い。食べるのがとてつもなく。気が付けば減っていると言う感じで。もうだいぶ慣れたのだがやはり見ていると少しイラッとする。


「良く食べれば成長するんじゃないか? 大体、今幾つだっけ?」


「分かんない」


 そう言えば、記憶が無いらしい。ここに一人でいた理由も知らない。両親の顔も分からない。ここに来た当時私も子供だったためそこまで気にすることも無かったんだけれど考えてみれば不思議なことだった。


 小さな子供が森で一人。二人だって、きつかったのに、どうやって生きて来たんだろう。


 私は小動物の様に口許をもきゅもきゅ動かしているアザレアに目を向けた。


「ふぅん」


「あ、そうだ。街にね、大道芸人が来たんだよ」


「は?」


 なんだろう。いきなり。


 アザレアは生活用品をそろえる為、一か月に一度くらい街に出ている。私が付いていったのは後にも先にも一度きりなんだけれど、子供にとっては少し大変な道のりだった。


 ここはなだらかな山の中腹。道という道は無くて、下手をすると迷う。夜は猛禽や猛獣が活動していて危ないし――おまけに街は遠くて辿りつくまで一日がかり。


 申し訳ないと思うんだけど、アザレアは平然とした顔でいつも帰って来る。何事も無かったように。


 もはや人間ではないのかもしれない。


 そして昨日、街から帰ったばかりだった。


「こないだ言った時に見たんだよ。面白かったからマリアにも見せたくて。手からね。ぱっとお花が出るんだよ」


大道芸人。そう言えば一度だけ見たことがある気がする。良く覚えていないんだけど。白い顔と赤い鼻を覚えている――怖くて母親に泣きついていたような。あまりいい思い出は無いんだけど。そしてそれで喜ぶような歳ではないし。


 気になるけど。


「へぇ……」


 興味なさそうに返すと不満そうに少しだけ頬を膨らませた後で又嬉しそうに口を開いた。


「でね。今度ぱっと出るの教えてくれるんだって。すごいよね、僕も『魔法使い』になれるんだ――ね。マリアもいこう。――そうしたら、魔法使いになったら僕もマリアみたいに大きくなれるよ!」


 『魔法使い』確か、この世に一部だけ存在する特殊な人間。ぱっと炎を出せたり、水を湧かせたり。色々便利な力の持ち主らしい。欲しいとは思うけどアザレアが言ってるのは絶対に違うし、魔法で大きくはならないだろう。


「アザレア。大きくなって何をするんだよ? 何になるんだ?」


「マリアと結婚する――でね、ここでずっと暮らすんだよ」


 にっこりと何の屈託のない笑顔。多分この子は本気でそう思ってるんだろう。私もかつては『パパと結婚する』とかいって歓喜した父親から殺されそうな勢いで抱きしめられていたっけ。


 うん。分かる。今なら分かる。


 絶対かわいい。なでなでしたい。同じ『歳』の時はそこまで思わなかったんだけどなぁ。


「だから、街に一緒に行こうよ。ね、ね?」


 キラキラ輝いた金の目。くい気味で見を乗り出して来たアザレアを落ち着かせようと私は軽く小さな肩を押した。


「あ、アザレア。アザレアはゆっくり大きくなればいいんだよ。急ぐ必要なんてないし。――あのさ。あたしが街に行けないの知ってるよね」


「……うん。でも――このままじゃ、マリア白骨になるもん!」


 これは怒るべきなんだろうか。それとも笑うところなんだろうか。迷う。盛大に口にした本人はいたって真面目みたいだけど。


 せめて『おばちゃん』なら怒れたものを――。思わず顔を引き攣らせてしまう。


「白骨って、あたし死んでるじゃないか――ともかく、行かないってば」


 怖いし。まだ、考えるだけで怖いし。私はあの頃の子供ではないけれど記憶が檻の様に私を留めていた。



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