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伝わっていますから!  作者: 桐央琴巳
第二章 お土産編
8/14

挿話その二 「王都の娘たちが熱狂する近衛二番隊の偶像事情」 1

 世界には、それぞれに住まう人々の肌の色から名付けられた、赤と白二つの大陸がある。

 北側に位置する白の大陸の、ほぼ中央に在るデレス王国。そのさらに中央の中央。美しい硝子工芸を特産品とし、街中の至る場所をステンドグラスで飾られた奇抜な都市であることから、『硝子細工の都』の異名で称えられる王都クルプワ。

 その活気溢れる大都市で、落葉が収まりを見せた秋の終わりに――。

 王室広報から、一月半に渡って外交目的の外遊に出られていた王太子殿下が、本日の午後お戻りになるとのお触れがあり、王宮へ続く大通りの沿道には、長旅を終えた王太子一行を出迎えしようと、早くから人々が場所取りをしていた。


 通りに面した店や屋台、立ち売りの売り子が首から下げた箱からは、立ち食いしやすい飲食物や、王太子や近衛二番隊の騎士たちの姿を写した銅版画に水彩を施した、似絵(にせえ)と呼ばれる手のひら大の肖像が飛ぶように売れている。

 週刊発行の娯楽誌『【笛吹き小僧】(フィアルノ)新聞』には、まるで狙いすましたかのような記事が載り、普段よりの売り上げ増を狙って、読み売りたちも張り切っていた。


 天秤模様の看板を掲げた、国内随一の両替商の二階には、王太子アレフキースと供をしてきた近衛騎士たちの勇壮華麗な行進を、快適な室内から和気あいあいと見物しようと、思い思いにめかし込んだ娘たちが集まっていた。

 両替商の跡取り娘ルナダリアを筆頭に、みなクルプワの資産家階級の令嬢として、似たような境遇で生まれ育った気の合う友人同士である。考えることもまた似たり寄ったりであったのか、話題にしたい一人を除いて早めに訪問した二人と、彼女たちの来訪を待ち兼ねていたルナダリアは、卓上に置かれた『フィアルノ新聞』を取り囲み、挨拶もそこそこにしておしゃべりを始めた。



「見ました? こちら」

「見ました見ました」

「びっくりしたわよねえ、サヴィったらいつの間に。ひょっとしたらそういうことあったりしてねーなんて、からかってきた御縁ではあるけれど」

「ほんとほんと。持つべきものは良縁を運んで下さるお父様ですね」

「言えてるわあ……」

 娘たちの関心を惹きつけている新聞の一面には、『許しを得るまで数年掛かり。硬派な騎士様の一本気の恋』という、大きな見出しが踊っている。


 デレスの王太子一行が周遊した先の国々には、独身王子の案内役を務めた妙齢の姫君たちがいたはずで、アレフキースは実質的には、お見合いに次ぐお見合い旅行をしてきたのだと噂されている。

 その帰国に合わせて用意されていたと思われる、『本命は? 大穴は? 未来の王太子妃殿下を大胆予測』という特集記事を二面へと押しやって、一面を飾る特種とされてしまうのだから、エリオールの注目され具合が窺い知れるというものだった。

 王都に住まう娘たちから、存在自体が偶像視された近衛二番隊の中でも、一、二を争う人気騎士エリオールの、熱愛を伝える報道に衝撃を受けた三人は、

『硬派で知られるエリオール・シャプリエ氏を軟派にさせた、憎い交際のお相手は、貿易会社ヘルロー商会の社長令嬢、サヴィローネ・ヘルロー嬢十七歳』

 と、もうすぐここへ来るはずの友達の名を記事の中に見つけて、二重に驚愕しながらも、エリオールとヘルロー家の関係を知るが故に納得もしていた。


「一体いつからなのかしらね?」

「うーん、ご父兄が数年間、交際のお申し込みすら撥ねて来られたというのは、多分サヴィが十七歳になっていなかったからでしょう? だから先々月の、サヴィのお誕生日の後は後だとは思うけれど……」

「そうよねえ。サヴィはほら、自分ではそんなつもりはまるでないのでしょうけれど、前々からエリオール様以外は殿方に見えていないような子だし、やったじゃないのおめでとうって気持ちが一番にあるにはあるのだけれど、事の次第によっては許せないわ! こんな羨ましいこと、今まであたくしたちに口を割らずにいただなんて!」

 と、ルナダリアが興奮したところへ小間使いがやってきて、渦中の人サヴィローネの到着を告げた。



*****



「ごきげんよう、サヴィ」

「ごきげんよう。待ってたわよ、サヴィ」

「ごきげんよう。お約束のお時間に間に合っています、よね……?」

 自分を抜いて先に盛り上がっていたらしい友人たちの様子に、集合時間を間違えでもしたかとサヴィローネは少々不安げだ。柔らかそうな栗色の髪に縁取られた、派手ではないが小作りに纏まった均整の良い顔の中、薄茶色のつぶらな瞳が戸惑っていた。


「大丈夫ですよサヴィ、ごきげんよう。わたくしとジョセが居ても立ってもいられなくて、今日は早く来ちゃっただけだから。サヴィのことだもの、その理由はなんとなくわかるでしょう? まずはルーダを宥めて頂戴ね」

 お姉さん分の画商の娘デジレの言葉に、サヴィローネはその隣でうんうんと頷く宝石商の娘ジョセフィーを通り越し、招待主であるルナダリアの上で視線を止めた。ルナダリアは『フィアルノ新聞』をがばと掴み上げ、両手で広げたそれを前面に突き出しながらサヴィローネににじり寄った。


「サーヴィ! どういうことかしら? これ。どういうことかしらっ!?」

「あっ、ええと……、はい、何といいいますかそういうことなのです」

「本当の本当にそういうことなのー?」

「ええ、かなり大嘘混じりで書かれてしまっていますけれどそういうことになったのです」

「そういうことなのね……! ああもうしょうがないからでかしたと言ってあげる! おめでとうサヴィ」

「ありがとうございます、ルーダ」

「……その説明でいいんだ?」

 何がそういうことなのだかよくわからない会話にジョセフィーが呆れている。二つ結びにした縦巻きの金髪を揺らして、猫のようにサヴィローネの傍らへと回り込むと、気が済んだらしいルナダリアに代わってジョセフィーは追及した。


「で、サヴィ、いつからなの? エリオール様とお付き合いを始めたこと、どうして教えてくれなかったの?」

「正直実感が湧いていないものですから。仮面祭が終わって、王太子殿下が秋の外遊に出られる直前に交際のお申し込みをして頂いて、お受けするにはお受けしましたけれど、エリオール様とはそれっきりなので……、ごめんなさい」

「いいのいいの謝らなくて。そっか、今年は春先からずうっと、ご予定が立て込んでおられた王太子殿下とご一緒に、近衛二番隊の騎士様たちもお忙しかったみたいだものね。それじゃあ今日は、気持ちを込めてエリオール様をお迎えしないとね」

「ええ、お見送りの時と同じで、こっそりと、なのですけれど」

「眩しいっ……、サヴィが何だか乙女で眩しいっ!」

 心の目を眩ませたサヴィローネの輝きを遮り、自分の顔の前に片手をかざしながら、ルナダリアは芝居がかった仕種でよろめくようなふりをした。


「もうっ、ルーダだって乙女でしょう! 茶化さないで下さいな!」

「奥ゆかしいわね。ルーダのお家には、いい目印になるような看板が掛かっているのだから、サヴィはここにいますからって、エリオール様にお伝えしておけばよかったのに」

 くすくす笑いながらのデジレの発言に、サヴィローネは目をぱちくりとさせた。

「その発想はなかったのです」

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