話し合い
唐突に次で終わりです。
ゆっくりと視線を右に投げる。そこには相変わらず幻想的な世界。暗闇に薄明かりが飛び交う世界があった。
「そうだね。でも――僕はその前にしなくちゃいけないことがあるんだ。……ねぇ? エリカレス。いつから見ていたの?」
「は?」
何を――と思ったが別にマリアをからかっている訳でもなさそうだった。暗闇からゆっくりと現れる白と銀。
リゼ――エリカレスは無表情のままこちらを見つめていた。消えたリゼが『幽霊』らしくないとしたらこちらの方がよほど幽霊らしい。私は微かに息を飲んでいた。
「……バカな女よね。あの程度で私の足止めに成功させたと思っているんだから笑える。ま。消えてくれたんでいいけど。ああ――こんばんわ。レプリカ」
カツカツと近づいて来るリゼはにっこりとようやく微笑んだ。その視線とは裏腹に私の心は冷え切っていく。
「――酷いことを言うんだね」
「で? 何の用? エリカレス」
「あら? 逃げようとしていた小娘を拾いに来たのと、『旦那様』の顔を見に来ただけよ――おかしいかしら?」
小娘。外見年齢がそう変わらない人に言われると何か苛立つ。私はぽつりと言葉をこぼしていてた。
「いや――だとしたらあんた年増じゃないか。若作りの――」
「……」
ピシッと空間に亀裂が走った――様に見えた。無表情のリゼ。顔をこわばらせたアザレア。いや、若干泣きそうだけれど気にしない。
「ま、マリア?」
「しかも、あんたが言う『旦那』一人幸せにできないって――終わってない? その年で。『力』を持て余して八つ当たりして。馬鹿じゃないの?」
「あの――やめよう?」
私だって言いたくはない。言いたくはないんだけど。もう口から出ているんだ。――仕方ない。不可抗力だと思う。
と言う事で納得させた。
よく考えたらとても怖いんだけど。だってもしかしたらこの時でも『災害』が起こっているかも知れないし。
ぐっと握りしめる拳が微かに振るえる。それを見たアザレアはため息一つ。私の手を取ってくれた。
「私が……八つ当たりしてると?」
「子供みたいに――それを止めればアザレアだって好きになってくれるかもしれない――よ」
言っていてなんだか嫌になった。それは『嫌だな』と言う自分がいて。ああ――と私は納得した。リゼはこの想いを前に出しているだけなんだと。
そして私は。
「諦めてくれるの?」
声に私は我に返っり、顔を上げていた。アザレアの冷たい視線が何だか痛い。まって。どうしてそうなったんだろう。
おろおろしながらリゼを見返した。そこには恋する小さな女の子だけがいる気がする。
私はどうすればいいんだろう。
「は? え? ええと」
「マリア」
「えっ? いや。あの――あの……あたしは――。せっ、せっかくここまで来たし……ええとアザレアが――いや、そうじゃなくて」
言いたいことが良く分からない。でも諦める――ことはしたくなくて。私はアザレアといたいと願うから。その為にここまで来たんだし。
それが愛とか恋とか分からない。でも命を懸けられる自信はある。
「マリア」
急かされるように言われて私は顔を上げていた。まっすぐにリゼをその視線で射貫く。
「つまりは。諦めない――アザレアがそうしたいと願うなら私は一緒に帰る」
言うとアザレアは少し照れたように笑った。それとは対照的に冷ややかな目が暗闇に浮く。
「――私を一人にするのね? マキナ。それがあなたの幸せ? レプリカが言う様に、私はそうすることであなたを幸せにできる? それが、何を意味しても」
『何』を意味する。それはとても不安な響きだった。
「エリカレス――僕は。どんなことになろうともマリアと行く――。大丈夫だよ。エリカレス。今度こそ。今度こそ。君を救うから――嘆きの時間はもう終わりだ」
刹那――パンっと軽い音がして後ろにあったガラスが割れる。ざっと水が流れ落ちる音がして、『中』に浮いて居たはずの青年がゆるりと床に立った。
同時に隣のアザレアが消えたのは当たり前の事なのだろう。
「アザレア?」
「人の子が嘆く時間が始まるわ――マキナ」
それでもいいのか。そう問うているようであった。
――いや、それ。良くない。良くないから。と言いかけたのをアザレアが大きな手で私の口をふさいだ。
良くないから。
もごもごと言う私は少し虚しい。
「悪れているようだけれど。前のようにはいかない。半分以上僕の中に君の力はあるんだ――願いも。心も」
リゼは少しだけ考えるようにして視線を落とす。
「……そう。ならすこしの夢を見よう。あの子が願ったように。それまでに倒して見せて。――待ってる」
「約束は果たすさ」
「バカな男――果たせない約束はするものじゃないわよ」
その言葉を最後に時空がねじ曲がった気がした。




