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伝わっていますから!  作者: 桐央琴巳
第一章 馴れ初め編
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挿話その一 「兄夫婦が傍観を決め込む妹たちの交際事情」

「サヴィ、あいつ、あいつ……、この状況に飛び込んできて、何で意味がわからんかね?」

 扉の向こうにサヴィローネを見送って、その兄トゥーリはブリジエットの腹側に寝返りを打ち、愛する新妻の膝枕という、世界一の枕に改めて甘えかかった。

 大きな子供のようになっている夫の髪をかき分けて、まだ掃除を終えていない側の耳を出しながら、ブリジエットもそれに同調する。


「ね。サヴィは察しの良い子だと思っていたのだけれど、こういったことは別なのかしら?」

「うーん、いやあ、あいつは歳の離れた姉貴が二人もいて、たいがい耳年増なんだから、そこは男の夢を汲んでやれよってとこなんだがなあ……。

 リジーの言う通りに、察しがいいのがサヴィの長所。でもって、なまじ察しがいいもんだから、勝手に全部わかった気になるっていうのがサヴィの欠点だ。はっきり言わなかったらしいエリーも悪いが、あんな頓珍漢な反応をしているってことは、サヴィのやつ、根本的なところで何か大きな勘違いをしているんじゃないか?」

「勘違い……? ああ動かないで、じっとしていて頂戴ね、トゥーリ」

「ん」

 妻に迎えて一年と経たないブリジエットに、まだ拙い手つきで右耳を掻かれながら、トゥーリはまったりと幸せに浸る。そうしながら夫婦の話題に上げるのは、引き続き妹たちのことである。


「例えば、あれだ、エリーの求愛を本気にしていないとか」

「ありますかしら? そんなこと」

「普通だったらありえんだろうが、なんせあのエリーだからなあ……。騎士の礼節だか何だかを守って、ろくすっぽ俺の姉妹と近付きになろうとしてこなかったエリーが、サヴィを憎からず思っていたなんて、俺は全く気付けなかった」

「それは……、ええ……。エリオール様からサヴィへ、交際のお申し込みがあったと伺った時、わたくしも、あらまあ急なお話ね、と驚いたわ」

「ほんとそうなんだよなあ。つっ、たっ、たあっ……!」

 突如耳の奥に走った痛みに、トゥーリは堪らず身悶えした。ブリジエットは慌てて耳かきを放り出し、夫の身体に両手を添える。


「ごめんなさい! 痛かった?」

「ちょっとだけ……、前よりかは、ずっと上達しているよリジー。基本的には気持ちいいんだ。だけどあんまり奥の方はいいかな」

 心配げに覗き込んでくるブリジエットに、トゥーリは安心させるように微笑みかけた。

 縦のものを横にすることすら人任せできたような愛妻に、耳かきの技術向上を図ってもらうには、根気とやせ我慢が必要だ。極楽は一日にして成らずである。



「エリーは、実家の客商売が苦手だからって、軍に入ったやつなのに、とんとん拍子で近衛騎士なんぞに出世してしまってなあ……。しかも国王御夫妻付きの、いぶし銀の一番隊ならまだしも、同い年の王太子殿下がいらっしゃるから、偶像的に追っかけられる二番隊の方だもんなあ。サヴィ本人を気に入って――というよりも、うちとは親戚みたいな付き合いだから、宮廷の人間関係に疲れ果てて、父親が俺の親父で兄貴が俺でっていう、背景の気安さを決め手にしたんじゃないかって、俺は当初(うたぐ)ったよ。

 ところがどっこい、エリーのやつを祝い酒の名目で、酔わせて吐かせたところによるとだ、そういう風に意識する以前から、朗らかでよく気が付く、いい子だなあとは思ってきて、サヴィが十代半ばを越した辺りから、めっきり綺麗になってきたなと気になっていたんだと。

 胸中が顔に出ないのはしょうがないにしたって、俺に一言の相談もないなんて、お前水臭いなんてもんじゃないぞって思わずゆさぶっちまったよ。親友の俺にしてそうなんだから、サヴィにとっちゃどうだったんだか」


 耳かきをやめたブリジエットに、髪や腕を謝罪と労わりを込めて撫でられるままにして、トゥーリは妻のぷにぷにとした膝枕で、引き続き癒されていた。エリオールは今頃、サヴィローネが持って行った羽毛枕で仮眠しているのかと想像すれば、どうだ羨ましかろうという優越感で、なおさら心地良さが跳ね上がる気がする。


「あらそれでは、『フィアルノ新聞』の、エリオール様は長年の想い人を口説き落とされた――という(くだり)は、いいところを突いていたのね」

「いいところを突くも何も、『フィアルノ新聞』の記者に、情報売ってやったの、俺だし。いやーあの新聞、派手に盛って煽ってくれるねえ」

「まあトゥーリ! どうしてそんな真似をなさったの?」

 目を丸くするブリジエットを片目で見上げ、してやったりとばかりにトゥーリはにんまりとした。


「エリーもサヴィも、自分から触れ回るような性格じゃなし、けど人様に伏せておかねばならないようなことでもなし。この若い二人はこの度、めでたく純な異性交遊を開始することになりましたんで、お呼びでないやつらはすっ込んでなって、さっさとぶち上げておこうかと思って。

 巷で似絵(にせえ)が売りに出され、熱愛報道が娯楽誌のネタになってしまうエリーみたいな有名人は、真面目に結婚を考える恋人がいるんだって、周知されてしまった方が楽だろう。実際サヴィと熱愛関係に至るには、ほど遠そうな感じだけどな」



「ねえトゥーリ、わたくしはサヴィから、女同士の話で教えてもらっているのだけれど、エリオール様がサヴィに、何と言ってお気持ちを打ち明けられたか、ご存知?」

「いや。エリーとの男同士の話では、サヴィが諾してくれたから良かったものの、失敗したと零していたもんだから、男の情けで聞いてやらなかった」

「やっぱり失敗なさっていたのね! ずいぶんおかしな求愛の句だと思っていたの。エリオール様には申し訳ありませんけれどここだけのお話よ。『君の尊父の許しはもらった。自分と交際してくれると助かる』――だそう」


「……ひどいな」

 ここだけの話でなくなると、どこまでも語り種とされてしまいそうな、エリオールの失敗どころではない告白に、トゥーリは苦笑を漏らした。

「ね。どうしてそんなことに」

 ブリジエットもつられて苦笑いした。笑ってやるしかなかった。


「そうだなあ。俺が思うに、元凶は親父なんだろうなあ」

「お義父様が? どうして?」

「んー、親父もなあ、昔っからエリーのいるところで、うちじゃあ娘の交際は、十七歳になるまで認めないんだって言い続けてきて、俺やお袋や姉貴たちには、将来エリーがサヴィをもらってくれればなあってさんざん漏らしてきたくせに、いざってなると最後に残った末娘可愛さで、サヴィが十七になるのを律儀に待ったエリーに、呆れるような意地悪をしやがった。

 だから俺には、『助かる』なんて言ってしまったエリーの気がわからんでもないんだが、そこのところを言い違えたら、口説き文句の体をなしていないだろう。かといってわざわざ言い直せば、よけいに失言ぽくなって微妙だよなあ、うーん……。

 あー……、なんとなく状況が読めたわ。サヴィあいつ、エリーとの交際を、人助けとでも思い込んでいるんじゃないか?」


「人助け?」

「そう。もてるだろう? エリーは。けど、もてている自分を楽しめているかっていうと全くもってそうじゃない。こんな面白味に欠けた人間の、一体どこがいいんだって困窮していたからなあ。その顔がついていれば十分なんだよって小突いといたけどな。

 察したんだろう、サヴィはそれを。親父に頭を下げてまで、そんな親しくもなかった自分に頼んでくるんだから、そこまでお困りのエリーのことを、ぜひとも『助けて』あげないとって。あいつ末っ子だからよけいにお姉さんぶりたいっていうか、頼られると嬉しいってところがあるからなあ……。さっきも浮き浮きしていたようだからまんざらでもないんだろうが、エリーが自分と交際をしているのは女除けのためで、まさか自分に惚れているとは夢にも思っていないんじゃないか?」

 サヴィローネとエリオール、その兄として親友として、二人をよく知るトゥーリの見解にふむふむと耳を傾けて、ブリジエットは考え深く顎に手を当てた。


「あのね、トゥーリ」

「うん?」

「今日、カチェリアのサロンや帰りの馬車で、サヴィが言っていたことを思い返していたのだけれど、そう考えればしっくりとくる発言がちらほらと……」

 もしも、事前に一言でもあれば、賛成も祝福も諸手を上げてしてやった自分に、きちんと根回しをしておかないからだ。相談を怠ったエリオールに対し、トゥーリはそれ見たことかという気分になる。


「ははっ、前途多難だな、エリーのやつ。けどまあ、自分で蒔いた種なんだし、俺のたった一人の妹を、俺に断りもなく掻っ攫っていこうとしたんだから、いじけた兄貴は手を貸してやらないよ。それにこの程度の誤解を、自力で解けないようじゃあサヴィと上手くいくわけがない。互いの良くないところも理解し合って、二人で乗り越えてこそ価値があるんだ。だからリジーも、手助けしてやるのは、禁止な」

「わかったわ。うふふ……、エリオール様には恋の試練ね」

「そうそう、俺らは高みの見物と洒落込もう。ま、どんな誤解も、一発で解けるんじゃないかって魔法の言葉があるにはあるんだが、エリーには難度が高いだろうなあ」

「魔法の言葉って?」


 ブリジエットの膝の上で仰向けに転んで、トゥーリは甘やかな表情で片手を伸ばし、期待を寄せて見下ろしてくる妻のまろやかな頬をそっと包んだ。

「今日はまだ、言っていなかった。世界中の誰よりも愛しているよ、可愛いリジー」

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